君と煌めく青春を取り戻す

倉辻 志緒

文字の大きさ
上 下
6 / 25
【煌めきLEVEL/02】

*秘密の契約内容

しおりを挟む
 対馬さんを玄関で見送ってから、私はヒロ君の座っている近くまで行った。しかし二人きりになってしまったため、緊張から座ることができずに対馬さんが使っていたティーカップを片付けていく。
 何故、ヒロ君が目の前にいるというのに、話しかけられずに私は片付けをしてるんだろう。 
 頑張れ、私!!
 緊張して話せない性格なんて、もう嫌。改善するには自分自身が変わるしかないんだ。
 ドキドキと高鳴るばかりの胸に手をギュッと目を瞑り、心に決めて話しかけようとした時に沈黙を破ったのはヒロ君だった。 

「聞いてもいい?」
「あ……はい」
 きっと私自身のことだよね?
「失礼だけどカナミちゃんは何歳ですか?」
 あ、やっぱり……気になるよね。 
 ヒロ君から見たら私は何歳に見えるのだろうか?
 どうしようかな。漫画家なんだから、設定作りは得意じゃない?
 さぁ、考えてみて。 
「対馬さんから聞いたと思うけど、俺は高校二年の十六歳」
「そ、そうなんですね」
 対馬さんから何も聞かされてなく、履歴書もあるかどうかも分からない。
 ヒロ君は、まさかの年下だった。
 学年だと一つ上の先輩な私だけれど、高校には行っていない。
 通信制高校には通っているけれど、そこに通っている理由などを聞かれるのが嫌だ。
「わ、私も……同い年です。体調悪かったりで……今は休んだりしてます。えと、自宅でデザインのアルバイトとかしてますけどね」
 これなら、きっと……対馬さんがヒロ君に背景を頼んでもおかしくないだろうか?
 しかし、ヒロ君は背景と聞いて何とも思わなかったのだろうか?

「そっか、だから対馬さんが背景とかって言ってたんだ」
「対馬さんは私のバイト先と関係があって、両親がいない時に私の面倒も見てくれてる感じなの」

 こんな感じで大丈夫かなぁ?
 上手く誤魔化せたかなぁ?
 私は何故、自分とは関係のない事だとスラスラと言えたんだろう?
 今の話は嘘、偽り。 
 それでも自分の本来の姿をさらけ出すよりはましで、徹底的に“嘘”を重ねるしかない。 
 本来の姿なんて怖くて言えない。
 きっと、気持ち悪がれる。

「対馬さんは社員さん?」
「そうです」
「そういえば……カナミちゃんは社長令嬢なんだよね。だからかな? カナミちゃんは何をしててもサマになるね」
 話が逸れたのは良かったのだが、変な方向に飛んでしまった。
 何をしててもサマになる?
 私が?
「ご飯の食べ方も綺麗で姿勢も綺麗だし、雰囲気も全体的にお嬢様って感じがするね。茶葉から入れた紅茶もクッキーも、部屋も全てが……」
「そ、そんな事ない、よっ」
 本当は猫背で、漫画描いてる時なんてジャージを着用しっぱなし。紅茶なんて滅多に入れないし、 締め切り前なんてお風呂も入らないなんて当たり前の生活だ。
 いつの間にか、見栄を張ろうとする自分が生まれて人前だけは格好良く見せたいだけなの。 
 トラウマがあって、……もう二度と容姿で嫌な思いはしたくないし、ただ、それだけなの。 
 いつの間にか、見栄っ張りになっていた。
 だからヒロ君にも見栄を通す為に、トラウマを隠す為に嘘だらけの世界を作り上げる。 
 恋人になれなくても、その気分だけを味わえたのなら私には充分だと思うから。 
 ごめんね、って精一杯思うけれど……もう後戻りは出来ない。 
 対馬さんが投げかけた設定のまま、突き進むしかない。 

 しかし、”我が儘社長令嬢”はどうするべきか。 
 我が儘とは私よりも、もっと傲慢で高飛車な気がするけれど……!?
「えっと、クッキーはお取り寄せなんだ。本当はね、普段は茶葉からは入れなくて、あの、その……」
「そうなんだ。クッキー食べてみよっと。カナミちゃんてさ、我が儘って感じがしないけどさ対馬さんの前だと我が儘なの?」
「……あ、いえ……えと……」
 クッキーを頬張りながら投げ掛けられた一言は、返答に困る。そして何より、何故か対馬さんの前だけ我が儘、と断言されているのか分からなかった。 
「対馬さんは……対馬さんとは兄妹みたいな……感じ、かな? と思います」
「ふうん、そう」
「じゃあ、やっぱり我が儘言ってるんだ?」
「……ち、違っ、……違います!! 本当にお兄ちゃんみたいな人で、えと……」

