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21話「目覚め」
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車が走る音に、ふっと目が覚める。
カーテンの向こう側は既に明るい。ベッドの傍に置いていたスマホを確認すると、いつもならとうに起きている時間が画面に表示されていた。
頭の中がぼーっとしていて、上手く働かない。心だけが体から離れて、部屋の中をふわふわと漂っているみたいだ。
寝起きのぼやけた視界で辺りを見回す。
1人で寝るには大きなベッドに、僕と、もう1人が横たわっている。
その人は僕の方に顔を向け、静かな寝息を立てて眠っている。
最初、それが誰だか分からなかった。安らかな寝顔が、僕の知る友人の顔にあまりにも似ていたから。
まさか。心の奥に鍵をかけて隠していた感情が、ついに抑えきれずに爆発してしまったんじゃないだろうか。
僕はついに「友達」に手を出してしまったんじゃないか。僕は友人を傷つけてしまったんじゃないだろうか。
脈が早くなる。目眩がして、激しい頭痛のように視界がぐらぐらと揺れる。
体中から脂汗が吹き出るのを感じながら、僕は目の前の人に震える手を伸ばす。
どうか、夢であってほしいと願いながら。
指の先端がその人の髪に触れそうになった時、不意に、その人が身動いだ。
「……ん」
鼻にかかった声を上げたその人が、うっすらと目を開く。
蝶が羽を揺らすみたいに、瞼がゆっくりと開いたり閉じたりするのを繰り返しながら、ついにその人は僕を視界に収めた。
綺麗な瞳が、くしゃりと歪められる。唇の端が、うっすらと上がった。
「……灰人。もう起きてたの?」
砂糖を溶かしたような甘い声に、僕は昨晩の出来事を思い出した。
……そうだ。この人は僕の友達ではない。恋人だ。恋人に、なってしまった。
僕はついに緑さんと、セックスをしてしまったんだ。
誘ったのは緑さんだった。告白をしたのは僕だった。
「恋人」という関係性でなければ、僕は緑さんのその誘いを受け入れられなかった。
だから、恋人になった。
昨晩の記憶がじわじわと蘇る。
僕がどのようにして緑さんに触れたのか。
緑さんの声、僕の声、全身を電流が貫くような快感。涙のしょっぱさ。僕の頭を全ての思い出が駆け巡っていく。
「……おはようございます、緑さん」
「おはよう……今何時? 仕事大丈夫?」
「9時です。仕事はまだ大丈夫ですよ」
緑さんが起き上がった。乱れた髪の毛の先が跳ねて、緑さんの動きに合わせて、ぴょこぴょこと揺れる。
可愛いと思った。その感情に覆い被さるように、痛烈な罪悪感が僕を襲う。
緑さんはどうして普通でいられるのだろう。動揺している僕の方がおかしいのだろうか。
引っ込みがつかなくなった手を再び伸ばし、緑さんの手を取る。柔らかく、すべすべしている。綺麗な肌だ。
無性に、僕は泣きたくなった。
「緑さん、痛くありませんでしたか? 僕、緑さんを傷つけていませんか?」
この手が昨日、僕の背中に回され、僕をずっと抱きしめていたんだ。
「緑さんを気持ち良くさせることができましたか?」
喘ぐような声に、苦痛は混じっていなかっただろうか。その全てを快楽で満たせただろうか。
緑さんはきょとんとしたような顔をした後、にんまりと笑って、僕の手を握り返した。
「痛くなかったよ。最高だった。お前とのセックス」
だから、そんな泣きそうな顔すんなよ。そう言って、緑さんが僕の手首にキスを落とす。
「泣きそうになってなんか……」
僕の声は震えていた。視界が涙で滲んで良く見えなかったけど、緑さんが呆れたように笑っているのは気配で分かった。
「……緑さん」
「なに?」
「僕、思い出したんです」
「何を?」
「昔のこと」
緑さんが首を傾げる。
「……あの、僕……初めてじゃなかったんです」
