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第三章 偽りの神子と幼馴染み

4 シルス

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「私だってね、鬼じゃないんだよ? ただ、上から命令されれば、それを全うするのが軍人だ。」

 狼族の隊長さんが、俺と船医さんを鉄格子の檻に入れてから、そんな話を始めた。
 俺はあれから泣きに泣き、寒さに震えていたけれど、見かねた隊長さんが、毛布と衣服と暖かな飲み物を持ってきてくれて、ばつの悪そうな様子で話しかけてきた。

「職業柄、人を見る目はあるつもりだ。君のような子が国をまたいで悪さをする悪人にはさすがに見えんよ。ましてや、もうじき港に着く他国の商船にいくら罪人が乗っているからって、あんな無茶なご用改めは滅多にせんさ。
 今回は重特命だったんだよ。我が国に連れてこいってね。どんな極悪人かと、さすがの私も内心びびってたよ。」

 隊長さんは、はははと口だけで笑うと足と腕を組み直した。

「私らは規律を重んじる軍隊だから、命令されれば我が国のため、人の命も殺める。が、連行するだけの子どもに、ましてや具合の悪い子どもに、無体なことはせんよ。」

 貸してもらった冬仕様の服はブカブカだけれど、身体をしっかり包んでくれて、温かな飲み物をもらったことで俺の気持ちも落ち着いてきた。

「君は我が国のトーラス港で、陸軍に引き渡される。その後は裁判所でしかるべき処遇が決まるだろう。何かトラブルやいきちがいがいがあったのなら、裁判官に伝えるのが良いだろう。あそこのリゼルって裁判官は話の分かる奴だ。海軍のレイドが教えてくれたと言えば、より話がスムーズになるだろう。」

「う、う、ありがとうございます。」

 俺が泣いていたのは、銀…。
 なんで名前を思うだけで激痛が走るかなぁ…。
 銀狼達と離されたのが悲しすぎて泣けたんだけれど、隊長さんは俺が怖くて泣いていると思ってるみたいだ。シルス君は成人前の子どもだもんな。

「あー、まぁ、これは私の独り言だから気にするなよ。……君は、多分あのまま船に乗っていても、どこかの団体に捕まえられたと思う。そもそも未成年の子どもが罪状も名前も記されずに罪人手配されるなんてこと自体、怪しすぎて、事情を知ってしまったら物騒すぎて尻尾が震えるってもんだ。なんにも協力してやれねぇが、せめて涙拭いて前向いて歩けるくらいには回復する時間と食べ物をくれてやる。君も男なら、元気出せ。」

「は、はい。ありがとうございます。」

 俺がもう一度丁寧にお礼を言うと、レイド隊長は首筋をガリガリかきながら出ていった。

 それを見送り、ふと船医さんと目が合う。
 船医さんは眉をしかめ、ばつの悪そうな顔をする。

「…俺になにか言うことがあるんじゃないですか?。」

 俺が水を向けると、船医さんの眉間のシワが深まり、苦虫を噛み潰したような顔とはこの事を言うんだろうと言うような、顔をしている。

「わしは狐族と人族のハーフでな、魔術師なんだよ。」

「その魔術師さんが、なんで俺の了承も得ずに、こんなことしているんですか?。」

「ふん、妙に開き直りおって。」

「俺だってね! パニックでしたよ!。離れたくなかったし。思うだけで激痛って、なんですかこれ?。
 ……とりあえず、訳を聞かしてください。俺には聞く権利があるはずですよね?」

 俺の興奮と反比例して、冷静な船医さん改め魔術師さんが、ことの顛末を話してくれた。




 *  *  *




 シルス君はコール国の王族で狐族の国王の息子だけれど、成人近くしても耳と尻尾が隠せないため、まだ跡取りとするには認められていない。けれど、腹違いの弟達は隠すことができて、跡取りの資格がある。
 …ツヴァイルの弟のシマ君も五つにして人になれてたもんなぁ。銀…狼も苦労しているみたいだし、どの世界にも偏見ってあるよな。
 
 国王が病気を患い、跡目争いに乗じたバックヤードの方々の思惑が激化する前に、王様のはからいでシルス君は護衛役の船医さんをつれて、東の国に留学(と言う名の避難)をした。だけど、いよいよ王様の体調が悪くなってきて、命を狙われたり、誘拐されかけたりするようになったらしい。そんな中、シルス君は病に効く回復薬を砂の宮様に作ってもらえるように旅に出た。今はそれを手に入れて、身分を隠して帰国している途中だったらしい。
 怪しげな俺たちを船に乗せてくれるように取り計らってくれたのも、この船医さんだった。いざというときに、背格好の良く似た俺とシルス君を入れ替える算段をつけていたみたい。
 だから、シルス君は最初から俺に近づいてきていたんだな。ちょっと寂しい…。

「……で、シルス君が港に着くと共に権力にものを言わせた誰かしらに捕まる可能性が高くなったから、俺と入れ替わ…っ痛うぅ。と言うことですね。」

 NGワードで激痛ってどんな罰ゲームだ。くそっ。

「まさかグルダン国が出てきて他国へ連行されるとは思わなかったんだ。本当にすまないと思う。おまえさんのことは、わしが命に代えても守るから。」

「何を言ってるんですか。そんなのだめですよ。
 護衛のあなたがいなくなったら、いくら銀様たっ痛…。強い人たちと一緒にいたって、シルス君は子どもなんだ。心細いに決まってるじゃないですか! それにあなたがいなくなったら、これからずっと後悔して生きていかなきゃならないじゃないですか。子どもにそんな辛い思いさせちゃだめですよ。ちろん、この身体を返っ…うぅ。」

 くそー、めっちゃ痛い。

「もとに戻すのは当たり前ですからね!
 だいたい、こんなことしなくても、俺達に話してくれれば良かったんだよ。
 俺! こう見えても成じ…痛ぅ。…している一人前の男なんですよ。シルス君みたいな子どもじゃ、くっ、痛い…。」

「お、おまえさん…。成人しとるのかね。」

 ですよねー。皆まで言うな船医さん。

「よ、よーし、これから俺と船医さんはチームです。最終目標は王様にシルス君の回復薬を飲ませる。最短目標は…とりあえず、多分無事に裁判って方向にはならないと思うから、どこかのタイミングで脱走ですね。その後、コール国へ向かう。ちょっとプランがぐらつくけどそんな感じでどうですか?。」

 俺が聞くと、船医さんは驚きの表情から、少し穏やかな顔になって、ごつい腕を差し出してきた。

「わしは、ハーフだから身体も丈夫で魔法も得意じゃ。少々年をとっているが、見た目ほどの年寄りでもなく、まだまだ若いもんには負けん。名前はガダルフじゃ。狐族で筆頭魔法師を勤めたこともあるんじゃよ。よろしくな。」

「よろしくお願いします。ガダルフさん魔法のスペシャリストなら、目標達成までの間に俺に魔法を教えてください。俺も砂の宮様に魔法を教えてもらうはずだったんだけれど、いただいた魔法書は海里が持ってるから。」

「なんと、砂の宮の大賢者様から魔法書を賜るとは。あなた様は何者なのですか?。」

「え、そんな、た、ただのみ…あっ痛うぅ。」

「こ、これは申し訳ない。シルス様。質問してはならないことでしたな。」

「い、良いですよ。それより、俺の方が年下なんだから、俺のこと呼び捨てでお願いします。敬語もなしで。」

「ふふ、それじゃあチームなのだから、わしのことも呼び捨てで、敬語なしでいこうじゃないか。」

 こうして、俺達は新たなる旅の仲間となったのだった。





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