4 / 52
4話「お前が買った」
しおりを挟む
「_____あの、もしかして赤槻彼方さんですか?」
駅を歩いていると制服を着た女子高生達に話しかけられた。
カフェに立ち寄った帰りなのか、飲み物の入った袋を皆一様に掲げている。
彼女等の期待の眼差しに応えるべく、俺は即座に「赤槻彼方」をインストールする。
息を吸って、声色と表情を意識して。俺は少女達に笑顔を振りまく。
「_____あは、バレちゃった?」
女子高生達はきゃあと色めき立った悲鳴を上げる。
「あの、私達彼方のファンなんです」
「いつも雑誌買ってて」
「この間の配信見ました。すごくかっこよかったです。あ、もちろん今もかっこいいんですけど」
「あはは、みんな応援してくれてありがとう。けど、ちょっとだけ声を抑えてくれると嬉しいかな。一応プライベートだからね」
俺が口元に人差し指を当てると、皆はっとなって声のトーンを落とす。
「良かったらサインくれませんか?」
「一緒に写真撮ってください」
「ごめんね、サインとか写真はちょっと。誰かを特別扱いしちゃうと、他の子が可哀想だから」
「じゃ、じゃあ。せめて握手してくれませんか」
「んー……握手だけならいっかな。どうぞ」
「ありがとうございます!」
「これからも応援よろしくね」
「もちろんです! あたし、一生彼方さん推しです」
「私も!」
俺は彼女達と握手を交わして別れた。
手を振り、改札の向こうに姿が消えるのを確認してから、こっそりと溜め息を吐く。
「……なーにが、特別扱いすると他の子が可哀想、だよ。気持ち悪いな」
頭がズキズキと痛んだ。このくらいなら薬を飲む必要はないだろう。すぐに治まる。
こめかみを突き刺すような痛みに耐えながら、街を歩く。
体中に汗が絡みつくような夏の暑さには未だ慣れない。
慣れたと思いきや秋がやってきて、体調はリセットされてしまう。
だから俺は夏が嫌いだが、秋はもっと嫌いだ。
マンションの玄関で、部屋番号を入力する。
音声が繋がったのを確認して「俺だけど」と矢継ぎ早に告げると、返事もなくオートロックが解除された。
「やあ、一週間ぶりだね。斑目クン」
扉を開けた斑目は、少々不満げな顔をしている。
「遅かったじゃないですか」
「ファンの子に捕まったんだよ」
「大丈夫だったんですか?」
「全然バレなかった。
あいつら、ファンですとか言っておきながら俺に気が付かねえの。馬鹿みたいだよな」
不思議なことに、斑目と喋っていると頭痛がぴたりと止む。初めて会った時もそうだった。
「……お前、タバコ吸う?」
「吸うわけないじゃないですか。未成年ですよ、僕」
「香水とか使ってる?」
「持ってはいますけど、今は特には……」
「じゃあシャンプー何使ってんの?」
「普通の市販のやつですよ」
「へー……」
俺は斑目の胸ぐらを掴んだ。
「え、ちょっ、なに_____」
首元に顔を近づけて匂いを嗅いでみるが、特に変わった匂いはしない。
なんだろう。何故、俺はこいつといると頭痛が止むんだろう。
シャツから手をはなすと、斑目はその場に勢い良くしゃがみ込んだ。
「どうしたのよ、斑目クン。貧血?」
斑目は胸元に手を当て深呼吸を何度か繰り返している。
頬が薄っすらと赤い。肌が白いから、赤くなるとすぐに分かる。
「……彼方さんと同じ顔してるとか、ズルすぎますよ」
「そりゃどうも」
別に好きでこの顔に生まれたわけじゃない。
許されるなら、今すぐ整形したって構わないとすら思っている。
斑目はすぐに立ち上がった。斑目は咳払いをひとつして、話題を元に戻す。
「馬鹿って言い方はどうかと思いますけど。とにかく迂闊な行動には気をつけてくださいね」
「分かってるって。それよりほら、例のやつくれよ」
俺が催促すると、斑目は封筒を渡してきた。
封を開け、約束通りの金額が入っていることを確認して、俺は鞄に封筒を仕舞う。
斑目に渡された封筒は返却した。
あれだけの大金を納めておくような場所がないからだ。その代わり、定期的に貰うことになった。
「給料日」はおよそ週に一度。もしくは遅くとも半月に一度。俺は、現金を受け取るために斑目の家に行く。
現金と引き換えに、俺は「秘密」を守る。客を取らない。他の男とセックスをしない。
それが斑目との約束だ。
「それでは、また一週間後に」
用済みとばかりに斑目が扉を閉めようとするので、俺は咄嗟に隙間に足を挟んだ。
「今日はヤんねぇの?」
斑目が、ウッと顔を顰めて仰反る。
「すみません、まだ心の準備が……」
「準備って、いつまで待たせるつもりだよ」
