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42話「因縁」
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「_____小学生の頃、俺のいたクラスに転校生がやってきたんだ。そいつは以前の学校でいじめられてたみたいで、いつもオドオドして、泣き虫で、周りの目を気にしてばかりいた。
でも俺はそいつのことが好きだった。あいつに……赤槻に似てたから、放っておけなかったんだ。だから俺はそいつと友達になった」
斑目が、俺の話に黙って耳を傾ける。
「緑さんのことを知りたい」斑目がそう言ったから、俺は昔話をひとつすることにした。俺と赤槻にまつわる話だ。
俺が赤槻のことを嫌いになった出来事の話。
「でも、ある時からそいつは俺のことを無視するようになった。一緒に遊んでくれなくなった。突然のことだった。訳が分からなくて、そいつの周りに話を聞いたんだ。そしたら、俺がそいつの悪口を言いふらしてることになってた。先生にも怒られた。
『そんなことをするような子だとは思えなかった』って言われた。そんなことしてないって言っても、誰も信じてくれなかった」
放課後の帰りの会で、俺はクラスメイト全員の前でそいつに謝ることになった。覚えのない罪で罰せられ、頭を下げながら俺は、こんなことをする奴は1人しかいないと思った。
彼方だ。同じ顔で、俺の真似をするのが得意なあいつでなければ、こんなことができるはずがない。
「俺は家に帰って、赤槻を問いただした。そしたらあいつ、きょとんとしてるんだよ。何で怒られなきゃいけないのか分からないって顔して、俺に言うんだ。
『あんな奴、緑には釣り合わない』『いじめられっ子のくせに緑と仲良くするなんて許せない』『緑は優しくて拒否なんてできないだろうから、俺が代わりにあいつに言ってやったんだ』ってさ」
その日、俺達は初めて殴り合いの喧嘩をした。と言っても、俺が一方的に赤槻を殴ったのだが。
同じ顔を持つあいつのことが憎らしくて仕方なかった。何度も、何度も、顔面を殴って、二度と俺の真似なんてできなくさせてやろうと思った。
あいつは俺の拳から流れる血と自身の血液で顔面をぐしゃぐしゃにしながら、涙を流して俺に謝った。
でもあいつは俺が怒った意味なんて全く理解していなかった。怪我が治った頃、あいつは俺に言ったのだ。
「緑、取り替えっこをしよう」と。汚れのない澄んだ瞳で俺を見つめていたあいつが、弟だったはずのあいつが、俺は恐ろしかった。
「……あいつは、俺のことなんか好きじゃないんだよ。自分が嫌いなんだ。だから、俺に成り代わろうとしている」
強くて優しくて皆の人気者の「秋葉緑」など、あいつの頭の中にしか存在しない。完全無欠な人間像を俺に当て嵌め、俺を無理やりそこに押し込め、束縛し、その上で俺に取って代わろうとした。
あいつは俺から、俺らしく生きる権利を奪った。だから俺はあいつが嫌いなんだ。
俺が話を終えても、斑目はしばらくの間黙っていた。
「俺の言ったこと、嘘だと思う? 子供のしたことなんだから許してやれって思う? 俺が間違ってると思う?」
斑目は首を横に振った。
「彼方は仕事以外の場所でも、ファンの思い描く『赤槻彼方』から逸脱した行動を決して取らなかった。僕と2人きりの時でさえも。
僕は彼方がそれだけモデルという仕事に誇りを持っているんだと思っていたし、だからこそあんな短期間であそこまで人気になれたんだと思っていたけど……そっか。彼方にとっては、それが当たり前のことだったんですね」
「あいつにとって、芸能活動はまさに天職だろうね。あいつは演じることに今までの人生の全てを捧げてきた。人前に立つことなんて、その延長線に過ぎない」
「……演じ続けるって、辛くないのかな」
「分からないけど、もしあいつが無理をしているなら、いつか限界が来るはずだよ。俺が直接手を下さなくても、赤槻彼方は何らかの形で瓦解するはずだ」
「だから、緑さんは復讐するのをためらってたんですか?」
