明鏡の絵空事

うちゃたん

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第七話 耐え難い、孤独

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突然、鎌で襲い掛かってきた見知らぬ誰か。


弾はとっさに鎌をよけたが
狂ったように釜を振り回し、殺しに罹ってくる。


「一体なんだんだッ!」
弾は声を荒げた。


すると、その者は何を思ったか、釜を振る手を止めぴたりと動かなくなった。



「す、すまん人間だったのか!わわわ、わしはてっきり・・・」とても驚いた声で話すのは、人間の男。

弾は、訳がわからず黙っていた。


「すまん!怪我は無いか」そう言って、弾へ近づいてきた。


鎌を振りかざしていたその男は、近くで見ると年をとった老人であった。



「こんな夜に何を?」弾は、地面に置いておいた傘を拾いながら老人に尋ねた。



「あ、あぁ・・・熊かと思ってな。まさか人間だとは・・」



「熊だと思ったなら、すぐに逃げなくては。鎌で勝てる相手ではないと知っているはずだ」



「す、すまん・・・」老人は深く頭を下げながらうなずく。



「おぬし、びしょ濡れになってしまっておる。わしの家で着物を乾かさせてくれんか?何か詫びをさせてくれ」老人は相変らず頭を下げながら言う。



結構だと断ったが、老人は殺してしまう所だったと何度も頭を下げてきた。
断りきれず、乾かしてもらう事にした。



老人の後に付いて行き草をかき分け、道を進んで行くと小さな家に着いた。


茶々丸は怯えた顔で、こっそりと何があったのか弾に尋ねてきた。
弾は“心配ない”という事だけ伝えた。



家の中へ入ると、老人は手早く囲炉裏に火を起こした。
乾くまで着ている着物も用意してくれた。
パチパチと音を立てて燃える囲炉裏の火。
弾は火を見つめながら、着物が乾くのを待っていた。


茶々丸は、弾の懐の中でぐっすりと寝ていた。


「さっきは本当に申し訳なかった・・・」老人はまた謝ってきた。


「いえ、お気になさらずに」


「しかし、おぬしは何故あんな所におったんじゃ?」老人は尋ねてきた。



「探し物をしていてね。
月光丘には、三年に一度、秋雨が降る夜にだけ生息する花があると、聞いた事があったものですから。
襲われる前にいくつか見つけておいて良かった」弾は、冗談まじりに言った。



「ほー、あの丘にはそんな花が咲くのか!聞いた事がなかったのう。
よかったら、花を見せてくれんか?」



「えぇ、いいですよ」弾は腰袋から花を出した。


光を帯びた花。
老人は目を丸くした。


「光っておる!!」


「光の花、といいます。この花は光るだけではない。
人に一筋の光を与えるとも言われているんです。」



「一筋の光を・・・?」老人は不思議そうな顔をしている。



「私は薬作りをしていてね。この花は薬として素晴らしい効能を持っている」


「ほー!今日は何だか驚く事ばかりじゃ!こんな花がこの村に・・・」老人はしばし花を見つめていた。



すると
「おっと、そういえば。名乗るのを忘れておったのう!わしは平八へいはちと申す。この辺りじゃ平八じいさんと呼ばれておるよ」笑顔で自己紹介をした。


「そうですか。私は雪村弾と申します。」


お互いの身分を明かすと、何だか和やかな雰囲気になった。
そして、弾は平八じいさんに気になっていた事を質問した。


「ところで一体なぜ、明りも灯さず山の中に?
熊かと思ったと言っていたが、まさか熊を捕まえようとでもしていたんですか?」



「ん・・・熊をひっ捕らえようとしておった・・・。

長年連れ添ったばあさんの敵を討ちたくてのう。
この辺りじゃ、もう何人も熊にやられておるよ。
熊だけじゃない、最近は動物や獣も妙に荒々しくなったもんじゃ・・・」



言葉につまる弾。
囲炉裏の火がパチパチと燃える音が響いた。



「いつの事だったんですか?」弾は小さく尋ねた。



「一カ月前のやけに寒い日の事じゃった」


そう言って平八は立ち上がり、弾の着物を裏返しシワを伸ばした。
そしてまた囲炉裏の前に座り、手を温めた。



「あの月光山、あそこをもう少し行くと崖っぷちに出るんじゃよ。
その崖の下でばあさんは死んでいたんじゃよ・・・。

崖から落ちて傷だらけになっておった。
村の人間はみんな崖がある事は知っておるしのう、怖がりなばあさんも近づく事はしないよ。きっと熊に引きずられたか、追いかけられて落ちたんじゃないかのう」


平八は遠い目で火を見つめている。


「あまりに急な事で、無念で仕方がないんじゃよ。
動物や自然を大事にする心優しいばあさんじゃった、本当に」


「そうだったんですか」


しばらく沈黙が続いた。

老いた身で、ある日突然一人ぼっちになる寂しさ。
弾は想像していた。



「この寂しさ・・・耐え難い」平八じいさんが小さく言った。



弾は、平八じいさんの顔をじっと見つめた。

そして、救いの手を差し伸べるべく言葉を言う。



「平八じいさん、きっとあまり眠れていないのではないですか?
良かったら・・・着物を乾かしてくれたお礼に茶を煎じたい。
飲んでい頂けますか?」と言い、笑みを浮かべた。



明鏡の絵空事、この薬を作る時
弾はいつも企みのような微笑みをする。
まるで不思議な世界への案内人。

弾は平八の薬を作り始める。
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