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27話「ハッピーエンドでは終わらない」
しおりを挟む8月下旬。夏休みの終わりも間近に迫ったその日は、学校で三者面談が行われた。
たった十数分のために学校に行かなければならないのは酷く億劫だが、既に日程は決まっているのだから、行かないのは不自然だろう。
ただでさえ高校生で一人暮らしという、あまり一般的ではない生活を送っているのだから、これ以上学校側に不要な詮索をされるようなことはしたくない。
制服に袖を通し、鞄を持つ。扉を開けると眩い日差しが俺を出迎えた。あちらこちらで陽炎が揺らめいている。
蝉の鳴き声。子供達のはしゃぐ声。
聴覚と視覚の両方から訴えかけてくるような異様な熱気にうんざりしつつも、歩く速度は緩めずに、手にしていたスマートフォンを耳に近づける。
「もしもし、ばあちゃん? 俺、今家出たとこなんだけど、もう駅に着いた?……うん。分かった。今から迎えに行くね」
*
1年ぶりに会った祖母は俺を見つけると、日傘の下でしわくちゃな笑みを浮かべた。
「久しぶりね、緑ちゃん。元気にしてた?」
「元気だよ」
「ちゃんとご飯は食べてる?」
「食べてるよ」
「一人暮らしはどう? 困ったことはない?」
「ばあちゃん、その話はこの間電話でしたばっかりだろ。ご飯も食べてるし学校でも上手くやってる。困ったこともない。全て順調だよ」
「だったら良いんだけどねぇ……」
「全く。ばあちゃんは心配性なんだから」
「お金は足りてる? 困ったことがあったらすぐに言うのよ」
「分かったよ」
前に会った時よりも、ばあちゃんの背が低くなったように感じる。それとも俺が高くなったんだろうか。両方かもしれない。
「じいちゃんはどう? 相変わらず?」
「相変わらずよ。あの人ったら、いっつも友達やら近所の人達と遊びに出かけてるのよ。
家に帰っても、やれ釣りに行って一番大きな魚を釣っただとか、プールで俺が一番長く泳げたとか、そんな自慢話ばっかり。子供がもう1人できたような気分よ」
「まあ、元気に歩き回ってる方が、ボケなさそうで良いじゃん」
「それはそうかもしれないけど……」
俺は、さりげなさを装って尋ねる。
「親父の調子は?」
祖母は首を横に振った。
「あの子も相変わらず。ずっと部屋にこもって、出てこないわ」
「……そう。本当に、変わらないみたいだね」
俺の声の調子は、変じゃないだろうか。変な表情になっていないだろうか。周りから見て、俺達は普通の会話をしているように見えるだろうか。
父の話をする時、俺は常に「普通」であることを心がけなくてはいけなくなる。
「今日はわざわざこんな遠くまで来てくれてありがとう。大変だっただろ」
「良いのよ。可愛い孫のためだもの。……ごめんなさいね。あの子が来れたら良かったんだけど、まだ外に出られるような状態じゃないみたいなの」
「気にすんなよ。そんなの、ばあちゃんが悪いわけじゃないんだから」
話しているうちに学校に到着する。ばあちゃんに合わせてゆっくり歩いているうちに、余裕を持って家を出たつもりが、それなりの時間になっていた。
*
三者面談は滞りなく終わった。ばあちゃんがご飯を食べられる場所はないかと言うので、俺は学校近くのカフェにばあちゃんを連れていった。
「好きなもの頼んでちょうだい」
「自分で払えるよ」
「遠慮しないで良いのよ。昔だってこうして、ご飯を食べにいったじゃない」
俺と赤槻がまだ一緒に暮らしていた頃、ばあちゃんに連れられて家族でご飯を食べにいく機会が何度かあった。
あの頃も赤槻は俺の真似をして、俺と同じものを頼もうとしたがった。俺はそれが、たまらなく嫌だった。
「私ね、誰かがご飯を美味しそうに食べてる姿を見るのが好きなの。あの人も私の作った料理をいつも美味しそうに食べてくれた。だから好きになったのよねぇ」
祖母の惚気話を聞きながら、メニューを開く。
普通の男子は何を食べるんだろう。普段食べる量より、少し多めに頼んでおこうか。
「ばあちゃんは何食べる?」
「私は……あ、これ凄く美味しそうね」
「じゃあ俺はこれ頼もうかな」
料理を注文した。出てくるまでの間、取り留めのない話をした。殆どは、俺がばあちゃんの話に相槌を打っていた。
「あの子は昔から頭が良くて優しい子で、どこに出しても恥ずかしくない子だったけど、おじいちゃんに似て顔はあまり良くなかったから、結婚できるか本当に不安だったのよ」
「うん」
「大学に行ったら家を出て、そのまま向こうで就職して。しばらくしたら『会ってほしい人がいる』って電話がかかってきて。
私もついにその日が来たんだなって……どんな人が来るのか、あの人とずっとそわそわしてたんだけど。
実際に会ってみたらびっくりしたわ。すっごく綺麗な人だったから。思わず私、本当にこの子で良いの? って聞いちゃったもの」
親父と母さんの話は、祖母から何度も聞いている。
母さんが親父に一目惚れをして、告白をしたこと。
親父は一度断ったけれど、母さんは諦めずに何度も告白を続けて、最終的に付き合うことになったこと。
妊娠が発覚して、結婚を決めたこと。
幸せな頃のエピソードを聞かされる度に、体温がじわじわと下がって凍てつくような、そんな錯覚に陥る。
俺はこの話の結末を知っている。ハッピーエンドでは終わらないということを知っている。
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