君と煌めく青春を取り戻す

倉辻 志緒

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【煌めきLEVEL/04】

*高校のジャージ

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 私が倒れてから、久しぶりにヒロ君に会う。
 こないだ通信制高校からの手紙を見られて以来、会ってない。どんな顔をして会ったら良いのか、万が一聞かれたらどんなリアクションを取れば良いのか、正直分からない。
 嫌われる覚悟で事実を伝えた方が良いのかな?
 昼間は気にしすぎて仕事に集中できなかった。
 ヒロ君に対して社長令嬢だと嘘をついていること、本業は少年誌の漫画家だと言う事を包み隠さずに伝えたとして嫌われる確率は……きっと高いだろう。
 それから漫画家だと知れたら、私の頭の中身を覗かれてるみたいで、とてつもなく恥ずかしい。
 私の思考の全てをさらけ出し、本能の赴くままに描いている漫画。プロとして、自分のマンガに誇りを持ちたいのだが、私がこんな性格故に自信を持って、『この作品を描いているのは私です』とも言い出せない。
 少年誌の漫画が恥ずかしいと言って否定しているわけでは決してなくて、私は女性なのに異世界の少年漫画を描いているのが恥ずかしくて言い出せないのだ。変なプライドが邪魔をしている。
 私が漫画家だと言うことは、編集部の方々と両親しか知らない。高校が別々になった小中学の同級生とは疎遠になったために誰も知らない。

 ……もうすぐヒロ君が来てしまう!
 漫画の作業場には入らないようにお願いしてあるので、片付けなくても良いのだが、問題はリビングだ。先日のように手紙等が置いてないかチェックをする。
 気持ちが落ち着かずにリビング周りをウロウロしているとヒロ君からメッセージが届いた。
 ヒロ君とは電話番号を交換したが、最近ではメッセージアプリのIDも交換した。それからの連絡はいつもメッセージアプリからだ。……と言っても、急な予定変更などにしかメッセージを送らないから、やり取りはたまにしかしないのだけれど。電話だと緊張しすぎて上手く話ができないので、簡単に短文で送信できるアプリで丁度良いのかもしれない。
 ヒロ君は今日、遅れてくるらしい。
 早く会いたい気持ちもあるが対処法を考えてはいないので、ホッとしたような気持ちもある。
 対馬さんは履歴書を見たので素性を知っているが、私は履歴書を見せてもらえなかったので何も知らない。
 ヒロ君が高校二年生ということしか知らない。
 私から聞いてみても良いのかな? 
 雇い主が履歴書を見てないのが知れたら、おかしいと思うかな? 信用出来ないと思うかな?
 私はとにかく、ヒロ君のことが気になって仕方がない。
 完全に恋をしている。

 ***

 ヒロ君は三十分程、遅れて来た。
 ヒロ君が来る少し前から夕立のような雨が降り出し、傘を差しても身体が濡れていた。
「良かったら、シャワー使います? 濡れたままだと風邪をひいちゃうので……」
 私はタオルを渡し、ヒロ君にシャワーを浴びるように言ったが、着替えがないからと断られた。それもそうだよなぁ……
 洋服はレディースサイズしか持ってはいない。ヒロ君が着れる洋服は何かないかな?
 乾燥機で服が乾くまでの間着れるものと言えば……ヒロ君が風邪を引かないようにと必死で考える。

 あ、アレだ。恥ずかしいけれど、アレしかない。アレならば男女兼用だから大丈夫だよね?

「こ、高校のジャージで申しわけないんですけど……男女兼用だから乾くまでの間、着てて下さい!」
 ヒロ君をリビングで待たせたまま、クローゼットから取り出したのは高校時代のジャージだった。ジャージとはゆえ、チャック付きのトレーニングウェアに近いので、原稿に集中している引きこもり中は着ていたりする。着てるけれど、キチンと洗ってあるから大丈夫……だとは思う。
 高校時代は様々な出来事があったけれど、ジャージに罪はないので捨てられなかった。投稿漫画もジャージを着て描いたりしていたので、愛着もある。
 高校のジャージなんかを取り出してきて恥ずかしいけれど、ヒロ君が風邪を引くよりはマシだ。
「あっ……」
 ジャージを差し出した時に驚きでヒロ君の瞳が真ん丸になったけれど、それは私がジャージを用意したことに驚いたわけではなかった。
 そういえば、何も考えずに貸してしまったジャージには本名の広沢という文字が左腕の部分にローマ字で刺繍がしてあるが、ヒロ君は見ていないようだった。もしも、見ていたとしてもお互いのプライベートには踏み込まないという約束があるため、何も言ってはこないだろう……

