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「ああ。……今、バスから降りたところだからあとちょっとでそっちに着くと思う。……ああ、じゃあまた」
翌日。陽生と結愛は葉奈の遺骨を携えてG県T市の明日夏の借家に向かっていた。
「……ほんとに、山と畑だらけのところだな。結愛、見てみな。あんなに山が近いよ。日が暮れるのも早いんだろうなぁ」
陽生は目を細めて辺りを見回すと、ため息を一つ吐いた。
「どのくらい歩くの……」
結愛は、葉奈の入った白い骨箱を両手で胸の中に大事そうに抱えながら陽生に尋ねる。
「そうだなぁ。……どのくらいだろ。とりあえず、歩いていくか」
陽生は特に調べるような仕草も見せず、そのまま下を向いて歩き出した。結愛は背中を丸めた父親の背中を眺めると、後を追う様に同じく歩き出した。
休日の昼下がり。午後二時を回り、安穏とした空気が辺り一帯に漂っていた。人も車も姿を見せず、陽生と結愛の二人の影だけが黒く後をついてゆく。時折、陽生は思い立ったかの様に空を仰いで見せたが、青い色に染まった空には一つ、二つの雲が浮かんでいるだけで鳥の姿さえも見ることは無かった。
足音も立てず二人は黙ったまま数十分、田舎道を歩き続ける。陽生はひたすら路面を見つめ続け、結愛は胸に抱いた箱に顎を乗せて呆然と陽生の背中を見つめていた。
「いい加減、着いてもいい頃なんだけどなぁ……」
陽生はスマホをポケットから取り出すと地図を確認した。
「この先を右に曲がるのか」
視線をスマホから外し、陽生は顔を上げて南の方角を見ると、その先の平屋に人が立っていた。その人は何かに気づくとこちらに向かって走り出した。
「……あ、明日夏か!」
明日夏は走りながら叫んだ。
「ニ――さァァ―――――んッ」
陽生と結愛は道端に立ち尽くし、走ってくる明日夏を懐かしそうに見つめた。明日夏は二人のそばまで走り寄ると、下を向いて息を整えた。
「あーちゃん、突然で悪かったね……」
明日夏は荒い息をしながら顔を上げると、陽生に食って掛かった。
「葉奈はッ? は、葉奈は……」
「……連れて、きたよ」
陽生は後ろにいる結愛の方に顔を向けた。明日夏は結愛が抱えている白い箱を見るなりその場に崩れ落ちた。
「葉奈……。ああっ……アアアアア―――ッ!」
陽生は片膝を落とすと、明日夏の右肩にそっと左手を添えた。
「あーちゃん。……突然のことだったから、俺と結愛だけで葬式をやっちまった。本当に……済まない。最後の顔をあーちゃんに見せられなかった」
「ウウウッ……。ぐずッ。……仕方、ないわ。ウウッ……」
「全部、電話で話した通りだ。そういう因果の流れの中にいて、部外者の俺たちにどんな抵抗ができるって言うんだ。……結局は笑って送ることしか、できなかったよ」
「葉奈は……確かに私の妹だった。私の……大切な家族だったわ!」
明日夏は右手の甲で涙を荒く拭うと、腰を上げた。陽生は悲壮な表情を見せる明日夏を視界に入れるとやんわりと尋ねてみた。
「……収友には葉奈の事、話したの?」
「……うん」
「怒っていたかな」
「ううん。……反応はなかったわ」
陽生は眉をひそめた。
「反応ないって、どういうこと」
「……一言。”そうなんだ”って言って……それでおしまい」
「……そっか。……あーちゃん、アイツはいま家にいるンかな」
「収友なら、山に行ってるわ……」
「山? 今日こっちにくるって言ってたのに、なんでアイツはこんなときに登山なんかに行くんかなァ……」
「登山って、……収は裏山に行ってるだけよ。……ほら、あの山」
明日夏は右手の人差し指を、南にそびえる山に向かって指さした。
陽生と結愛は明日夏の指の指し示す方向に目を向けた。深い緑色の木々に覆われた標高千mほどの山。
「……植樹の現場があの中腹辺りにあるの。収は今、そこに行ってるわ。私……呼んでくるから家で待っていて。行って帰ってすると、一時間以上はかかっちゃうけど……」
陽生は振り向くと、結愛に聞いてみた。
「どうする? 明日夏おばさんの家で待たせてもらうか?」
「ううん。一緒に行く」
そう答えると、結愛は唇を強く真一文字に結んだ。悲しみを堪えるような、それとも怒りを抑えるような、そんな表情とともに。
陽生は結愛の顔を一目みると、軽く息を吐き出して明日夏にお願いをした。
