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51話「帰郷」
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緑さんの家は駅から歩いて15分くらいの場所にあった。歩道のないだだっ広い車道を歩き続けた先、ガードレールの切れ目の向こうに立つ家。あれが緑さんのお父さんの実家だ。
家へと続く小道に沿うように竹藪と川があった。6月くらいになると蛍がやってきて綺麗なんだ、筍も良く取れるんだ、と緑さんが教えてくれる。
家の前には花壇が置かれていて、そこには赤と白の彼岸花が植えられていた。
彼岸花って栽培できるんだ。知らなかった。
*
緑さんが玄関の扉を開ける。驚いたことに鍵がかけられていなかった。都会ではありえないことだけど、田舎では良くあることらしい。
「ばあちゃん、帰ったよ」
緑さんが声を上げると、しばらくして、家の奥から女の人がやってきた。お祖母さんはしわくちゃな笑みを浮かべ、僕の前に立った。
「こんな遠いところまで、良く来てくれたわね」
愛嬌のある、優しそうなお祖母さんだ。目元に少し緑さんの面影があるような気がする。
「いつも緑さんと親しくさせてもらってます。えっと……僕は、緑さんの友達で」
「友達じゃないよ」
「「え」」
お祖母さんとハモってしまう。
「こいつ、俺の彼氏」
びっくりした。嬉しいんだけど、ご年配の方にそんな紹介の仕方して、大丈夫なんだろうか。びっくりし過ぎて、入れ歯がぽんって飛び出たりしないだろうか。
「あら」
お祖母さんは目をまん丸にさせた後、にっこりと口を大きく開けて笑った。良かった。入れ歯じゃなかった。
「あなた、彼方ちゃんのお友達よね。背が高いわ」
「は、はい」
「それに顔もすごく綺麗。本当にハンサムねえ」
「ありがとうございます」
「あなたみたいな素敵な子が、うちの男と付き合って大丈夫なの? 苦労するわよ。お祖父ちゃんも緑ちゃんも彼方ちゃんも、うちの男子は代々みーんないじっぱりでめんどくさい子ばかりなんだから」
「存じ上げてます」
「存じ上げんなよ」
だって事実だし。
「これ、灰人からのお土産」
緑さんが僕の手から紙袋を奪い、お祖母さんに手渡す。
「……あら、和菓子じゃない」
「僕、和菓子好きなんです。実家が和菓子屋さんなんで」
「お前ん家、いつ行っても和菓子ばっか出てきたよな」
「せっかくだからみんなで食べましょう」
お祖母さんが大きな声で「あなた」と呼ぶと、今度はお祖父さんがやってきた。年はそれなりに重ねていそうだけど、年齢の割には背筋がしゃんとしていて若々しく見える。
「あなた、お茶入れてきてちょうだい」
「何で俺がそんなことを_____」
「良いから早く。文句言わないの」
どうやらこの家ではお祖母さんの方が位が高いみたいだ。お祖父さんは物言いたげに僕をひと睨みして、キッチンに消えた。
「どうしよう、僕、邪魔者だって思われてるかなぁ」
「心配すんな。照れてるだけだから、あれ」
「照れてる?」
十数分後、人数分のお茶を乗せたトレイと共に、お祖父さんが客間にやってきた。お祖父さんはトレイを机に置くと、脇に挟んでいたそれを僕に差し出した。
「……サインをくれないか」
うっすらと顔が赤らんでいた。僕の横で緑さんが「な? 照れてるだけだって言っただろ」と耳打ちをした。
緑さんのご実家は、とても居心地が良かった。
優しくてしっかり者のお祖母さんと、寡黙で一見何を考えてるか分からないけど照れ屋で笑った顔が可愛いお祖父さん。
和気藹々とした会話に加わって楽しいひと時を過ごす。緑さんはお祖母さんの会話に笑って相槌を打ちながら、2人には見えないように僕の手を強く握りしめていた。
ひとしきり会話が済んだところで、緑さんが立ち上がる。
「俺、灰人に街を案内してくる」
「遅くならないうちに早く帰ってくるのよ」
「分かってるよ。ほら、行こう、灰人」
緑さんに連れられ家の外に出る。ニコニコ笑っていた緑さんが、お祖母さんの姿が見えなくなった瞬間に笑みを消した。
「良い人達だね」
「うん。良い人達なんだよ、みんな」
緑さんの恋人であると知った後でも態度を変えなかった。余所者の僕が疎外感を覚えないように、向こうから話しかけてくれた。みんなが笑っていた。
不自然なほどに明るかった。誰も緑さんのお父さんのことを話題に出そうとしなかった。まるで、そもそも緑さんのお父さんなんていなかったみたいに、存在感がなかった。
お父さんが亡くなって半年が経つ。それだけの年月が経っているのだから、そして来客である僕を目の前にして、わざわざお父さんの話はしないだろう。
