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秘密基地

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「うーん、看板はこんなんでいいかなあ?」
「部長!ポスターって提出してきていいですかね?」
「あ、お願い。あ、チラシも、これ」
「はーいいってきまーす」
 一週間後に文化祭を控え、普段は人のいない手芸部の部室も活気づいている。
 部長をしている私は忙しいながらも楽しさを感じていた。
「ふくちょー!これとこれはどこに置きましょう」
「えぇーっとねぇ。………どうしよ」
「もー咲ちゃんふくちょーは頼りないな」
「ごめんごめん、依ちゃんみたいにはいかないよー」
 資料をまとめている横で、副部長である咲ちゃんと後輩たちが楽しそうに展示の打ち合わせをしている。
 私は静かに見守りながらフワフワとした笑顔を絶やさない咲ちゃんの横顔をこっそり眺め続ける。
 小さい頃からの幼馴染である彼女はいつもこうして笑っている。その優しい笑顔が周りを明るくさせているのを本人はきっと気が付いていない。
 私のもそ一人であり、今までずっと彼女の笑顔に支え続けられている。そしてそれだけではない。私はこの笑顔に惹かれているのだ。『好き』ってやつである。友情としてのソレではない。本当に大切な、特別な、好き。
「で、これはどこやればいいんでしたっけ?部長?ぶちょー!!!」
「ええ?あれ?何?」
 咲ちゃんを見つめながらぼーっとしていたら、隣で後輩の胡桃くるみちゃんが何やら叫んでいた。いけないいけない。集中しなきゃ。
「もーどうしたんですかぁ?咲先輩じゃあるまいしー」
「ちょっと胡桃ちゃんしれっと私をディすらないでよー」
「だって咲先輩ならまだしも部長がぼーっとするなんて」
「確かに、そうかも。私と違ってしっかりものの依ちゃんがどうしちゃったの?」
 心配そうに二人に覗き込まれ、「ごめんごめん。ちょっと忙しくて」と取り繕う。
 咲ちゃんに見惚れてぼーっとしてたなんて、口が裂けても言えない。
「そっかー依ちゃんに頼りすぎちゃったね!私ももっとがんばんなきゃ」
「大丈夫ですよー、咲先輩は出来ることをして下さい!部長の補佐は私に任せて下さい!」
「わー頼もしい!さっすが胡桃ちゃん」
 可愛い二人の可愛らしいやり取りに、内心キュンとしつつも頭を立て直す。今はぼーっとしている場合じゃない。文化祭が近いのだ。

「うわーやっぱ静かだねぇ」
「だねぇ。でも思ったよりキレイ」
今日の準備がひと段落し、後輩たちを帰してから私と咲ちゃんは旧校舎へとやってきていた。
暗幕を借りに行ったところ枚数不足なので旧校舎へ取りに行ってくれとのことだった。
「生徒会も人使い粗いよねぇ」
「まあ今が一番忙しいし、しょうがないんじゃないかな。それになんか冒険みたいでちょっと楽しくない?」
「確かに。依ちゃんと一緒だと余計に楽しいね」
 無邪気に笑う咲ちゃんに、胸を締め付けられそうになる。こんなふうに二人っきりで過ごす時間を、咲ちゃんはどう思っているんだろう?いや、こんなふうに私みたいに意識しているはずがないのだから、どう思うも何も、ごく普通の日常の一コマでしかないんだろうな。
「あれ?ねえ依ちゃん!これ見て!」
少し前を歩いていた咲ちゃんが一つのドアの前で叫ぶ。
「ん?あ!」
 咲ちゃんが指さしたドアには『手芸部』の文字。ここは旧校舎の部室棟。小さな部屋が並んでいる中に、手芸部の部室もあったのだ。
「昔はちゃんと部室あったんだねー」
「ほんとだね。開けてみる?」
「うん、おお~」
「わぁーすごい」
恐る恐るドアを開けると、小さい部屋には畳がしいてあり、小さな机に小さな棚があった。
「なんていうか………おばあちゃんの部屋、って感じ?」
「う、うん。昭和感あるね」
ずいぶん昔から使っていた部屋なのか、小ささも相まって妙な古臭さを感じる。しかし、中は汚らしさはなく、どちらかというと落ち着く印象だ。
「ねね依ちゃん」
「ん?」
 良いことを思いついた。という顔で咲ちゃんがニヤニヤしている。
「ここ、私たちの秘密基地にしない?」
「秘密基地?」
「そう。昼休みとか、来られそうな放課後ここで作業したりしてさ。色々持ち寄って」
 咲ちゃんの顔がキラキラと輝いている。大好きなおもちゃを目の前にした子供の様だ。
「二人だけ、の」
「そうそう!二人だけの秘密。秘密基地」
「うん、いいねそれ」
 うなずきながら、私は『二人だけの』という言葉に心惹かれていた。たったふたりきり。ほとんど人の来ないこの旧校舎の一室で、二人だけの秘密基地を作る。ちょっと想像しただけでも素敵なイメージがわいてくる。楽しそうでそして、もしかしたらもしかするかもしれない、なんて勝手な期待に胸をふくらませて。
「よーし!それじゃ明日のお昼はここに来よう!それぞれ自分の好きな物持って来よう!」
 楽しそうに言う咲ちゃんに、勝手な妄想をしてしまって申し訳なさを感じつつ、私は「うんうん」と大きく頷いた。
「よーし!暗幕さっさと持って帰って今日はすぐに帰ろう!準備しなきゃ!」
「ふふ。気合入ってるねえ」
 暗幕を探しに勢いよく走り出した咲ちゃんの後を追う。彼女の無邪気さに、私はやっぱり惹かれている。

