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鐡哉の葬儀が終わり、二週間ほど過ぎたある日の夜。
自宅のリビングに置かれたソファでテレビを見ながらうたた寝をしていた明日夏のスマホが、心地よいその眠りを遮る。
「……ん、んんッ。ん? ああっ、鳴ってる!」
明日夏は着信音に気づいて飛び起きると、テーブルに置かれたスマホを手に取った。
「は、はい。もしもしィ」
「……夜遅くにごめん。寝てた?」
受話口から陽生の声が聞こえてきた。
「あぁ、ニーさんかぁ。……なんか寝ちゃってた。どうしたの?」
「疲れてるところ申し訳ない。大した話じゃないんだけどさ、……お義母さんの様子はどう?」
「どうって言っても、別に変わりないわよ。……ただ、私も帰りが遅いから、少し寂しい想いをしてるかもしれないわね。こんな広い家に一人っきりだし」
明日夏は左手でスマホを持ちながら右手でテレビのリモコンを掴むと、テレビの電源を落とした。
「いま、何してるの? お義母さん」
「んん。もう寝てるわ。……あら、まだ10時前なのね」
明日夏は壁にかけられたアナログ時計に目をやった。
「……そっか。なぁ、今度のあーの休みの日、そっちにお邪魔していいかな? 子供達も一緒なんだけど」
明日夏はソファの背にもたれ掛かった。
「どうぞ、いらっしゃい。そんな……遠慮しなくってもいいのに。それに二人が来るんならお母さんも喜ぶわよ」
「じゃあ、行く時また連絡するから。その時はよろしく」
「はい、おやすみなさい」
通話を終え、明日夏はスマホをテーブルに置く。
「……ふーん。こうやって改めて見てみると、この家って結構広かったんだね」
明日夏はソファからマジマジと家の中を見回した。
「葉奈ちゃんがいなくなって、お父さんもいなくなって……。それでそのうちお母さんもいなくなっちゃうと完全に持て余しちゃうわね、この家」
明日夏は苦笑いしながら足を組んだ。そして、しばらく黒いテレビ画面をボーっと見つめていたが、おもむろにソファから腰を上げた。
「さってと、私も寝よ」
そう言ってリビングの照明を切ると、二階に続く階段を上って行った。



皐月の時期に入り、数日が経った水曜日。柔らかな陽射しの中、明日夏は庭に出て洗濯物を干していた。水色の空に白いシャツが映え渡る。
「よっし、洗濯終わり!」
明日夏が洗濯カゴを持ちながら気持ちよさそうにそう言うと、そのときを待ち構えていたかのように車のエンジン音が明日夏の自宅に近づいて来た。
明日夏はその音を聞きつけると、振り返って通りの方に目を向けた。
車が自宅の門扉の手前で止まると、後部座席のスライドドアがゆっくりと開き、中から収友が慎重に左右を確認して車から降りてきた。
明日夏はカゴを持ったまま門扉を開けると、収友に向かって笑顔を振りまいた。
「こんにちは、収ちゃん」
その声に収友は笑顔で答えた。
「あーねーちゃん、こんにちは」
収友の後ろから結愛を抱きかかえた陽生が歩いてくる。
「おはよう、あー」
「おはよ、ニーさん。あら、結愛ちゃんはまだおんぶされてるんですか?」
明日夏は笑って結愛に話しかけた。
「たまの休みなのに、悪かったね」
「そんなぁ。どうせ暇してるし、気を使わないでよ。お母さんも待ちわびてたわ。収ちゃんも結愛ちゃんも上がって」
明日夏は玄関を開けて子供たちを招き入れた。収友と結愛は靴を脱ぐと、ダイニングに向かって一直線に走って行った。
「おばあちゃん、こんにちは!」
「おばあちゃーん」
「あららー、いらっしゃい。よく来たわね」
玄関の奥から楽しい会話が聞こえてくる。
「ニーさんも上がったら?」
玄関に佇む陽生を見て、明日夏が声をかけた。
「ああ、うん。……あー。ちょっと、外に行かないか」
