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第二章 宝玉とわがままな神子
36 切ってだめなら抜いてみる。
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その日の夜、俺たちは渓谷の向こう側で駐留しているテドール軍に奇襲をかけた。
もともとユージーンさん達は、テドールから見れば神子を奪った小集団の盗賊団だ。そこに災厄の神子が合流して、魔法が使える者が増えたけれど、所詮小集団。軍の数の利でねじ伏せよう油断している。
更に、テドールの国の援軍はまだ到着しておらず、幸か不幸か昼間の銀様の特大雷で渓谷にいた部隊を撃退したことも、俺達にとってはまさに好機なんだ。
実際、テドール軍の渓谷に潜ませる兵士は見張りが主で、獣化したユージーンさんとツヴァイル、そして銀様の三人で制圧に時間はかからなかったようだった。
そこの兵士から装備をいただいて、アッシュとレクソンさんとデクトさんが敵兵を装った。俺と優君も兵士に変装しようとしたけれど、お前らの身体に合う装備はないとアッシュ達に笑われ、軍馬車の荷台に隠れて本拠地に向かうことになった。失礼もない奴らめ。
* * *
いよいよ本隊が駐留している野営地だ。
獣化した三人と俺たちの軍馬車は正面から、ライアンさん達盗賊団のみなさんは側面に回り込んで奇襲をかける。
獣化した三人は、暗闇に乗じて野営地に近づくと、銀様が広範囲に雷を放った。突然の雷と音に、兵士達の怒号やバタバタと走り回る喧騒が響き渡った。
そのままユージーンさんと銀様が正面から走り込み、銀様の出した火炎をユージーンさんの風で拡散し、更に空から大鷹のツヴァイルが風魔法で熱風を地表に叩きつけていた。
「昼間の魔物が戻ってきたぞ!。」
「落ち着け、殿下をお守りしろ!。」
「助けてくれ。もう終わりだ。」
「怯むな。武器を持て。」
なんと言うか、魔法在りきの戦いってでたらめなんだ。銀様の炎をユージーンさんの風で増幅拡散して周囲を焼き払うから、兵士達も軍馬やケーモルも大パニックだ。
「右翼から敵襲! サヴァニア兵です!。」
「昼間の魔物が三体に増えています!。」
敵兵の伝令が叫び声をあげている。
ん? サヴァニア? 盗賊団の名前だろうか?
「もうダメだ。殺される。逃げろ!。」
「うろたえるな!。殿下をお守りしろ!。前衛前へ! 押し戻すぞ!。」
さすが軍属。パニックから立て直してきている。
でも、昼に暴走したユージーンさんが一部隊を追いかける様が、兵士達には魔物が追い回しているように見えたんだろう。加えて、黒豹を止めようとして銀様の特大広範囲の雷が、テドール軍の兵士達に不安と恐怖をもたらしているんだと思う。あの魔物が戻ってきた。今度こそ殺される。そんな恐怖が拍車をかけているみたいで、なんだか兵のみなさんが気の毒に思ってしまう。とは言え、見つかれば、きっと俺も優君もあっさり殺されてしまうだろう。
「馬車はここまでだな。そんじゃ、テドールと対面と行くぞ。覚悟は良いな?」
「ん。おねがひひまふ。」
「ぶクク。おお、まかせろや。」
くっそー。アッシュ笑いすぎだ。
俺と優君はテドールの匂いで発情しないように、鼻に綿を詰め、口にもグミのような甘酸っぱいコチリと言う果物を詰め込んでいる。
息がしづらいこと山のごとしだ。
アッシュを先頭に俺はデクトさん、優君はレクソンさんに荷物のように肩に担がれ、この混乱のなかをテドールに近づくように進み、やがて立派な軍馬車に乗り込もうとしているテドールを見つけた。
俺と優君はそっと地面に下ろされ、レクソンさん達は剣を構えつつ、テドールの視界に俺達が入らないように庇ってくれていた。
アッシュが護衛兵を槍で次々に凪払って行く。空からツヴァイルが馬車と兵を襲い、馬車の屋根にとまる頃には、テドールの顔も恐怖を浮かべ、周囲に立っている敵兵はいなくなっていた。二人ともすごい。魔法がなくても強すぎだろう。
