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24話「失恋」
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子供の頃、僕は同年代の子に比べて体の発達が早かった。
周りの子よりも体がふた回り以上大きかった僕は、いつしか年齢以上に大人びた行動を取ることを周りから要求されるようになった。
周りの子供が許されていたことが、僕だけ許されなくなった。
僕は羨ましかった。母親に抱きついても怒られない皆が、泣いても「情けない」と言われない皆が、年相応の振る舞いを許される皆が、羨ましくて仕方なかった。
だから、思ったんだ。
いつか僕に大切な人ができた時、その人にはたくさん甘えようと、その人を心から愛したいと。
素直な自分でいようと、そう思ったんだ。
そうか。だから僕は……。
「_____落ち着いた?」
緑さんが僕の頭を撫でる。
「……すみません、緑さん」
僕は今日も、緑さんを抱けなかった。
*
涙に濡れた僕の顔を見て、緑さんが「汚ねー顔」と笑う。
鼻をすすると、緑さんはティッシュを取ってきてくれた。それから、キッチンの方へ行って、2人分のココアを作って戻ってきた。
いつの間に僕の家の間取りを覚えていたんだろう。こういうさりげない抜け目のなさと優しさが、僕は嫌いじゃない。
「ほら、飲みな」
差し出されるまま、マグカップを受け取る。
甘いチョコの味が口内に広がり、喉を通りすぎ、胃に落ちる。胃の辺りが暖かいように感じた。緑さんの優しさが喉を伝って全身に広がるみたいに。
額から落ちる汗を拭う。
「熱い」と呟くと、「汗をかくのは熱中症対策になるんだろ」とからかうみたいに笑われる。
彼方さんは一度見た人の顔を決して忘れない。緑さんは、一度交わした会話を全て覚えていた。
僕はこういった些細なところに、2人の共通点を見つけて、切なくなる。
「……僕、変なことしてませんか? 暴れたりとか、変なこと言ったりとか」
「静かだったよ。黙って、ずっと泣いてた」
「そう、ですか」
頭を鈍器で殴られたような痛みが襲う。泣いた後はいつもこうだ。
僕はきっと、上手な泣き方を学んでこなかったんだろう。それとも皆泣いた後はこうなるんだろうか。
「嫌なこと思い出した?」
「……昔のこと思い出して。どれも、ひとつひとつは些細なことだったんですけど、なんか、辛くなっちゃって。
……はは、馬鹿みたいだな、僕。あんなに取り乱しちゃって、泣いて」
「笑うなよ」
緑さんが、僕の言葉をぴしゃりと跳ね除けた。
「笑うなよ。どんなにくだらないことでも、お前にとっては辛かったんだろ」
緑さんの真剣な眼差しに、止まったはずの涙がまた出そうになる。
こう言うと緑さんは怒るかもしれないけど、僕はやっぱり、緑さんと彼方さんは双子なんだと思った。
2人の言葉には、魔法の力がある。僕を癒してくれる力が。
だから僕は彼方さんのことが好きになった。そして、緑さんのことも……。
「緑さん」
「どうしたの?」
「好きです」
緑さんの表情が固まった。ぽかんと口を開いている。普段の緑さんからは考えられないような表情だ。
「僕、緑さんのことが好きなんです。大好きです」
終わりがあれば始まりがある。ひとつの恋が緩やかに終わりを迎えた。僕はこの失恋を悪いことだとは思いたくない。
好きだった。あの人の役に立ちたかった。友達でいなければならなかった。僕にとって恋は、辛く苦しいことの連続だった。
今回の恋は、僕にとって幸福なものになるだろうか。
誰も傷つけずにいられるだろうか。
「ごめんなさい、上手く抱けなくて。緑さん、そういうことしないと辛いって言ってたのに……」
「謝るなって。良いんだよ。やらないと死ぬってわけじゃないんだから。それに_____」
緑さんは僕の耳元に顔を近づけ、囁く。
「お前のこと思いながら1人ですんのも、案外楽しいからさ」
僕が瞬時に耳を手で押さえたのを見て、緑さんが楽しそうにけたけたと笑った。
「はは、顔真っ赤だぞ、お前!」
きっと、今日の出来事は来年の今頃も思い出すことになるはずだ。
