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11話「風穴」
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悪夢を見たせいか、どうも体の調子が悪かった。
重い体を無理矢理動かし、家を出る。
朝日が俺の丸まった背中を眩しく焼いた。
俺と同じ制服を着た人々が、足早に俺のすぐ傍を通り抜けていく。
授業を数時間受けたものの体の調子が戻らなかった俺は保健室に向かった。先生に体調不良を伝えると、体温計を渡された。
丸椅子に腰掛け、ぼんやりと窓の外の風景を眺めていると、背後で扉が開いた。
「大丈夫だって灰人、ちょっと足捻っただけだから。すぐ治るって」
「そんなこと言って前も捻挫放置して悪化させてただろ。ほら、そこ座れよ。あ、先生。足冷やすものが欲しいんですけど_____」
聞き覚えのある声だった。俺はそいつが誰かを知っていたが、敢えて振り返らなかった。
同じ学校だということは既に知っていたので、いつかは会うのではないかと思っていたが、まさか昨日の今日で会うなんて。
気が付かないフリをしてくれないだろうか。もしくは、本当に気が付かなければ良い。
ちょうどその時、体温計が鳴った。先生に体温計を見せ、紙に体温を記入する。
「ちょっと高いね……どうする? 保健室で少し寝て、元気になったら授業に出る? それとも今日は早退する?」
「早退しても良いですか」
「親御さんに連絡するから、ちょっと待っててね」
「俺、一人暮らしなんです」
「そうなの? じゃあ先生に頼んで送っていってもらおうしかないかなぁ」
「大丈夫ですよ、歩いて帰れます」
「でも……」
斑目はクラスメイトを長椅子に座らせた。突き刺さるような視線に、嫌な予感がした。
「_____先生、良かったら僕が送っていきましょうか?」
「斑目くんが?」
「はい。ちょうどこの授業で帰る予定だったんで、仕事の前に送っていきますよ」
斑目が俺を一瞥する。ああ、残念、バレていたみたいだ。
「灰人、知り合いか?」
「うん。ちょっとね」
でも、まさか同じ学校だったなんて。と斑目は驚きを隠さない声で言う。
「へー……お前の知り合いにしてはなんというか、うん」
冴えない奴だな、とクラスメイトの男が斑目にこそっと言った。
声量を絞っているつもりのようだが、しっかり聞こえていた。その後斑目が「そんなこと言うなよ」と咎める声も。
「先生、俺1人で帰れます。鞄取ってきますね」
「緑さん、僕が取ってきますよ」
「来んな。お前のせいで目立ちたくないんだよ」
これだけ失礼な態度を取っていれば流石の斑目も怒って1人で勝手に帰るだろうと思っていたのだが、保健室に戻ってくると、斑目がいた。しかも1人だった。
ちゃっかりと自分の分の荷物を持ってきている。
「先生は?」
「担任の先生に報告してくるって。ほら、帰りましょう、緑さん」
にこりと笑いかけ、手を差し伸べてくる。
「……お前、バカじゃないの」
「何がですか?」
「こんなことして、お前にメリットなんてない」
「そんなもの、なくたって良いんですよ。
僕が緑さんの傍にいたいと思ったからそうする。それだけで良いじゃないですか」
心に空いた風穴にお前が入り込もうとする。どんなに隠そうとしても、俺の弱い部分を暴かれるようで、怖い。
「1万円」
「え?」
「俺を家まで送らせてやる代。後で払ってもらうからな」
「な、なんで僕が払う側なんですか」
「なんとなく」
斑目に連れられ、校舎を出る。
ギラギラと肌を刺す太陽に目を顰めると、太陽から俺を隠すように、お前は俺の横に立った。
「暑いですね、今日」
「これから更に暑くなるらしいね」
「ですね」
「お前夏に弱いんじゃないの、肌白いし」
「だからあまり外には出たくないんですよねー」
斑目は空を仰ぎ、目を細める。
これは雑誌で得た情報だが、斑目は母方の祖父が外国人であり、自身はクォーターらしい。だから日本人にしては体格が良く肌が白いのだ。
