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30話「無償の愛なんて存在しない」
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「払わせてよ」
斑目は眉根を寄せ、暫くの間黙り込んだ。そして、意を決したように俺の肩に手を置く。
「緑さん」
「何?」
「キスしても良いですか?」
「聞かなくても、勝手にすれば良いじゃん」
「緑さんの嫌なことはやりたくないですから。しても良いですか?」
「……良いよ」
目を閉じる。斑目は俺の額に掠るような軽いキスを落とすと、すぐに俺から離れた。
ベッドがぎしっと音を立てて揺れる。隣に座ったお前が微笑んだ。
「今のが、ピアスのお返しってことで……ダメ、ですか?」
俺の掌で、小さなピアスが所在なさげに、こじんまりと佇んでいる。
売りをやっていた頃、高価な贈り物を貰うことはあったし、俺もそれを当然だと思って受け取っていた。
俺の体にはそれだけの価値がある。それだけのものを提供してやっている。だから、与えられるのは当然だ。そう思っていた。
だけど、何故だろう。
今まで貰ってきた贈り物よりも小さくて安価であろうそれへの対価を、俺は斑目に与えられるような気がしない。
斑目の愛に、俺はちゃんと答えられている気がしない。
斑目が俺に微笑んだりする度に、俺は苦しくなる。
違うだろ。その笑顔は俺に向けて良いものじゃない。その笑顔は、優しさは、本来ならば「あいつ」に与えられるものだったはずだ。
「……足りないね」
俺は斑目の頬を掴み、齧り付くようにキスをする。
「ちょっ……緑さん、なにして……っ」
何って、キスに決まってんだろうが。
舌を絡ませ、歯列をなぞり、どちらのものとも知れない唾液を飲み込む。
ごくりと、大きな喉仏が上下する。
困惑したように肩に伸ばされる手を掴み、ベッドに押し倒す。
与えなければ。与えなければ。与えなければ。
でも、何を?
俺はこいつの愛と引き換えに、何を失わなければならない?
「灰人」
名前を呼ぶと、閉じられていた瞼がゆっくりと開かれる。
斑目のガラスのような瞳がキラキラと、潤んで輝いていた。
綺麗とは、こういうものを指すのだ。少なくとも俺に向けられるような言葉ではない。
「緑さん」
お前は、乱れた息を整えながら、ふわりと花が綻ぶように笑う。
「良いですよ。緑さんが望むなら、僕はどっちでも」
大きな腕が俺の頭を包み、髪の毛をかき混ぜる。
お前の善性が、幼さが怖い。
どんなに隠そうとしても俺の弱い部分を暴かれるようで、俺の汚い部分が全部綺麗に洗い流されてしまいそうで、俺が俺でなくなってしまいそうで怖い。
何もしなくても俺の名前を呼んでくれるお前に、甘えそうになってしまう。
所詮、金で繋がった関係でしかないのに。
「……怖くないの? そっちの方は初めてなんだろ」
「怖いですけど、でも、相手が緑さんだから良いって思うんです。他の誰かじゃなくて、緑さんだから。それとも僕じゃダメですか?」
「人のこと、不能みたいに言いやがって」
いちいちムカつく言い方をする奴だな。
「良いよ。そこまで言うならやってやるよ。二度と他の奴とヤリたいなんて思わないくらい気持ち良くさせてやる」
斑目は苦笑した。
「お手柔らかにお願いします」
モデルらしく均整のとれた体に触れる。
いつもは俺を包み込むように抱きしめる体に愛撫をしながら、いつもは俺の名前を嬉しそうに呼ぶ声が次第に余裕を失っていくのを聞きながら、俺の頭には「復讐」の2文字がチラついて離れなかった。
*
斑目がシャワーを浴びている間に、俺はリビングのクローゼットを開いた。
あいつが好きなのは赤槻なのだと信じたかったから。
だけど、期待していたものはそこにはなかった。
数週間前にはそこにあったはずの段ボールが、いつの間にかなくなっている。部屋中を探してみても、どこにも見当たらなかった。
きっとあいつは、他の誰かを好きでいながら別の誰かに手を出すなんて器用なことはできないのだろう。
「俺なんかを好きになろうとしてどうすんだよ……馬鹿」