「オラ! 戦いはお前達の敗けだ。大将の命が惜しければ武器を捨てろ。味方に伝えろ。五分で武器を捨てて降伏しろ。」
「ひ、ひぃっ。」
アッシュの怒声に、尻餅をついていた数名の兵士が真っ青な顔で走っていった。アッシュはテドールの手足を拘束すると、俺達のところに引きずってきた。
「さぁて、どこぞのお貴族様よ。俺達は盗賊だからな、盗賊らしく金目の物をいただいていくぜ。」
「何を白々しい。こんなことをして、国際問題にしてやる。」
「はは、なんのことやら。もともとお前達が俺達を盗賊として扱ってただろう? 」
アッシュはにやにやしながら、テドールの口に猿ぐつわを噛ませ、耳と鼻に綿を詰めて、きつく目隠しをした。なんだかアッシュがすごく悪者に見える。
「グルル。」と、鳴き声が聞こえて振り向くと、ちょうど銀様達が駆けつけてきていた。
無事を確かめ、喜びあう間もなく、ユージーンさんとツヴァイルは人化して身の回りを整え、ライアンさん達に兵士達を一ヶ所に集めて見張るように指示を出している。
俺たちは、番契約解除をするため、人目を避け、テドール軍のテントに入った。
* * *
「もごご。」
おれは、始める合図を出す。
口の中に詰め込まれたコチリの実のせいで言葉が話せない。
縛られたテドールを座らせ、優君にもテドールの近くに来て貰った。優君は何も言わないけれど、体は震えていて、ユージーンさんが肩を抱いて支えてくれている。
じーちゃんに教えて貰った方法は、クモっち達の時とほぼ同じだ。
俺は目を閉じて意識を優君とテドールに向けた。
集中、集中…。雑念を捨てて、優君とテドールの繋がりを意識する。
次第に俺の頭の中にモヤモヤとした映像のように二人の姿が見えてきた。気流のような、湯気のようなモヤモヤした物が個々の姿を形づくっているのだけれど、二人の間を一筋だけそのモヤモヤが伸び出していて、二人を繋げているのがわかった。
クモっちの時は、俺の血を振りかけてやるだけだったけれど、番契約はこのモヤモヤを切れば良いみたいだ。
血を流すのはやっぱり痛いし、怖くて苦手だ。だけどそんなこと言ってられない。クモっちのときにもできたんだ。がんばれ俺!。
俺は愛用のナイフを取り出して、左腕にあてる。自分を傷つける恐怖で集中なんてできないけれど、一度とらえたモヤモヤは、目を開けていても消えることはなかった。
「待て、カイリ。」
ーーーっ、痛い。
腕にナイフの刃を滑らすと、火がついたように熱く、ピリッと嫌な感触とともに左腕が痛いぞと訴えてきた。
ツヴァイルがとっさに俺を止めようと声をかけてくれたけれど、ごめんね、止めないでね。俺は臆病だから、止めたくなっちゃうからさ。
俺は、滴る血をナイフにまとわせて、優君とテドールを繋いでいるモヤモヤをナイフで切断してみた。
「うわっ。」
「ぐっ。」
優君とテドールは、切断された衝撃に体を震わせて耐えていた。
じーちゃんの話では、二人にそんなに負担はかからないって話だったけれど…。
ところが切断されたモヤモヤは左右に別れて浮遊したけれど、またくっつこうと伸びてきた。
あれ? じーちゃんの話では切れば良かったのに、くっついたらダメだろう?
俺はもう一度、くっつこうとするモヤモヤを切断して、念のためモヤモヤを短くカットしてみた。
その度に、テドールからうめき声がもれる。
だって、伸びてくるのはテドールのモヤモヤだから、ごめん、テドール…。
それでもテドール側のモヤモヤが再び伸びてきて、優君のモヤモヤに繋がろうとしてくるから、埒が明かない。
テドールの奴、やっぱり優君のことが好きなのかな?あんな酷いことしたくせに。
俺はまだ流れる血を両手に塗り込んで、テドールのモヤモヤを手で捕まえてみた。
お、さわれる。よし、このまま、引っこ抜いてやれ。
「ッ!。ぐぐぐぐっ、がぁ!」
「え?。」
俺が引っこ抜くのと同時に、テドールが悲痛なうめき声をあげ、動かなくなってしまった。
俺の手に握られたモヤモヤは薄く拡散され始め、テドールのモヤモヤも萎み始めた。
こ、これって、気絶したからだよね?