「あーちゃん。一緒に行くよ」
「……うん」
翌日。陽生と結愛は葉奈の遺骨を携えてG県T市の明日夏の借家に向かっていた。
「……ほんとに、山と畑だらけのところだな。結愛、見てみな。あんなに山が近いよ。日が暮れるのも早いんだろうなぁ」
陽生は目を細めて辺りを見回すと、ため息を一つ吐いた。
「どのくらい歩くの……」
結愛は、葉奈の入った白い骨箱を両手で胸の中に大事そうに抱えながら陽生に尋ねる。
「そうだなぁ。……どのくらいだろ。とりあえず、歩いていくか」
陽生は特に調べるような仕草も見せず、そのまま下を向いて歩き出した。結愛は背中を丸めた父親の背中を眺めると、後を追う様に同じく歩き出した。
休日の昼下がり。午後二時を回り、安穏とした空気が辺り一帯に漂っていた。人も車も姿を見せず、陽生と結愛の二人の影だけが黒く後をついてゆく。時折、陽生は思い立ったかの様に空を仰いで見せたが、青い色に染まった空には一つ、二つの雲が浮かんでいるだけで鳥の姿さえも見ることは無かった。
足音も立てず二人は黙ったまま数十分、田舎道を歩き続ける。陽生はひたすら路面を見つめ続け、結愛は胸に抱いた箱に顎を乗せて呆然と陽生の背中を見つめていた。
「いい加減、着いてもいい頃なんだけどなぁ……」
陽生はスマホをポケットから取り出すと地図を確認した。
「この先を右に曲がるのか」
視線をスマホから外し、陽生は顔を上げて南の方角を見ると、その先の平屋に人が立っていた。その人は何かに気づくとこちらに向かって走り出した。
「……あ、明日夏か!」
明日夏は走りながら叫んだ。
「ニ――さァァ―――――んッ」
陽生と結愛は道端に立ち尽くし、走ってくる明日夏を懐かしそうに見つめた。明日夏は二人のそばまで走り寄ると、下を向いて息を整えた。
「あーちゃん、突然で悪かったね……」
明日夏は荒い息をしながら顔を上げると、陽生に食って掛かった。
「葉奈はッ? は、葉奈は……」
「……連れて、きたよ」
陽生は後ろにいる結愛の方に顔を向けた。明日夏は結愛が抱えている白い箱を見るなりその場に崩れ落ちた。
「葉奈……。ああっ……アアアアア―――ッ!」
陽生は片膝を落とすと、明日夏の右肩にそっと左手を添えた。
「あーちゃん。……突然のことだったから、俺と結愛だけで葬式をやっちまった。本当に……済まない。最後の顔をあーちゃんに見せられなかった」
「ウウウッ……。ぐずッ。……仕方、ないわ。ウウッ……」
「全部、電話で話した通りだ。そういう因果の流れの中にいて、部外者の俺たちにどんな抵抗ができるって言うんだ。……結局は笑って送ることしか、できなかったよ」
「葉奈は……確かに私の妹だった。私の……大切な家族だったわ!」
明日夏は右手の甲で涙を荒く拭うと、腰を上げた。陽生は悲壮な表情を見せる明日夏を視界に入れるとやんわりと尋ねてみた。
「……収友には葉奈の事、話したの?」
「……うん」
「怒っていたかな」
「ううん。……反応はなかったわ」
陽生は眉をひそめた。
「反応ないって、どういうこと」
「……一言。”そうなんだ”って言って……それでおしまい」
「……そっか。……あーちゃん、アイツはいま家にいるンかな」
「収友なら、山に行ってるわ……」
「山? 今日こっちにくるって言ってたのに、なんでアイツはこんなときに登山なんかに行くんかなァ……」
「登山って、……収は裏山に行ってるだけよ。……ほら、あの山」
明日夏は右手の人差し指を、南にそびえる山に向かって指さした。
陽生と結愛は明日夏の指の指し示す方向に目を向けた。深い緑色の木々に覆われた標高千mほどの山。
「……植樹の現場があの中腹辺りにあるの。収は今、そこに行ってるわ。私……呼んでくるから家で待っていて。行って帰ってすると、一時間以上はかかっちゃうけど……」
陽生は振り向くと、結愛に聞いてみた。
「どうする? 明日夏おばさんの家で待たせてもらうか?」
「ううん。一緒に行く」
そう答えると、結愛は唇を強く真一文字に結んだ。悲しみを堪えるような、それとも怒りを抑えるような、そんな表情とともに。
陽生は結愛の顔を一目みると、軽く息を吐き出して明日夏にお願いをした。
「あーちゃん。一緒に行くよ」
「……うん」
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