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34話「不快」
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マネージャーさんは「進展があればまた報告します」と言っていたけれど、1ヶ月経った今もあの話題が出てくることはなかった。
緑さんの動画を送ってきた犯人からは、それきり音沙汰がないってことなんだろう。それにその人の正体も分かっていないってことだ。
これ以上何かが起きてほしいわけじゃないけど、かといって何も起きないのも不安だった。
それに少しだけ仕事に支障も出ている。
会社と話し合い、僕達はしばらくの間配信を行わないことになった。「リコリス」に関するコメントが万が一流れてきた時、僕達だけでは対処のしようがないからだ。
ファンには「仕事が忙しいから」と理由を説明しているけれど、これ以上配信をしないと不安になるファンもいるんじゃないかと思う。
僕だってできることならファンの子に元気な姿を見せたいし、彼方と配信をしたい。
だから、早く解決してほしい。
「僕にできることがあれば何でもします」と言ったら、マネージャーさんには「彼方くんのそばにいてあげてください」と言われた。
それから、心配そうな顔をして「カイトくんも、無理はしないでくださいね」と言い添える。マネージャーは本当に優しい人だ。
僕は仕事で会わない日も頻繁に彼方と連絡を取るようになった。
忙しい日は一言だけメッセージを入れたり、時間がある時は電話をしたり、一緒に仕事をする時は何があっても良いように彼方のそばをできるだけ離れないようにした。
「彼方、どこに行くの」
「どこって、自販機だけど」
「僕もついていく」
彼方には「めっちゃ仲良しじゃん」ってからかわれたけど、僕は何がなんでも彼方のそばにいると決めていた。
だって、今の彼方さんは見ていてすごく不安なんだ。
他の人に心配されるようなミスをしたとか、意気消沈してるとか、そういうわけじゃない。むしろその逆だ。
彼方はびっくりするくらい普通だった。まるで、あんな出来事なんてなかったみたいに振る舞う。
僕はそれが恐ろしくてならなかった。
あったことを記憶から消そうとするってことは、その時の感情もなかったことにするってことだ。
嫌だって思ったこと、悲しかったこと、その全てをなかったことにして、自分を歪めて。でも、どんなに普通を取り繕おうとしても、本当に消えるわけじゃない。
そういった感情は心の奥底に残り続け、ふとした瞬間に鮮烈な記憶となって蘇るんだってことを、僕は知っている。
そして、そのつらさも。
「カイは何いる? ついでだから奢ったげる」
「え、だ、大丈夫だよそんなの。欲しかったら自分で買うよ」
「良いから良いから。後輩クンは素直に奢られな」
「……じゃあこれ」
僕は1番安いカフェオレの缶を指差した。彼方も同じものを買って、2人で近くの長椅子に腰掛けて飲んだ。
別の部屋で撮影をしていた先輩のモデルさんが僕達に話しかけてくる。
「休憩中?」
「はい」
「いやー、まさかこんなところで彼方くんとカイトくんに会うなんてね。噂には聞いてたけど、それにしても休憩中も一緒にいるなんて、本当に仲が良いんだね君たち。もしかして、そういう関係だったりする?」
僕達の仲を周りから揶揄われることは結構ある。ファンの間でそういう需要があることも知っていたので、たいていは笑って受け流すか、インタビューなど表に出る可能性がある場合は軽く乗っていた。
「あはは、僕達、そんなに仲良しに見えます?」
彼方を横目で見ると、彼方も笑っていた。
「そんなわけないじゃないですか」
でも、目は全く笑ってなかった。
「カイと俺は友達なんですよ。気持ち悪いこと言わないでくださいよ」
軽い口調だけど言葉に棘がある。ずっと近くで彼方のことを見てきた僕だから分かるのか、先輩は全く気がついていないみたいだ。
「ごめんごめん。いや、本当に仲良く見えたからさ、つい。じゃね、お互い頑張ろう」
「はい。ありがとうございます!」
先輩が見えなくなって、彼方はふっと笑みを消した。缶を傾け、小さくため息を吐く。言外に責められているようで、じわじわと罪悪感が募ってくる。
「……ごめん」
「何が?」
「僕が彼方の周りをずっとついて回ってるの、嫌だった? 僕、彼方に迷惑かけてる?」
「……別に。カイは心配だから俺のそばにいてくれてるんだろ。カイは悪くないよ」
だったらどうして、彼方は僕といると不機嫌になるんだ。嫌そうな顔をするんだ。
ずっと、空回りしている感覚がある。状況が良くなるように動いているつもりが、逆に場を乱しているんじゃないか。そう思って不安になる。
でも、僕よりも彼方のほうがずっと不安なはずだ。これ以上彼方に迷惑をかけてはいけない。
僕は彼方の役に立ちたいんだ。だから、これ以上は……。
「……迷惑かけてばかりで、力になれなくてごめん」
彼方は何も言わなかった。
友達ってなんなんだろう。思えば僕はずっと彼方の「友達」という言葉に傷つけられ、一方では縋っていた。まだ僕は彼方の隣にいる資格があるんだって、そう思うことができたから。
