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41話「ずるい人」
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「何もしてない……って?」
緑さんは困惑したように引き攣った笑みを浮かべた。
「あんなことをしたのは緑さんではないってことです」
「違うよ。あれは俺がやったんだ」
「いや、あれは緑さんじゃありません」
「どうして、そんなことが言えるんだよ」
「何となくです」
「何となくって……」
確かな根拠なんてない。決定的な証拠もない。だけど僕は、事務所にあの動画を送ったのは緑さんじゃないと思った。
「緑さんの言動にずっと違和感があったんです。緑さんは彼方に復讐をしたいって言ってましたけど、そう言う割にはどういう方法で復讐をするとか、そんな話は全然してなかったし、そもそも緑さんが何をしたいのか、近くで緑さんのことを見ていた僕も良く分からなかったんです」
間違っていても良い。とにかく緑さんに僕の話を聞いてほしかった。一方的にお金を返され全てをなかったことにされるなんて、あまりにも虫が良すぎる。
「なんていうか、漠然とし過ぎてるというか、ぼんやりしてる、みたいな? とにかく、しっかりと計画を立てているようには見えなかったんです。
でも、わざわざ実家を離れて彼方の近くに住むほどなのに、肝心の復讐方法だけは考えてないなんて、おかしいじゃないですか」
「……お前に計画をバラしたら、阻止されると思ったんだよ。だから言わなかっただけだ」
「計画って、どんな計画だったんですか?」
「そんなの分かるだろ。あいつの振りをして、あいつを貶めたかったんだよ。赤槻は男と寝るような奴だって想わせたかったんだよ」
「だったらネットに公開したら良いじゃないですか。その方が反響も大きいでしょう。わざわざ事務所に送りつけるなんて、警戒してくれって言ってるようなものじゃないですか」
「予告だよ。もし事務所が無視するなら、ネットにも同じものをあげるつもりだった」
「なら、証拠を見せてくださいよ。持ってるんでしょ、それ」
緑さんは彼方から「リコリス」のことを聞いたと言っていた。だけど彼方のあの取り乱し方からして、「あの映像に映ってるのはあなたですか」と彼方が緑さんに直接聞けるとは思えない。
緑さんはリコリスのことが事務所にバレたことは知っていても、何が送られたかは知らないんじゃないだろうか。
「見せてくださいよ。ほら、早く。まさか捨てたなんて言いませんよね?」
僕は緑さんが好きだ。緑さんを守りたい。それなのに緑さんを追い詰めるような言い方しかできない。そんな自分が不快で、ムカつく。
でも、やるしかない。
「見せたら返してくれないだろ」
「そんなことしません」
「お前、赤槻のこと守りたいんじゃないの?」
「守りたいですよ。でも、それとこれとは話が別です。僕は今、緑さんが本当にそれを持っているのかって話をしてるんですよ」
この1ヶ月ずっと、緑さんのことを疑い続け、それを全て否定してきた。屁理屈でも何でも良いんだ。僕の思いが緑さんに通じてほしかった。
「第一、タイミングが意味分かんないんですよ。やるならもっと早い時期でも良かったはずだ。僕と出会う前から、あのアカウントは作ってたんでしょ。だったらその時にやれば良かったんですよ。なんで今なんですか」
「それは_____」
「それに、やりようはいくらでもあったはずだ。僕と緑さんがそういうことしてる動画を、ネットに上げるのでも良かった。その方が話題になるだろうし、よっぽど営業妨害になりますよ。でも、あなたはそれをしなかった。僕に迷惑をかけたくなかったからじゃないんですか?」
段々と声が大きくなるのを止められなかった。腹の奥で何かが唸る。胃が重たい。頭が痛くて、心臓がバクバクと音を立てている。
怒るのは苦手だ。本当は緑さんを責めるようなことなんてしたくない。でも僕は、緑さんが心配なんだ。