焦茶色の髪が太陽の光に揉まれて金髪のように輝き、風にふわふわと揺れている。
「ここで待っていてください」
校門の前で暫く待っていると、斑目が自転車を持って戻ってきた。
「後ろ、乗ってください」
「2人乗りなんて良いの? バレたら怒られちゃうよ」
「一緒に怒られましょうよ」
「俺を巻き込まないでよ」
斑目がハンドルを握り、俺は斑目の後ろに乗って斑目の腰に手を回した。自転車はゆっくりと動き出す。
男2人で密着しているのに、何故だか斑目からは暑さを感じなかった。ひんやりとした見た目のせいか、もしくは風が吹いてるからなのか。
目を閉じ、熱った体に風が当たる感覚に身を委ねる。
「斑目、なんか喋ってよ」
「体調は大丈夫なんですか」
「喋ってた方が気が紛れる」
「……昔むかしあるところに、おじいさんとおばあさんが」
「バカ」
斑目がおかしそうに笑った。
「家、どっちでしたっけ。というか、タクシー呼んだ方が良かったですか?」
「歩いて行ける距離だから。そこ、右な」
「わかりました。……緑さん」
「何?」
「もしかして昨日、僕といた時も体調悪かったんですか」
「昨日は普通だったよ。家に帰って冷たいシャワー浴びてたからそのせいかも」
「何でそんなことを」
「お前とヤれなかったから」
自転車が大きく揺れる。
「あぶねーな」
「すみません、びっくりしてしまって……今、なんて言いました?」
「お前とセックスできなくて、体が熱くて寝れなかったんだよ」
「え、えっと……」
「セックスしないと嫌な夢見るんだ。だから、熱冷ましたくてシャワー浴びたんだ。逆効果だったみたいだけど」
斑目の顔を背後から覗き込む。気まずげな表情だった。
「最初は金稼ぎのつもりだったんだ。
でも、それで金貰ってるうちに段々と、俺の価値がそれしかないような気がしてきて……気がついたら好きになってた。
誰かとヤらないと安心して寝れなくなった」
俺は、他人に罪悪感を抱かせる方法を知っている。どうすれば同情を集められるかを知っている。
「……それは、変ですよ」
「俺、病気なのかな」
「それはどうか分からないけど、でも、辛いんですよね?」
「かもね。辛いのかも、俺」
重い体を無理矢理動かし、家を出る。
朝日が俺の丸まった背中を眩しく焼いた。
俺と同じ制服を着た人々が、足早に俺のすぐ傍を通り抜けていく。
授業を数時間受けたものの体の調子が戻らなかった俺は保健室に向かった。先生に体調不良を伝えると、体温計を渡された。
丸椅子に腰掛け、ぼんやりと窓の外の風景を眺めていると、背後で扉が開いた。
「大丈夫だって灰人、ちょっと足捻っただけだから。すぐ治るって」
「そんなこと言って前も捻挫放置して悪化させてただろ。ほら、そこ座れよ。あ、先生。足冷やすものが欲しいんですけど_____」
聞き覚えのある声だった。俺はそいつが誰かを知っていたが、敢えて振り返らなかった。
同じ学校だということは既に知っていたので、いつかは会うのではないかと思っていたが、まさか昨日の今日で会うなんて。
気が付かないフリをしてくれないだろうか。もしくは、本当に気が付かなければ良い。
ちょうどその時、体温計が鳴った。先生に体温計を見せ、紙に体温を記入する。
「ちょっと高いね……どうする? 保健室で少し寝て、元気になったら授業に出る? それとも今日は早退する?」
「早退しても良いですか」
「親御さんに連絡するから、ちょっと待っててね」
「俺、一人暮らしなんです」
「そうなの? じゃあ先生に頼んで送っていってもらおうしかないかなぁ」
「大丈夫ですよ、歩いて帰れます」
「でも……」
斑目はクラスメイトを長椅子に座らせた。突き刺さるような視線に、嫌な予感がした。
「_____先生、良かったら僕が送っていきましょうか?」
「斑目くんが?」
「はい。ちょうどこの授業で帰る予定だったんで、仕事の前に送っていきますよ」
斑目が俺を一瞥する。ああ、残念、バレていたみたいだ。
「灰人、知り合いか?」
「うん。ちょっとね」
でも、まさか同じ学校だったなんて。と斑目は驚きを隠さない声で言う。
「へー……お前の知り合いにしてはなんというか、うん」
