天涯孤独の僕は異世界で辺境伯に囚われる

１．プロローグ

味方なんて一人もいない。

ーー邪魔なんだけど。ねぇ、さっさと消えてくれない？

３年前、両親が事故で亡くなってから、僕ーー伊関　雪人イセキ　ユキトは一人ぼっちになった。
親戚の手前、渋々引き取ってくれた叔父の家は遠く、通っていた高校も転校した。

ーー何泣いてんのよ。泣きたいのはこっちなんだけど？

叔父の家に引っ越した夜、寂しさに膝を抱えていると、急に背中を蹴られた。振り向くと、同じ年の従姉ーー伊関　由里香イセキ　ユリカが口を歪めて睨んでいる。

ーー本当最悪。あんたと一緒に住むなんて絶対やだから。倉庫で寝てくれる？

少しの着替えと両親の位牌だけ詰めた鞄が外へ放り出される。叔父夫婦は娘の暴挙を咎めるでもなく、黙って見ているだけ。

その時、悟った。僕にはもう、味方はいない。僕の周囲には、無関心な大人と嫌がらせする由里香と彼女の味方しかいなくなった。

可愛らしい顔立ちの由里香は学校でも人気があり、彼女の言うことは絶対で陰気な転校生の僕の言葉は誰にも届かない。

ーー昨日、お風呂を覗かれたの。寂しそうにしてたから優しくしてあげたのに。

そう言って形のいい眉を下げれば、クラスメートの男の子たちは、由里香に近付くなと僕を殴る。弁明する機会すら与えられない。

ーー先生、ごめんなさい。宿題は終わってたんですけど、雪人くんに……ううん。私が悪いんです、雪人くんの気に触ることしちゃったみたいで。

両手を覆って震えて見せた由里香の肩を抱いた教師に生徒指導室で何時間も責められた。

由里香の気分次第で、心にも身体にもアザが増えていく。

泣いて許しを請うても、誰も助けてはくれない。
命令されるまま、掃除しても、洗濯しても返ってくるのは、暴力と暴言だけ。

でも、もう少し。あと少し我慢すれば、ここから出て行ける。自由になれる。
高校卒業まであと１週間。
卒業したら、どこか遠くへ行きたい。僕を知っている人が誰もいないところへ。

ーーママぁ、コイツ髪切りたいんだって。お金もったいないし、アタシが切ってもいいよね？

くすくすと笑う声が耳につく。ひんやりと冷たい金属が首筋を掠めた瞬間、反射的に刃物を握る腕を掴む。

ーー何するのよ！！

捕まえていない方の腕が振り上げられる。殴られる、と身を竦め目を瞑ったが、いつまで経っても衝撃はやって来ない。
不思議に思って目を開けると、地面がぐらぐらと揺れ始めた。

地震かと慌てた時、急に暖かな浮遊感に包まれ、直後、高いところから落ちたような衝撃が全身に走る。

「きゃあっ 」

「由里香っ」

倒れそうになった由里香を支えようと伸ばした手は、背後から伸びてきた逞しい腕に捕らえられた。そのまま引き寄せられる。
抱きかかえられるように腰にも手が回った。誰だろうと背後を見ると、艶やかな銀糸が揺れる。
銀糸に誘われるように視線を上げると、凪いだ海のように深い蒼が僕の方を力強く見据えていた。

その瞳には、悪意も好意も浮かんでいない。

ただ、真っ直ぐに僕を見ていた。