冒険者は覇王となりて

夜月桜

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第二章

第十四話

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「全く、昨日は本当に心配したんだからね?」
 翌日。
 俺は朝食の席で機嫌の悪いフィル姉と相対していた。
「本当に、ごめんなさい」
 素直に頭を下げる俺。
昨日は帰ってくると同時、玄関先で倒れてしまった。
 どうやら、俺自身もかなり気を張っていたらしい。周囲の目がなくなって、フィル姉の待つ家に帰ってきた。
 その安心感から玄関に入る前に倒れてしまっていたところを、俺の好物のパイを作るため、その材料の採取に出ていたフィル姉に保護された。
結局目を覚ましたのは夜中。
泣き腫らした目元を真っ赤にさせて、俺が起きるまでずっと、寝ずに看病してくれていたらしい。
まぁ、起きた後、こっぴどくお叱りを受けてしまったが。
それでも、理由を説明すると、優しく俺の頭を撫でてくれた。「よく頑張ったね」という言葉と共に。
「まぁ、そんな優しいレインに育ってくれたのは、私にとって誇りではあるんだけど。それでも、もう無茶はしちゃだめだからね?」
 メッ、とでもいうように人差し指を立てるフィル姉。
 この仕草、本人に言ったら怒るだろうが、メッチャ可愛い。フィル姉が美人だから、うん。可愛い。
 語彙力! 
 自分で自分に突っ込むが、それぐらい可愛いので仕方ない。
「レイン、聞いてるの?」
「へ? あ、ああうん! もう無茶はしないから」
「ふーん? ま、今回はレインを信じます。けど、次はないからね? あんまりお姉ちゃんを心配させないでね?」
「うん、もうしないよ」
「よし! それじゃあ、そろそろ出るでしょ?」
 残っていたパンを口に詰め込んで、用意しておいた装備一式を身に着ける。
「忘れ物はない?」
「うん、平気」
「じゃ、行ってらっしゃい。気を付けてね」
「行ってきます」
 笑顔のフィル姉に見送られて、家を後にした。