果たしてそれだけなんだろうか。だとしたら何故、緑さんはこんなに悲しそうな表情をしているんだろう。どうして、僕の手をずっと握りしめていたんだろう。
家へと続く小道に沿うように竹藪と川があった。6月くらいになると蛍がやってきて綺麗なんだ、筍も良く取れるんだ、と緑さんが教えてくれる。
家の前には花壇が置かれていて、そこには赤と白の彼岸花が植えられていた。
彼岸花って栽培できるんだ。知らなかった。
*
緑さんが玄関の扉を開ける。驚いたことに鍵がかけられていなかった。都会ではありえないことだけど、田舎では良くあることらしい。
「ばあちゃん、帰ったよ」
緑さんが声を上げると、しばらくして、家の奥から女の人がやってきた。お祖母さんはしわくちゃな笑みを浮かべ、僕の前に立った。
「こんな遠いところまで、良く来てくれたわね」
愛嬌のある、優しそうなお祖母さんだ。目元に少し緑さんの面影があるような気がする。
「いつも緑さんと親しくさせてもらってます。えっと……僕は、緑さんの友達で」
「友達じゃないよ」
「「え」」
お祖母さんとハモってしまう。
「こいつ、俺の彼氏」
びっくりした。嬉しいんだけど、ご年配の方にそんな紹介の仕方して、大丈夫なんだろうか。びっくりし過ぎて、入れ歯がぽんって飛び出たりしないだろうか。
「あら」
お祖母さんは目をまん丸にさせた後、にっこりと口を大きく開けて笑った。良かった。入れ歯じゃなかった。
「あなた、彼方ちゃんのお友達よね。背が高いわ」
「は、はい」
「それに顔もすごく綺麗。本当にハンサムねえ」
「ありがとうございます」
「あなたみたいな素敵な子が、うちの男と付き合って大丈夫なの? 苦労するわよ。お祖父ちゃんも緑ちゃんも彼方ちゃんも、うちの男子は代々みーんないじっぱりでめんどくさい子ばかりなんだから」
「存じ上げてます」
「存じ上げんなよ」
だって事実だし。
「これ、灰人からのお土産」
緑さんが僕の手から紙袋を奪い、お祖母さんに手渡す。
「……あら、和菓子じゃない」
「僕、和菓子好きなんです。実家が和菓子屋さんなんで」
「お前ん家、いつ行っても和菓子ばっか出てきたよな」
「せっかくだからみんなで食べましょう」
お祖母さんが大きな声で「あなた」と呼ぶと、今度はお祖父さんがやってきた。年はそれなりに重ねていそうだけど、年齢の割には背筋がしゃんとしていて若々しく見える。
「あなた、お茶入れてきてちょうだい」
「何で俺がそんなことを_____」
「良いから早く。文句言わないの」
どうやらこの家ではお祖母さんの方が位が高いみたいだ。お祖父さんは物言いたげに僕をひと睨みして、キッチンに消えた。
「どうしよう、僕、邪魔者だって思われてるかなぁ」
「心配すんな。照れてるだけだから、あれ」
「照れてる?」
十数分後、人数分のお茶を乗せたトレイと共に、お祖父さんが客間にやってきた。お祖父さんはトレイを机に置くと、脇に挟んでいたそれを僕に差し出した。
「……サインをくれないか」
うっすらと顔が赤らんでいた。僕の横で緑さんが「な? 照れてるだけだって言っただろ」と耳打ちをした。
緑さんのご実家は、とても居心地が良かった。
優しくてしっかり者のお祖母さんと、寡黙で一見何を考えてるか分からないけど照れ屋で笑った顔が可愛いお祖父さん。
和気藹々とした会話に加わって楽しいひと時を過ごす。緑さんはお祖母さんの会話に笑って相槌を打ちながら、2人には見えないように僕の手を強く握りしめていた。
ひとしきり会話が済んだところで、緑さんが立ち上がる。
「俺、灰人に街を案内してくる」
「遅くならないうちに早く帰ってくるのよ」
「分かってるよ。ほら、行こう、灰人」
緑さんに連れられ家の外に出る。ニコニコ笑っていた緑さんが、お祖母さんの姿が見えなくなった瞬間に笑みを消した。
「良い人達だね」
「うん。良い人達なんだよ、みんな」
緑さんの恋人であると知った後でも態度を変えなかった。余所者の僕が疎外感を覚えないように、向こうから話しかけてくれた。みんなが笑っていた。
不自然なほどに明るかった。誰も緑さんのお父さんのことを話題に出そうとしなかった。まるで、そもそも緑さんのお父さんなんていなかったみたいに、存在感がなかった。
お父さんが亡くなって半年が経つ。それだけの年月が経っているのだから、そして来客である僕を目の前にして、わざわざお父さんの話はしないだろう。
果たしてそれだけなんだろうか。だとしたら何故、緑さんはこんなに悲しそうな表情をしているんだろう。どうして、僕の手をずっと握りしめていたんだろう。
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