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38話「突然現れて」
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月日は流れ、つい最近までの暑さはどこへ行ったのやら、肌寒い日々が続いていた。学校は衣替えの時期で、夏の間もずっと長袖の制服を着ていた僕も、周りから浮かなくなった。
今日はオフの日だった。友達と校門までの道を自転車を押しながら歩いていると、ふと思い出したように友達が言った。
「そういえば灰人、修学旅行行けなくなったんだってな」
「え、そうなの!?」
近くにいた同学年の女の子が会話に飛び込んできた。
「うん。仕事が重なっちゃったんだよね」
マネージャーさんも何とかスケジュールを調整しようと頑張ってくれたけど、どうしてもその日はお仕事が入ってしまった。
人生で一度しかない、高校の修学旅行だ。悲しくないと言ったら嘘になるけど、でも仕事を貰えるのはありがたいことなので、ちょっと複雑な気分。
「えー、残念。わたし、時計台の前で斑目と写真撮りたかったんだけどなー」
「時計台?」
「貰ったパンフレットにあったじゃん。日本三大がっかり名所のひとつの、あの時計台。思ったより小さいって評判だから、斑目と比較してみたいんだよね」
「灰人もそこまで大きくはないだろ」
「分かんないよ。意外と追い越しちゃうかも」
「んなわけ」
友達のひとりが、こほんと咳払いをする。
「俺、めっちゃ良い案を思いついただけど、聞いてくれるか?」
そいつが鞄から取り出したのは、1冊の雑誌だった。見覚えがある。先日発行されたばかりのティーン向けのファッション誌で、僕も載っているやつだ。
「ひとり1冊雑誌を買って、持っていこう。そしたら売り上げの貢献にもなるし斑目も行った気分を味わえる……かもしれない。な、良い案だろ? みんなでやろうぜ」
辺りがシンと静まり返った。
「あれ、俺なんか変なこと言ったか?」
「……きっつー」
「え? そんなにキツいか? もしかして金欠?」
「それ、アイドルのファンの子が推しのぬいぐるみ持って旅行行く奴じゃん。それすんの? 俺達が?」
「不審者じゃん。ワンチャン通報される」
「そんくらいでされるわけねーだろって。なぁ、灰人……灰人?」
僕は思わず泣きそうになってしまった。
「僕のために色々と考えてくれるなんて、本当にありがとう……!」
友達の手を握りしめる。
「嬉しい。マジで嬉しいよ。最高。天才過ぎる。マジ感謝しかないんだけど」
「語彙が消失してやがる」
「オタクか」
「灰人、感動してくれるのは嬉しいんだけど……ここ外だから。落ち着け、な?」
「ありがとう、本当にありがとう……!」
「うわ、抱きつくなっての!」
僕のために色々と考えてくれるのが嬉しかった。みんな、僕を応援してくれているんだ。僕もみんなの期待に応えられるように頑張らないと。
だから、悩んでいる暇なんてない。
「お土産何が欲しい?」
「やっぱ北海道って言ったら熊だよな」
「捕獲すんの?」
「そうじゃなくて、熊のキーホルダーが_____」
校門の前でみんなが足を止め、一斉にに同じ方を見た。僕も同じく、校門の前に立つその人を目に留め、あ、と声にならない声が出た。
フードを被ったその人は、僕達に気がついて顔を上げる。眼鏡の奥の瞳が僕を捉え、ふっと細められる。
「カイ」
赤槻彼方だ。誰かが、小さく呟いた。
「……彼方、さん」
僕はすぐに分かった。この人は彼方じゃない。緑さんだ。でも何故彼方の振りをしているんだろう。
「今日は仕事オフだったんだね」
ギクッ、と体が強張った。緑さんの誘いを仕事を理由に、昨日断ったばかりだ。
緑さんと会わなかったのは、彼方と緑さんの繋がりを第三者に知られないためだった。でも1ヶ月以上断っていたら緑さんが怪しむのも仕方ないだろう。
「……うん」
ぎこちなく頷く。怒られたらどうしよう、と思いながら。
「俺も今日は仕事休み。急遽調整が入っちゃってねー」
「ヘ、へぇ。でも珍しいね。彼方が僕の学校に来るなんて」
「たまにはね。サプライズってやつ? カイを驚かせたかったんだ。どう? びっくりした?」
「すげーびっくりした。来るなら一言連絡くれれば良かったのに」
「ごめんごめん」
緑さんが僕の友達をぐるりと見回して、小さく微笑んだ。手を掴まれ、緑さんの方へと引き寄せられる。
「カイのお友達だよね。ごめんだけど、ちょっとこいつ借りてくね」
緑さんの呼びかけに、固まっていた友達が、油の切れた玩具みたいにぎこちなく頭を動かした。
「ど、どうぞどうぞ」
「遠慮なく借りてってください」
「利子はいりませんので」
みんな思わず敬語になっていた。気持ちが分かる。僕も今でも気を抜いたら、彼方には敬語を使いそうになるんだ。
彼方のどこか近寄りがたい美しさは、同性すらも魅力させる。僕はそんな彼方のことが好きで憧れていた。
……いや、違う。この人は緑さんなんだ。彼方じゃない。分かっているのに、僕は萎縮しそうになる。
「ありがとう。行くよ、カイ」
緑さんに手を引かれ、僕は人気の少ない路地裏へと連れていかれた。周りに人がいなくなっても尚、無言で僕の前を歩き続けた。
「緑さん」
「……」
