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文化祭

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「お化け屋敷いかがですかー」
「軽音部ステージ始まりまーす、体育館にゴーしてくださーい」
「文芸部は漫画よめますよー」

 今日は私たちの高校の文化祭。
 にぎやかな声が学校中に響いている。

「いやー賑やかだね」
「だねー文化祭だからね」
「咲ちゃんそのうさみみ似合ってる」
「そうかなあ?うちのクラス、何でアニマル喫茶とかわけわかんない展示にしたんだろ」
「まあ、かっこいいのやら可愛いのやら、けも耳は一部には大人気だし」
「確かに依ちゃんの猫耳さっきかっこかわいかった」
「そーお?咲ちゃんに褒められるんならやったかいあるな」
「じゃあもっと褒めるからもっとやっててくれたらいいのに」
「まーしょうがないじゃない。部活の方の展示あるから、ってそうだった早く戻らなきゃ」
「あ、そうだね、いってらっしゃーい!よろしくね」
「うん、また後で!」
 手を振りあって、別れる。なんてことなく普通に流れる時間。
 依ちゃんの後姿を見守りながら、あの日の事を思い出してしまう。お腹のあたりがきゅっとして、唇にあの日の温もりが呼び起こされる。
 あのまま、ずっとああしていたかった。
 依ちゃんを唇で感じて、温もりを感じて、そのまま。
 だけど依ちゃんは慌てて行ってしまった。あのキスがどんな意味を持つのかずっと聞けずじまい。
 二人の時間は元の通り変わることなく、仲のいい二人のまま。あの後あの秘密基地で二人きりになることも、二人で帰ったりも今までと変わらず普通にあった。
 聞こうと思えば聞けたのかもしれない。何でキスしたの?って。
 でも、聞いちゃったら、二人の関係に答えが出てしまうから怖かった。このまま友達でいられるのか、もう二度と顔も見られなくなってしまうんじゃないかと考えては、もやもやと心の霧は深まって。
 
「咲ちゃんこっちおねがーい」
「あ、はぁい」

 教室から呼ぶ声。
 見送っていた背中が消えた先をじっと見つめて、私はまた、普通の私へと戻っていく。明るく元気な、うさ耳メイドへと。



「部長!遅いですよ」
「あぁ、ごめん。クラスのが長引いて」
 手芸部の展示へと戻ると、受付にいた胡桃ちゃんが困った顔をしていた。
「私もクラスへ戻らなきゃいけませんからここお願いしますね!」
「うん。もうこっちずっといるから大丈夫よ。ありがとね」
「いえいえ、部長も咲先輩もお忙しいですね」
「まあ3年になると色々手伝い多くなるからね。咲ちゃんは特に頼まれると断れない性格だからな」
「ですよねー、お人好しと言うかなんというか。ま、そこがいいんですけど」
「うん。ほんと、そういうところが…好きだな」
 思わずセンチメンタルな気分で胡桃ちゃんの言葉に答える。本音がポロリとこぼれてしまう。
「お二人って、仲いいですよね」
「ん?あ、まあ幼馴染だから」
「私、羨ましいな」
「胡桃ちゃん?」
「さーって!私もクラス展示手伝って来ますね!」
「あ、あぁ行ってらっしゃい」
「はーい!ではよろしくお願いします!」
 勢いよく立ち上がった胡桃ちゃんは元気に走って行った。
 今一瞬見えた寂しげな表情が気にかかったけど、それ以上聞くことは出来なかった。

(に、しても暇だな)
 ぼーっと自分たちの展示した作品を眺める。
 喫茶店や出し物をしている所と違って我が部活は作品展示だけなので一人で受付に座って特にすることもない。
 こうなってくるとこの間の事が頭を支配してしまう。
 咲ちゃんとの、キス。今思い出すだけでも心臓がバクバク早くなる。唇に、咲ちゃんの感触が蘇る。体中がぞくっとする感覚。私の頭は咲ちゃんでいっぱいになる。
 いつもの可愛い咲ちゃん、さっきのうさ耳の咲ちゃん、小さい頃の咲ちゃん…そして私にキスされて呆然としていた咲ちゃん。
 何故あんな事をしてしまったのか、いくら自分に問い詰めても答えが出ない。ただ今まで耐えてきたものが溢れ出しそうになって止められなかった、そんな感じだった。
 幸い咲ちゃんはあの日から何も聞いてこなかった。怒ることもなく、距離を置くわけでもなくいたって今まで通りだった。
 けれどそれがますます私を混乱させた。いっそ嫌われていれば、このモヤモヤした気持ちに終止符が打てるんじゃないかと思ったけど、それも出来なかった。咲ちゃんから何も言ってこなかったので私からも何も言えなくなってしまった。
 もしかしたら嫌ではなかったのかもしれない、という願望ともいえる思いを捨てきれずにいる。
 どうしたらいいのかな、私は。告白…するべきなのかもしれない。このままじゃきっと、自分が壊れてしまう。そんな気がする。