<<次の日のお昼>>

「じゃ、じゃーん!」
 机に広がる紅茶ポットやら湯沸かし器やら漫画本、様々なお菓子たち。
「わぁ、ずいぶん持ってきたね」
「あんま使ってないトファールがあったからこれで紅茶飲めるかなって思って!そしたらティーポットも欲しいかなーって。お茶にはお菓子いるし、お茶するなら本とかいるかなって!」
 嬉しそうに言う咲ちゃんの顔はやっぱりキラキラしている。
「依ちゃんは何持ってきたの?」
「えーっと、これ」
 持ってきたトランプを差し出す。
「トランプ!」
「ごめん。なんか思い浮かばなくって。なんとなくお泊りの時遊ぶのイメージして」
「あーそうだね。昔よくお泊りしたよねー」
「大体二人でなんか話しながらトランプしてたよなって」
「そうそう。スピードとかよくやったよね」
「よし!お昼食べたらやろ」
「そうだね。さっさと食べちゃお」
 お昼をそそくさと済ませ、二人でスピードで盛り上がる。昔、お互いの家を行き来して、お泊り会していたあの日々が蘇る。
 小さい頃はただの中のいい友達だった。一緒にいると楽しくて。ずっとこうやって咲ちゃんと一緒に居たい、そう思ってた。気が付けばそれは違う気持ちになっていた。手が触れたり、甘いシャンプーの香りを感じるとお腹のあたりがぎゅっとなる感覚を覚えるようになっていた。咲ちゃんを見つめてドキドキしている自分に気が付いたのは高校に上がる少し前だっただろうか。

「あーもうお昼終わっちゃう」
「そうだねぇ早いね」
 トランプを整えながらふと時計をみやって咲ちゃんが残念そうに言う。
 楽しい時間というのは本当にあっという間だ。
「放課後は準備あるしなかなかこれそうにないよねー」
「そうだねぇ、お昼くらいかな、あっ!」
 まとめたトランプを箱に入れようとしてぶちまけてしまった。 
「もー、依ちゃんにしては珍しいねえ」
「ごめーん」
 笑いあって、二人でトランプを拾う。最後の一枚を拾おうとして咲ちゃんと手が触れた。その時だった。ピリッと電気が走ったみたいな感覚。ピクッと小さく咲ちゃんも反応している。何故か二人して言葉を失って見つめあう。
 触れた手をしっかり握って、私は思わず咲ちゃんを抱き寄せる。顔が近づいて、そのままキス、してしまっていた。
 触れあった部分から、じんわりとぬくもりが感じられる。咲ちゃんの少し早い呼吸が、私の呼吸と重なっていく。
 ごくんと唾をのんで、小さく開いている唇の隙間に舌を滑り込ませようとした瞬間、「ん………」という咲ちゃんの声で私は我に返る。
 キンコーンカーンコーンと間延びしたチャイムが遠くから聞こえてきた。
「あ!昼休み!終わっちゃう!えっとほら!早く行かなきゃ!ごめんね、先行くね!」
 突然立ち上がり、私は勢いよく部屋をあとにする。扉の隙間から見えた咲ちゃんの驚く顔が頭の中でいっぱいになる。
 触れた唇の熱さが、いつまでも残って早くなる鼓動が元に戻るまでにはまだまだ時間がかかりそうだった。

つづく
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