「あ、レインさん! おはようございます」
「おはようございます、ティナさん」
 ギルドに着くと、俺の姿を捕らえたティナさんがカウンターに入ってくれた。
「昨日は本当にお疲れさまでした」
「いえいえ。それよりも、彼女は無事だったんですか?」
「はい、それについては問題ありません。今朝無事だという診断が出て、既に帰宅しているはずですよ」
 だとすると、後は精神面のケアだが、それは俺の仕事ではない。彼女のサポーターがどうにかするだろう。
「あ、レインさん!」
 そう考えていた矢先、そのサポーターであるミリヤさんが声をかけてきた。
「ミリヤさん? おはようございます」
「はい、おはようございます。その、今から少しお時間頂けませんか?」
「ん? はぁ、大丈夫ですけど」
「よかった! ティナも、できれば同席してくれる?」
「いいですよ。じゃあレインさん、こちらに」
 ティナさんに案内されて、カウンター脇から、普段は立ち入る事の出来ない職員用通路を案内される。
「こちらです」
 ミリヤさんが案内した先は、応接室と思われる部屋だった。
 黒い石で造られた長テーブルと、それに応じた大きさのソファが二つ、向き合って置いてある。
 壁にはよく分からない額縁に入れられた絵や、ツボなんかも飾ってあり、見た目豪華な内装だ。
「では、お二人はこちらで少し待っててください」
そう言って、俺たちを置いてミリヤさんは部屋を出ていった。
直後、近くの部屋の扉が開けられる音が聞こえる。かと思うと、こちらに足音が向かってきた。
「お待たせしました。さ、セレナさん」
「は、はい……」
 ミリヤさんに次いで入室したのは、あの赤ローブの自称優秀な魔法使いの少女だった。
 こいつだったのか、セレナって……。
 やはり自称だったか、と、俺の勘が当たっていたことがここに判明した。
「その、昨日は助けていただいてありがとうございました」
 そう言って、セレナと呼ばれた少女は頭を下げてきた。
「私からも改めて。昨日は、本当にありがとうございました」
 次いで、ミリヤさんも頭を下げてくる。
「お二人とも、もういいですから。頭を上げてください」
 正直、昨日からお礼を言われていて、もうお腹いっぱいだ。
 それに、俺としては特別なことをした気などない。
「レインさんが言っているのです。頭を上げてください」
 俺の言葉では頭を上げない二人に、ティナさんが声をかける。
 すると、それでようやく頭を上げた。
「というよりも、セレナ、だったか? お前、テストのときに優秀とか言ってなかったか?」
「え? って、あ、あんた⁉」
 向こうも俺の存在に気が付いたらしい。
というか、誤ったくせにこっちの顔すら確認してなかったのか?
まぁ、顔が真っ赤だし、よっぽど緊張していたのは火を見るよりも明らかなのだが。
「セレナさん、レインさんをご存じなのですか?」
「レインさん、こちらの方をご存じなのですか?」
 二人のサポーターから、名詞違いの質問がされる。
「は、はい。その、テストのときにパーティに誘っていて……」
「はい。テストのときにパーティに誘われたんですけど、自分で優秀とか言ってたので断ったんです」
 しどろもどろのセレナと違い、俺はきっぱりと答えた。すると、その俺の言葉にセレナが喰いかかってくる。
「あんた、人が後悔していることをわざわざ言わなくてもいいでしょ⁉」
「なんだ、事実だろ?」
「ッく、なんであの時の私はぁ~⁉」
 ふむ、あの一件は本人的にも恥ずかしいらしい。いわゆる黒歴史か。
「あ、あはは……。なんだかお二人とも、息ピッタリですね?」
「「どこが⁉」」
「そういうところですよ、レインさん」
 それを見て、苦笑しながらティナさんが言う。
 なぜだか知らないが、このセレナとかいう女と話していると、ペースが乱される。
「それで、こんなところに呼び出して、何の用なんだ?」
 これ以上は分が悪い気がして、強引に話を変える。
「あ、はい。ほら、セレナさん」
「え? でも、ちょっと気持ちが変わったというか……」
「何言ってるんですか⁉ もしこれからもソロでやる、とか言い出すのなら1階層しか冒険を認めませんよ? そうすれば、セレナさんは赤字ですね? そうしてまた無茶をして2階層に行ってオークに負けて。次はオークの赤ちゃんでも生みたいんですか?」
「なッ⁉ そ、それは嫌ですけど……。あぁ、もう! 分かりましたよ! いえばいいんですよね、言えば!」
 よくわからんが、オークの赤ちゃん? なんだ、すごく気になるぞ?
「れ、レインだっけ? その……。あぁ、もう! あんた、私とパーティを組みなさい!」
「断る」
 なんだ、こいつは?
 顔を真っ赤にさせながらこっちを指さして命令とはいい度胸だ。
「なんでお前に命令されなくちゃいけない? 俺はこれからもソロでやる。ポンコツは一人で1階層を冒険してるのがお似合いじゃないか?」
 何が悲しくて、このポンコツ魔法使いとパーティなぞ組まなくてはならんのだ。
「なッ⁉ 誰がポンコツよ⁉ あんたなんか私の魔法で一撃なんだからね!」
「へぇ、やってみろよ」
 二人の間で火花が散る。
 が、すぐに両サポーターが間に入ってくる。
「落ち着いてください、レインさん! どうしたんですか? なんだかいつもと違いますよ?」
 ティナさんの優しい目に見つめられて、俺の中でヒートアップしていた部分が瞬時に鎮火する。
「す、すいません。でも、なんかあいつと話してると自然とこうなるというか……」
 本当にうまく言えないが、勝手にこうなる。
 そして、それは向こうも同じだったらしい。ミリヤさんに諭されておとなしくなっている。
「そうだ、お二人とも。ここは私がお金を出しますから、カフェに行ってみるのはどうですか? この間ケーキの美味しいお店を見つけたんですよ」
「「ケーキ⁉」」
 また、声が重なった。
「へぇ、あんたケーキ好きなんだ? 意外と可愛い部分もあるのね?」
「い、いいだろ別に⁉ 男でも甘いものが好きなんだよ!」
「ああ、もう! セレナさん、いい加減にしないとあなたの分のお金は出しませんよ? セレナさんだけお水。それでもいいんですか?」
「す、すいませんでした……」
 ケーキ無し、その言葉ですぐにセレナは大人しくなった。
「では、レインさん。申し訳ないんですがお付き合いいただけますか? パーティの件、もし本当に嫌でしたら、強制はしませんので。ですが、ご存じのとおりポンコツですので、受け入れ先がないのです。ですから、どうかレインさんに面倒を見ていただけると、本当に助かります」
「ミリヤさんまで⁉」
 とうとうサポーターにも“ポンコツ”と言われたセレナは、涙目になっている。
 ふッ、いい気味だぜ。
「レインさん? 相手は仮にも女性ですからね? 私のときみたいに、優しくしてあげてください。いいですか?」
「は、はい……」
 なぜだ。フィル姉に見つめられると言い返せなくなるように、ティナさんに見つめられても言い返せなくなる。
 まぁ、フィル姉にしてもティナさんにしても、反則級に可愛いからな。うん、可愛い女性の希望は叶えなければならない。
 男とは、可愛くて綺麗な女性の前では見栄を張りたくなるのだ。
「ほら、行くぞ」
 ミリヤさんにお金をもらうついでに場所を教えてもらい、俺は渋々セレナと共にカフェへと向かってギルドを後にした。
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