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4.始まらない食事と近付く距離

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「ユキト、好きな食べ物はなんだ?」

ベッドルームの隣室はダイニングになっていた。6人掛けの大きなテーブルには、色んな種類の料理が並んでいる。
野菜サラダ、大きな肉の塊を焼いた物、魚の切り身、オムレツ、具沢山のスープに様々な形のパンがバスケットいっぱいに積んであった。
パーティでもするような量だ。

何人分の食事なんだろう。

ぼんやりと料理を見ていると、アステールが手を引いて椅子に座らせてくれる。

「ユキトの好みが分からなかったから、適当に用意させた。食べられるものがあればいいが」

「ありがとう、ございます」

向かいに座るかと思ったアステールは、なぜか隣に腰掛け、取り皿とトングをとった。

「何から食べる? 肉か?」

「え、と……」

取り分けてくれるんだろうか。
いや、でも。

「肉は嫌いか?」

じっと見つめられて、ふるふると首を振った。

「いえ、好きですが……。あの、僕はアステール様の召使い、なんですよね?」

王太子相手にそんな話をしていたはずだ。召使いになることを条件に投獄を免れたのだから。

給仕するのは、僕の方じゃないのかな。

しどろもどろになりながらそう尋ねると、アステールはすっかり忘れていたと言い出した。

「そういえば、そんな話をしたな。あれはあの場を切り抜ける為の方便だ。ああでも言わないと、あいつはユキトを監禁しただろうからな」

監禁……。
それで済めばいいけど、あのまま捕まっていたらもっと最悪な結末もあったかもしれない。
ぞくりと背筋が震えた。

「……」

「ーーあいつらの話は食べ終わってからにしよう。どれが食べたい?」

アステールは話題を切り上げ、再び訊いてくれた。その表情はあまり変わらないけど、声音が少しだけ高く、言葉が柔らかくなった気がする。

「何でも食べられます」

そう答えると、アステールの目が見開かれ、驚いた顔になる。わかりやすく変わった顔色に僕の方が驚いた。

「ーー嫌いなものはないのか?」

「き、嫌いな物はありますが、食べられないものは、ないです」

「それは偉いな。弟たちはかなり偏食で困った」

困ったと言いながらも、弟たち、と口にした顔がとても柔らかく大切にしているのが伝わって来る。

「弟さんがいるんですか」

「ああ、手のかかる弟が2人と生意気な妹が1人。それから頼れる姉の5人姉弟たちだ」

饒舌な言葉と優しい表情に心の奥がきゅっと痛む。
この人には、大切な家族がいる。無条件に愛し愛される家族が。

「ユキトは? 兄弟はいるのか?」

「いえ、いません」

家族自体がいません、僕を大切にしてくれる人はもう誰もいません。
そんなことを言うのはさすがに憚られた。

「兄弟多いのは、憧れます」

孤独に痛む心を悟られたくなくて、無理やり笑う。

「うるさいだけだ。俺の言うことは全く聞かないし、図体はデカくなっても好き嫌いは多いし、毎日悪戯ばかりで困ったやつらなんだ」

「いいお兄さんなんですね」

「そんなことはない。あいつらには怒ってばっかりだ。ーーでも、ユキトが弟なら可愛がったかもしれないな」

「え?」

突然、何を言い出すんだ?

「小さくて可愛いだろう、ユキトは。可愛いのはいいが、もう少し食べた方がいい」

可愛い……?

「ユキトは細過ぎる。ーー腕も腰回りも俺の半分しかないんじゃないか?」

いつの間にか持っていたものを置いたアステールは、そう言いながら僕の腰に手を回す。

「ひゃあ! ちょっと、あの、そんなに、細くないです」

「いや、細いだろう。脱がせた時も思ったが、腹も背中も薄過ぎる」

確かめるように触られる感触がくすぐったい。逃げるように身を捩ると、逃さないとばかりにアステールの腕はますます絡みついて来る。

「ん、あの、アステール様、もう……」 

離してくだい、とお願いしても僕の声は届いていないらしく、ぶつぶつと何事かを呟くアステールの手は止まってくれない。

「服を着てもこんなに細いとはな……。何を食べさせるのがいいんだ?」

どうしよう……

殴られたり、蹴られたりするのは慣れているけど、こんな風に触られるのは初めてでどうしていいか分からない。

誰か助けてという心からの叫びが通じたのか、急にアステールの身体が引かれた。

「いい加減になさってください、アステール様。ユキト様が困っておいでですよ」

アステールの肩を掴み引き離してくれたのは、優しげな風貌の男性だった。
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