上 下
9 / 11

8.5 幕間 (アステール視点)

しおりを挟む


一通りの話を終え、ユキトを抱えたままベッドへと運んだ。

まだ何事か心配そうな顔をしていたが、今夜はもう寝ろと布団を被せ、明かり小さく絞る。

「あの……」

不安げな目を片手で覆い、眠りの効果がある魔法をかけた。落ち着いた寝息を感じ、手を離すとすやすやと気持ちよさそうに眠る顔がある。
その顔をしばらく見つめ、起き出さないことを確認すると、静かにベッドを離れた。

「おやすみ、ユキト」




隣室に行くと、セルバが料理を温め直して待っていた。自分も一緒に食べるつもりらしく、ちゃっかり席に着いている。
生まれた時から兄弟同然に育ってきたこの執事は、図々しくも気安い。

向かいに座り食事を始めると、セルバはチラリと寝室を見遣った。

「ユキト様はもうお休みに?」

「あぁ。多少強引な手は使ったが、眠ってくれた」

穏やかな寝顔を思い出し、暖かな感情が広がる。頬が緩むのを感じていると、剣呑な視線が刺さった。

「……何をなさったんですか」

「なんだ、その目は。よく眠れるように魔法をかけただけだ」

「なるほど、それなら構いません。防音結界を張ったままなのをいいことに不埒な真似をされたのかと邪推しました」

それだけ言ってしれっと食事を始めたセルバにため息が出る。

「どうしてお前はすぐにそういう方向へ考えるんだ。弟たちほどの子ども相手にそんな真似したことないだろう」

「ユキト様に対して距離を詰めすぎている自覚はありますか。アステール様はユキト様をどう思っておいでなんですか」

抑揚のない声に本気を悟った。だが、どう答えたものか。

召喚された時のユキトは手負いの小動物のようにその場にいるもの全員に怯えていた。一緒に召喚されてきたあの女にさえも。

守りたいーー

誰か個人をこんなにも心の奥底からこの手で守りたいと感じたことはなかった。

それはユキトが神子だからなのか、もっと別の要因があるからなのか。

自分でも整理できていない感情を他者に伝えることは難しい。

「……」

考え込んでいると、セルバはそれを黙秘しているとでも思ったのか、さらに追求してきた。

「何を考えておいでなのか、そろそろお話し頂いても?」

仕方なく、わかっていることから話そうと防音結界を張る。セルバも食事を中断し、真剣な顔でこちらを見た。

「神子はユキトだ。間違いなく」

「根拠をお伺いしても?」

「……」

「神子は女神様ご自身がお決めになり、召喚の儀を持って示されると教わっておりますが」

「それは間違いない。何かの加減で複数人召喚された場合、女神の啓示を受けなければ分からないーーとされているが、神子に選ばれる者の傾向はあるんだ」

これが厄介だ。

「傾向?」

「……」

「また黙秘ですか」

「初代国王の血を引く者が好感を持つ傾向がある。尊敬、親愛、友情……どんな感情に起因しようが、必ず庇い守りたくなる人物だ」

女神の力を得なければか弱い存在とも言える神子を保護するためにそう言う人物を選ぶのだろう、と俺にこの話をした父は言った。

自分の気持ちを操られるような気持ちの悪さを感じたが、実際にユキトに会ってみるとどうだ。

何者からも守りたい、健やかにいて欲しい、そんな感情が沸き起こると同時に誰にも触らせたくないという独占欲も。

己の心情に戸惑っていると、セルバは別の事実に思い当たり動揺していた。だが、これは狙い通りの反応。

「そ、れは……」

言葉を続けられなくなった執事の姿に溜飲が下がる。主人としてやられてばかりではいられない。

たっぷりと含みを持たせ、言葉を引き受けた。

「ーーお前も知っているだろう、俺たち兄弟には初代国王の血が流れていることを」

俺の、俺たちの父である先代辺境伯は前王のご落胤。

「先代様の、ご出生の件は公然の秘密というやつですから….…」

口に出さないだけでそれは誰もが知っていることだ。王家や貴族たちは元より。

「国民のほとんどが知っていることだ」

だが、今回の問題はそこではない。俺に流れる血の話ではなく。

「王太子の件はどうだろうな?」

「は?」

「あいつはユキトに好感を持たなかった、それが答えだ」

自分で言いながら王太子ーーイクシュタル・ウェールスにユキトが脅されたことを思い出し、気分が悪くなった。
あいつに対峙した時の怯えたような諦めたようなユキトの顔が忘れられない。