なんか、ヤバいかも?。
もともとユージーンさん達は、テドールから見れば神子を奪った小集団の盗賊団だ。そこに災厄の神子が合流して、魔法が使える者が増えたけれど、所詮小集団。軍の数の利でねじ伏せよう油断している。
更に、テドールの国の援軍はまだ到着しておらず、幸か不幸か昼間の銀様の特大雷で渓谷にいた部隊を撃退したことも、俺達にとってはまさに好機なんだ。
実際、テドール軍の渓谷に潜ませる兵士は見張りが主で、獣化したユージーンさんとツヴァイル、そして銀様の三人で制圧に時間はかからなかったようだった。
そこの兵士から装備をいただいて、アッシュとレクソンさんとデクトさんが敵兵を装った。俺と優君も兵士に変装しようとしたけれど、お前らの身体に合う装備はないとアッシュ達に笑われ、軍馬車の荷台に隠れて本拠地に向かうことになった。失礼もない奴らめ。
* * *
いよいよ本隊が駐留している野営地だ。
獣化した三人と俺たちの軍馬車は正面から、ライアンさん達盗賊団のみなさんは側面に回り込んで奇襲をかける。
獣化した三人は、暗闇に乗じて野営地に近づくと、銀様が広範囲に雷を放った。突然の雷と音に、兵士達の怒号やバタバタと走り回る喧騒が響き渡った。
そのままユージーンさんと銀様が正面から走り込み、銀様の出した火炎をユージーンさんの風で拡散し、更に空から大鷹のツヴァイルが風魔法で熱風を地表に叩きつけていた。
「昼間の魔物が戻ってきたぞ!。」
「落ち着け、殿下をお守りしろ!。」
「助けてくれ。もう終わりだ。」
「怯むな。武器を持て。」
なんと言うか、魔法在りきの戦いってでたらめなんだ。銀様の炎をユージーンさんの風で増幅拡散して周囲を焼き払うから、兵士達も軍馬やケーモルも大パニックだ。
「右翼から敵襲! サヴァニア兵です!。」
「昼間の魔物が三体に増えています!。」
敵兵の伝令が叫び声をあげている。
ん? サヴァニア? 盗賊団の名前だろうか?
「もうダメだ。殺される。逃げろ!。」
「うろたえるな!。殿下をお守りしろ!。前衛前へ! 押し戻すぞ!。」
さすが軍属。パニックから立て直してきている。
でも、昼に暴走したユージーンさんが一部隊を追いかける様が、兵士達には魔物が追い回しているように見えたんだろう。加えて、黒豹を止めようとして銀様の特大広範囲の雷が、テドール軍の兵士達に不安と恐怖をもたらしているんだと思う。あの魔物が戻ってきた。今度こそ殺される。そんな恐怖が拍車をかけているみたいで、なんだか兵のみなさんが気の毒に思ってしまう。とは言え、見つかれば、きっと俺も優君もあっさり殺されてしまうだろう。
「馬車はここまでだな。そんじゃ、テドールと対面と行くぞ。覚悟は良いな?」
「ん。おねがひひまふ。」
「ぶクク。おお、まかせろや。」
くっそー。アッシュ笑いすぎだ。
俺と優君はテドールの匂いで発情しないように、鼻に綿を詰め、口にもグミのような甘酸っぱいコチリと言う果物を詰め込んでいる。
息がしづらいこと山のごとしだ。
アッシュを先頭に俺はデクトさん、優君はレクソンさんに荷物のように肩に担がれ、この混乱のなかをテドールに近づくように進み、やがて立派な軍馬車に乗り込もうとしているテドールを見つけた。
俺と優君はそっと地面に下ろされ、レクソンさん達は剣を構えつつ、テドールの視界に俺達が入らないように庇ってくれていた。
アッシュが護衛兵を槍で次々に凪払って行く。空からツヴァイルが馬車と兵を襲い、馬車の屋根にとまる頃には、テドールの顔も恐怖を浮かべ、周囲に立っている敵兵はいなくなっていた。二人ともすごい。魔法がなくても強すぎだろう。
「オラ! 戦いはお前達の敗けだ。大将の命が惜しければ武器を捨てろ。味方に伝えろ。五分で武器を捨てて降伏しろ。」
「ひ、ひぃっ。」
アッシュの怒声に、尻餅をついていた数名の兵士が真っ青な顔で走っていった。アッシュはテドールの手足を拘束すると、俺達のところに引きずってきた。