「僕にはどうしても、あなたが本気で彼方に復讐をしたがってるようには見えないんです。むしろ、本当はやめたくて、やめる理由をずっと探してたんじゃないですか? 誰かに止めてほしいんじゃ_____」
「黙れよ!」
緑さんが大声を上げた。威嚇する動物みたいに僕を睨みつける。
「分かったような口利きやがって。本当は復讐したくない? やめる理由を探してた? テキトーなこと言ってんじゃねぇよ。俺のこと、何も知らねーくせに。お前のそういう綺麗ごとばっか言うとこ、マジでウザいし気持ち悪いんだよ」
緑さんは荒い息を吐く。表情を苦痛に歪め、顔から汗を流している。
「俺はあいつのことが嫌いなんだよ。あいつは、彼方と母さんは、俺と親父を捨てたんだ。俺達の存在をなかったことにして、勝手に幸せになりやがった。
だから、復讐しないといけないんだよ。あいつらに苦痛を味わせてやらなきゃ、不幸のドン底に叩き落としてやらなきゃ、だから、じゃないと、親父は……」
緑さんはハッとなって口をつぐんだ。
「緑さんのお父さんが、どうしたんですか」
「……何でもない。お前には、関係ないよ」
「そうやって逃げるつもりですか。僕には散々逃げんなって言った癖に、あんたは逃げるんですか」
緑さんの手を掴む。恨めしげに歯を噛み締め目を逸らそうとする緑さんを引き寄せる。
「僕は馬鹿なんですよ。緑さんみたいに頭も良くないし、察しも良くない。嘘を見破るのだって下手だ。本当のことを言ってくれないと分からないんですよ」
僕は緑さんの全てを知りたい。何故諦めたように笑うのか、何故そこまで彼方を嫌うのか、過去に何があったのか。
今まで、あまり緑さんの事情には深入りしないようにしていた。緑さんを傷つけたくなかったからだ。だけど、僕が何をやったとしても緑さんが傷つくなら、僕は緑さんのことを知りたい。
「僕は緑さんを助けたいんです。辛いなら辛いって言ってください。勝手に思い詰めて1人になろうとしないでください。僕を頼ってくださいよ」
「俺は、辛くなんか……」
「だったらそんな苦しそうな顔なんか、するなよ」
緑さんは弱々しく僕の手を振り解こうとする。その顔には先程までの威勢はなかった。むしろ、怯えているようにすら見えた。
……ああ、そうか。
僕は自然と緑さんを抱きしめていた。背中に手を回し、ぴったりと体を寄せる。早鐘を打つ鼓動が、肌を伝って僕のところまでやってくる。
「緑さん。たとえ他の人が緑さんのことを疑ったとしても、僕は緑さんのことを信じます」
緑さんはかつての僕と同じだ。悪夢を見ているんだ。ずっと苦しみ続けているんだ。誰も、目を覚させてくれる人がいないから。
「だから、緑さんも僕のことを信じて」
僕は緑さんの力になれるだろうか。緑さんが僕を助けてくれたように、僕も緑さんを助けられるだろうか。
目が熱くなる。瞬きをすると、堪えられなかった涙が溢れ、頬を伝った。
唇を閉ざすと、言葉の代わりに、涙が次から次へとこぼれ落ちた。
「……ずるいよお前」
地面に落とされていた手がゆっくりと持ち上がり、僕の腕を掠める。肌をくすぐるようにぎこちなく触れた指先が、ゆっくりと僕の背中に回された。
「なんで泣くんだよ。意味分かんない」
「泣いてない」
「いや、泣いてんだろ」
「怒ってるんです」
僕は緑さんに怒っているんだ。心配なんだ。決して悲しいわけじゃない。泣いてなんかない。
泣いてない。と僕は何度も繰り返した。緑さんは呆れたように「はいはい」と返事をして、僕の背中を軽く叩く。
「お前ってほんと子供だよな。すぐ泣くし、甘ったれだし。ほんと年上とは思えない」
「年上って言っても、いっこ上な、だけ、だろ」
「まあそうだけどさ。……お前のそういうところが、羨ましくて、怖いよ」
緑さんは、はあ、と深い息を吐き、僕の首筋に頭を寄せる。
「お前、元々は赤槻が好きだったんだろ。そういう意味で」
「……知ってたんだ」
これでも上手く隠していたつもりだったんだ。少なくとも彼方にはバレていなかった。僕が嘘が下手なのか、それとも緑さんが見破るのが得意なのだろうか。