お前のそういう馬鹿みたいに真っ直ぐで愚かなところを見ていると、胸が締め付けられるようで、そんな自分が気持ち悪い。不快だ。
斑目は眉根を寄せ、暫くの間黙り込んだ。そして、意を決したように俺の肩に手を置く。
「緑さん」
「何?」
「キスしても良いですか?」
「聞かなくても、勝手にすれば良いじゃん」
「緑さんの嫌なことはやりたくないですから。しても良いですか?」
「……良いよ」
目を閉じる。斑目は俺の額に掠るような軽いキスを落とすと、すぐに俺から離れた。
ベッドがぎしっと音を立てて揺れる。隣に座ったお前が微笑んだ。
「今のが、ピアスのお返しってことで……ダメ、ですか?」
俺の掌で、小さなピアスが所在なさげに、こじんまりと佇んでいる。
売りをやっていた頃、高価な贈り物を貰うことはあったし、俺もそれを当然だと思って受け取っていた。
俺の体にはそれだけの価値がある。それだけのものを提供してやっている。だから、与えられるのは当然だ。そう思っていた。
だけど、何故だろう。
今まで貰ってきた贈り物よりも小さくて安価であろうそれへの対価を、俺は斑目に与えられるような気がしない。
斑目の愛に、俺はちゃんと答えられている気がしない。
斑目が俺に微笑んだりする度に、俺は苦しくなる。
違うだろ。その笑顔は俺に向けて良いものじゃない。その笑顔は、優しさは、本来ならば「あいつ」に与えられるものだったはずだ。
「……足りないね」
俺は斑目の頬を掴み、齧り付くようにキスをする。
「ちょっ……緑さん、なにして……っ」
何って、キスに決まってんだろうが。
舌を絡ませ、歯列をなぞり、どちらのものとも知れない唾液を飲み込む。
ごくりと、大きな喉仏が上下する。
困惑したように肩に伸ばされる手を掴み、ベッドに押し倒す。
与えなければ。与えなければ。与えなければ。
でも、何を?
俺はこいつの愛と引き換えに、何を失わなければならない?
「灰人」
名前を呼ぶと、閉じられていた瞼がゆっくりと開かれる。
斑目のガラスのような瞳がキラキラと、潤んで輝いていた。
綺麗とは、こういうものを指すのだ。少なくとも俺に向けられるような言葉ではない。
「緑さん」
お前は、乱れた息を整えながら、ふわりと花が綻ぶように笑う。
「良いですよ。緑さんが望むなら、僕はどっちでも」
大きな腕が俺の頭を包み、髪の毛をかき混ぜる。
お前の善性が、幼さが怖い。
どんなに隠そうとしても俺の弱い部分を暴かれるようで、俺の汚い部分が全部綺麗に洗い流されてしまいそうで、俺が俺でなくなってしまいそうで怖い。
何もしなくても俺の名前を呼んでくれるお前に、甘えそうになってしまう。
所詮、金で繋がった関係でしかないのに。
「……怖くないの? そっちの方は初めてなんだろ」
「怖いですけど、でも、相手が緑さんだから良いって思うんです。他の誰かじゃなくて、緑さんだから。それとも僕じゃダメですか?」
「人のこと、不能みたいに言いやがって」
いちいちムカつく言い方をする奴だな。
「良いよ。そこまで言うならやってやるよ。二度と他の奴とヤリたいなんて思わないくらい気持ち良くさせてやる」
斑目は苦笑した。
「お手柔らかにお願いします」
モデルらしく均整のとれた体に触れる。
いつもは俺を包み込むように抱きしめる体に愛撫をしながら、いつもは俺の名前を嬉しそうに呼ぶ声が次第に余裕を失っていくのを聞きながら、俺の頭には「復讐」の2文字がチラついて離れなかった。
*
斑目がシャワーを浴びている間に、俺はリビングのクローゼットを開いた。
あいつが好きなのは赤槻なのだと信じたかったから。
だけど、期待していたものはそこにはなかった。
数週間前にはそこにあったはずの段ボールが、いつの間にかなくなっている。部屋中を探してみても、どこにも見当たらなかった。
きっとあいつは、他の誰かを好きでいながら別の誰かに手を出すなんて器用なことはできないのだろう。
「俺なんかを好きになろうとしてどうすんだよ……馬鹿」
お前のそういう馬鹿みたいに真っ直ぐで愚かなところを見ていると、胸が締め付けられるようで、そんな自分が気持ち悪い。不快だ。
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