「ねぇ、緑さん!」
何度も名前を呼ぶと、緑さんはようやく立ち止まった。振り返った顔はびっくりするほどに無表情で、僕は一瞬その美しさに見惚れてしまった。
今日はオフの日だった。友達と校門までの道を自転車を押しながら歩いていると、ふと思い出したように友達が言った。
「そういえば灰人、修学旅行行けなくなったんだってな」
「え、そうなの!?」
近くにいた同学年の女の子が会話に飛び込んできた。
「うん。仕事が重なっちゃったんだよね」
マネージャーさんも何とかスケジュールを調整しようと頑張ってくれたけど、どうしてもその日はお仕事が入ってしまった。
人生で一度しかない、高校の修学旅行だ。悲しくないと言ったら嘘になるけど、でも仕事を貰えるのはありがたいことなので、ちょっと複雑な気分。
「えー、残念。わたし、時計台の前で斑目と写真撮りたかったんだけどなー」
「時計台?」
「貰ったパンフレットにあったじゃん。日本三大がっかり名所のひとつの、あの時計台。思ったより小さいって評判だから、斑目と比較してみたいんだよね」
「灰人もそこまで大きくはないだろ」
「分かんないよ。意外と追い越しちゃうかも」
「んなわけ」
友達のひとりが、こほんと咳払いをする。
「俺、めっちゃ良い案を思いついただけど、聞いてくれるか?」
そいつが鞄から取り出したのは、1冊の雑誌だった。見覚えがある。先日発行されたばかりのティーン向けのファッション誌で、僕も載っているやつだ。
「ひとり1冊雑誌を買って、持っていこう。そしたら売り上げの貢献にもなるし斑目も行った気分を味わえる……かもしれない。な、良い案だろ? みんなでやろうぜ」
辺りがシンと静まり返った。
「あれ、俺なんか変なこと言ったか?」
「……きっつー」
「え? そんなにキツいか? もしかして金欠?」
「それ、アイドルのファンの子が推しのぬいぐるみ持って旅行行く奴じゃん。それすんの? 俺達が?」
「不審者じゃん。ワンチャン通報される」
「そんくらいでされるわけねーだろって。なぁ、灰人……灰人?」
僕は思わず泣きそうになってしまった。
「僕のために色々と考えてくれるなんて、本当にありがとう……!」
友達の手を握りしめる。
「嬉しい。マジで嬉しいよ。最高。天才過ぎる。マジ感謝しかないんだけど」
「語彙が消失してやがる」
「オタクか」
「灰人、感動してくれるのは嬉しいんだけど……ここ外だから。落ち着け、な?」
「ありがとう、本当にありがとう……!」
「うわ、抱きつくなっての!」
僕のために色々と考えてくれるのが嬉しかった。みんな、僕を応援してくれているんだ。僕もみんなの期待に応えられるように頑張らないと。
だから、悩んでいる暇なんてない。
「お土産何が欲しい?」
「やっぱ北海道って言ったら熊だよな」
「捕獲すんの?」
「そうじゃなくて、熊のキーホルダーが_____」
校門の前でみんなが足を止め、一斉にに同じ方を見た。僕も同じく、校門の前に立つその人を目に留め、あ、と声にならない声が出た。
フードを被ったその人は、僕達に気がついて顔を上げる。眼鏡の奥の瞳が僕を捉え、ふっと細められる。
「カイ」
赤槻彼方だ。誰かが、小さく呟いた。
「……彼方、さん」
僕はすぐに分かった。この人は彼方じゃない。緑さんだ。でも何故彼方の振りをしているんだろう。
「今日は仕事オフだったんだね」
ギクッ、と体が強張った。緑さんの誘いを仕事を理由に、昨日断ったばかりだ。
緑さんと会わなかったのは、彼方と緑さんの繋がりを第三者に知られないためだった。でも1ヶ月以上断っていたら緑さんが怪しむのも仕方ないだろう。
「……うん」
ぎこちなく頷く。怒られたらどうしよう、と思いながら。
「俺も今日は仕事休み。急遽調整が入っちゃってねー」
「ヘ、へぇ。でも珍しいね。彼方が僕の学校に来るなんて」
「たまにはね。サプライズってやつ? カイを驚かせたかったんだ。どう? びっくりした?」
「すげーびっくりした。来るなら一言連絡くれれば良かったのに」
「ごめんごめん」
緑さんが僕の友達をぐるりと見回して、小さく微笑んだ。手を掴まれ、緑さんの方へと引き寄せられる。
「カイのお友達だよね。ごめんだけど、ちょっとこいつ借りてくね」
緑さんの呼びかけに、固まっていた友達が、油の切れた玩具みたいにぎこちなく頭を動かした。
「ど、どうぞどうぞ」
「遠慮なく借りてってください」
「利子はいりませんので」
みんな思わず敬語になっていた。気持ちが分かる。僕も今でも気を抜いたら、彼方には敬語を使いそうになるんだ。
彼方のどこか近寄りがたい美しさは、同性すらも魅力させる。僕はそんな彼方のことが好きで憧れていた。
……いや、違う。この人は緑さんなんだ。彼方じゃない。分かっているのに、僕は萎縮しそうになる。
「ありがとう。行くよ、カイ」
緑さんに手を引かれ、僕は人気の少ない路地裏へと連れていかれた。周りに人がいなくなっても尚、無言で僕の前を歩き続けた。
「緑さん」
「……」
「ねぇ、緑さん!」
何度も名前を呼ぶと、緑さんはようやく立ち止まった。振り返った顔はびっくりするほどに無表情で、僕は一瞬その美しさに見惚れてしまった。
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