舌舐めずりをして、斑目の尻に手を這わせる。
「俺、しばらくヤッてねぇから、溜まってんだよね」
「あ、あの、緑さん……」
「いつになったらヤらせてくれんだよ。もう限界なんだけど」
「で、でも……」
「家に入れるだけでも良いからさ。それとも、ここでする方が好き?」
斑目はぶんぶんと首を横に振る。
「ほら、早く入れてくんねえと、このままお前のこと襲っちゃうよ?」
耳元に息を吹きかけると、斑目が小さな恐竜みたいな叫び声を上げて俺を掴んだ。
大きな荷物を運ぶみたいに、玄関に引きずり込まれる。
斑目は俺の背中に手を回して鍵を閉めた。
「あら、斑目クンってば大胆~」
壁ドンのようになっていることに気がついた斑目が、慌てて俺から距離を取る。
「大胆、じゃないでしょうが! ふざけるのも大概にしてくださいよ! 誰かに見られたらどうするんですか!?」
「ふざけてなんかないよ。俺は本気だ」
「だったら尚更質が悪いですよ……」
「でも、お前の方が先に俺に近づいてきたんだよ?」
斑目はぴたっと動きを止めた。
「お前が俺のことを買うって言ったんだ」
駅を歩いていると制服を着た女子高生達に話しかけられた。
カフェに立ち寄った帰りなのか、飲み物の入った袋を皆一様に掲げている。
彼女等の期待の眼差しに応えるべく、俺は即座に「赤槻彼方」をインストールする。
息を吸って、声色と表情を意識して。俺は少女達に笑顔を振りまく。
「_____あは、バレちゃった?」
女子高生達はきゃあと色めき立った悲鳴を上げる。
「あの、私達彼方のファンなんです」
「いつも雑誌買ってて」
「この間の配信見ました。すごくかっこよかったです。あ、もちろん今もかっこいいんですけど」
「あはは、みんな応援してくれてありがとう。けど、ちょっとだけ声を抑えてくれると嬉しいかな。一応プライベートだからね」
俺が口元に人差し指を当てると、皆はっとなって声のトーンを落とす。
「良かったらサインくれませんか?」
「一緒に写真撮ってください」
「ごめんね、サインとか写真はちょっと。誰かを特別扱いしちゃうと、他の子が可哀想だから」
「じゃ、じゃあ。せめて握手してくれませんか」
「んー……握手だけならいっかな。どうぞ」
「ありがとうございます!」
「これからも応援よろしくね」
「もちろんです! あたし、一生彼方さん推しです」
「私も!」
俺は彼女達と握手を交わして別れた。
手を振り、改札の向こうに姿が消えるのを確認してから、こっそりと溜め息を吐く。
「……なーにが、特別扱いすると他の子が可哀想、だよ。気持ち悪いな」
頭がズキズキと痛んだ。このくらいなら薬を飲む必要はないだろう。すぐに治まる。
こめかみを突き刺すような痛みに耐えながら、街を歩く。
体中に汗が絡みつくような夏の暑さには未だ慣れない。
慣れたと思いきや秋がやってきて、体調はリセットされてしまう。
だから俺は夏が嫌いだが、秋はもっと嫌いだ。
マンションの玄関で、部屋番号を入力する。
音声が繋がったのを確認して「俺だけど」と矢継ぎ早に告げると、返事もなくオートロックが解除された。
「やあ、一週間ぶりだね。斑目クン」
扉を開けた斑目は、少々不満げな顔をしている。
「遅かったじゃないですか」
「ファンの子に捕まったんだよ」
「大丈夫だったんですか?」
「全然バレなかった。
あいつら、ファンですとか言っておきながら俺に気が付かねえの。馬鹿みたいだよな」
不思議なことに、斑目と喋っていると頭痛がぴたりと止む。初めて会った時もそうだった。
「……お前、タバコ吸う?」
「吸うわけないじゃないですか。未成年ですよ、僕」
「香水とか使ってる?」
「持ってはいますけど、今は特には……」
「じゃあシャンプー何使ってんの?」
「普通の市販のやつですよ」
「へー……」
俺は斑目の胸ぐらを掴んだ。
「え、ちょっ、なに_____」
首元に顔を近づけて匂いを嗅いでみるが、特に変わった匂いはしない。
なんだろう。何故、俺はこいつといると頭痛が止むんだろう。
シャツから手をはなすと、斑目はその場に勢い良くしゃがみ込んだ。
「どうしたのよ、斑目クン。貧血?」
斑目は胸元に手を当て深呼吸を何度か繰り返している。
頬が薄っすらと赤い。肌が白いから、赤くなるとすぐに分かる。
「……彼方さんと同じ顔してるとか、ズルすぎますよ」
「そりゃどうも」
別に好きでこの顔に生まれたわけじゃない。
許されるなら、今すぐ整形したって構わないとすら思っている。
斑目はすぐに立ち上がった。斑目は咳払いをひとつして、話題を元に戻す。
