綺麗なモノ集め

倉辻 志緒

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花園の秘密

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 ──知ってしまったらもう、後には戻れない。


 痛い、痛い、痛い……!

 取り締まりが終わり、今は英語の授業中なんだけれど、身体が痛くて堪らない。
 腕が足が筋肉痛。
 背中も痛い気もする。

 朝の無理矢理なダッシュと昨晩のライブの疲労が、更に酷くなっていた。

 まるで錆び付いたブリキ人形みたいに、体中が、動かす度にギシギシと音を立てている。

 座って居ても辛いんですけど!

 ライブに行くために、次の日は学校を絶対に休まないと両親と約束もしていたから、早退をしたくてもできない。

 具合が悪いと言って早退したなら、もう二度とライブになんて行かせてもらえないかもしれない。

 早く、お昼休みにならないかな?
 お昼休みになったら、屋上でゴロンッてしちゃおう。

 あれ~?
 屋上にベッドなんかあったかな~?

 まぁ、いいか。 
 少しだけ借りちゃおう。

 フカフカで良い香りがして、気持ちが良い。
 このまま寝ちゃえたら、最高だなぁ。
 クラシックも流れていて、何だか、お嬢様気分。

「そろそろ起きたらいかが? 中等部、規律委員会、書記さん」
「んっ、もうちょっと寝ていたい……で……す」

 夢の中で誰かが優しく起こしてくれてるけれど、私はまだ起きたくないよ。 
 せっかくのフカフカのベッドから離れたくないっ。

「起きろっつってんだろーがっ!」

 つねっ。

「痛っ!!」
「どうかした? 体調はいかが?」

 目をパチリと開けると高校生の生徒会長さんが目の前に居る。そして、私の顔を覗き込んでいた。

 今、怒鳴られて、頬っぺたをつねられた感覚がしたけれど?
 気のせい?

 気のせいにしては、頬っぺたがジンジンする。

 周りを見渡せば、社長さんの机と椅子みたいな家具に、アンティークっぽいテーブルとソファーがある。

 窓にはレースの可愛らしいカーテン、天井には蛍光灯じゃなくて、シャンデリア?

 生徒会長さんも居るし、もしかしてここは――

「あなたはお昼休みに中庭に倒れてたのよ。だから、ここに運んだの」

 中庭?

 倒れていた?

 さっきまで英語の授業を受けていて、昼休みには屋上に行くハズだった。

 もしかして、もしかしなくても、全部、夢?

「担任の先生には言ってあるから、大丈夫よ。紅茶入れるから、待ってて」

 痛みが走る身体をゆっくりと起こす。
 生徒会長さんがブランケットを膝にかけてくれた。

 私はフカフカのベッドじゃなくて、高校の生徒会室のソファーで寝ていたんだ。

 中庭に倒れてただなんて、どうしちゃったの?

 思い出してみよう。 

 確か、昼休みになって先生に用事があるのを思い出して、職員室に行って……

 それから、屋上に行くハズだったんだけれど……

 あ、そうだった!

 階段を登る元気がなくて、中庭で休もうと思ったんだ。

 ……で、人目を避ける場所を探してたら、石につまづいて、そこから記憶がありません。 

「本当にすみませんでした! ありがとうございますっ」

 生徒会長さんが紅茶をテーブルに置くのと同時に、謝罪とお礼をした。

 紅茶の香りと生徒会長さんのふんわりとした柔らかい良い香りが私の鼻を掠める。

 紅茶を置く仕草も優雅に見えて、花に例えるならまさしく“百合”のよう。 

 百合って可憐で綺麗だ。誇り高く咲いていて、生徒会長さんのイメージにピッタリ。

 倒れてたなんて情けないけれど、お近づきになれて嬉しい。

 一緒に取り締まりをしていても、話かける機会すら無理に等しかったからね。

「良かったら、召し上がって」

 生徒会長さんは美味しそうなクッキーをテーブルに置いた後、渡しと対面出来る位置に座った。

 背筋も真っ直ぐで、右手でカップ、左手でソーサーを持ち上げている生徒会長さん。
 うわぁ、細くて綺麗な指だなぁ。 

 カップを口につける姿も、全てが完璧で麗しいっ。

「ふふっ、そんなに見られると恥ずかしい」

 や、やってしまった。 
 綺麗なモノを見ると、ついついマジマジと見ちゃうんだよね。

 生徒会長さんは笑ってるけれど、私の方が恥ずかしいってば。 

 コンコンッ。
 私が生徒会長さんに見とれてボンヤリしていると、生徒会室のドアがノックされて、 「失礼致します」と誰かが入って来た。

「昨日、申し出があったテニス部の部品購入の件だが……」

 あららら。
 入って来たのは生徒会副会長さん。

 私はここに居ちゃ駄目だよね?
 場違いだし、仕事の邪魔になる。

「あ、あのっ、私、戻りますっ。お世話になりましたっ」

 立ち上がり、深々と頭を下げて、生徒会室を後にしようとした時に……また誰かがノックしてきた。

結生ゆいっ、お腹すいた~っ、何か食べたいっ」

 勢いよくドアが開いたかと思うと、今度は規律委員会の委員長さん。

 とっさにバチリと目が合ってしまうと、「ごきげよう」と声をかけられた。

睦月むつき、ドアを開けながらお話するのはいけないことよ。気をつけて」

 やんわりとした口調で注意を受けた委員長さんは、何だかションボリしたようだった。 

「結生、もうよくね? いつまで続けるつもりだよ?」
「それも、そうか。コイツが気付かないんで、面白くてな。悪乗りだ、許せ、睦月」
「ふぅっ。悪乗りはいつもの事だからな、気にはしてないけど。お嬢、本当に分かんない?」

 委員長は私に顔を近付けて、両方の頬っぺたを掴んで横に伸ばす。

「……ふっ……ふぇいっ」

 “はい”と返事をしたかったのに、掴まれて伸ばされたままで、上手く返事ができなかった。

「お前は、お世話になった奴等の事、忘れたのか?」

 “お世話になった奴等”

 ん?

 この口調はどこかで聞いたような気がする。

 まさかの昨日の人達?

 いやいや、違うよね。

 髪型も違うし失礼だけれど、生徒会長さんがあの中の誰かだなんて思えない。 

 いや、思いたくないだけかも……!

「アンタが憧れてる、この綺麗な生徒会長さんは、金髪のアイツなんだよっ」

 更に頬っぺたを引っ張られて、手をパチンッて離された。

「いっ、痛っ!」

 頬っぺたはヒリヒリするし、衝撃的な事実に涙が滲む。 

「……うぅっ」
「睦月、虐め過ぎだ。お嬢が泣いてるじゃないか。ごめんな、そーゆーわけだからっ。ちなみに一緒に居た奴等はコイツラだからなっ」

 ニヤッと笑ったかと思うと、優しく頭を撫でてくれた。 

「でも、バラすなよっ。バラした時は学園から追放だからな? 分かったら、さっさと教室、戻りな」

 私は何も言えぬまま、グイグイと背中を押され、生徒会室を追い出された。

 副会長さんが着いて来てくれて、共に中等部へと向かっている。

「ここに倒れてたの」
 中等部と高等部は中庭を挟んで繋がっていて、お昼休みに限り、中庭に出ることは可能だ。中庭が唯一の接点だったりする。 

「結生……が、生徒会長が見つけて、部屋に運んだのよ。あの子は細いけどね、怪力だから、お姫様抱っこしちゃったりして」
「えぇ? お姫様抱っこ!」
「そうよ。皆に見られてたわよ、あなた」
「は、はぁ……」

 クスクスと笑う副会長さん。
 今も充分過ぎる程に周りから注目されてますけども。

 通り過ぎていく生徒が、私と副会長さんが一緒にいるのを見ては驚いている。

「こ、こんにちはっ」
「ごきげんよう。今日は良いお天気で良かったわね」

 中には、勇気を持って挨拶する生徒も居た。
 そんな生徒に優しく声をかけている副会長さん。 

 昨日のライブの人達とは、やっぱり違うよね?
 あの人達は、何て言うか、メイクもキツイし、髪型も髪色も違うし。
 似ても、似つかないってば!

「あなた、部活は?」
「え? あ、家庭科部ですが……」
「そう。今日はお休みしなさいね、まだ用事があるから」

 職員室に行き、担任に挨拶を済ませた。
 その後も何故か一緒に教室まで向かう副会長さん。

「あ、澪~! 心配したんだよっ、どこ行っ……て……!?」

 教室に戻ると親友の花梨かりんちゃんが、私を待っていてくれた。 

「お友達かしら?」

 花梨ちゃんは副会長さんの姿を見て、固まっているようだった。 
 言いたい事はよく分かるよ、きっと、『何で一緒に居るの?』だよね? 

 高等部の生徒会役員さん並びに規律委員会の方々は、雲の上の人みたいな皆の憧れだからね。

「こんにちは」
「こ、ここ、こんにちはっ。あの澪の友達の花梨って、いや、申しますっ」
「花梨ちゃんね、覚えておくわ。あなたもお茶会に一緒にいかが?」

 お、お茶会だぁ?
 用事って、お茶会??

「は、はいっ、ありがとうございますっ」

 花梨ちゃんは驚きつつも、嬉しそうに返事をした。

 ***

 何故か、花梨ちゃんと共に“お茶会”に誘われて、再び生徒会室へと向かう。

 ノックをして入ると、ふんわりと紅茶の良い香りが漂う。


「どうぞ、召し上がれ」

 紅茶と共に、チョコ味のシフォンケーキがテーブルに並んでいる。
 生徒会長さん、副会長さん、規律委員長さん、私達二人のメンバーでのお茶会がスタートした。 

 花梨ちゃんは緊張しつつも溶け込んでるようだった。 
 私はと言うと、まだ昨日の人達と生徒会長さんを比べてしまい、素直に受け入れられずにいた。
 だって、ねぇ。あまりにも違いすぎるもの。 

 でもでもでもっ!
 昨日のことを知ってるのは、あの人達しか居ないんだし……!

 しかし、起きた時の口調はあの人達そのものだ。

 私は花園の秘密を知ってしまい、後には戻れないと気付いた時には、もう遅かった。 

 平凡な生活が、平凡じゃなくなるのも、後少し。
 カウントダウンの開始だった。
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