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8.5 幕間 (アステール視点)
しおりを挟む一通りの話を終え、ユキトを抱えたままベッドへと運んだ。
まだ何事か心配そうな顔をしていたが、今夜はもう寝ろと布団を被せ、明かり小さく絞る。
「あの……」
不安げな目を片手で覆い、眠りの効果がある魔法をかけた。落ち着いた寝息を感じ、手を離すとすやすやと気持ちよさそうに眠る顔がある。
その顔をしばらく見つめ、起き出さないことを確認すると、静かにベッドを離れた。
「おやすみ、ユキト」
隣室に行くと、セルバが料理を温め直して待っていた。自分も一緒に食べるつもりらしく、ちゃっかり席に着いている。
生まれた時から兄弟同然に育ってきたこの執事は、図々しくも気安い。
向かいに座り食事を始めると、セルバはチラリと寝室を見遣った。
「ユキト様はもうお休みに?」
「あぁ。多少強引な手は使ったが、眠ってくれた」
穏やかな寝顔を思い出し、暖かな感情が広がる。頬が緩むのを感じていると、剣呑な視線が刺さった。
「……何をなさったんですか」
「なんだ、その目は。よく眠れるように魔法をかけただけだ」
「なるほど、それなら構いません。防音結界を張ったままなのをいいことに不埒な真似をされたのかと邪推しました」
それだけ言ってしれっと食事を始めたセルバにため息が出る。
「どうしてお前はすぐにそういう方向へ考えるんだ。弟たちほどの子ども相手にそんな真似したことないだろう」
「ユキト様に対して距離を詰めすぎている自覚はありますか。アステール様はユキト様をどう思っておいでなんですか」
抑揚のない声に本気を悟った。だが、どう答えたものか。
召喚された時のユキトは手負いの小動物のようにその場にいるもの全員に怯えていた。一緒に召喚されてきたあの女にさえも。
守りたいーー
誰か個人をこんなにも心の奥底からこの手で守りたいと感じたことはなかった。
それはユキトが神子だからなのか、もっと別の要因があるからなのか。
自分でも整理できていない感情を他者に伝えることは難しい。
「……」
考え込んでいると、セルバはそれを黙秘しているとでも思ったのか、さらに追求してきた。
「何を考えておいでなのか、そろそろお話し頂いても?」
仕方なく、わかっていることから話そうと防音結界を張る。セルバも食事を中断し、真剣な顔でこちらを見た。
「神子はユキトだ。間違いなく」
「根拠をお伺いしても?」
「……」
「神子は女神様ご自身がお決めになり、召喚の儀を持って示されると教わっておりますが」
「それは間違いない。何かの加減で複数人召喚された場合、女神の啓示を受けなければ分からないーーとされているが、神子に選ばれる者の傾向はあるんだ」
これが厄介だ。
「傾向?」
「……」
「また黙秘ですか」
「初代国王の血を引く者が好感を持つ傾向がある。尊敬、親愛、友情……どんな感情に起因しようが、必ず庇い守りたくなる人物だ」
女神の力を得なければか弱い存在とも言える神子を保護するためにそう言う人物を選ぶのだろう、と俺にこの話をした父は言った。
自分の気持ちを操られるような気持ちの悪さを感じたが、実際にユキトに会ってみるとどうだ。
何者からも守りたい、健やかにいて欲しい、そんな感情が沸き起こると同時に誰にも触らせたくないという独占欲も。
己の心情に戸惑っていると、セルバは別の事実に思い当たり動揺していた。だが、これは狙い通りの反応。
「そ、れは……」
言葉を続けられなくなった執事の姿に溜飲が下がる。主人としてやられてばかりではいられない。
たっぷりと含みを持たせ、言葉を引き受けた。
「ーーお前も知っているだろう、俺たち兄弟には初代国王の血が流れていることを」
俺の、俺たちの父である先代辺境伯は前王のご落胤。
「先代様の、ご出生の件は公然の秘密というやつですから….…」
口に出さないだけでそれは誰もが知っていることだ。王家や貴族たちは元より。
「国民のほとんどが知っていることだ」
だが、今回の問題はそこではない。俺に流れる血の話ではなく。
「王太子の件はどうだろうな?」
「は?」
「あいつはユキトに好感を持たなかった、それが答えだ」
自分で言いながら王太子ーーイクシュタル・ウェールスにユキトが脅されたことを思い出し、気分が悪くなった。
あいつに対峙した時の怯えたような諦めたようなユキトの顔が忘れられない。
ユリカとかいう女に何を吹き込まれたのか知らないが、いつか必ず、ユキトを害そうとしたことを後悔させてやる。
心中で復讐を誓っていると、セルバはさらに問いを重ねてきた。
「ーーご本人はご存じなんですか」
「さあな。だが、あの様子だと知らないだろうよ。自身の出生についても、神子の傾向についても」
「思っていた以上に危ない状況にあるのですね、ユキト様は」
「そうだ。神子としてだけではなく、王家の醜聞も絡んでくるからな。あの場であいつがユキトを保護していればまた違ったんだろうが」
言い捨て、酒を煽った。
ユキトを投獄しようとしたことは絶対に許せない。
だが、俺以外のーー特にあの男がユキトを保護するなど耐えられることではない。
「それで、結局のところアステール様はユキト様をどのように思っていらっしゃるのです?」
付き合いの長い執事は国家を揺るがすほどの醜聞にも誤魔化されてはくれなった。
だが、その問いに答えてやる義務も、言葉も今はまだない。
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