君と煌めく青春を取り戻す

倉辻 志緒

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【奏心/BLACK TURN】

*絶望カウントダウン

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 ──夏休みが明けて一ヶ月が経過した九月末のことだった。
「茜ちゃん、茜ちゃん!!」
 体育の時間に茜ちゃんが倒れた。
 体育館でバスケをしている最中、相手チームでディフェンスをしていた茜ちゃんは、バタリと倒れた。 
 皆の動きが止まる中、私は急いで一番に駆け寄る。 
 茜ちゃん、どうしたんだろう?
 側に寄って見てみると、まるで呼吸をしていない死人のような真っ青な顔な茜ちゃん。
 あまりにも真っ青で衝撃的で呼吸はちゃんとしてるか気になり、胸に手を当てた。
 大丈夫……心臓は動いてる。
 この後、すぐに体育の先生と一緒に茜ちゃんを保健室に運んだ。
「広沢は体育館に戻って、俺は担任に連絡してくるから」
「はい、分かりました」
 茜ちゃんをベッドに寝かせて、保健室の先生に急に倒れたことを説明した。
 体育の先生から戻れと指示があり、ベッドから離れようとすると茜ちゃんが私の手首を掴んだ。
「ミヒロちゃん、一緒にいて欲しい」
「……茜ちゃん? 気がついたんだね。良かったぁ」
 茜ちゃんはまだ真っ青な顔だけれど、意識が戻った。
 保健室の先生は私達のやり取りを見て、苦笑いをしながらも『いてやりなさい』と言った。
 私はベッドに腰をかけて座って、茜ちゃんは寝たまま過ごす。
 茜ちゃんは
「ほら、飲みな」
「……ココア!!」
 ホカホカで、ふんわりと甘い匂いのするココア。
「貧血だろうから、糖分取りな。ちなみにこの事は誰にも内緒、な?」
「……は、はい!!」
 美人な保健室の先生なのに、男まさりで……でも、とても優しい。
 保健室なんて滅多に利用する機会がないから、高校では初めて立ち入った場所。
 まぁ、時が立てば私は毎日のように利用するようになるんだけれども、……もう少しだけ、後の話。
「甘くて美味しっ」
 真っ青な顔で茜ちゃんが笑うから、少し痛々しいけれど笑顔は嬉しかった。
 ココアは優しくて、心の中までホカホカになれるから、まるで茜ちゃんみたいだよ。

「……食事と睡眠は取れているのか?」
 ベッド脇のカーテン越しにある机の椅子に座りながら、話しかける保健室の先生。
 茜ちゃんは聞き逃してしまうような小さな声で答えた。
「……いいえ、最近はあんまり……眠れてません」
 そう言えば一週間位前から、お弁当も半分でおしまいの日もあった。連日、生あくびをしている姿も見た。
『眠そうだね』って聞いたら、『ミステリー小説にハマッてるから夜中まで起きちゃってるんだ~』と返って来たから特に何も気にしなかった。
 ご飯だって、『眠くて食が進まない』って言うから……信じていた。
 私も夜更かししたら、そんな日もあったしね。
 あの時、一瞬でも疑うべきだった。おかしいと気付いてあげられなかったのが、今でも悔しくて……

 “親友”失格になった。
 失格になってからは、関係はボロボロ。
 茜ちゃんから真実を聞かされても、子供だし、未知の世界の私には戸惑うことしか出来なかった。
 その後に起きる出来事にどうして、全力で戦うことが出来なかったのだろう?
 大人が子供の未来を潰しても良いの?
 茜ちゃんは"何も"悪くなかったのに。
 友達も大人も信じられなくなり、生きる糧を失った時、全てが消えてしまえば良いと思った。
 みんな、皆、不幸になれば良いと思った。
 そんな事ばかりが当時は頭にあって、自分勝手な想いをぶつけたから……

 何もなくなった。

 翌日の学校帰り、茜ちゃんは保健室の先生の勧めで産婦人科に行くことになった。茜ちゃんのご両親が忙しいとの理由で、私が付き添いをした。
 初めての産婦人科には妊婦さんがたくさん座っていたが、年配の方も順番待ちをしていて年齢層は幅広かった。
 茜ちゃんが診察中、私は待合室でドキドキしながら待っていた。保健室の先生は詳しいことは言ってなかったけれど、産婦人科とどういう関係があるのだろうか?
 貧血気味に関係する病気?
 まさかの病気ではなく、妊娠?
 スマホで調べていると暗いことしか考えられなかった。
「付き合ってくれてありがとう」
「ううん、大丈夫だよ」
 病院帰りの薄暗い路地を二人で、トボトボとゆっくり歩く。
 夏から秋に変わろうとする生ぬるく感じる風が、私達の間をすり抜ける。
 夏が終わりを迎えると同時に、私達の関係も終わりを告げる。
「とりあえずは両親と先生、潤君にも言うね」
「……うん」
 街の産婦人科の診断結果は病状が思わしくなく、詳しくはご両親を含めての病状説明になるらしく、近い内に一緒に病院に行くと言っていた。
 その後、病院から紹介状を出してもらった茜ちゃんは、ご両親の都合に合わせて学校を休んで、総合病院の中の産婦人科に行ってきた。
 極度の貧血も、眠気も、食欲の無さもつまりは、病気からきていた。妊娠ではなかったことをホッとしている場合ではない。
 茜ちゃんは若くして、16歳にして卵巣のう腫になり、片方の卵巣を切除しなければいけなくなるかもしれないらしい。
 まだ身体も心も未熟だから、感情さえもついていけない。