「知ってたよ。お前が赤槻に片想いしてたことも、同じ顔をした俺に手を出すのに躊躇してたことも、あいつを諦めるために俺に告白してきたことも……お前が今好きなのは俺だってことも、全部知ってる」
緑さんは、僕の部屋のクローゼットを見たのだと、置かれていたはずの段ボールがなくなっていたことに、不安を覚えていたのだと言う。
「お前に好意を向けられれば向けられるほど、同じだけのものをお前に返せる気がしなくなった。怖くなって、最初からなかったことにしたくなった。
お前と出会う前の、1人でも平気だった頃の自分に戻りたくなった。でも無駄だった。どんなに俺が否定しようと、俺の体がお前を求めてるんだ」
緑さんの指が俺の首筋を撫で、髪の毛に触れる。
「『お前が好きだ』って自信を持って言える気がしない。俺はお前の体だけを求めてるのかもしれないし、逆に、お前の愛に体で返すことしかできないのかもしれない。俺には何もないんだ。空虚で、汚れてて、この体しか持ってない」
緑さんの考える「愛」はとても理屈的だ。体目当てだとか、同じだけの愛だとか、難しくて良く分からない。
好きだと思った、触りたいと思った。それだけじゃダメなんだろうか。結局のところ感情なんて目には見えないんだから、考えても意味がないことだ。
緑さんの言うことは難しくて、咀嚼することもできなかったから、そのまま飲み込むことにした。
緑さんの頬に手を当て、触れるだけのキスをする。
「難しいことは良く分からないけど、そうやって真剣に考えてくれること自体が、緑さんが僕のことを好きだって証拠になるんじゃないかな。……なんて、自分で言うのも恥ずかしいけど」
「お前から見て、俺はお前を好きなように見える?」
「見えます。めちゃくちゃ愛されてんなって思います」
「……そうか。だったらもう、手遅れだったんだな」
「手遅れって。酷い人だな」
緑さんは自嘲気味に笑って、僕を抱きしめた。
「俺じゃない」
蚊の鳴くような、小さな声だった。
「リコリスのことを事務所にバラしたのは俺じゃないよ」
でも、緑さんのことを信用するにはそれで十分だった。
緑さんは困惑したように引き攣った笑みを浮かべた。
「あんなことをしたのは緑さんではないってことです」
「違うよ。あれは俺がやったんだ」
「いや、あれは緑さんじゃありません」
「どうして、そんなことが言えるんだよ」
「何となくです」
「何となくって……」
確かな根拠なんてない。決定的な証拠もない。だけど僕は、事務所にあの動画を送ったのは緑さんじゃないと思った。
「緑さんの言動にずっと違和感があったんです。緑さんは彼方に復讐をしたいって言ってましたけど、そう言う割にはどういう方法で復讐をするとか、そんな話は全然してなかったし、そもそも緑さんが何をしたいのか、近くで緑さんのことを見ていた僕も良く分からなかったんです」
間違っていても良い。とにかく緑さんに僕の話を聞いてほしかった。一方的にお金を返され全てをなかったことにされるなんて、あまりにも虫が良すぎる。
「なんていうか、漠然とし過ぎてるというか、ぼんやりしてる、みたいな? とにかく、しっかりと計画を立てているようには見えなかったんです。
でも、わざわざ実家を離れて彼方の近くに住むほどなのに、肝心の復讐方法だけは考えてないなんて、おかしいじゃないですか」
「……お前に計画をバラしたら、阻止されると思ったんだよ。だから言わなかっただけだ」
「計画って、どんな計画だったんですか?」
「そんなの分かるだろ。あいつの振りをして、あいつを貶めたかったんだよ。赤槻は男と寝るような奴だって想わせたかったんだよ」
「だったらネットに公開したら良いじゃないですか。その方が反響も大きいでしょう。わざわざ事務所に送りつけるなんて、警戒してくれって言ってるようなものじゃないですか」
「予告だよ。もし事務所が無視するなら、ネットにも同じものをあげるつもりだった」
「なら、証拠を見せてくださいよ。持ってるんでしょ、それ」