冴えない奴だな、とクラスメイトの男が斑目にこそっと言った。
声量を絞っているつもりのようだが、しっかり聞こえていた。その後斑目が「そんなこと言うなよ」と咎める声も。
「先生、俺1人で帰れます。鞄取ってきますね」
「緑さん、僕が取ってきますよ」
「来んな。お前のせいで目立ちたくないんだよ」
これだけ失礼な態度を取っていれば流石の斑目も怒って1人で勝手に帰るだろうと思っていたのだが、保健室に戻ってくると、斑目がいた。しかも1人だった。
ちゃっかりと自分の分の荷物を持ってきている。
「先生は?」
「担任の先生に報告してくるって。ほら、帰りましょう、緑さん」
にこりと笑いかけ、手を差し伸べてくる。
「……お前、バカじゃないの」
「何がですか?」
「こんなことして、お前にメリットなんてない」
「そんなもの、なくたって良いんですよ。
僕が緑さんの傍にいたいと思ったからそうする。それだけで良いじゃないですか」
心に空いた風穴にお前が入り込もうとする。どんなに隠そうとしても、俺の弱い部分を暴かれるようで、怖い。
「1万円」
「え?」
「俺を家まで送らせてやる代。後で払ってもらうからな」
「な、なんで僕が払う側なんですか」
「なんとなく」
斑目に連れられ、校舎を出る。
ギラギラと肌を刺す太陽に目を顰めると、太陽から俺を隠すように、お前は俺の横に立った。
「暑いですね、今日」
「これから更に暑くなるらしいね」
「ですね」
「お前夏に弱いんじゃないの、肌白いし」
「だからあまり外には出たくないんですよねー」
斑目は空を仰ぎ、目を細める。
これは雑誌で得た情報だが、斑目は母方の祖父が外国人であり、自身はクォーターらしい。だから日本人にしては体格が良く肌が白いのだ。
焦茶色の髪が太陽の光に揉まれて金髪のように輝き、風にふわふわと揺れている。
「ここで待っていてください」
校門の前で暫く待っていると、斑目が自転車を持って戻ってきた。
「後ろ、乗ってください」
「2人乗りなんて良いの? バレたら怒られちゃうよ」
「一緒に怒られましょうよ」
「俺を巻き込まないでよ」
斑目がハンドルを握り、俺は斑目の後ろに乗って斑目の腰に手を回した。自転車はゆっくりと動き出す。
男2人で密着しているのに、何故だか斑目からは暑さを感じなかった。ひんやりとした見た目のせいか、もしくは風が吹いてるからなのか。
目を閉じ、熱った体に風が当たる感覚に身を委ねる。
「斑目、なんか喋ってよ」
「体調は大丈夫なんですか」
「喋ってた方が気が紛れる」
「……昔むかしあるところに、おじいさんとおばあさんが」
「バカ」
斑目がおかしそうに笑った。
「家、どっちでしたっけ。というか、タクシー呼んだ方が良かったですか?」
「歩いて行ける距離だから。そこ、右な」
「わかりました。……緑さん」
「何?」
「もしかして昨日、僕といた時も体調悪かったんですか」
「昨日は普通だったよ。家に帰って冷たいシャワー浴びてたからそのせいかも」
「何でそんなことを」
「お前とヤれなかったから」
自転車が大きく揺れる。
「あぶねーな」
「すみません、びっくりしてしまって……今、なんて言いました?」
「お前とセックスできなくて、体が熱くて寝れなかったんだよ」
「え、えっと……」
「セックスしないと嫌な夢見るんだ。だから、熱冷ましたくてシャワー浴びたんだ。逆効果だったみたいだけど」
斑目の顔を背後から覗き込む。気まずげな表情だった。
「最初は金稼ぎのつもりだったんだ。
でも、それで金貰ってるうちに段々と、俺の価値がそれしかないような気がしてきて……気がついたら好きになってた。
誰かとヤらないと安心して寝れなくなった」
俺は、他人に罪悪感を抱かせる方法を知っている。どうすれば同情を集められるかを知っている。
「……それは、変ですよ」
「俺、病気なのかな」
「それはどうか分からないけど、でも、辛いんですよね?」
「かもね。辛いのかも、俺」
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