「さぁて、どこぞのお貴族様よ。俺達は盗賊だからな、盗賊らしく金目の物をいただいていくぜ。」
「何を白々しい。こんなことをして、国際問題にしてやる。」
「はは、なんのことやら。もともとお前達が俺達を盗賊として扱ってただろう? 」
アッシュはにやにやしながら、テドールの口に猿ぐつわを噛ませ、耳と鼻に綿を詰めて、きつく目隠しをした。なんだかアッシュがすごく悪者に見える。
「グルル。」と、鳴き声が聞こえて振り向くと、ちょうど銀様達が駆けつけてきていた。
無事を確かめ、喜びあう間もなく、ユージーンさんとツヴァイルは人化して身の回りを整え、ライアンさん達に兵士達を一ヶ所に集めて見張るように指示を出している。
俺たちは、番契約解除をするため、人目を避け、テドール軍のテントに入った。
* * *
「もごご。」
おれは、始める合図を出す。
口の中に詰め込まれたコチリの実のせいで言葉が話せない。
縛られたテドールを座らせ、優君にもテドールの近くに来て貰った。優君は何も言わないけれど、体は震えていて、ユージーンさんが肩を抱いて支えてくれている。
じーちゃんに教えて貰った方法は、クモっち達の時とほぼ同じだ。
俺は目を閉じて意識を優君とテドールに向けた。
集中、集中…。雑念を捨てて、優君とテドールの繋がりを意識する。
次第に俺の頭の中にモヤモヤとした映像のように二人の姿が見えてきた。気流のような、湯気のようなモヤモヤした物が個々の姿を形づくっているのだけれど、二人の間を一筋だけそのモヤモヤが伸び出していて、二人を繋げているのがわかった。
クモっちの時は、俺の血を振りかけてやるだけだったけれど、番契約はこのモヤモヤを切れば良いみたいだ。
血を流すのはやっぱり痛いし、怖くて苦手だ。だけどそんなこと言ってられない。クモっちのときにもできたんだ。がんばれ俺!。
俺は愛用のナイフを取り出して、左腕にあてる。自分を傷つける恐怖で集中なんてできないけれど、一度とらえたモヤモヤは、目を開けていても消えることはなかった。
「待て、カイリ。」
ーーーっ、痛い。
腕にナイフの刃を滑らすと、火がついたように熱く、ピリッと嫌な感触とともに左腕が痛いぞと訴えてきた。
ツヴァイルがとっさに俺を止めようと声をかけてくれたけれど、ごめんね、止めないでね。俺は臆病だから、止めたくなっちゃうからさ。
俺は、滴る血をナイフにまとわせて、優君とテドールを繋いでいるモヤモヤをナイフで切断してみた。
「うわっ。」
「ぐっ。」
優君とテドールは、切断された衝撃に体を震わせて耐えていた。
じーちゃんの話では、二人にそんなに負担はかからないって話だったけれど…。
ところが切断されたモヤモヤは左右に別れて浮遊したけれど、またくっつこうと伸びてきた。
あれ? じーちゃんの話では切れば良かったのに、くっついたらダメだろう?
俺はもう一度、くっつこうとするモヤモヤを切断して、念のためモヤモヤを短くカットしてみた。
その度に、テドールからうめき声がもれる。
だって、伸びてくるのはテドールのモヤモヤだから、ごめん、テドール…。
それでもテドール側のモヤモヤが再び伸びてきて、優君のモヤモヤに繋がろうとしてくるから、埒が明かない。
テドールの奴、やっぱり優君のことが好きなのかな?あんな酷いことしたくせに。
俺はまだ流れる血を両手に塗り込んで、テドールのモヤモヤを手で捕まえてみた。
お、さわれる。よし、このまま、引っこ抜いてやれ。
「ッ!。ぐぐぐぐっ、がぁ!」
「え?。」
俺が引っこ抜くのと同時に、テドールが悲痛なうめき声をあげ、動かなくなってしまった。
俺の手に握られたモヤモヤは薄く拡散され始め、テドールのモヤモヤも萎み始めた。
こ、これって、気絶したからだよね?
なんか、ヤバいかも?。
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