たとえこの先緑さんと別れることになったとしても、大切な思い出として僕の記憶に残り続けるだろう。
そんな、恋であってほしい。
周りの子よりも体がふた回り以上大きかった僕は、いつしか年齢以上に大人びた行動を取ることを周りから要求されるようになった。
周りの子供が許されていたことが、僕だけ許されなくなった。
僕は羨ましかった。母親に抱きついても怒られない皆が、泣いても「情けない」と言われない皆が、年相応の振る舞いを許される皆が、羨ましくて仕方なかった。
だから、思ったんだ。
いつか僕に大切な人ができた時、その人にはたくさん甘えようと、その人を心から愛したいと。
素直な自分でいようと、そう思ったんだ。
そうか。だから僕は……。
「_____落ち着いた?」
緑さんが僕の頭を撫でる。
「……すみません、緑さん」
僕は今日も、緑さんを抱けなかった。
*
涙に濡れた僕の顔を見て、緑さんが「汚ねー顔」と笑う。
鼻をすすると、緑さんはティッシュを取ってきてくれた。それから、キッチンの方へ行って、2人分のココアを作って戻ってきた。
いつの間に僕の家の間取りを覚えていたんだろう。こういうさりげない抜け目のなさと優しさが、僕は嫌いじゃない。
「ほら、飲みな」
差し出されるまま、マグカップを受け取る。
甘いチョコの味が口内に広がり、喉を通りすぎ、胃に落ちる。胃の辺りが暖かいように感じた。緑さんの優しさが喉を伝って全身に広がるみたいに。
額から落ちる汗を拭う。
「熱い」と呟くと、「汗をかくのは熱中症対策になるんだろ」とからかうみたいに笑われる。
彼方さんは一度見た人の顔を決して忘れない。緑さんは、一度交わした会話を全て覚えていた。
僕はこういった些細なところに、2人の共通点を見つけて、切なくなる。
「……僕、変なことしてませんか? 暴れたりとか、変なこと言ったりとか」
「静かだったよ。黙って、ずっと泣いてた」
「そう、ですか」
頭を鈍器で殴られたような痛みが襲う。泣いた後はいつもこうだ。
僕はきっと、上手な泣き方を学んでこなかったんだろう。それとも皆泣いた後はこうなるんだろうか。
「嫌なこと思い出した?」
「……昔のこと思い出して。どれも、ひとつひとつは些細なことだったんですけど、なんか、辛くなっちゃって。
……はは、馬鹿みたいだな、僕。あんなに取り乱しちゃって、泣いて」
「笑うなよ」
緑さんが、僕の言葉をぴしゃりと跳ね除けた。
「笑うなよ。どんなにくだらないことでも、お前にとっては辛かったんだろ」
緑さんの真剣な眼差しに、止まったはずの涙がまた出そうになる。
こう言うと緑さんは怒るかもしれないけど、僕はやっぱり、緑さんと彼方さんは双子なんだと思った。
2人の言葉には、魔法の力がある。僕を癒してくれる力が。
だから僕は彼方さんのことが好きになった。そして、緑さんのことも……。
「緑さん」
「どうしたの?」
「好きです」
緑さんの表情が固まった。ぽかんと口を開いている。普段の緑さんからは考えられないような表情だ。
「僕、緑さんのことが好きなんです。大好きです」
終わりがあれば始まりがある。ひとつの恋が緩やかに終わりを迎えた。僕はこの失恋を悪いことだとは思いたくない。
好きだった。あの人の役に立ちたかった。友達でいなければならなかった。僕にとって恋は、辛く苦しいことの連続だった。
今回の恋は、僕にとって幸福なものになるだろうか。
誰も傷つけずにいられるだろうか。
「ごめんなさい、上手く抱けなくて。緑さん、そういうことしないと辛いって言ってたのに……」
「謝るなって。良いんだよ。やらないと死ぬってわけじゃないんだから。それに_____」
緑さんは僕の耳元に顔を近づけ、囁く。
「お前のこと思いながら1人ですんのも、案外楽しいからさ」
僕が瞬時に耳を手で押さえたのを見て、緑さんが楽しそうにけたけたと笑った。
「はは、顔真っ赤だぞ、お前!」
きっと、今日の出来事は来年の今頃も思い出すことになるはずだ。
たとえこの先緑さんと別れることになったとしても、大切な思い出として僕の記憶に残り続けるだろう。
そんな、恋であってほしい。
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