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第二章 《友好舞踏会》の騒乱編

第32話 主賓と相まみえて

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「ああ。頼めそうか?」

「わしを誰だと思っておる」



 荒い鼻息と共に、自信満々の声が聞こえてきた。



「助かる」

「構わないのじゃ。少し待っておれ、今黒影を使って反対側から鍵を開けよう」

「頼む。くれぐれも、部屋の中にいる彼女にはバレないようにな」

「任せておけ」



 少しの後、扉を挟んで向こう側に微かな気配を感じた。

 黒影が、魔錠を解除しようとしてくれているのだ。



 向こうの部屋には、魔法の起動を妨害する術式が組み込まれているようだが、魔力の流れを阻害するものではない以上、魔力を動力源とするだけの人形である黒影には、全く影響がないのだ。



 というか、人の身体の中にも魔力が流れている以上、魔力の流れを阻害するような術式を組もうものなら、それはもう殺人トラップになってしまう。



「それにしても、お前の黒影はすごいな。不死身で、障害物を無視してあらゆる場所に移動できる兵隊って、そんなチートありかよ」

「お褒めに預かり恐悦至極じゃ。ま、ワイバーンを存在概念ごと抹消してしまうようなヤツに言われても、説得力が無いがの」



 そう言われてしまうと、こちらとしても苦笑いするしかない。

 「それは悪かったよ」とだけ言っておいた。



 鍵を開けて貰っている間、中からは特に物音がしなかった。

 部屋の中に彼女がいて、内側に黒影もいる以上、いつ彼女が黒影に気付いてもおかしくない。



 だが、不思議と悲鳴が上がったりすることはなく、着々と魔錠の解除が進んでいった。

 察するに、部屋の中にいる彼女は鍵の解錠を試みているこちらを視認できない位置にいるか、気付かれないようリーナが工夫を凝らしているかのどちらかだ。



「そうだ。頼んでいた、魔力波長の解析はどうなってるのかな?」

「既に解析は完了しておる」

「マジか。流石、仕事が早いな」

「ああ。じゃが、まだ小童が理解できる形で出力できていない。もう少し待ってくれ」

「構わないさ。数値化してくれと我が儘を言ったのは俺の方だ。催促はしない。ただ、その解析がこの作戦の重要な欠片ピースになる。なるべく急いでくれ」

「了解じゃ」



 と、そのとき。

 チッという小さな音が扉からして、扉に流れていた魔力が消えた。



「開いたのじゃ」

「助かった」

「何のこれしき。われにかかれば朝飯前じゃ」



 通信ごしに、また鼻息が荒くなる。

 得意げにふんぞり返っている姿が容易に想像できた。



「気をつけるのじゃぞ、小童」

「もちろんだ。また後で、隙を見て連絡するから、そのときまでに魔力波長の数値化を完了させておいてくれ」

「ああ、わかっておる」



 通信を切った俺は、小さく深呼吸をしてドアノブに手を掛けた。



「よし、行くか」



 ――ガチャリ。

 扉を開け、中に入るとこちらに背を向ける形で豪奢なイスに座っている、小柄な少女の姿が目に入った。



 コツン。

 わざと足音を立てて一歩を踏み出すと、少女の肩がびくりと戦慄わななき、勢いよくこちらを振り返った。



 長い金髪が翻り、海より深い青色の瞳がこちらへ向けられる。

 歳はおそらく、12、3。

 だが、幼い顔つきや華奢な身体の中に、確かな気品を感じる少女だった。



「だ、誰ですか!」



 ガタンと音を立て、立ち上がった少女は胸元に手を当てて、数歩後ずさる。



「し、侵入者ですね! 誰か! 衛兵の者――」

「おっと、それはマズい」



 俺は一瞬で少女との間合いを詰め、左手で彼女の身体を抱き寄せ、右手で口を塞いだ。

 

「~~ッ!」

「少し大人しくしていてくださいね」



 目元に涙を浮かべ、振りほどこうともがく少女を強引に押さえつける。

 この状況だけ切り取れば、完全に悪役だ。



 ――まあ、別にいいか。

 俺は、正義の味方を目指しているわけじゃない。

 俺が目指すのはあくまで、理不尽な運命を塗り替えて、ラスボスを越えることだ。



 

 まあ、だからと言ってか弱い少女に恐怖を植え付けるのは本意じゃないが。



「強引に接触してしまい申し訳ない。これしか方法がなかったもので」



 受け入れられないだろうが、とりあえず弁明しておく。

 

 さて、この次はどうするか。

 なんとか彼女と会話できる状態まで持って行きたいのだが――とりあえず、まずは自分の名前と、ここに来た目的は伝えておこう。

 

 俺は、半ばパニック状態に陥っている少女へ告げた。



「俺の名前はカイム=ローウェン。いろいろ説明すると長くなるんで、単刀直入に申し上げますと……あなたを助けに参りました。レーネ=フォン=ブルガス王女殿下」

「ッ!」



 少女――ブルガス王国第一王女は、目を見開いて息を飲んだ。

 この場にいるのは、本日の《友好舞踏会エクセレント・パーティー》における王国側の主賓、レーネ王女だ。



 今日の作戦で、ツォーン達の最優先暗殺目標である彼女が、俺の目の前にいるのである。

 俺は、レーネの口元を押さえていた手をほんの少しだけ緩め、顔を近づけて言った。



「これからあなたに大事な話をします。どうか、聞いてくださいませんか?」

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