「馬鹿って言い方はどうかと思いますけど。とにかく迂闊な行動には気をつけてくださいね」
「分かってるって。それよりほら、例のやつくれよ」
俺が催促すると、斑目は封筒を渡してきた。
封を開け、約束通りの金額が入っていることを確認して、俺は鞄に封筒を仕舞う。
斑目に渡された封筒は返却した。
あれだけの大金を納めておくような場所がないからだ。その代わり、定期的に貰うことになった。
「給料日」はおよそ週に一度。もしくは遅くとも半月に一度。俺は、現金を受け取るために斑目の家に行く。
現金と引き換えに、俺は「秘密」を守る。客を取らない。他の男とセックスをしない。
それが斑目との約束だ。
「それでは、また一週間後に」
用済みとばかりに斑目が扉を閉めようとするので、俺は咄嗟に隙間に足を挟んだ。
「今日はヤんねぇの?」
斑目が、ウッと顔を顰めて仰反る。
「すみません、まだ心の準備が……」
「準備って、いつまで待たせるつもりだよ」
舌舐めずりをして、斑目の尻に手を這わせる。
「俺、しばらくヤッてねぇから、溜まってんだよね」
「あ、あの、緑さん……」
「いつになったらヤらせてくれんだよ。もう限界なんだけど」
「で、でも……」
「家に入れるだけでも良いからさ。それとも、ここでする方が好き?」
斑目はぶんぶんと首を横に振る。
「ほら、早く入れてくんねえと、このままお前のこと襲っちゃうよ?」
耳元に息を吹きかけると、斑目が小さな恐竜みたいな叫び声を上げて俺を掴んだ。
大きな荷物を運ぶみたいに、玄関に引きずり込まれる。
斑目は俺の背中に手を回して鍵を閉めた。
「あら、斑目クンってば大胆~」
壁ドンのようになっていることに気がついた斑目が、慌てて俺から距離を取る。
「大胆、じゃないでしょうが! ふざけるのも大概にしてくださいよ! 誰かに見られたらどうするんですか!?」
「ふざけてなんかないよ。俺は本気だ」
「だったら尚更質が悪いですよ……」
「でも、お前の方が先に俺に近づいてきたんだよ?」
斑目はぴたっと動きを止めた。
「お前が俺のことを買うって言ったんだ」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
部室強制監獄
裕光
BL
夜8時に毎日更新します!
高校2年生サッカー部所属の祐介。
先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。
ある日の夜。
剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう
気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた
現れたのは蓮ともう1人。
1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。
そして大野は裕介に向かって言った。
大野「お前も肉便器に改造してやる」
大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…
性女【せいじょ】に召喚~男は男達にイカされる
KUMA
BL
八神尊(ヤガミミコト)15歳
尊はある日 召喚されてしまった。
何処にかって……
異世界転移と言うヤツだ
その世界は男の存在だけ
あれ変わんなくないとか尊は思う
尊は性女として召喚され…
その日から尊は男にモテるように…
ヤ○○ン皇太子殿下「お前を知ってしまったら他とはしたくなくなったぞ。」
優しいドS王子様「君は私の心に火を付けた、この恋の炎はもう消せませんよ。」
強引な騎士様「どんな貴方も、好きです。」
変態魔導師様「貴方を召喚したのは僕です、僕の子を孕んで下さい。」
俺様公爵様「絶対…俺の事を好きと言わせるぞ、相手が王族でも。」
毎日違う男にお尻の穴を狙われる日々
そんな日々を送れば快楽に落ちちゃった尊
尊の運命は…
肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?
こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。
自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。
ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる