綺麗なモノ集め

倉辻 志緒

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ほのかな甘さ

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 ──幸せな気分に浸れる位の、ほのかな甘さ……

 カップケーキの試食会? から数日が過ぎたが、アレから生徒会長さんを見かけることもない。お友達も見かけることもなく、何の連絡もなかった。

 花梨ちゃんと部活後に別れた後、本屋に立ち寄った。

 今日は、“煌めきconnection“の特集記事が載る雑誌の発売日なんだもんっ。
 本屋に入ると、迷わずに音楽雑誌のコーナーに向かう。
 足取りは軽くて、気分はスキップしてるつもり。

 えっと……あ、あった!
 見つけたので手を伸ばそうとしたら、山積みの雑誌の前には、黒斑のメガネをかけたお兄さんが雑誌を立ち読みしていて取りずらい。

 山積みされているが、お兄さんが目の前にいるために、両足にペッタリと雑誌のフチが付いている。 
 無理矢理に取ったら、お兄さんに雑誌がぶつかっちゃうよね。

 もう少し待ってみようかな。

「あ、こないだの中学生」

 雑誌コーナーで立ち尽くす私に声をかけてきたのは、通路の奥から歩いて来たケイタさんだった!
 不意打ちに思わず、ドキンッと心臓が羽上がる。
 ケイタさんの手には、何やら参考書のような物が何冊もあった。 

「こ、こんにちはっ」
「どうも。今日は一人? 奴等はいない?」
「奴等?」
 だれのことだろうか?
「うん、奴等……結生達のこと」

 そっか。仲良しだもんね。
「は、はい、一人です」
 ドキマギしながら答えると、ケイタさんは「ふうん……」と言って、雑誌コーナーの前にいるお兄さんの元へ。

 もしかして、お知り合いですか?
弘隆ひろたかさん、どっちが良いかな?」
「んー、こっちだな。こっちのが分かりやすい」
「そっか、ありがとう。会計してくる」
「……あぁ」

 ケイタさんはお兄さんに参考書をパラパラと捲り、どちらが使いやすいのか聞いていたようだった。 
 それから、国立大の受験対策の問題集みたいなのも持ってたな。

 しかし、ヒロタカさんってどこかで……

 あ、そうか!
 “煌めきconnection“のキーボードの人と同じ名前だわっ!

 ふふふ、まさか本人ではないよね~?
 雰囲気も違うし、メガネもかけてるしっ。

 ん? 待てよ、芸能人によくある伊達メガネだったりしてね?

 私は良く観察してみることにした。
 お兄さんは細身のモデル体型だし、シャツに黒いジャケットを羽織り、とってもスタイリッシュな格好をしている。 

 ヒロタカ君の横顔って見たことがないけれど、こんな感じかなぁ?

 髪の毛もサラサラだ。

「何?」

 あまりにも横からジロジロ見すぎたらしく、私の視線に気付いたお兄さんは雑誌を置き、ボソリと言った。

「い、いや、あの、その」

 絶体絶命!
 勇気があれば思い切って「弘隆さんですか?」
 と聞いちゃうのにな。 

 意気地なし!
 バカ、馬鹿っ!
 その前に謝るのが先かな?

 心臓はバクバク鳴りまくり、謝りたいのに言葉が上手く出てこない。

「ちょっと来てっ……!」
 お兄さんは私の手を取り、会計を済ませたケイタさんと共に店外へと出た。

 そのまま路地裏に入り、どこかに連れていかれるっ! と思ったら、目立たない場所にあった喫茶店だった。 

「いいよ、好きなの頼んで」
「俺、カフェオレ。中学生は?」
 ケイタさんは遠慮なく、注文している。
「え、え、えと……ミルクティーでお願いします」

 こないだからなんだけど、平凡な日々だったハズなのにライブをきっかけに違ってきている。

 今日だって、先が読めない展開にタジタジしている。

 本屋でケイタさんに再会出来たのは嬉しいけれど、何故か、知らないお兄さんを交えて、お茶をすることになってるし……

 神様は私を振り回して遊んでる? なーんて、ね。

 しかし、この状況は一体どうしたら良いの?
 さっきから、心臓のドキドキを超えたバクバクという鼓動が収まりません。

「穴場だけど、ここのチーズケーキは上手いよ?」
「じゃあ、食べる」

 そんな状態の私を知らないせいか、二人は勝手にやりとりを続けている。
 そういえば、男の人だけとこーゆー所に来たのは初めてだ。 
 そう考えたら、ますます緊張してきちゃった。

 ケイタさんは私の分まで注文してくれたらしく、チーズケーキは2つ届いた。
 ほわほわ熱いミルクティーにベイクドチーズケーキ。

「い、いただきます」
 チーズケーキを口に運ぼうとしたら、別に見られているわけではないのに緊張のあまり、ボロッとフォークから床に転がり落ちた。 

「あっ……」
 思わず、声を上げてしまい、そそくさと拾おうとすると“ゴチンッ” と鈍い音がした。 

「うぅっ」
 テーブルの角におでこをぶつけてしまった。 
 恥ずかしい。
 痛さも全開で、おでこを両手で押さえた。

「……っぷ、大丈夫か?」
 それを見ていたケイタさんは笑いを堪えて、肩が震えている。 

 一方、お兄さんは無表情。
 唖然とした顔で見ていて、余計に恥ずかしさが募った。
 笑い飛ばしてくれたら、まだマシだったのにな。

 お兄さんは店員さんを呼ぶと、拾ってくれるように頼んだ。


「す、すみません!」
「気にしないで」
 謝るとお兄さんは優しい笑顔を見せてくれた。

「そうだ、中学生の名前を聞いてなかったな」
「澪ですよ」
 まだ笑いを堪えているケイタさんの質問に、半泣き状態で答えたアタシ。
 さっきの件で、緊張が最高潮に達してしまい、涙が出そう。

 目尻に溜まった涙が、今にも溢れ出してしまうような状態。
 頬ずえをついて、コーヒーを飲んでいたお兄さんは私にハンカチを差し出してきて、いきなり、目尻を拭いた。

「溢れそうだったから」

 えっ?
 驚き過ぎて、涙も自然に止まってしまった。 

「泣き止んだ? 俺は弘隆、こっちは圭」
 お兄さんがこの瞬間に名前を教えてくれた。
「えと、すみません。ヒロタカさんにケイタさ……」
「ケイタじゃなくて、けい!」
 ケイタさんが否定すると、お兄さんはクスッと笑った。

 ドキン、ドキン。

 緊張とは違う、新たな心臓の鼓動が飛び跳ねる音が聞こえた。

 名前を教えてくれたのに胸の高鳴りにより、ケイタさんの本名は耳に入らず。
 このドキドキはもしかして……恋?

「澪ちゃん、だっけ? 秘密守れる?」
「秘密?」
「そう、秘密」
 お兄さんは不敵な笑みを浮かべる。

「守れますっ、任せて下さいっ!」
 張り切って大声で答えて、よりによって、両手の拳に力を入れてしまった。

 秘密を聞けることが嬉しくなって、さっきまでの緊張がほぐれてきたなんて私はやっぱり子供だ。

「澪ちゃん、変わりすぎっ」
 ケイタさんはついに声を出して笑った。 

 この柔らかな笑顔、どことなく新君に似てる。
 素敵すぎてヤバイ位にドキドキしちゃうよ。

 ケイタさんは只のソックリさんじゃなくて、血の繋がりとかもあるんじゃないのかな?
 いくらソックリさんだって、こんなに似てると思う表情や、肌の感じ(見た感じの肌艶)とかまで似てるものかな?

「その前に聞きたいんだけど、澪ちゃんが俺を見てた理由って何?」
 お兄さんは真剣な表情をして聞いてきた。
「ふぇっ、あっ、それは……」

 考えごとをし始まると、自分の世界に閉じ籠りがちになってしまうのは私の悪い癖の一つ。
 ケイタさんに視線を捕られて考えている間に、その様子を眺めていたお兄さん。
 相変わらずな無表情なんだけど、視線はこっちを向いていたらしく、目があった時にドキンッと再び心臓が跳ねた。

 だって目が……!
 こっちを見てる目がとても強いんだもん。 

 目……瞳だけで、心奪われるとは、正にこんな感じなのかなぁ?
 強くて真っ直ぐな瞳から逃れられない。 

 あれっ?
 このフレーズ、どこかで聞いたような?

 心の中で一人で葛藤中。

「あのさ、澪ちゃんって一人の世界に入り込みやすいよね。そーゆーの、妄想体質って言うんだよ」

 ケイタさんに指摘されたがそれよりも私のことをちゃん付けして名前を呼んでくれたことが嬉しい!

 “妄想体質”
 確かにそうかもしれない。 

 綺麗なモノを見た時もアレコレ考えて、一人の世界に浸ってしまうもの。

 それより、何より……
 今、身近で一番、お気に入りなケイタさんに“妄想体質”だと指摘されてしまうとは。

 恥ずかしいよね?

「ほら、また一人で考え込んでる」
「うぅっ、すみません……!」
 ケイタさんに突っ込まれる。
「……で、さっきの答えは?」
「あ、えっと」
 そして、お兄さんにも間髪入れずに問われた。

 素直に思っていた事を言わないと。
 あなたは、お兄さんは、『“煌めきconnection“の弘隆さんですか?』って聞かないと……!

「ヒロタカさんは、あの弘隆さ……」

 ピリリリ……
 勇気を出して言いかけた時に、突然のスマホの着信音。

「ごめん、仕事になっちゃった。悪い、圭、これで払っといて」
 伝票の上に五千円札をポサッと乗せて、慌ててお店を出るお兄さん。

「澪ちゃん。ごめん、またね」
「は、……はいっ」 

 お兄さんの言葉は柔らかいけれど、どんな時でも無表情なんだなぁ。
 顔一つ変えないの。こーゆーのをクールって言うのかな?

「弘隆さんは忙しいからね。まぁ、ガッカリしないでよ」
「え? ガッカリって?」
「ん? まだ気づかない?……なら、秘密~っ」

 ケイタさんは、『秘密』と言って、チーズケーキをサクッとフォークですくって口に放り込んだ。

 あぁっ、神様……!
 私は完全に恋に落ちてしまいそうです。

 ケイタさんがカッコ可愛いです!
 素敵すぎますっ!

 素っ気ないけれど所々に甘さが隠れていて、ドキドキしちゃう。 
 もう、ヤミツキかも?

 私はヒロタカさんの“秘密”も、“ガッカリ”の言葉の真意を追求することも忘れて頭の中はケイタさん一色になってしまった。




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