緑さんは彼方から「リコリス」のことを聞いたと言っていた。だけど彼方のあの取り乱し方からして、「あの映像に映ってるのはあなたですか」と彼方が緑さんに直接聞けるとは思えない。
緑さんはリコリスのことが事務所にバレたことは知っていても、何が送られたかは知らないんじゃないだろうか。
「見せてくださいよ。ほら、早く。まさか捨てたなんて言いませんよね?」
僕は緑さんが好きだ。緑さんを守りたい。それなのに緑さんを追い詰めるような言い方しかできない。そんな自分が不快で、ムカつく。
でも、やるしかない。
「見せたら返してくれないだろ」
「そんなことしません」
「お前、赤槻のこと守りたいんじゃないの?」
「守りたいですよ。でも、それとこれとは話が別です。僕は今、緑さんが本当にそれを持っているのかって話をしてるんですよ」
この1ヶ月ずっと、緑さんのことを疑い続け、それを全て否定してきた。屁理屈でも何でも良いんだ。僕の思いが緑さんに通じてほしかった。
「第一、タイミングが意味分かんないんですよ。やるならもっと早い時期でも良かったはずだ。僕と出会う前から、あのアカウントは作ってたんでしょ。だったらその時にやれば良かったんですよ。なんで今なんですか」
「それは_____」
「それに、やりようはいくらでもあったはずだ。僕と緑さんがそういうことしてる動画を、ネットに上げるのでも良かった。その方が話題になるだろうし、よっぽど営業妨害になりますよ。でも、あなたはそれをしなかった。僕に迷惑をかけたくなかったからじゃないんですか?」
段々と声が大きくなるのを止められなかった。腹の奥で何かが唸る。胃が重たい。頭が痛くて、心臓がバクバクと音を立てている。
怒るのは苦手だ。本当は緑さんを責めるようなことなんてしたくない。でも僕は、緑さんが心配なんだ。
「僕にはどうしても、あなたが本気で彼方に復讐をしたがってるようには見えないんです。むしろ、本当はやめたくて、やめる理由をずっと探してたんじゃないですか? 誰かに止めてほしいんじゃ_____」
「黙れよ!」
緑さんが大声を上げた。威嚇する動物みたいに僕を睨みつける。
「分かったような口利きやがって。本当は復讐したくない? やめる理由を探してた? テキトーなこと言ってんじゃねぇよ。俺のこと、何も知らねーくせに。お前のそういう綺麗ごとばっか言うとこ、マジでウザいし気持ち悪いんだよ」
緑さんは荒い息を吐く。表情を苦痛に歪め、顔から汗を流している。
「俺はあいつのことが嫌いなんだよ。あいつは、彼方と母さんは、俺と親父を捨てたんだ。俺達の存在をなかったことにして、勝手に幸せになりやがった。
だから、復讐しないといけないんだよ。あいつらに苦痛を味わせてやらなきゃ、不幸のドン底に叩き落としてやらなきゃ、だから、じゃないと、親父は……」
緑さんはハッとなって口をつぐんだ。
「緑さんのお父さんが、どうしたんですか」
「……何でもない。お前には、関係ないよ」
「そうやって逃げるつもりですか。僕には散々逃げんなって言った癖に、あんたは逃げるんですか」
緑さんの手を掴む。恨めしげに歯を噛み締め目を逸らそうとする緑さんを引き寄せる。
「僕は馬鹿なんですよ。緑さんみたいに頭も良くないし、察しも良くない。嘘を見破るのだって下手だ。本当のことを言ってくれないと分からないんですよ」
僕は緑さんの全てを知りたい。何故諦めたように笑うのか、何故そこまで彼方を嫌うのか、過去に何があったのか。
今まで、あまり緑さんの事情には深入りしないようにしていた。緑さんを傷つけたくなかったからだ。だけど、僕が何をやったとしても緑さんが傷つくなら、僕は緑さんのことを知りたい。
「僕は緑さんを助けたいんです。辛いなら辛いって言ってください。勝手に思い詰めて1人になろうとしないでください。僕を頼ってくださいよ」
「俺は、辛くなんか……」
「だったらそんな苦しそうな顔なんか、するなよ」
緑さんは弱々しく僕の手を振り解こうとする。その顔には先程までの威勢はなかった。むしろ、怯えているようにすら見えた。
