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2話「押し入れの騎士」

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 斑目の家は電車で20分くらいの場所にあった。

 高層ビルの10階、エレベーターの到着と共に柔らかなカーペットの敷かれた床が俺達を出迎える。

 斑目は俺を部屋に入れると、「お茶を入れてきます」と言ってキッチンへと続く扉の向こうに物音も立てずに消えていった。

 リビングに残された俺は、部屋を見回した。

 男子高校生らしく服や物が辺りに散らかっているとか、逆にモデルらしく洒落た服が大量にハンガーに掛けられているとか、そういったことはない。

 普通の部屋だ。これといって特筆することはない。

 俺は部屋を再び見回し、観音開きのクローゼットに目をつけた。

 確か斑目灰人は一人暮らしだった。

 家族と一緒に暮らしているなら誰にも見られたくないものはもっと巧妙に隠すだろうが、来客が来るなどで一時的に片付けをしなければならない場合、あのような場所に隠すのが一般的だろう。

 クローゼットを開くと、ハンガーラックに吊り下げられた冬服の下に埋もれるようにして、段ボールが数箱置かれているのを発見した。

 俺は躊躇なく封のされていないそれを開いた。

 中に入っていたのは大量の雑誌だった。それ以外は何も入っていないようだ。

 彼女がいる証拠でも見つかれば良かったのだけど。

 俺はそんなふうに思いながら、一番上に置かれていた雑誌を手に取り、ページを何とはなしに捲ってみる。

 斑目はこの雑誌を何度も見返していたのだろう。癖のついた本は、とあるページを開いた状態でひとりでに動きを止める。

 
『記者A:“かなカイ”コンビの名でファンからも親しまれているお二人ですが、プライベートでも仲良しだと伺っています。

 彼方:そうだね。仕事終わりや休日にはよく二人で遊んでるよね。

 カイト:ありがたいことに彼方さんにはいつも気にかけていただいて、遊びに誘っていただけるんです。

 彼方:堅苦しいな(笑)。こいつ、いっつもこうなんです。遠慮がちっていうか、カイの方からはあまり遊びに誘ってこないし、気を抜いたらすぐに“彼方さん”呼びに戻るんですよ。彼方で良いって言ってんのに。

 カイト:……あ、そうでしたね。みんなの前では呼び捨てにしろって言われてましたね。すみません。

 彼方:やめてよね、そういうの。読者さんが俺のこと裏ではヤバい奴だって勘違いするでしょ(笑)。

 カイト:……せっかく仲良くしていただいてるのに余所余所しい態度を取ってしまい本当に申し訳ありません……。

 彼方:だからそういうのやめろって! こっちはフレンドリーなキャラで売ってるんだから!

 カイト:キャラって言っちゃったらダメでしょ(笑)。

 彼方:お前わざとだろ。

 カイト:バレた?

 彼方:バレバレだよ!

 記者A:お二人とも本当に仲が良いんですね。

 彼方:そうですよ、本当に仲良しですから。営業じゃありませんからね。

 カイト:すみません、話が逸れちゃって。

 彼方:お前が逸らしたんだけどな。それで、何の話をしてたんでしたっけ?

 記者A:お二人のプライベートでの話を聞かせていただければと。休日はどこに遊びに行かれるんですか?』

 

 彼方。赤槻あかつき彼方かなた

 斑目が所属している事務所のモデルで、斑目の先輩に当たる。

 本業はモデルだが最近は活動の幅を広げ、舞台や映画にも出演している。斑目とは仲が良く、2人での仕事も多い。

 段ボールを漁り、他の雑誌も確認してみる。

 ファッション誌、テレビ情報誌、映画雑誌。

 ジャンルはバラバラだが、どの本にも必ず「赤槻彼方」の名が載っていて、そのページには付箋が貼られていた。

「すみません。お菓子が煎餅しかなくて_____」

 扉の開く音がして、トレイを抱えた斑目が部屋に入ってきた。斑目は俺と目を合わせると、血相を変えた。

「何をしてるんですか!?」

「物色」

「勝手に人の部屋を漁らないでください!」

 斑目は椅子の短いテーブルの上に麦茶と煎餅の乗ったトレイを丁寧に置き、俺の手から雑誌を奪った。

 段ボール箱に雑誌を戻し、クローゼットを乱暴に閉める。

 大きくため息を吐き振り返った顔は、強張っている。

「何で隠すの? 別に良いじゃん。同業者の仕事をチェックするのなんて珍しいことじゃないだろ」

「隠してたんじゃありません。部屋の片付けをするために仕舞っていたまま、出すのを忘れていただけです」

「あ、そう」
 
 隠していたつもりはない。

 そのようなことを言いながら、斑目はクローゼットの前を陣取り離れようとしない。

 城を守る門番のような、姫を守る騎士のような頑な態度には思わず反吐が出そうだ。

 姫も騎士も両方男とか、気持ち悪い。

 俺はコップを手に取り、麦茶を一息に呷った。

 冷たい液体が食道を勢い良く通り過ぎていき、喉元まで込み上げていた悪態を胃に流し込む。

「赤槻彼方の指示?」

「え?」

「あいつに頼まれて、俺に会いにきたの?」

 斑目は少し間を置いて、俺の聞きたいことを理解したのか、首を横に振った。

「僕が勝手にやったことです。彼方は無関係で_____」

「本当に?」

 俺は斑目の顎に手を当て、表情が良く見えるように顔を固定する。

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