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33話「双子」

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「彼方!」

 小さく、だけど聞こえるように名前を呼ぶ。彼方が気づいて、立ち止まってこっちを振り返った。

「どうしたの、カイ」

「……心配だったから」

「心配?」

 彼方はきょとんとした。
 
「彼方は僕の愚痴は聞いてくれるけど、自分の悩みは打ち明けてくれないから。だから不安なんだよ。本当は1人で悩んでるんじゃないかって、不安で……怖くって」

「……カイ」

「困ってることがあったら言って。僕にできることはないかもしれないけど、話を聞くことはできるから」

 好きだから彼方の役に立ちたかった。緑さんを探したのも元はそんな理由だった。

 好きの形はあの頃とは変わってしまったけれど、彼方の役に立ちたいという気持ちは今も変わっていない。

「……カイは本当に良い奴だよね」

「そんなことない」

「そんなことあるよ。俺は昔から、お前のそういうところに救われてる」

 彼方が歩き出した。僕達はマンションに入り、エントランスに入る。

「今日泊まってく?」

「外でマネージャーさん待たせてるから、ごめん」

「そっか……もう少しだけ話をしても良い?」

 エントランスに備え付けられたソファに僕達は腰掛けた。

「カイ、さっきはありがとう。彼方はそんなことをする人じゃないって言ってくれて。お前がそう言ってくれて、俺嬉しかった」

「だって、彼方は何も悪くないだろ」

「でも、さっき送られてきた映像を見たんだよね」

「……ごめん」

 マネージャーさんが彼方に許可は取ったと言ってはいたけれど、いざ本人に言及されると気まずい。
 
「謝んなよ。あれを見た上で俺の味方でいてくれるんだな、お前は」

「社長だってマネージャーさんだって、きっと彼方のことは信じてるよ」

「それは、会社が俺のことを守る義務があるからだ。俺が否定する以上はそうするしかない。

 本当はあの人達も俺のことを疑ってるとは思う。心の底から信じてくれる人なんて、カイ以外いないよ」

 彼方が俺の手を恭しく取った。祈りを捧げるみたいに、強く目を閉じている。

「昔から、色んな噂を立てられることがあった。

 俺でさえ信じられないくらいのスピードで『赤槻彼方』は有名になったから、俺のことを気に食わない人がいるのも分かってる。

 だから、芸能界の人は誰も信じられなかった……お前以外は。お前みたいな友達がいて良かった」

 彼方が僕のことを友達と呼んでくれた。そんな小さなことが、僕は嬉しくて仕方なかった。

 彼方の役に立ちたい。

 彼方のために僕は何ができるだろう。彼方が無実であることを証明する方法は。

 ……本当のことを話すしかない。

 そう思った。

 緑さんのことを話すべきだ。話して、でも、そこからどうすれば良い?

 僕のこの行為が緑さんへの裏切りになるとしたら、僕はどうすれば良いんだろう。

「……変な噂なら、僕も聞いたことがある」

 慎重に話さなければ、余計なことは言わないように。

「彼方さんが街で、その、売りをしてるって噂」

 僕は彼方のことも緑さんのことも傷つけたくはない。まだ、何も明らかでないうちは。

 そもそも、たとえ正当な理由があったとしても、僕に誰かを傷つける権利なんてない。怒る権利などない。

「でも有り得ないと思うんだ。彼方は仕事で忙しいし、そもそも彼方ほどの人が身バレするリスクを伴ってまでそんなことする理由がない。

 そう思った時に、彼方から聞いた話を思い出したんだ。彼方、双子のお兄さんがいるって前言ってたよね」

 彼方ならきっと、僕のことを信じてくれるはずだ。

「もしかしたら、あの映像の人は_____」

 掴まれた手を強く引き寄せられ、体がつんのめる。ぶつかりそうなほど近くに、彼方の顔が接近する。

「カイト」

 彼方の声は氷のように冷たく、名前を呼ばれただけで背筋が凍るようだった。

「お前が俺のこと慕ってるのは良く分かってる。お前は良い奴だよ。でも、たとえお前だとしてもそんなことを言うのは許せない」

 握りしめられた手が痛い。真っ白になるほど強く、掴まれている。

「あいつは俺の憧れなんだ。優しくて、カッコよくて、誰からも慕われていて」

「かなた、手、痛い……っ!」

「あいつが、緑が俺をおとしいれようとするはずがないだろ!」

 僕は自分の選択が間違いだったと悟った。でも今更後悔したところでもう遅い。

「第一、あいつが近くにいるなら、なんで俺に会いに来てくれないんだよ。俺はずっと待ってるのに。1番の家族だって、そう思ってたのに……」

 彼方は引きつった笑みを浮かべている。自分が笑っていることにすら気が付いていないみたいだった。僕の手を掴む腕が震え、その振動が僕へと伝わる。

「ありえないよ。そんなの」


 僕は彼方に初めて緑さんのことを教えてもらった時を思い出す。

『彼方はどうしてモデルになったの?』

 僕の問いかけに、彼方は1枚の写真を見せてくれた。そこにはそっくりな顔をした2人の少年が映っていた。

 顔立ちは同じだけど、雰囲気は違う2人の少年。

 1人は溌剌はつらつとした笑顔でカメラに向けピースサインを取り、もう1人はどこか不安そうな顔をしてもう片方の子の服の袖を掴んでいる。

『どっちが僕だと思う?』

『こっち?』

 元気そうな子を指さすと、彼方は首を横に振った。

『そっちは俺の双子の兄。俺はこっちの弱そうな方』

 彼方は楽しげに、緑さんの思い出を語った。

 兄は運動も勉強もできてクラスの人気者だったこと。対する自分は弱虫でいじめられっ子で、兄にいつも庇ってもらっていたこと。

 ずっと兄のようになりたいと思っていたこと。

 両親の離婚で離ればなれになってしまったこと。それからも連絡は取っていたけれど、いつからか向こうが返事をくれなくなったこと。

『今は何をしてるか全然分からないけどさ、もし有名になってテレビや雑誌で取り上げられるようになったら、あいつはまた俺に会ってくれるかなぁ?』

 そう言った彼方の瞳はキラキラと宝石のように輝いて、綺麗だった。

 僕はますます彼方のことを好きになった。出会ったこともない緑さんのことも好ましく思っていた。

 僕の尊敬する彼方さんにそこまで言われるなんて、素敵な人に違いない。そう思っていた。
 


 スマホが着信を知らせる。マネージャーから、まだ戻ってこないのかと連絡が来た。

「すぐに行きます」

 彼方の手が、僕からするりとはなれる。

「さっきの話は聞かなかったことにする」

「……ごめん」

 彼方が聞きたくないって思っているなら、僕は彼方の意思を尊重するしかない。

 僕は彼方と別れてマネージャーのところに戻った。

 マネージャーと別れ家に着いてからも、彼方のことが頭から離れなかった。
 
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