陽生は頬を緩ませて明日夏を外に連れ出した。

外は日陰が涼しく感じるくらいに暖かな陽気に包まれている。リビングで図鑑を読んでいる収友と、楽しそうに折り紙を折っている結愛と容子の姿が、掃き出し窓から見てとれる。
その様子を庭から眺めると、陽生は窓に背を向けるような格好で明日夏に話をし出した。
「……お義母さん、どお?」
「うん。……そうね。やっぱり時間を持て余してるみたい。昨日も一日中テレビを見てたって言ってたわ」
「……そっか。外には出てないんだ」
陽生は神妙な顔つきになった。
「お母さんと二人きりになってさ、改めて家の中を見回してみたんだけど。……こんなに広かったのね。この家って」
明日夏は振り返って我が家を見上げた。白い塗り壁に銀色の一文字瓦を乗せた荘厳な屋根。
「部屋ばっかりあったって、使う人がいなくっちゃぁね。余ってるんだからニーさん、こっちに越して来ちゃいなよ。……なんちゃって!」
冗談っぽく明日夏は陽生に話しかけた。
「えっ? ……それ、本気なの?」
陽生は思わず片眉を上げた。
「あっ、ごめん。……変なこと言っちゃったかな」
明日夏は口元を右手で隠すと、気まずそうな顔をした。
「明日夏。それ本気で言ってんのか!」
「えっ? な、なんで? だからごめんって……」
「だったら話が早いよッ!」
陽生は口角を上げて明日夏に話し始めた。
「じ、実はさッ。俺も少し考えてはいたんだけどさ。お義父さんの葬儀の日から葉奈が、あの……。こ、この家に一緒に住めないかなって言ってるんだよ。一人になったお義母さんのことが心配でさ。……どうかな? ほら、俺はもう半分仕事してないみたいなもんだからさ、お義母さんの話し相手とかだってできるし。まぁ、難しいようならすぐ近くに一軒家でも借りて、日中だけでもお義母さんの様子見ようかなってことも考えてるんだけどさ……」
「えっ? それ、ホントッ! ニーさん一緒に住んでくれるのッ!」
明日夏は大きく目を見開くと、勢いよく声を張り上げた。
「あ、あーちゃんとお義母さんが越してもいいって言ってくれるんなら……。で、でも、ほんとに越してきちゃって大丈夫なのかな? うるさい盛りの子どもが二人もいたんじゃ、あーちゃんとかお義母さんの生活スタイルを壊しちゃうのが心配で。も、もちろん子どもたちには行儀よく生活するように話すし、なによりあーちゃんとお義母さんの生活を第一に考えてはいるんだけど……」
手をバタつかせながら必死で話す陽生の姿を見て明日夏はクスッと笑った。
「ニーさん、ほんとにありがと。何でそんなに優しいの? 私のことなんか心配しないでいいのに。お母さんだって賑やかな方がいいと思ってるよ、きっと。収ちゃんと結愛ちゃんにはそんなこと言わないで伸び伸びと暮らしてって言ってあげて」
「あ、ああ……うん」
明日夏のその笑顔に緊張の糸が解けたのか、陽生は無意識に持ち上げていた肩を一気に落とした。
「まだお昼には早いけど、昼食は外で食べよ! 私がおごるから」
五十才には見えない程に愛らしい笑顔とともに明日夏ははしゃいだ声を出した。
「い、いやそんな、俺が出すよ!」
陽生の声も聞かずに明日夏は掃き出し窓を開けて室内に入っていった。
「お昼は何が食べたいですかー?」
結愛はその問いかけに折り紙を折る手を止めて元気な声で答えた。
「いくら――!」
「いくらかぁ。収ちゃんは?」
「ぼくは、……きゅうり」
「ええ? きゅうり?」
収友の答えに、思わず明日夏と容子は大笑いした。
「じゃあ、お寿司屋さんがいいわね」
笑い涙を指でふき取りながら明日夏は外にいる陽生に手招きをした。
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