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第二章
第二十九話
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「ん、んぅ?」
俺は怠く重い意識の中から浮上する。
「ここは……?」
上体を起こす。
白い天井が目に入った。次いで、首を巡らせると白いカーテン。少し薬臭い匂いが鼻を突く。
どうやら救護室らしい。
「ん? レイン、さん?」
横で、もぞりと動く気配があった。
ベッドの縁に頭を預け眠っていたのは、ティナさんだった。
「ティナさん?」
「え、レインさん? ……。レインさん⁉」
寝ぼけ眼をこすり数秒。
意識が覚醒したのか、俺の姿を認めるとガバッと飛びついてきた。
「レインさん! よかった、起きてくれた……」
はぁ、と大きなため息をついてホッとしているティナさん。
「えっと、ご迷惑を掛けてしまいましたか?」
10階層でモンスターの大群に襲われて、その後倒れたところまでは覚えている。後は、何か心地よいものに運ばれた記憶が薄っすらと。
「いえ、そんなことはありません。ですが、心配はしていました。一週間も寝たままだったので」
「一週間⁉ そんなに寝たままだったんですか……」
俺の記憶では、ついさっきまで迷宮で戦っていたので、今に至るまでは一瞬だったのだが、ティナさんには随分と心配をかけてしまったらしい。
そこで、俺はふと思い出す。
「そういえば。お母さんは大丈夫なんですか?」
「あ、はい。フィルさんに作っていただいた薬で、もうすっかり元気です。その節は、本当にお世話になりました」
「いえいえ。元々それが目的でしたしね。よくなったのなら何よりです」
俺たちの苦労は無駄にならなかったこと。ひとまずそれが証明されて、心の重荷がスッと軽くなったような気がした。
「あ、そういえばお医者様からの言伝があるんでした。この一週間で、傷や怪我はほとんど治っているので、明日にでも退院できる。だそうですよ」
「本当ですか? それはよかったです」
病院で数日も過ごすとか、暇すぎて退屈だからな。これは朗報だった。
「では、レインさん。私は一旦戻ってギルドのお仕事をしてきます。リアさんとセレナさんはすぐに帰ってくると思いますので、そうしたら目を覚ましたことは伝えておきますね。お二人も、随分と心配していましたから」
「あはは。お願いします」
二人にも迷惑を掛けていたか。俺がもう少し強ければ、こんなことにはならなかったのにな。
「あの、レインさん」
「はい?」
「一度、目を瞑ってくれませんか?」
「目、ですか? 構いませんけど」
言われたとおりに目を瞑る。ゴミでもついてたか?
少し待っていると、何やら唇にやわらかくてぷにぷにの何かが触れた。
「ッ⁉」
俺は驚いて目を開けるが。
「じゃ、じゃあ! 私はこれで! 失礼します!」
顔を真っ赤にしたティナさんは、頭を下げて一礼すると、脱兎の如きスピードで病室を後にしていった。
「なんだよ今の。反則だろ……」
残されたのは、唇を意識してしょうがない俺一人だった。
「良い冒険者に巡り合えたのね」
カウンターに戻ったティナは、対面で書類仕事をしているアルマからそう声を掛けられた。
「は、はい。レインさんには感謝してます」
そう言ったティナの顔が真っ赤なのに気が付き、アルマの顔にはニマニマとした笑みが浮かぶ。
「あんないい子、そうそう居ないわよ? もし落とすつもりなら、早めにね。あの子の周り、既にかわいい女の子がたくさんいるから。盗られちゃうわよ?」
「あ、アルマさん⁉」
ティナはアルマの冗談に、本気で焦ってさらに顔を真っ赤にさせる。その反応こそが、アルマにとってのご褒美であると知らずに。
「べ、別に私、レインさんのことは……」
勢いで否定するティナ。
が、そこでこれまでのレインとの日々が頭をよぎる。
出会ったとき。書類を落としてしまったティナを、レインは何も言わずに手伝ってくれて、力を貸してくれた。あの時、ティナは確かにこの人のサポーターになれたら、と思ってしまったのだ。
いつも優しくて、男の人特有のあの威張った感じを表に出さずに、自分と接してくれる。
今回だって、自分の異変にいち早く気が付いて心配してくれて。見返りも求めずにオーガの心臓を採りに行ってくれた。しかも、10階層という危険を冒してまで。
これからも一緒にいれば、喜んだり悲しんだり楽しくて笑ったり、時に喧嘩したり。
いろいろあるだろうが、そのどれもが嫌だとは感じなかった。
そこまで想像してしまって、ティナは……
「……ッ⁉」
胸がどきどきして、顔も熱い。
「ふふ。その反応は何かな~?」
「あ、あれぇ?」
アルマのからかいも意識の外。ただただ困惑するティナ。
「若いっていいわねー」
そんな姿を見て、彼氏のいない歴=年齢のアルマはため息をつく。
