トリガーダンス

霧嶋めぐる

文字の大きさ
上 下
7 / 9

しおりを挟む
 夜明けになると、ご主人様は家に帰ってきた。鍵の開く音がしたら、それが合図だ。

 玄関に駆け出すオレの後ろを、カノンがゆったりとした足取りでついてくる。扉が開き、姿を見せたご主人様にオレは飛びついた。

「おかえりなさい、ご主人様!」

「うわっ……はは、エアは今日も元気だな」

 ご主人様の着ているコートから外の香りがする。オレの嫌いな匂い。胸がざわざわする。だけど、オレを受け止めるご主人様の体は温かくて、心がほっと温かくなる。

 オレはご主人様のコートに自分のほっぺたを擦り付ける。少しでもオレの存在がご主人様の体に染み渡るように。

「ちゃんと留守番してた?」

「はい!」

「浴室の掃除は済ませていますよ。シャワーを浴びられますか?」

「そうだなぁ……今日は疲れたから、先に休ませてもらうよ」

 やったぁ! 心の中でガッツポーズをする。

 カノンにほくそ笑んでみせると、カノンは口元に手を当て、くすくすと笑う。

 ご主人様が、あっ、と声をあげた。

「少し仮眠を取ったら風呂にも入らせてもらおうかな。カノン、一時間後に起こしてくれる?」

……え?

「分かりました。では、その時にお風呂に入れるように準備しておきますね」

「ありがとう。よろしく頼んだよ」

 ちょ、ちょっと待って!

「ご主人様、ご主人様! オレだってご主人様を起こすことくらいできます!」

「この前、エアは僕を起こすのを忘れてただろ」

「そ、それはそうですけど……でも、ちゃんと反省したから次は失敗しません!」

 ご主人様は困ったように笑って、オレの頬を掌で包む。

「本当に? 今度は失敗しない?」

「うん!」

「じゃあ、お願いしようかな。エア、今日は少し寒いから、一緒に眠ってくれる?」

「……へへ。そう言うと思って、ご主人様の部屋を温めておいたんだ」

「エアは偉いなぁ」

 頭をよしよしと撫でられ、オレは有頂天だった。
 そうだろそうだろ。もっと褒めてよ。ご主人様ったら、オレがいなくちゃダメダメなんだから。なんて思ったりして。

 ご主人様の香りに包まれながら目を閉じる。温かくて、心地が良くて、今にも眠りの底に落ちていきそうなまどろみの中、オレの意識はふわふわと辺りを漂っている。

 アンドロイドは眠らないんだってカノンは言っていた。だけどそれは違う。アンドロイドだって眠るんだ。幸せを感じた時、オレはまぶたが重くなる。

 オレを傷つけるものはここにはいないから、だから、眠っていいんだよ。

「ご主人様」

「なんだい?」

「オレのこと、すきですか?」

「好きだよ。大好きだ」

「じゃあカノンのことは?」

 オレの頭を撫でる手が止まる。気のせいなんじゃないかと思うくらい、ほんのちょっとの間だけ。オレ達の間に空白が生まれる。

「……好きだよ」

 ご主人様なら、そう言うに違いないって分かってた。

「だったら、いいですよね」

「はは。やけに楽しそうだね。何を考えてるんだい」

「この家に、ご主人様とオレとカノンの三人で暮らすんです。これからもずっと。本当の家族として」

 依頼が終われば、オレが一人前のアンドロイドになれば、カノンは去ってしまう。それは嫌だ。

 ちゃんとした理由が欲しい。カノンじゃなくちゃいけない理由が、カノンがここにいて良い理由が欲しい。

 ご主人様はどうしてカノンを連れてきたんだろう。

 いつも遊びにくる猫ちゃんじゃなくて、いつも食材を持ってきてくれる配達員さんじゃなくて、お隣さんじゃなくて、他のアンドロイドじゃなくて、どうしてカノンなんだろう。

 契約って、どうやってするんだろう。プライドの高そうなあのアンドロイドをご主人様はどうやって説得したんだろう。

……それって、アンドロイド同士でもできるのかな。

 オレはご主人様の胸元に顔をこすりつける。ご主人様はくすりと笑って、オレの髪を撫でる。

「良いね、家族。とても素敵な響きだ」

 一時間後、オレはご主人様を起こすことができずにスヤスヤと眠っていた。カノンに起こされたご主人様は、カノンと一緒にお風呂に入ったらしい……ああ、また。二人に二人を独占されてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

明けない永遠の夜に

霧嶋めぐる
BL
ゴミ捨て場に捨てられたアンドロイドを拾った星野瞬一は、友人の佐藤永遠(とわ)にアンドロイドの修復を頼んだ。 佐藤に片想いする瞬一と、プログラミング以外に興味を示さない佐藤。 佐藤がアンドロイドに執心しているのを知っていながら、瞬一はアンドロイドを見捨てるという選択をしなかった。 今日も瞬一は佐藤の家を訪れ、寝食を忘れて作業に没頭する彼のために食事を作る。 いつか佐藤が自分を見てくれる日を願って。 * バッドエンドです。人によってはメリーバッドに見えるかもしれません。 そういう話が苦手な人にはおすすめできません。 アンドロイドや人間の脳に関する独自の解釈・設定を含みますがエビデンス的な何かは全くありません。全て筆者の妄想です。

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

白雪王子と容赦のない七人ショタ!

ミクリ21
BL
男の白雪姫の魔改造した話です。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

つぎはぎのよる

伊達きよ
BL
同窓会の次の日、俺が目覚めたのはラブホテルだった。なんで、まさか、誰と、どうして。焦って部屋から脱出しようと試みた俺の目の前に現れたのは、思いがけない人物だった……。 同窓会の夜と次の日の朝に起こった、アレやソレやコレなお話。

嫌がる繊細くんを連続絶頂させる話

てけてとん
BL
同じクラスの人気者な繊細くんの弱みにつけこんで何度も絶頂させる話です。結構鬼畜です。長すぎたので2話に分割しています。

溺愛

papiko
BL
長い間、地下に名目上の幽閉、実際は監禁されていたルートベルト。今年で20年目になる檻の中での生活。――――――――ついに動き出す。 ※やってないです。 ※オメガバースではないです。 【リクエストがあれば執筆します。】

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

処理中です...