君と煌めく青春を取り戻す

倉辻 志緒

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【煌めきLEVEL/03】

*夜明けと心変わり

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 うっすらと目を開ける。ふかふかのところに身体は横になっているが、ベッドではないような気がする。状況が把握できない。
「あ、カナちゃん?」
 頭の上から誰かの声が聞こえる。
「気付いた? 大丈夫?」
「……はい」
 あれ?
 目の前には対馬さんが居る。
 さっきまでヒロ君が居て、手紙を見られたはずだ。それなのに周りを見渡しても、ヒロ君の姿は見当たらず。
 おかしいな、何故だろう?
 手紙を見て怒って帰ってしまったのかな?
「俺が丁度来た時にヒロ君が玄関先まで来てさ……カナちゃんが倒れたって言っててビックリしたよ。貧血かな?」
「倒、れたの?私?」
 確かにあの時、目の前が真っ暗になり、チカチカと細かな浮遊物が見えた。
 その後、間もなくして意識が飛んだんだよね。
「何か、飲む?今、持って……」
 私は、ゆっくりと身体を起こす。
「対馬さ、ん!!手紙……手紙を見られたの!!どうしよ……」
 対馬さんが飲み物を取りに行こうとするのを足止めするように、私は対馬さんのシャツの袖を掴んだ。
「手紙って?」
「高校の通信教育からのお知らせの手紙。名前も、通信教育も……全部、バレた……」
「そっかぁ、なるようにしかならないよね。待ってて、とりあえずは飲み物を持って来るから」
 対馬さんは私の手をそっと引き離し、キッチンへと向かう。
 “なるようにしかならない”……か。
 そうなんだけれども、でも誰だって、名前も職業も違っていたら、騙されたと思って怒るだろう。
 例えば、それがお金を受け取る立場だとしても、事件に巻き込まれたら?などと考えたら気持ちも悪いだろう。
「はい、アップルジュース。飲める? 冷蔵庫にあった飲み物で、一番に胃に優しそうなモノなんだけど?」
「有難うございます」
 私は対馬さんからアップルジュースの入ったグラスを受け取ると早速、口に含んだ。
 アップルジュースなんて、私は買い置きしてないよね?
 買い物にもなかなか行かないから、お取り寄せやネットスーパーなどで宅配を利用するのがほとんどなんだけれどもアップルジュースなんて頼んでない。
 対馬さんと福島さんの趣味でもない。きっとヒロ君が買って来てくれたのだろう。
 ヒロ君は朝食も考えてくれていて『ビタミンが少なくなるかもしれないけど朝のフルーツをカットしておいたよ』とか、『サラダは明日の朝の分もあるからね』とか。
 朝食を考えてくれただけで嬉しいし、申しわけないのに栄養にも気を使ってくれている。
 ヒロ君が私の心の中で、こんなにも大切で愛しい存在になってしまうなんて……
 お互い、『恋愛感情を持たない』と約束したのに守れなさそうだよ。
 来る度に優しさがアップして、すんなりと心に入ってきてしまうのに、もう忘れる事なんてできない。無理だよ。

 ヒロ君のお休み明けに真実を伝えるべきか、否か。
 いつか伝えなければならない日が来ると思っていたけれど、その日が近付いてきてるのかもしれない。

「締め切り、間に合わないんじゃない? 今回はお休みする? カナちゃん、疲れが溜まってるんだよ」
 優しい表情で私を見て、対馬さんが申しわけなさそうに切り出す。
 対馬さんが心配して言ってくれているのは分かる。
 分かるのだけれども、今は休んではいられない。
「大丈夫、です。頑張って仕上げますから……!」
 アップルジュースを飲み干して一気に立ち上がろうとした。その瞬間……グラリ、と引力には逆らえないかのように、頭と身体が下がり後ろによろめく。
「ほら、言ったでしょ? ちゃんと休まなきゃ駄目だよ!!」
 対馬さんに両肩を捕まれて、ソファーに引き戻される。
 ソファーに横になったら、目眩に似た感覚は無くなり、瞼が閉じそうだった。
「とにかく寝なさい!! 福島ももうすぐ来るから。出来る限りの作業はしておくから……ね?」
「はい、でも休載は……」
「カーナーちゃーん!! とにかく寝なさい!! 休載したくないなら、ページ数を減らすこともできるんだよ。寝不足で貧血になったっぽいんだから、身体壊す前に寝なさい!! 分かったね?」
 いつになく対馬さんが怒っていて、私をソファーに縛り付ける。
 もうちょっと寝たら、元気になれるかな?
「対馬さん……じゃあ、もう少しだけ寝ます」
「はいはい、ゆっくりとお休みー」
 私は身体にかけられていた毛布を肩まで被ると、対馬さんに声をかけた。
 対馬さんは私の頭をそっと撫でると作業場に移動して、私も目を閉じた。

