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第三章 偽りの神子と幼馴染み

2 入れ替わり

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 たす…け、…。頭が痛い。
 声が出ない。身体の自由がきかない。助かるために何とかしようと考えるだけで、頭に刺すような痛みが走り、痛さから目の前が暗く霞んでしまう。
 もうこの痛みに耐えられないと、考えることを放棄したくても、やっぱり、助かる道を探すから、また激痛が走る。その繰り返しに精神が疲れ、正気を保っていられないよ…。
 何かの甘い匂いが鼻腔をくすぐる。お香を炊いているのか…? …煙いような、…甘い匂い……。

「大分弱ってきましたね。ごめんなさい、カイリさん。お願いだから、逆らわないで。」

 シルス君が、悲しそうな顔で俺に話しかけてくる。
 俺は痛みから涙も鼻水もよだれも出ているみっともない顔をしていることだろう。でも、まばたきでさえままならないんだよ。

「いいですか? 良く聞いてください。
 今から僕とカイリさんの心を入れ替えます。入れ替わったことを誰かに伝えようとしたり、戻そうとしたりすると、激痛がしますから、そのようなことをしてはいけません。カイリさんがシルスのままでいてくれれば、なんの痛みもないし、普通に生活できます。」

「む、ぐ。」

 痛い。無理だよ、入れ替わるなんて。どうしてそんなことを?。シルス…。

「しゃべらないでカイリさん。本当にごめんなさい。でも、こうするしかなかったんです。僕はどうしても父上を助けたい。父上に会って問題を解決したら、必ずカイリさんの身体はお返ししますから。それまで、僕になっていてください。絶対にお助けします。」

 シルス君は泣きそうな顔で、俺に決意をつげると、船医さんに向き合って、頭を下げた。

「ガダルフ、よろしくお願いします。」

「シルス様、参ります。」

 ガダルフと呼ばれた船医さんは、片手をかざして光を放ち、俺を拘束していたけれど、もう片方の手をシルス君に向け、同じように光で包んだ。小さな石が二つ、怪しく光る。

 その瞬間、俺の視界がぶれ、とっさに目を瞑るとひどいめまいと吐き気に襲われた。

「う、あ…。」

 俺はもう耐えられなくて声が出てしまうけれど、その声も出てるのかどうか自分でも分からない。

 やがて体調も落ち着いてきて、身体が楽になったので、恐る恐る目を開けて見ると、目の前には涙と鼻水とよだれを流している、ひどい顔の俺がいた。

「く…、カイリさん、我慢しすぎ。良くこんな状態で…。」

 俺が苦しそうにその場に倒れ、片膝をついて、口許をぬぐっている。
 辺りには、甘いお香のような匂いがしている。
 俺は大切なことを考えようとするんだけれど、その度に激痛がしたり、ふわふわしたりして、うまく考えがまとまらない。なんだろう? なにかおかしい。でも、なにがおかしいのか、どうしたら良いのか、なにも思いつかない。

 俺が、俺の右手の薬指にシンプルな指輪をはめてくれた。見ると、俺の右手にも同じような指輪が既にはめられている。?。

「……これは、もうじきお別れする俺たちの友情の証だよ。再会するその日まで、お互いに身につけていようねって約束しただろう?。」

 そうだったか? でもシルス君の言葉が腑に落ちるから、そうなのだろう。

「あ、あいあと。」

 うまくしゃべれない。
 カイリ、ありがとう。

「どういたしまして。さあ、シルス、銀様が心配するから、部屋に戻ろう。俺は転倒した荷物からシルスをかばって下敷きになっちゃったんだ。シルスも怪我して、身体の具合が悪いんだ。帰る時間もかかっちゃったね。」

 そっか、俺、怪我をして具合悪いんだ。カイリが助けてくれた…。

「そうだよ。ね、銀様たちのこと、後でもう少し詳しく教えて。声に出すとみんなの迷惑だから、念話で。」

 うん、分かったよ。

「よし、じゃあ戻るよ。船医さん、助けてくれてありがとう。俺たち帰るね。」

「ああ、気を付けてな。」

 俺とカイリはお互いの身体を支え合いながら、銀狼の居る部屋へと向かった。荷物の下敷きになったせいか、身体に違和感があって、自分の身体なのにうまく動かせないような不思議な感覚だ。

 やがて、通路でツヴァイルと会った。

「おい、おまえらどこであぶらをうっていた。
 銀狼の奴に、心配だから探してこいとたたき起こされたじゃないか。」

「またまたぁ、ツヴァイルだって心配して探してくれたんだろ? ありがとね。ちょっと、トラブルがあったけど、船医さんに助けてもらって、もう大丈夫だよ。」

 カイリが明るく答え、ツヴァイルがそっぽを向く。

「シルス、明け方は冷える。これでくるんでおけ。」

 ツヴァイルが別れ際に着ていたコートを俺に貸してくれた。

「あ、ありがと…。」

 俺がお礼を言おうとしたら、カイリが横やりを入れてきた。

「えー、ツヴァイルが優しい。俺には?。」

「おまえは、銀狼の毛皮があるだろうが。」

 ツヴァイルがカイリの頭を小突く。

「ツヴァイル、探しに来てくれてありがとう。また、明日ね。お休み!。」

 カイリがもう一度お礼をし、銀様… 銀狼の待つ部屋に戻る。

「銀様、心配かけてごめんね。」

 カイリが銀狼の艶々した毛並みに顔を埋め、もふもふと毛並みを撫でている。銀狼は、カイリの匂いを嗅いでいる。あの甘い匂いはもうしないけれど、服や髪などに多少残っているのかもしれない。
 カイリは自分の収まりのよい場所を探して身体を銀狼に預け、眠り始めた。
 銀狼はされるがままにしていて、カイリが眠ると、その頬をなめ、こちらを見た。

 あの金色の瞳にみつめられると、ドキっとする。

「ト、トイレの途中で通路の荷物が落ちてきて、俺をかばってカイリが下敷きになったんだ。通りかかった船医さんが助けてくれて…。」

 俺は先ほど起きたできごとを話しながらカイリ達の近くで寝具とツヴァイルのコートにくるまって寝る体勢を整えた。

 いつももっと温かくて寝心地も良いのに、どうして今日は冷たく固くて、悲しい気持ちになってしまうんだろう。明日でカイリ達とお別れするのがやっぱり寂しいのかな、と思いながら、俺は目を閉じた。

〔まだ寝ないでね。〕

〔カイリ?。〕

〔そう、俺だよ。〕

〔お願いしていただろ? カイリのこと、銀様たちのこと、もう少し詳しく教えてって。〕

〔そんなの、銀狼たちに聞けばいいだろ?。〕

〔カイ…。いや、シルス、ごめんね、時間がないんだ。カイリの口調や性格は把握しているけれど、それだけじゃ足りないんだ。あと数日でいいんだ。そしたら、戻るから、お願い、教えて。〕

 それから俺たちは夜が完全に明けるまで、いろいろな話をしたと思う。
 ちょっと眠くて、何よりも頭の奥にモヤモヤがかかっていて、うまく考えがつかないし、ずっと不思議な感覚がして、聞かれるがままに話をして心がとても疲れてしまった。
 ようやく解放され、俺はつかの間の眠りについた。





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