「これにて、文化祭を閉会いたします!」
 
 わーっと歓声が上がる。私は結局うさ耳メイド姿のまま閉会式をむかえていた。
 クラスが忙しく、部活と行ったり来たりしながら忙しなく走り回って一日を終えてしまい、ゆっくりと展示を見回る暇もなかった。
 最後の文化祭くらい、依ちゃんと楽しみたかったんだけどな。
「終わっちゃったねぇ」
「うん、あっという間だったね」
 隣で寂しそうにつぶやく依ちゃんの顔を眺める。
 暗めの照明の中、ぼんやり照らされた依ちゃんの顔は、本当にキレイだ。
「あー!咲ちゃん先輩ちょっとこっちきてくださいよー一緒に写真とりましょ!うさ耳で!」
「え?あ」
「行ってきなよ」
「あ、依ちゃんも一緒に」
「いいって私は」
「でも」
「はやくー!せんぱーい」
「ほら!呼んでるよ!」
 ぽん、と依ちゃんに背中を押されて送り出される。依ちゃんはまだ、余韻に浸っていたいんだろうか?本当はもっと一緒に居たかったけど、せっかくだしこの姿を形に残しておくのも悪くないかな、と少し後ろ髪を引かれつつも、後輩たちの元へと走った。

「あーもう、あの子たちは長いしクラスは大変だったし…」
 独り言ちて部の展示へと向かう。写真撮影を終えた所でクラス展示の片づけを手伝っていたらなんだか遅くなってしまった。部の方の片づけはまだ、終わっていないかな?依ちゃんまだいるかな?なんて事を考えながら走っていた。
「先輩!」
「あ、はい、私?」
 急に呼び止められ、振り返ると見知らぬ男子がいた。後輩、みたい。
「あの、ちょっといいですか」
「ん?何?」
「ちょっと、来てください」
「え?あ、ちょっと!」
 半ば無理やり引っ張られる形で、私とその子は体育館裏へとやって来ていた。
「あの、僕、先輩が好きです!」
 すると急にその子が口を開いた。
「え?あ!え?わ、わたし?」
 動揺してすっとんきょうな声が出る。あまりにも思ってもみなかったセリフに頭が回らない。
「はい。ぼくと、付き合ってくれませんか」
「え?あ、ごめんあの、私好きな人がいて」
 びっくりしつつもなんとか返事をする。けど、この子なんか、近い。
「好きな人って、誰ですか」
 詰め寄るように私との距離を縮めてくる。後ずさるものの、壁がすぐ真後ろだった。
「えっとあの、それは…」
 言いたいけれどなんて言っていいのかわからない。今この状況で依ちゃんの名前を出してしまうのは、なんだか違う気がする。
「誰なんですか!その人に、告白したんですか?」
 じりじり、と詰め寄られとうとう背中が壁に当たってしまった。
「え、いや、まだ…あのちょっと離れてくれないかな」
「なんだよお高くとまりやがって!」
 突然険しい表情になり私の肩を掴んで押し付けてくる。恐怖で私は動けなくなる。
「やめて!」
「キスくらい、良いだろ?一回だけ、それであきらめるから」
「いやっ」
 体を押さえつけられたまま、無理やりに顔が近づいてくる。嫌だ、怖い、でも体が動かない!誰か助けて!!
「何してんのよ!」
 大声と共に誰かが彼を突き飛ばした。反射的に閉じた目を開けると、そこには突然真横から突き飛ばされ倒れこんだ後輩の子と怖い顔をした依ちゃんがいた。
「なんだてめえ」
「ほら行くよ!」
「あ、よりちゃ」
「おい!待てよ」
 私の腕をぐっとつかんで依ちゃんがすごいスピードで走り出す。慌てて私も力の限り走る。後ろで何やら叫ぶ声が聞こえたが、振り返えらなかった。
 痛いほどに力強い依ちゃんの手から伝わる温もりに、私は走りながら涙が止まらなかった。