 ***

「あれ……? 朝?」
 再び目が覚めると、部屋に光が射し込んでいて、朝なんだと実感した。
 私は朝まで寝てしまったらしい。
 あれ? 対馬さんは? 作業場かな?
「対馬さん……」
 作業場に入ると、対馬さんと福島さんが床にゴロ寝していた。
 テーブルには原稿が散らかっていて、ペン入れが終了したページに指定したトーンが貼られていた。
 ペン入れが終わるとネームの紙にトーンの指定を書いておくのだけれど、対馬さん達は手慣れたもので、トーンの番号、切り方や効果の使い方をマスターしているために作業は早い。
 ……けれども、私は今頃、気付いたんだ。
 この2人が、夜明けには仕事だと言うことを。ここで手伝いをしてくれて、少し仮眠をして、夜が明けたら……今度は自分の職場で仕事。 
 締め切り前は寝不足なんて当たり前なくらいに忙しくて…… けれども、文句を言わずに必死に手伝ってくれる二人。 
 職場での仕事に疲れてるはずなのに、徹夜に近い形で一生懸命に手伝ってくれる二人。
 床の上に転がりこんで、スヤスヤと眠る二人を見ていたら、何だか涙が出てきた。
 私がアシスタントを採らないがために迷惑をかけている。
 その事実を今頃、私は理解したから。
 ごめんなさい。無理してるのは私だけじゃなかった。
 寧ろ、私なんかより、二人の方に無理させているのだから――

「……んー、おはよ、カナちゃん。ありゃ? 何で泣いてるの?」
「対馬さんっ、ごめ、ごめん、なさいっ!」
「何が?」
 対馬さんはゆっくりと身体を起こした。起きたばかりでまだ覚醒していない顔で会話をする。
 目をうっすらと開けて、瞼を擦る。
「いつも無理させ、て、ごめん、なさいっ!! アシスタント……採るからっ」
 アシスタントを採れば、二人を無理させなくて済む。
 私の我が儘はもう止めよう。
 ヒロ君に私を紹介する時に、対馬さんに『我が儘社長令嬢』だと言われた時は『我が儘なんて言ってない!!』と自分に自信があったけれど違った。私が人付き合いが苦手だから、と言ってアシスタントを採らない事は我が儘になるんだ。
 今まで、気付かなくてごめんなさい。
 自己中だったよね。
 二人を無理させてることに気付けないなんて……“あの人達”と一緒だ。
 いつの間に“あの人達”と同じ、思いやりの心を忘れた人間になったのだろうか。
 ヒロ君があまりにも優し過ぎるおかげで、私はやっと気付けたよ。
 お金も地位も名誉もいらない、思いやりの心で出来ている本当の信頼関係というものが素晴らしい事を……
「私、言うね、本当の事も、ヒロ君に。そして、人にも向き合いたい……」
 静かに流れる涙をそのままに、対馬さんに、今思ったありのままの気持ちを伝える。
 立ちながら泣いているから、床にポタポタと流れ落ちる涙。
 昨日からメイクは落としていないし、涙でグジャグジャの酷い顔だろう。
 それでも、そのまま対馬さんに告げる。
「私っ、変わりたいで、すっ」
「……カナちゃん」
 自分の中身を変えれば、きっと心は強くなれる。
 過去をいつまでも引きずっているのは、もうおしまい。
 新しい自分になりたい。ヒロ君のように優しくなりたい。二人のように心も身体も忍耐強くなりたい。
 だから、今までの自分に……

 さ  よ  う  な  ら。
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