「ありがとう、カナミちゃん。ありがたく使わせていただきます!」
「すみません、こんなものしかなくて」
 ヒロ君は笑顔でジャージを受け取ってくれた。
 私は高校時代、ぽっちゃりしていたので男女兼用のLサイズを着ていた。ヒロ君は細身だけれど、身長があるからLサイズで丁度良いかもしれない。
「実は俺もこのジャージを着てる」
 ヒロ君がこのジャージを着ている?
 ……と言う事は同じ高校出身みたいだ。偶然ってあるもんだ。私は、ヒロ君に続く言葉が見つけられずにいる。
 同じ高校出身と言う事はとても嬉しくて喜ばしいことなのだが、途中で逃げ出した私は素直に喜べなかった。 
 休学中ということならば、高校の話題で盛り上がったかもしれない。私は卒業まで辿りつけなかったため、墓穴を掘ってしまう可能性があるので話題を拡げられなかった。
 通信制の高校からの手紙でヒロ君は薄々は気付いているかもしれないが、素性がバレてしまうまで時間の問題だ。
 高校のことには触れずに、ヒロ君に再びシャワーを浴びる事を勧める。シャワーを浴びたヒロ君の洋服をお急ぎモードで洗濯し、乾燥機にかけた。
 対馬さんや福島さんも泊まり込みで手伝ってくれる時に浴室を使うため、自分なりに綺麗に掃除しておいたつもりだから貸すことには躊躇いはなかった。
「カナミちゃん、お言葉に甘えてシャワーを借りちゃってごめんね」
 私のお気に入りのシャンプーとボディーソープに包まれたヒロ君からは、とても良い香りがしている。
 高校のジャージを着ているヒロ君はとても新鮮。時計の針がヒロ君の高校時代に戻ったみたいで嬉しかった。同じ出身校とは言い切れないのが寂しいけれど、高校時代を一緒に過ごしている様な感覚に陥っている。
 ジャージ姿のヒロ君もカッコイイ。ヒロ君はきっと、男女共にモテモテで誰からも好かれているのだと想像する。それに比べて私は……嫌われていたから素性は晒せない。
 ヒロ君のジャージ姿を見て浮かれていても、余計なことは何も言えないのだ。先生の話とか、してみたい話は沢山ある。……けれども、墓穴を掘らないためにも自分からは何も言わないのが得策である。
 もしも、茜ちゃんが高校にいてくれて、琴音ちゃん達とも仲違いしなければ、無事に卒業まで辿り着けただろうか?
 ヒロ君と出会った時から少しずつ思い出している。高校時代のことを思い出しても、あれ以来は過呼吸にはならない。
 茜ちゃんのいないあの場所で私は一人で戦えなかった。"学校に行きたくない"──一度そう思ったら、引き返すのは難しくて逃げ出した。
 その後は漫画家になったのだけれども、漫画家になれなかったとしたらどんな人生を歩んでいたのだろうか?
「今日は何も買い物をして来れなかったんだ。材料はありそうかな?雨も上がったし、なければ買ってくるよ、ジャージだけどね」
 と言って、ヒロ君は笑った。
 締切後から買い物も行ってない。冷蔵庫は空っぽに近い……
 ヒロ君はいつも買い物をしてから来てくれることがほとんどで、どうしても欲しい物はメッセージで送信している。今日は欲しい物メッセージもせず、空っぽだとも伝えてなかった。
 冷蔵庫の中身を見たヒロ君は何もなさすぎて、黙り。しばし考えた後に「カナミちゃん、良かったらなんだけど、一緒に買い物行く? 必要な物の買い出しもあるでしょ? 荷物持ちするから」と言われた。
 突然のお誘いに心の準備が出来ずに戸惑う。唖然としてしまい、言葉が出なかった。
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