「はぁ、はぁ」
「うっくひぃっ、はぁ………」
 二人の秘密基地までやってきて、ようやく息をつく。 
 死に物狂い、とはこの事だろうなと思うほど必死に走った。咲ちゃんを守らなきゃいけなかったし、もしも反撃されたら、とっても太刀打ちできなかっただろうから。
 咲ちゃんは、畳にへたり込み、泣いていた。こんな時でさえウサギ耳のメイド姿のままの彼女を可愛いと思ってしまう私は、やっぱりどこかおかしいのかもしれない。
 さっきの衝撃と怒りと動揺がないまぜになって、興奮が冷めやらない。
「そんなかっこ、ずっとしてるからよ!」
 思わず吐き捨てるように言葉が出ていた。「ごめ、うっ」と、声にならない声で咲ちゃんが答える。違う、そうじゃない。何故、咲ちゃんを責めているの?私。
「ごめん、怖かったよね。ごめんね」
「依ちゃん」
 たまらなくなり、咲ちゃんを思い切り抱きしめる。ぎこちなく私を受け止めた腕が、私の背中にしっかりとしがみついてきた。
「私、動揺しちゃって、咲ちゃんが告白されてて、偶然見ちゃって。そしたらなんか様子おかしくて。で、気がついたら身体動いてて」
 興奮と安堵で話し出したら止まらなくなってしまった。気持ちが溢れて、苦しい。
「私、誰にも渡したくないの!咲ちゃんを渡したくない!」
 抱きしめた腕に力を込めた。
「私、咲ちゃんが好き!友達としてじゃなく、本当に、好き!!!」
 言って、咲ちゃんの唇を塞いだ。


 
 それは強引な、キスだった。
 この前とは違う強引で荒々しいキス。力一杯の『好きの気持ち』が込められたキスだった。
 私はギュッと腕に力を込めて答える。同じ気持ちだよって、依ちゃんに伝わるだろうか。
「?!え、咲、ちゃん?」
 と、依ちゃんが私の顔を覗き込んで、びっくりしている。
「えへへ、伝わった?私も、好き。依ちゃんが、好き」
 依ちゃんの胸に顔を埋める。恥ずかしくって、顔があげられない。
「うそ、ほんと?え?咲ちゃんも?」
 こんな時だというのに依ちゃんはまだ驚いている。もう、ムードないなあ。
「ほんと、ほんとだよ。ずっと好きだった、ずっと言っちゃいけない気持ちなんだと思って、押し殺してた。友達でさえいられなくなったら、辛いから」
 依ちゃんを真っすぐ見つめ、言葉を紡ぐ。今までの気持ちを、心の底からの気持ちを伝えたい。
「依ちゃんがかわいいって言ってくれたり、依ちゃんと手を繋いだりした時も私ずっとドキドキしてた。ちっちゃい頃からずっと仲良しで、一緒に居たいって思ってたけど今はちょっと違う。依ちゃんとこういう事、したい」
 今度は私から、ありったけの想いを込めて、キスをした。
 お互いの温もりが唇から伝わって、胸の鼓動さえ伝染しそう。
 吐息がくすぐったく、全身をびりびりと震わせる。唇の柔らかさが、熱が、私をとろけさせて全神経がそこに集中していくのがわかる。
 ああ、私は今、依ちゃんと一つになっている。同じ想いでこうして結ばれている。

「っはぁはぁ」
「はぁ、ふふっ」
 長い長いキスをして、見つめあう。
 世界に二人だけになったような、甘くやさしい時が流れる。
「咲ちゃん、好き」
「私も、依ちゃん」
 再び口づけを交わし、私たちはお互いの想いのままに触れあった。
 今までの想いを確かめるように、そしてこれからの二人を、誓い合うように。

 こんな日が来るのを、どれだけ待ち望んでいたかわからない。
 諦めていた幸せの瞬間が私を包んでいる。
 絡めあった指先が、言葉などいらない程に心を伝えあっていた。
 
 私たちは今日、『恋人同士』になった―――――。

つづく
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