ユリカとかいう女に何を吹き込まれたのか知らないが、いつか必ず、ユキトを害そうとしたことを後悔させてやる。

心中で復讐を誓っていると、セルバはさらに問いを重ねてきた。

「ーーご本人はご存じなんですか」

「さあな。だが、あの様子だと知らないだろうよ。自身の出生についても、神子の傾向についても」

「思っていた以上に危ない状況にあるのですね、ユキト様は」

「そうだ。神子としてだけではなく、王家の醜聞も絡んでくるからな。あの場であいつがユキトを保護していればまた違ったんだろうが」

言い捨て、酒を煽った。

ユキトを投獄しようとしたことは絶対に許せない。
だが、俺以外のーー特にあの男がユキトを保護するなど耐えられることではない。

「それで、結局のところアステール様はユキト様をどのように思っていらっしゃるのです?」

付き合いの長い執事は国家を揺るがすほどの醜聞にも誤魔化されてはくれなった。

だが、その問いに答えてやる義務も、言葉も今はまだない。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

明日もいい日でありますように。~異世界で新しい家族ができました~

葉山 登木
BL
『明日もいい日でありますように。~異世界で新しい家族ができました~』 書籍化することが決定致しました! アース・スター ルナ様より、今秋2024年10月1日(火)に発売予定です。 Webで更新している内容に手を加え、書き下ろしにユイトの母親視点のお話を収録しております。 これも、作品を応援してくれている皆様のおかげです。 更新頻度はまた下がっていて申し訳ないのですが、ユイトたちの物語を書き切るまでお付き合い頂ければ幸いです。 これからもどうぞ、よろしくお願い致します。  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 祖母と母が亡くなり、別居中の父に引き取られた幼い三兄弟。 暴力に怯えながら暮らす毎日に疲れ果てた頃、アパートが土砂に飲み込まれ…。 目を覚ませばそこは日本ではなく剣や魔法が溢れる異世界で…!? 強面だけど優しい冒険者のトーマスに引き取られ、三兄弟は村の人や冒険者たちに見守られながらたくさんの愛情を受け成長していきます。 主人公の長男ユイト(14)に、しっかりしてきた次男ハルト(5)と甘えん坊の三男ユウマ(3)の、のんびり・ほのぼのな日常を紡いでいけるお話を考えています。 ※ボーイズラブ・ガールズラブ要素を含める展開は98話からです。 苦手な方はご注意ください。

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

双子攻略が難解すぎてもうやりたくない

はー
BL
※監禁、調教、ストーカーなどの表現があります。 22歳で死んでしまった俺はどうやら乙女ゲームの世界にストーカーとして転生したらしい。 脱ストーカーして少し遠くから傍観していたはずなのにこの双子は何で絡んでくるんだ!! ストーカーされてた双子×ストーカー辞めたストーカー(転生者)の話 ⭐︎登場人物⭐︎ 元ストーカーくん(転生者)佐藤翔  主人公 一宮桜  攻略対象1 東雲春馬  攻略対象2 早乙女夏樹  攻略対象3 如月雪成(双子兄)  攻略対象4 如月雪 (双子弟)  元ストーカーくんの兄   佐藤明

残虐悪徳一族に転生した

白鳩 唯斗
BL
 前世で読んでいた小説の世界。  男主人公とヒロインを阻む、悪徳一族に転生してしまった。  第三皇子として新たな生を受けた主人公は、残虐な兄弟や、悪政を敷く皇帝から生き残る為に、残虐な人物を演じる。  そんな中、主人公は皇城に訪れた男主人公に遭遇する。  ガッツリBLでは無く、愛情よりも友情に近いかもしれません。 *残虐な描写があります。

ゲームの世界で美人すぎる兄が狙われているが

BL
 俺には大好きな兄がいる。3つ年上の高校生の兄。美人で優しいけどおっちょこちょいな可愛い兄だ。  ある日、そんな兄に話題のゲームを進めるとありえない事が起こった。 「あれ?ここってまさか……ゲームの中!?」  モンスターが闊歩する森の中で出会った警備隊に保護されたが、そいつは兄を狙っていたようで………?  重度のブラコン弟が兄を守ろうとしたり、壊れたブラコンの兄が一線越えちゃったりします。高確率でえろです。 ※近親相姦です。バッチリ血の繋がった兄弟です。 ※第三者×兄(弟)描写があります。 ※ヤンデレの闇属性でビッチです。 ※兄の方が優位です。 ※男性向けの表現を含みます。 ※左右非固定なのでコロコロ変わります。固定厨の方は推奨しません。

悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません

ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。 俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。 舞台は、魔法学園。 悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。 なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…? ※旧タイトル『愛と死ね』

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした

エウラ
BL
どうしてこうなったのか。 僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。 なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい? 孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。 僕、頑張って大きくなって恩返しするからね! 天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。 突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。 不定期投稿です。 本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。

転生したらいつの間にかフェンリルになってた〜しかも美醜逆転だったみたいだけど俺には全く関係ない〜

春色悠
BL
 俺、人間だった筈だけなんだけどなぁ………。ルイスは自分の腹に顔を埋めて眠る主を見ながら考える。ルイスの種族は今、フェンリルであった。  人間として転生したはずが、いつの間にかフェンリルになってしまったルイス。  その後なんやかんやで、ラインハルトと呼ばれる人間に拾われ、暮らしていくうちにフェンリルも悪くないなと思い始めた。  そんな時、この世界の価値観と自分の価値観がズレている事に気づく。  最終的に人間に戻ります。同性婚や男性妊娠も出来る世界ですが、基本的にR展開は無い予定です。  美醜逆転+髪の毛と瞳の色で美醜が決まる世界です。

処理中です...