「なにそれ」
「いや、えっと、ですね……」
カーテンの向こう側は既に明るい。ベッドの傍に置いていたスマホを確認すると、いつもならとうに起きている時間が画面に表示されていた。
頭の中がぼーっとしていて、上手く働かない。心だけが体から離れて、部屋の中をふわふわと漂っているみたいだ。
寝起きのぼやけた視界で辺りを見回す。
1人で寝るには大きなベッドに、僕と、もう1人が横たわっている。
その人は僕の方に顔を向け、静かな寝息を立てて眠っている。
最初、それが誰だか分からなかった。安らかな寝顔が、僕の知る友人の顔にあまりにも似ていたから。
まさか。心の奥に鍵をかけて隠していた感情が、ついに抑えきれずに爆発してしまったんじゃないだろうか。
僕はついに「友達」に手を出してしまったんじゃないか。僕は友人を傷つけてしまったんじゃないだろうか。
脈が早くなる。目眩がして、激しい頭痛のように視界がぐらぐらと揺れる。
体中から脂汗が吹き出るのを感じながら、僕は目の前の人に震える手を伸ばす。
どうか、夢であってほしいと願いながら。
指の先端がその人の髪に触れそうになった時、不意に、その人が身動いだ。
「……ん」
鼻にかかった声を上げたその人が、うっすらと目を開く。
蝶が羽を揺らすみたいに、瞼がゆっくりと開いたり閉じたりするのを繰り返しながら、ついにその人は僕を視界に収めた。
綺麗な瞳が、くしゃりと歪められる。唇の端が、うっすらと上がった。
「……灰人。もう起きてたの?」
砂糖を溶かしたような甘い声に、僕は昨晩の出来事を思い出した。
……そうだ。この人は僕の友達ではない。恋人だ。恋人に、なってしまった。
僕はついに緑さんと、セックスをしてしまったんだ。
誘ったのは緑さんだった。告白をしたのは僕だった。
「恋人」という関係性でなければ、僕は緑さんのその誘いを受け入れられなかった。
だから、恋人になった。
昨晩の記憶がじわじわと蘇る。
僕がどのようにして緑さんに触れたのか。
緑さんの声、僕の声、全身を電流が貫くような快感。涙のしょっぱさ。僕の頭を全ての思い出が駆け巡っていく。
「……おはようございます、緑さん」
「おはよう……今何時? 仕事大丈夫?」
「9時です。仕事はまだ大丈夫ですよ」
緑さんが起き上がった。乱れた髪の毛の先が跳ねて、緑さんの動きに合わせて、ぴょこぴょこと揺れる。
可愛いと思った。その感情に覆い被さるように、痛烈な罪悪感が僕を襲う。
緑さんはどうして普通でいられるのだろう。動揺している僕の方がおかしいのだろうか。
引っ込みがつかなくなった手を再び伸ばし、緑さんの手を取る。柔らかく、すべすべしている。綺麗な肌だ。
無性に、僕は泣きたくなった。
「緑さん、痛くありませんでしたか? 僕、緑さんを傷つけていませんか?」
この手が昨日、僕の背中に回され、僕をずっと抱きしめていたんだ。
「緑さんを気持ち良くさせることができましたか?」
喘ぐような声に、苦痛は混じっていなかっただろうか。その全てを快楽で満たせただろうか。
緑さんはきょとんとしたような顔をした後、にんまりと笑って、僕の手を握り返した。
「痛くなかったよ。最高だった。お前とのセックス」
だから、そんな泣きそうな顔すんなよ。そう言って、緑さんが僕の手首にキスを落とす。
「泣きそうになってなんか……」
僕の声は震えていた。視界が涙で滲んで良く見えなかったけど、緑さんが呆れたように笑っているのは気配で分かった。
「……緑さん」
「なに?」
「僕、思い出したんです」
「何を?」
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「……あの、僕……初めてじゃなかったんです」
「なにそれ」
「いや、えっと、ですね……」
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