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4話「お前が買った」

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「_____あの、もしかして赤槻彼方さんですか?」

 駅を歩いていると制服を着た女子高生達に話しかけられた。

 カフェに立ち寄った帰りなのか、飲み物の入った袋を皆一様に掲げている。

 彼女等の期待の眼差しに応えるべく、俺は即座に「赤槻彼方」をインストールする。

 息を吸って、声色と表情を意識して。俺は少女達に笑顔を振りまく。

「_____あは、バレちゃった?」

 女子高生達はきゃあと色めき立った悲鳴を上げる。

「あの、私達彼方のファンなんです」

「いつも雑誌買ってて」

「この間の配信見ました。すごくかっこよかったです。あ、もちろん今もかっこいいんですけど」

「あはは、みんな応援してくれてありがとう。けど、ちょっとだけ声を抑えてくれると嬉しいかな。一応プライベートだからね」

 俺が口元に人差し指を当てると、皆はっとなって声のトーンを落とす。

「良かったらサインくれませんか?」

「一緒に写真撮ってください」

「ごめんね、サインとか写真はちょっと。誰かを特別扱いしちゃうと、他の子が可哀想だから」

「じゃ、じゃあ。せめて握手してくれませんか」

「んー……握手だけならいっかな。どうぞ」

「ありがとうございます!」

「これからも応援よろしくね」

「もちろんです! あたし、一生彼方さん推しです」

「私も!」

 俺は彼女達と握手を交わして別れた。

 手を振り、改札の向こうに姿が消えるのを確認してから、こっそりと溜め息を吐く。

「……なーにが、特別扱いすると他の子が可哀想、だよ。気持ち悪いな」

 頭がズキズキと痛んだ。このくらいなら薬を飲む必要はないだろう。すぐに治まる。

 こめかみを突き刺すような痛みに耐えながら、街を歩く。

 体中に汗が絡みつくような夏の暑さには未だ慣れない。

 慣れたと思いきや秋がやってきて、体調はリセットされてしまう。

 だから俺は夏が嫌いだが、秋はもっと嫌いだ。

 マンションの玄関で、部屋番号を入力する。

 音声が繋がったのを確認して「俺だけど」と矢継ぎ早に告げると、返事もなくオートロックが解除された。

「やあ、一週間ぶりだね。斑目クン」

 扉を開けた斑目は、少々不満げな顔をしている。

「遅かったじゃないですか」

「ファンの子に捕まったんだよ」

「大丈夫だったんですか?」

「全然バレなかった。

 あいつら、ファンですとか言っておきながら俺に気が付かねえの。馬鹿みたいだよな」

 不思議なことに、斑目と喋っていると頭痛がぴたりと止む。初めて会った時もそうだった。

「……お前、タバコ吸う?」

「吸うわけないじゃないですか。未成年ですよ、僕」

「香水とか使ってる?」

「持ってはいますけど、今は特には……」

「じゃあシャンプー何使ってんの?」

「普通の市販のやつですよ」

「へー……」

 俺は斑目の胸ぐらを掴んだ。

「え、ちょっ、なに_____」

 首元に顔を近づけて匂いを嗅いでみるが、特に変わった匂いはしない。

 なんだろう。何故、俺はこいつといると頭痛が止むんだろう。

 シャツから手をはなすと、斑目はその場に勢い良くしゃがみ込んだ。

「どうしたのよ、斑目クン。貧血?」

 斑目は胸元に手を当て深呼吸を何度か繰り返している。

 頬が薄っすらと赤い。肌が白いから、赤くなるとすぐに分かる。
 
「……彼方さんと同じ顔してるとか、ズルすぎますよ」

「そりゃどうも」

 別に好きでこの顔に生まれたわけじゃない。

 許されるなら、今すぐ整形したって構わないとすら思っている。

 斑目はすぐに立ち上がった。斑目は咳払いをひとつして、話題を元に戻す。

「馬鹿って言い方はどうかと思いますけど。とにかく迂闊な行動には気をつけてくださいね」

「分かってるって。それよりほら、例のやつくれよ」

 俺が催促すると、斑目は封筒を渡してきた。

 封を開け、約束通りの金額が入っていることを確認して、俺は鞄に封筒を仕舞う。

 斑目に渡された封筒は返却した。

 あれだけの大金を納めておくような場所がないからだ。その代わり、定期的に貰うことになった。

 「給料日」はおよそ週に一度。もしくは遅くとも半月に一度。俺は、現金を受け取るために斑目の家に行く。

 現金と引き換えに、俺は「秘密」を守る。客を取らない。他の男とセックスをしない。

 それが斑目との約束だ。
 
「それでは、また一週間後に」

 用済みとばかりに斑目が扉を閉めようとするので、俺は咄嗟に隙間に足を挟んだ。

「今日はヤんねぇの?」

 斑目が、ウッと顔を顰めて仰反る。

「すみません、まだ心の準備が……」

「準備って、いつまで待たせるつもりだよ」

 舌舐めずりをして、斑目の尻に手を這わせる。

「俺、しばらくヤッてねぇから、溜まってんだよね」

「あ、あの、緑さん……」

「いつになったらヤらせてくれんだよ。もう限界なんだけど」

「で、でも……」

「家に入れるだけでも良いからさ。それとも、ここでする方が好き?」

 斑目はぶんぶんと首を横に振る。

「ほら、早く入れてくんねえと、このままお前のこと襲っちゃうよ?」

 耳元に息を吹きかけると、斑目が小さな恐竜みたいな叫び声を上げて俺を掴んだ。

 大きな荷物を運ぶみたいに、玄関に引きずり込まれる。

 斑目は俺の背中に手を回して鍵を閉めた。

「あら、斑目クンってば大胆~」

 壁ドンのようになっていることに気がついた斑目が、慌てて俺から距離を取る。
 
「大胆、じゃないでしょうが! ふざけるのも大概にしてくださいよ! 誰かに見られたらどうするんですか!?」

「ふざけてなんかないよ。俺は本気だ」

「だったら尚更質が悪いですよ……」

「でも、お前の方が先に俺に近づいてきたんだよ?」

 斑目はぴたっと動きを止めた。

「お前が俺のことを買うって言ったんだ」
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