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49話「何も変わらない」

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 緑さんが実家に戻って1年が経った。幸いなことに、僕と緑さんの関係は続いていた。暇な時間に電話で喋った。緑さんは僕のくだらない話を頷いて聞いてくれたけれど、自分のことはあまり話そうとしなかった。

 最近どう? と尋ねると「普通だよ」と返ってくる。それだけ。でも、それで良かった。言うことがないってことは、平和な証なのだと僕は思うことにした。

 ある日緑さんが、何でもないことのように言った。

「そういえば、半年前に親父が死んだんだよ」

 びっくりし過ぎて、それ以前の会話を忘れてしまった。僕の頭がハテナで埋め尽くされる。

 亡くなった? 緑さんのお父さんが? あのお父さんが?……どのお父さんが?

 僕は緑さんのお父さんのことをあまり詳しく知らないし、緑さんから聞いたことはない。彼方が以前「碌でもない奴だったよ」と話していたのを聞いたくらいだ。そういえば、彼方もお父さんの話は全くしていなかった。

「彼方は、そのこと知ってるの?」

「知ってる。俺が教えた」

「なんって言ってました?」

「『まだ死んでなかったんだ』だってさ。まぁ、そんなもんだよな。殆ど仕事ばかりで家にいなかったし、興味なくても仕方ないよな」

 いや、その言い方は明らかに「興味がない」ではなく、強い恨みがこもっているような気がする。でも、言わないでおこう。言ったところでそれこそ「仕方ない」話だ。

「……俺も同じこと、前は思ってたよ」

 緑さんは言った。

「家に帰って親父を見る度に、『なんでまだ生きてるんだろう』って思ってた。こいつさえいなければ、誰も不幸にはならなかったんじゃないかってさ」

 僕は何も言えなかった。

「でも、何も変わらなかったよ。半年待ってみたけど何も変わらなかった。母さんと親父が離婚した事実は消えなかったし、あの頃の日々は戻ってこない」

 どうして、穏やかな口調で、ともすれば笑みすら浮かべていそうな声で、そうも寂しいことが言えるんだろう。

 僕は不安になった。今度こそ緑さんが消えてしまいそうな気がした。

 捕まえなければ。でも、どうやって。

「……緑さん。好きだよ」

「知ってる」

「告白ついでに、頼みがあるんだけど」

「どっちかって言うと告白の方がおまけな感じがするんだけど……何?」

「今度、緑さんのお家にお邪魔させてください」

 緑さんと直接会って話したかった。

 こうして僕は緑さんの故郷に向かった。

 
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