「私にも、王子様が来ないかしら」
つい本音が零れるのだった。
俺は怠く重い意識の中から浮上する。
「ここは……?」
上体を起こす。
白い天井が目に入った。次いで、首を巡らせると白いカーテン。少し薬臭い匂いが鼻を突く。
どうやら救護室らしい。
「ん? レイン、さん?」
横で、もぞりと動く気配があった。
ベッドの縁に頭を預け眠っていたのは、ティナさんだった。
「ティナさん?」
「え、レインさん? ……。レインさん⁉」
寝ぼけ眼をこすり数秒。
意識が覚醒したのか、俺の姿を認めるとガバッと飛びついてきた。
「レインさん! よかった、起きてくれた……」
はぁ、と大きなため息をついてホッとしているティナさん。
「えっと、ご迷惑を掛けてしまいましたか?」
10階層でモンスターの大群に襲われて、その後倒れたところまでは覚えている。後は、何か心地よいものに運ばれた記憶が薄っすらと。
「いえ、そんなことはありません。ですが、心配はしていました。一週間も寝たままだったので」
「一週間⁉ そんなに寝たままだったんですか……」
俺の記憶では、ついさっきまで迷宮で戦っていたので、今に至るまでは一瞬だったのだが、ティナさんには随分と心配をかけてしまったらしい。
そこで、俺はふと思い出す。
「そういえば。お母さんは大丈夫なんですか?」
「あ、はい。フィルさんに作っていただいた薬で、もうすっかり元気です。その節は、本当にお世話になりました」
「いえいえ。元々それが目的でしたしね。よくなったのなら何よりです」
俺たちの苦労は無駄にならなかったこと。ひとまずそれが証明されて、心の重荷がスッと軽くなったような気がした。
「あ、そういえばお医者様からの言伝があるんでした。この一週間で、傷や怪我はほとんど治っているので、明日にでも退院できる。だそうですよ」
「本当ですか? それはよかったです」
病院で数日も過ごすとか、暇すぎて退屈だからな。これは朗報だった。
「では、レインさん。私は一旦戻ってギルドのお仕事をしてきます。リアさんとセレナさんはすぐに帰ってくると思いますので、そうしたら目を覚ましたことは伝えておきますね。お二人も、随分と心配していましたから」
「あはは。お願いします」
二人にも迷惑を掛けていたか。俺がもう少し強ければ、こんなことにはならなかったのにな。
「あの、レインさん」
「はい?」
「一度、目を瞑ってくれませんか?」
「目、ですか? 構いませんけど」
言われたとおりに目を瞑る。ゴミでもついてたか?
少し待っていると、何やら唇にやわらかくてぷにぷにの何かが触れた。
「ッ⁉」
俺は驚いて目を開けるが。
「じゃ、じゃあ! 私はこれで! 失礼します!」
顔を真っ赤にしたティナさんは、頭を下げて一礼すると、脱兎の如きスピードで病室を後にしていった。
「なんだよ今の。反則だろ……」
残されたのは、唇を意識してしょうがない俺一人だった。
「良い冒険者に巡り合えたのね」
カウンターに戻ったティナは、対面で書類仕事をしているアルマからそう声を掛けられた。
「は、はい。レインさんには感謝してます」
そう言ったティナの顔が真っ赤なのに気が付き、アルマの顔にはニマニマとした笑みが浮かぶ。
「あんないい子、そうそう居ないわよ? もし落とすつもりなら、早めにね。あの子の周り、既にかわいい女の子がたくさんいるから。盗られちゃうわよ?」
「あ、アルマさん⁉」
ティナはアルマの冗談に、本気で焦ってさらに顔を真っ赤にさせる。その反応こそが、アルマにとってのご褒美であると知らずに。
「べ、別に私、レインさんのことは……」
勢いで否定するティナ。
が、そこでこれまでのレインとの日々が頭をよぎる。
出会ったとき。書類を落としてしまったティナを、レインは何も言わずに手伝ってくれて、力を貸してくれた。あの時、ティナは確かにこの人のサポーターになれたら、と思ってしまったのだ。
いつも優しくて、男の人特有のあの威張った感じを表に出さずに、自分と接してくれる。
今回だって、自分の異変にいち早く気が付いて心配してくれて。見返りも求めずにオーガの心臓を採りに行ってくれた。しかも、10階層という危険を冒してまで。
これからも一緒にいれば、喜んだり悲しんだり楽しくて笑ったり、時に喧嘩したり。
いろいろあるだろうが、そのどれもが嫌だとは感じなかった。
そこまで想像してしまって、ティナは……
「……ッ⁉」
胸がどきどきして、顔も熱い。
「ふふ。その反応は何かな~?」
「あ、あれぇ?」
アルマのからかいも意識の外。ただただ困惑するティナ。
「若いっていいわねー」
そんな姿を見て、彼氏のいない歴=年齢のアルマはため息をつく。
「私にも、王子様が来ないかしら」
つい本音が零れるのだった。
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