……ああ、そうか。
僕は自然と緑さんを抱きしめていた。背中に手を回し、ぴったりと体を寄せる。早鐘を打つ鼓動が、肌を伝って僕のところまでやってくる。
「緑さん。たとえ他の人が緑さんのことを疑ったとしても、僕は緑さんのことを信じます」
緑さんはかつての僕と同じだ。悪夢を見ているんだ。ずっと苦しみ続けているんだ。誰も、目を覚させてくれる人がいないから。
「だから、緑さんも僕のことを信じて」
僕は緑さんの力になれるだろうか。緑さんが僕を助けてくれたように、僕も緑さんを助けられるだろうか。
目が熱くなる。瞬きをすると、堪えられなかった涙が溢れ、頬を伝った。
唇を閉ざすと、言葉の代わりに、涙が次から次へとこぼれ落ちた。
「……ずるいよお前」
地面に落とされていた手がゆっくりと持ち上がり、僕の腕を掠める。肌をくすぐるようにぎこちなく触れた指先が、ゆっくりと僕の背中に回された。
「なんで泣くんだよ。意味分かんない」
「泣いてない」
「いや、泣いてんだろ」
「怒ってるんです」
僕は緑さんに怒っているんだ。心配なんだ。決して悲しいわけじゃない。泣いてなんかない。
泣いてない。と僕は何度も繰り返した。緑さんは呆れたように「はいはい」と返事をして、僕の背中を軽く叩く。
「お前ってほんと子供だよな。すぐ泣くし、甘ったれだし。ほんと年上とは思えない」
「年上って言っても、いっこ上な、だけ、だろ」
「まあそうだけどさ。……お前のそういうところが、羨ましくて、怖いよ」
緑さんは、はあ、と深い息を吐き、僕の首筋に頭を寄せる。
「お前、元々は赤槻が好きだったんだろ。そういう意味で」
「……知ってたんだ」
これでも上手く隠していたつもりだったんだ。少なくとも彼方にはバレていなかった。僕が嘘が下手なのか、それとも緑さんが見破るのが得意なのだろうか。
「知ってたよ。お前が赤槻に片想いしてたことも、同じ顔をした俺に手を出すのに躊躇してたことも、あいつを諦めるために俺に告白してきたことも……お前が今好きなのは俺だってことも、全部知ってる」
緑さんは、僕の部屋のクローゼットを見たのだと、置かれていたはずの段ボールがなくなっていたことに、不安を覚えていたのだと言う。
「お前に好意を向けられれば向けられるほど、同じだけのものをお前に返せる気がしなくなった。怖くなって、最初からなかったことにしたくなった。
お前と出会う前の、1人でも平気だった頃の自分に戻りたくなった。でも無駄だった。どんなに俺が否定しようと、俺の体がお前を求めてるんだ」
緑さんの指が俺の首筋を撫で、髪の毛に触れる。
「『お前が好きだ』って自信を持って言える気がしない。俺はお前の体だけを求めてるのかもしれないし、逆に、お前の愛に体で返すことしかできないのかもしれない。俺には何もないんだ。空虚で、汚れてて、この体しか持ってない」
緑さんの考える「愛」はとても理屈的だ。体目当てだとか、同じだけの愛だとか、難しくて良く分からない。
好きだと思った、触りたいと思った。それだけじゃダメなんだろうか。結局のところ感情なんて目には見えないんだから、考えても意味がないことだ。
緑さんの言うことは難しくて、咀嚼することもできなかったから、そのまま飲み込むことにした。
緑さんの頬に手を当て、触れるだけのキスをする。
「難しいことは良く分からないけど、そうやって真剣に考えてくれること自体が、緑さんが僕のことを好きだって証拠になるんじゃないかな。……なんて、自分で言うのも恥ずかしいけど」
「お前から見て、俺はお前を好きなように見える?」
「見えます。めちゃくちゃ愛されてんなって思います」
「……そうか。だったらもう、手遅れだったんだな」
「手遅れって。酷い人だな」
緑さんは自嘲気味に笑って、僕を抱きしめた。
「俺じゃない」
蚊の鳴くような、小さな声だった。
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