「……さあね」
俺は彼方のことが嫌いだ。でも、親父のことを抜きにして、俺自身があいつに仕返しをしてやりたいと思っていたかは正直なところ分からない。かと言って俺は今の彼方を助けたいとも思わない。
もう家族ではないのだ。あいつが人知れず悩んでいたとして、手を差し伸べる理由もない。名前も生活環境も違う今、あいつと俺を繋ぐものなんて、瓜二つなこの顔しかないのだから。
「ねぇ、緑さん。緑さんはこんなこと言ったら怒るかもしれないけど、僕は彼方が緑さんのことを好きじゃなかったとは思えないんです」
斑目が、ためらいがちにそんなことを言った。
「彼方のしたことは間違ってるし、緑さんが怒るのも無理はないと思う。でも、僕はずっと彼方から緑さんの話を聞いてました。
彼方はいつも楽しそうに緑さんの話をしていた。自慢の兄だって言ってた。永遠の憧れだって言ってた。そこに嘘はないと思うんです。自分が嫌いだからこそ、誰かに強い憧れを抱くことってありませんか?」
「……お前は俺と赤槻の、どっちの味方なんだよ」
「どっちのとかじゃない。僕はただ、2人に後悔したままでいてほしくないんだ。できることなら、2人が幸せであってほしい」
「今の話を聞いても、あいつに幸せになってほしいんだ」
「はい。緑さんのことも彼方のことも僕は大好きなんです。嫌いにはなりたくないんです」
これって偽善ですかね? と、困ったように斑目は笑う。
俺の中の醜い感情が、みるみるうちに萎んでいくのを感じる。
呆れた。いや、呆れを通り越して最早感動すら覚えている。
斑目は俺のことを信じると言ってくれた。かと言って、俺の全てを肯定するわけでもないらしい。あくまで中立的な立ち位置で、俺に寄り添おうとしているのだ。
こいつは案外、俺が想像しているよりも遥かに大人なのかもしれない。
「お前って、そういう奴だよな」
「どういう意味ですか。僕馬鹿だから、はっきり言ってもらわないと分からないんだけど」
自分で言うなよ。
「お前のそういうとこ、ムカつくけど好きだよ。盲目的に信仰されるより、よっぽど良い」
斑目の髪を撫でると、斑目は期待の眼差しで俺を見つめる。
……いい加減、キスをする時は目を瞑るもんだって、学習してくれないかなぁ。恥ずかしいんだけど。
でも俺はそいつのことが好きだった。あいつに……赤槻に似てたから、放っておけなかったんだ。だから俺はそいつと友達になった」
斑目が、俺の話に黙って耳を傾ける。
「緑さんのことを知りたい」斑目がそう言ったから、俺は昔話をひとつすることにした。俺と赤槻にまつわる話だ。
俺が赤槻のことを嫌いになった出来事の話。
「でも、ある時からそいつは俺のことを無視するようになった。一緒に遊んでくれなくなった。突然のことだった。訳が分からなくて、そいつの周りに話を聞いたんだ。そしたら、俺がそいつの悪口を言いふらしてることになってた。先生にも怒られた。
『そんなことをするような子だとは思えなかった』って言われた。そんなことしてないって言っても、誰も信じてくれなかった」
放課後の帰りの会で、俺はクラスメイト全員の前でそいつに謝ることになった。覚えのない罪で罰せられ、頭を下げながら俺は、こんなことをする奴は1人しかいないと思った。
彼方だ。同じ顔で、俺の真似をするのが得意なあいつでなければ、こんなことができるはずがない。
「俺は家に帰って、赤槻を問いただした。そしたらあいつ、きょとんとしてるんだよ。何で怒られなきゃいけないのか分からないって顔して、俺に言うんだ。
『あんな奴、緑には釣り合わない』『いじめられっ子のくせに緑と仲良くするなんて許せない』『緑は優しくて拒否なんてできないだろうから、俺が代わりにあいつに言ってやったんだ』ってさ」
その日、俺達は初めて殴り合いの喧嘩をした。と言っても、俺が一方的に赤槻を殴ったのだが。
同じ顔を持つあいつのことが憎らしくて仕方なかった。何度も、何度も、顔面を殴って、二度と俺の真似なんてできなくさせてやろうと思った。
あいつは俺の拳から流れる血と自身の血液で顔面をぐしゃぐしゃにしながら、涙を流して俺に謝った。