 茜ちゃん、大丈夫かな。
 別れ道でバイバイした後、後悔した。
 あの日、自宅まで送ってあげれば良かった。あの日はあまり会話もできなくて、その後も変に気を遣ってしまい、上手くおしゃべりできなかった。もう会えなくなるなんて、思いもしなかった。
 茜ちゃんは生理になると鎮痛剤で痛みを誤魔化していたと言っていた。
 鎮痛剤を飲んでいることを隠していて、いつも元気そうだから気付かなかった。
 その夜、卵巣のう腫についてスマホで検索した。ほとんどの人が無症状で、進行するにつれて吐き気や腹痛、便秘などが現れるらしい。中高生ではお腹が張って、お腹が出てくる為に妊娠と勘違いする人もいるらしい。
 のう腫が最大に大きくなると尋常ではない腹痛が現れて、倒れるとも書いてあった。
 良性と悪性があるみたいで、悪性だと卵巣ごと採った方が良いとか色々書いてあったが……茜ちゃんがこの病気だと受け入れられなかったので、そっとスマホを閉じた。

 茜ちゃんがいなくなってしまって、私はどうしたら良いのだろう?
 心配する心の片隅には自分のことが心配で堪らない。私は寂しがり屋で、甘ったれで、一人じゃ何も出来ないのだから。

 ***

『茜ちゃん、産婦人科から出てきたって!!』
『相手は他校の生徒だってー』
 茜ちゃんも私も病気のことは、誰にも話すことはしなかった。
 それなのに……噂は広がる。
 病気が確定した一週間後、クラスで噂が広がり、茜ちゃんを見てはヒソヒソ話。
『確かに可愛いからさ、男はいくらでもいるんじゃない?』
『生半可な気持ちで進学校入ってさ、余裕だよね~』
 噂と一緒にヒガミも聞こえて、茜ちゃんは休み時間になると教室を出る。
 噂とは恐ろしいものでクラス内どころか、学校中に広がった。
 廊下を歩けば、ジロジロ見られてヒソヒソ話……茜ちゃんには居場所がなくなっていった。
 そんな時、頼りになったのは保健室の先生だ。
「近藤、あれから体調は大丈夫か?」
 廊下ですれ違い様に声をかけてきて、細くて長い指で頭を撫でたのは保健室の先生、湯沢先生だった。
「広沢も浮かない顔してるな……」
 茜ちゃんには頭を優しく撫でたのに対して、私には、おでこにピンッと指を弾けさせる。
 痛たたた……
 声には出さずに、おでこを押さえると先生は、こう言った。
「噂が広がってるようだが、事実じゃないなら堂々としてろ。妊娠してるなんて事実ではないんだから。御両親から伏せてくれと言われてるから皆には伝えてはいないが、病気なんだから。教室にいたくないのなら、休み時間毎に保健室に来ても良いからな」
「……先生」
 保健室の先生の言葉で、茜ちゃんの瞳からは、大粒の大量の涙が溢れて廊下にポタポタと零れ落ちる。
「……うわーん」
 茜ちゃんは生徒が周りにいようとおかまいなしに、声を上げて泣いた。
 先生の言葉が何よりも心に響いたみたいで、まるで子供が泣きじゃくってるみたいに……
 そんな時でも慌てずに、茜ちゃんをギュッと抱きしめてあげる先生は今まで出会った、どの先生よりも信頼出来て、尊敬出来る気がした。
「辛いことがある時は私にだけは本当のことを話してくれないか? 何か、力になれるかもしれないから……」
 茜ちゃんを抱きしめながら頭を撫でて、今までに見たことがない、優しく女らしい表情で先生は問う。
 あぁ、私もこんな大人になりたいな。そう思わずにはいられなかった。

 しかし、先生に相談する間も無く、この日の放課後に茜ちゃんのご両親が見えて、春休みにかけて手術をするので休学すると言ったらしい。
 放課後、茜ちゃんと帰ろうとしている時に茜ちゃんは呼び出されて、次の日からは会えなくなった。
 何故だか不明だが、夜には既にメールも電話も繋がらなくなって、私はただ、布団にくるまって泣くしかなかった。
 子供過ぎて……何もしてあげられなくて、ごめんなさい。
 知識もあんまりなかったから、理解も出来ない子供だったから……茜ちゃんを守れなかった。
 行動力もなくて、自分も可愛くて誹謗中傷をやめろ、とも言えなかった。

 本当に、本当に、ごめんなさい。
 何年経っても思い出す、茜ちゃん。
 大好きだったよ――
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