コールドムーン〜妖精寫真と月の書舗〜

無明

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第一幕・異なる翅の世界

第壱話・瓶詰胎児の悪夢

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 『誰に犯されてもいいから、君を孕みたい』というのが、月島透明つきしま・とうめいの、異母妹への最初の愛の告白だった。

 邪悪なる母神が創造した悪夢都市ジパングの、濃藍色の夜の事である。鉱石蒸気と呼ばれる、独自の機構で活動する和紙の飛行船が、その冴え冴えとした時間を揺蕩っていた。

 美少年・月島透明が、己の愛する店を閉めた後、天を見上げると、そこには金の月ゴルーナが、病人のようにポッカリと浮いていたのであった。
 その透けるようなはねの色をみて、彼は己の精神を考えた。月島透明が思うところによれば、自分の躰には憎悪が流れているように感じるのである。そのおりのような黒血で、自分は生きていると彼は思うのであった。
 この世の悪意を全て凝固して生きていると云ってもいいだろうと、彼は傲岸不遜に悩みながら、書舗の二階にある自宅に向かった。

 月下の刺激に触発されたのか、妙にセンチメンタルな心境になりながら、部屋に入ると、卓袱台の傍に、異母妹の月島粉雪こなゆきがちょこんと座っていた。

 その、見目麗しい事。水色の当世風断髪は、湖水のような艶であり、その眼球は、ビスクドォルのようである。その姿を見ていると、透明は、烈しい欲情を覚え、彼女に近づき、抱きしめた。

 吃驚したのか、粉雪は震えた。白い洋装の布地の肌触りが、心地良いと彼は感じる。

 妊娠したい。
 愚かと云われてもいい。最低の犯罪行為と罵られてもいい。彼女を産んで、自分の花嫁として、傍に置きたかった。愛娘と交わる事。それは、彼の長年の夢であった。

 彼は堪らなくなり、そのまま抱きしめ続けた。粉雪は、最初こそ動揺していたが、やがて静かになる。自分の性欲の強さに、透明は呆れていたのであるが、問題は、その性欲の強さばかりではなく、その性欲が自己愛や近親相姦の方面にいっている点で、彼は呆れていた。

 透明が抱きしめると、粉雪は、胎児のようにうずくまる。それが、彼には堪らなく、愛おしくみえて、「よしよし」とすっかり母親の心情になりきっていた。

 男である彼には実在しない子宮が、まるで鼓動のように蜜に濡れて疼くのを感じて、彼の瞳からは、感動の涙が、溢れていた。

 粉雪も、頬を薄っすらと薔薇色に染めている。



 悪夢世界ジパング。
 この世界は、此岸しがんの悪夢で出来ている。
 邪悪なる母性、多産で淫乱なる女神の孕んだ魔域である。
 彼女の名を、大正大君シュブ=二グラスと云う。
 帝都時計塔を玉座とする、恐ろしき女神だ。

 此岸世界は、その高度な発達の為に、発生した『悪夢』により、その人類の脳髄が爆破飛散しそうになっていた。それを、何処からか現れた、気まぐれな大正大君シュブ=二グラスが、喰べたのが、ジパングの始まりである。

 彼女は、最初に産んだ太陽神を懸想し、未だ彼の復活を願って悪夢を喰べ続けていると云う。

 月島透明は、愛する己の店『月之裏側』のカウンタァで、大正大君シュブ=二グラスが、衝動的な浮気症の女性なのか、それとも一途で純粋な女性なのか、根本的には、どうでもいい事を、暇潰しに考えていた。

 恐らく、両者の資質を持っているのであろう。女性とは、神経質な生き物であるから、どうにも、感情優勢な所がある。

 グロテスクで奇怪な絵が飾られた、鏡だらけの店内で、『死んだ本』達が大人しく死んでいる。ここは、彼の天國である。

 彼の隣には、最愛の妹である粉雪が、これまたビスクドォルのように正座して、虚ろに遠くを見つめていた。

 この店は、その売っている商品の性質上、普段からとても客が少ない。時々、カフヱ『EDEN』のあの、書生風の男装だが、大人しい基質の鉱石博士が、「おおい、月の字。新薬の実験体になってくれないかい」と、普段の人格に似合わず、面白半分でからかってくるのは相変わらずで、これまた、やはり女装だが、こちらはかなり溌溂とした基質の美形女中が、「あらぁ? ちょっとお~? 透明ちゃん? 粉雪ちゃん? 死んでないですわよねぇ?」と不安そうに姦しく店内を覗いてくる以外は、実に静かなものである。

 月島透明は、そんな日常を、過ごしていた。
 実に、平和そのものである。
 だが、彼の心は、憎悪に満ちていた。

 憎悪。

 その発祥や、由来が、何処からなのか、彼には思い当たる節が全くなく、いつも真剣に頭を悩ませているのであるが、その内実は未だ分かりかねない。

 恐らくこの深い怨みが、粉雪への愛情へと昇華されている。怨めば怨むほど、彼女への愛欲は、深まるばかりである。

 恐らく、かのジパング医学界でも著名な鉱石博士の診断でもってしても、この精神病めいた原因のない怨みは、実に謎であろう、と月島透明は考察した。

 彼は、『死んだ本』の臭いに囲まれた、薄暗い書舗の中で、『死ぬ』とは果たしてなんなのか、という疑問が、空気を支配しているこの環境を、心地良いと思っていた。

 死。
 死とは、永遠の終わりである。
 どんな物語も、現実に死ねば死ぬ。
 生きていない物だけが、永遠である。
 月島透明は、自分は絶対に死にたくはないが、多分、死んだ方が社会的には、喜ばれるタイプの人間だろうなと、考える。しかし、残念ながら月島透明は、社会を喜ばせても、別に嬉しくもないので、死なないという訳である。

 そもそも、彼は、このようなナルシシズムに取り憑かれた人間であった為、自分が一番生きていて欲しいと渇望しており、自分の周り以外は、別段不要だった。

 『死んだ本』が並んでいる店内で、彼は妹との、近親相姦を夢見ていた。
 最早、本能である。
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