でもあいつは俺が怒った意味なんて全く理解していなかった。怪我が治った頃、あいつは俺に言ったのだ。
「緑、取り替えっこをしよう」と。汚れのない澄んだ瞳で俺を見つめていたあいつが、弟だったはずのあいつが、俺は恐ろしかった。
「……あいつは、俺のことなんか好きじゃないんだよ。自分が嫌いなんだ。だから、俺に成り代わろうとしている」
強くて優しくて皆の人気者の「秋葉緑」など、あいつの頭の中にしか存在しない。完全無欠な人間像を俺に当て嵌め、俺を無理やりそこに押し込め、束縛し、その上で俺に取って代わろうとした。
あいつは俺から、俺らしく生きる権利を奪った。だから俺はあいつが嫌いなんだ。
俺が話を終えても、斑目はしばらくの間黙っていた。
「俺の言ったこと、嘘だと思う? 子供のしたことなんだから許してやれって思う? 俺が間違ってると思う?」
斑目は首を横に振った。
「彼方は仕事以外の場所でも、ファンの思い描く『赤槻彼方』から逸脱した行動を決して取らなかった。僕と2人きりの時でさえも。
僕は彼方がそれだけモデルという仕事に誇りを持っているんだと思っていたし、だからこそあんな短期間であそこまで人気になれたんだと思っていたけど……そっか。彼方にとっては、それが当たり前のことだったんですね」
「あいつにとって、芸能活動はまさに天職だろうね。あいつは演じることに今までの人生の全てを捧げてきた。人前に立つことなんて、その延長線に過ぎない」
「……演じ続けるって、辛くないのかな」
「分からないけど、もしあいつが無理をしているなら、いつか限界が来るはずだよ。俺が直接手を下さなくても、赤槻彼方は何らかの形で瓦解するはずだ」
「だから、緑さんは復讐するのをためらってたんですか?」
「……さあね」
俺は彼方のことが嫌いだ。でも、親父のことを抜きにして、俺自身があいつに仕返しをしてやりたいと思っていたかは正直なところ分からない。かと言って俺は今の彼方を助けたいとも思わない。
もう家族ではないのだ。あいつが人知れず悩んでいたとして、手を差し伸べる理由もない。名前も生活環境も違う今、あいつと俺を繋ぐものなんて、瓜二つなこの顔しかないのだから。
「ねぇ、緑さん。緑さんはこんなこと言ったら怒るかもしれないけど、僕は彼方が緑さんのことを好きじゃなかったとは思えないんです」
斑目が、ためらいがちにそんなことを言った。
「彼方のしたことは間違ってるし、緑さんが怒るのも無理はないと思う。でも、僕はずっと彼方から緑さんの話を聞いてました。
彼方はいつも楽しそうに緑さんの話をしていた。自慢の兄だって言ってた。永遠の憧れだって言ってた。そこに嘘はないと思うんです。自分が嫌いだからこそ、誰かに強い憧れを抱くことってありませんか?」
「……お前は俺と赤槻の、どっちの味方なんだよ」
「どっちのとかじゃない。僕はただ、2人に後悔したままでいてほしくないんだ。できることなら、2人が幸せであってほしい」
「今の話を聞いても、あいつに幸せになってほしいんだ」
「はい。緑さんのことも彼方のことも僕は大好きなんです。嫌いにはなりたくないんです」
これって偽善ですかね? と、困ったように斑目は笑う。
俺の中の醜い感情が、みるみるうちに萎んでいくのを感じる。
呆れた。いや、呆れを通り越して最早感動すら覚えている。
斑目は俺のことを信じると言ってくれた。かと言って、俺の全てを肯定するわけでもないらしい。あくまで中立的な立ち位置で、俺に寄り添おうとしているのだ。
こいつは案外、俺が想像しているよりも遥かに大人なのかもしれない。
「お前って、そういう奴だよな」
「どういう意味ですか。僕馬鹿だから、はっきり言ってもらわないと分からないんだけど」
自分で言うなよ。
「お前のそういうとこ、ムカつくけど好きだよ。盲目的に信仰されるより、よっぽど良い」
斑目の髪を撫でると、斑目は期待の眼差しで俺を見つめる。
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