でも、どうしてだろう。さっきの「友達」という言葉には、僕はただ傷ついた。不快だった。
彼方のことは好きだけど、一緒にいると、苦しい。
でも好きなんだ。
緑さんの動画を送ってきた犯人からは、それきり音沙汰がないってことなんだろう。それにその人の正体も分かっていないってことだ。
これ以上何かが起きてほしいわけじゃないけど、かといって何も起きないのも不安だった。
それに少しだけ仕事に支障も出ている。
会社と話し合い、僕達はしばらくの間配信を行わないことになった。「リコリス」に関するコメントが万が一流れてきた時、僕達だけでは対処のしようがないからだ。
ファンには「仕事が忙しいから」と理由を説明しているけれど、これ以上配信をしないと不安になるファンもいるんじゃないかと思う。
僕だってできることならファンの子に元気な姿を見せたいし、彼方と配信をしたい。
だから、早く解決してほしい。
「僕にできることがあれば何でもします」と言ったら、マネージャーさんには「彼方くんのそばにいてあげてください」と言われた。
それから、心配そうな顔をして「カイトくんも、無理はしないでくださいね」と言い添える。マネージャーは本当に優しい人だ。
僕は仕事で会わない日も頻繁に彼方と連絡を取るようになった。
忙しい日は一言だけメッセージを入れたり、時間がある時は電話をしたり、一緒に仕事をする時は何があっても良いように彼方のそばをできるだけ離れないようにした。
「彼方、どこに行くの」
「どこって、自販機だけど」
「僕もついていく」
彼方には「めっちゃ仲良しじゃん」ってからかわれたけど、僕は何がなんでも彼方のそばにいると決めていた。
だって、今の彼方さんは見ていてすごく不安なんだ。
他の人に心配されるようなミスをしたとか、意気消沈してるとか、そういうわけじゃない。むしろその逆だ。
彼方はびっくりするくらい普通だった。まるで、あんな出来事なんてなかったみたいに振る舞う。
僕はそれが恐ろしくてならなかった。
あったことを記憶から消そうとするってことは、その時の感情もなかったことにするってことだ。
嫌だって思ったこと、悲しかったこと、その全てをなかったことにして、自分を歪めて。でも、どんなに普通を取り繕おうとしても、本当に消えるわけじゃない。
そういった感情は心の奥底に残り続け、ふとした瞬間に鮮烈な記憶となって蘇るんだってことを、僕は知っている。
そして、そのつらさも。
「カイは何いる? ついでだから奢ったげる」
「え、だ、大丈夫だよそんなの。欲しかったら自分で買うよ」
「良いから良いから。後輩クンは素直に奢られな」
「……じゃあこれ」
僕は1番安いカフェオレの缶を指差した。彼方も同じものを買って、2人で近くの長椅子に腰掛けて飲んだ。
別の部屋で撮影をしていた先輩のモデルさんが僕達に話しかけてくる。
「休憩中?」
「はい」
「いやー、まさかこんなところで彼方くんとカイトくんに会うなんてね。噂には聞いてたけど、それにしても休憩中も一緒にいるなんて、本当に仲が良いんだね君たち。もしかして、そういう関係だったりする?」
僕達の仲を周りから揶揄われることは結構ある。ファンの間でそういう需要があることも知っていたので、たいていは笑って受け流すか、インタビューなど表に出る可能性がある場合は軽く乗っていた。
「あはは、僕達、そんなに仲良しに見えます?」
彼方を横目で見ると、彼方も笑っていた。
「そんなわけないじゃないですか」
でも、目は全く笑ってなかった。
「カイと俺は友達なんですよ。気持ち悪いこと言わないでくださいよ」
軽い口調だけど言葉に棘がある。ずっと近くで彼方のことを見てきた僕だから分かるのか、先輩は全く気がついていないみたいだ。
「ごめんごめん。いや、本当に仲良く見えたからさ、つい。じゃね、お互い頑張ろう」
「はい。ありがとうございます!」
先輩が見えなくなって、彼方はふっと笑みを消した。缶を傾け、小さくため息を吐く。言外に責められているようで、じわじわと罪悪感が募ってくる。
「……ごめん」
「何が?」
「僕が彼方の周りをずっとついて回ってるの、嫌だった? 僕、彼方に迷惑かけてる?」
「……別に。カイは心配だから俺のそばにいてくれてるんだろ。カイは悪くないよ」
だったらどうして、彼方は僕といると不機嫌になるんだ。嫌そうな顔をするんだ。
ずっと、空回りしている感覚がある。状況が良くなるように動いているつもりが、逆に場を乱しているんじゃないか。そう思って不安になる。
でも、僕よりも彼方のほうがずっと不安なはずだ。これ以上彼方に迷惑をかけてはいけない。
僕は彼方の役に立ちたいんだ。だから、これ以上は……。
「……迷惑かけてばかりで、力になれなくてごめん」
彼方は何も言わなかった。
友達ってなんなんだろう。思えば僕はずっと彼方の「友達」という言葉に傷つけられ、一方では縋っていた。まだ僕は彼方の隣にいる資格があるんだって、そう思うことができたから。
でも、どうしてだろう。さっきの「友達」という言葉には、僕はただ傷ついた。不快だった。
彼方のことは好きだけど、一緒にいると、苦しい。
でも好きなんだ。
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