 ヤバイ……
 ヒロ君が必要以上に聞いてくるから、涙がじんわりと目尻に集まってきた。
 クッキーのおかわりを右手に持ちながら、私を見ている。目線が合ってしまい、余計に気まずい。 
 対馬さんは本当にお兄ちゃんみたいな存在だから、多少の我が儘も言うけれど、それは仕事の件だったりする。プライベートに関しては甘えたり、我が儘は言っていないと思っていた。 
「カナ、ミちゃん? ごめんね、泣かせるつもりはなかったんだ。ただ、ちょっと気になってね……せっかくまた会えたんだからさ、話をしない?」
「……はい」
 ヒロ君にも目尻に貯まっていた涙が見えてしまったみたいで…… またもや、謝らせてしまった。 
 私はヒロ君に謝らせてばかりで最低だ。 
 気になってくれた事は嬉しい事だったのに、ムキになって否定する事ばかり考えていた。
 私は我が儘なんて言わない、控えめな女なんだとか、対馬さんとの仲を誤解されたくないとか、自分のことばかり考えていた。 
 上手く伝えられないくせに人を責めるような態度ばかりな私は、昔から成長していないのかもしれない。
「まずは何から話そうか? えと、本当に俺が家政婦になってもいいの?」
「……はい」
「料理出来なくて下手くそでも?」
「……はい」
 私は返事をすることしかできなかった。
「……というか、とりあえず座って話そう? 嫌?」
 対馬さんが帰ってから、ずっと気まずい。
 ヒロ君から少し離れた場所で後片付けをしている振りをしながら話をしていたけれど、 ヒロ君に言われたら座るしかない。
 ……というより、やっと座るチャンスを貰えたと言うか。
 ドキドキと胸を高鳴らせながら、椅子を引き斜め前に座る。
「それでさ、俺はご飯作りと洗濯と……」
「せ、洗濯はだ、大丈夫ですからっ!!」
 ついつい力を込めて返事をしてしまったら、ヒロ君はクスクスと笑っている。
「冗談、冗談!! 分かってるよ。必死に否定して可愛いなぁ……あはは」
 否定するのを分かっていて、からかわれたのかもしれない。ヒロ君は笑っているから。
「……あと掃除もかな?」
「掃除も特には大丈夫なんですけど?」
「それじゃぁ、やることがないじゃん」
 だって、お掃除も頼むなんて図々しいかななんて思うし、仕事場に入られても困るから。
 本当の目的は、仕事をして貰うよりも会いたいだけだから。 
 この本音は口に出しては言えないけれど。
 ただ、これだけは伝えなきゃいけないと思う。
 今から伝える事も本音の一部だから。
「……あ、あの、いつも一人でご飯食べてるから、一緒に食べてくれるだけで嬉しいんだけど」
 例えば、ご飯がコンビニ弁当だろうと手作りだろうと毎日のように一人は寂しくなる。かといって漫画に集中できなくなるので、頻繁に両親に顔出しもしてもらえない。
 閉めきり間近の時は対馬さんや福島さんが一緒に居るけれど、ご飯を食べてると言うよりも、忙しいから流し込んでるようなものだ。
「実は俺も一人で食べてるから、嬉しかったりして?」
 ヒロ君は少しだけ俯いてから、ニコッと笑いかけてくれた。 
 笑顔に影があるのは何故だろう?
 踏み込んじゃいけないんだけれども、会った時に話していた“ヒロミさん”も関係しているのだろうか。
「最初に約束があるんだけど……」
「はい、何でしょう? ひゃ、ひゃあっ」
 ビ、ビックリしたぁ。
 ヒロ君が真面目な顔をして人差し指を伸ばし、私の鼻に触ったから変な声を上げてしまった。 
 それでもヒロ君は顔色を変えずに……
「お互いのプライベートは立ち入らないことを約束しない?」
 と言ってきた。 
「……は、はい」
 私が返事をすると、鼻から人差し指が離れた。 
「後はカナミちゃんが決めてね。俺からは以上!!」
 プライベートに立ち入らないことは、私にも好都合。
 漫画家だとバレずに済む。
 家政婦の仕事だけの関係。 
 お金で繋がる関係。 
 それでも……会いたいから良いよ。 
 知りたいことも、聞きたい事も沢山あるけれど今は、その関係だけで良い。 
 ヒロ君とその他の契約も決めた。 

 条件は……

 ・時給2,000円・残業無し
 ・プライベートには立ち入らない事
 ・毎日2時間 (18時から20時予定)

 明日から毎日来てくれるらしい。 
 都合の悪い時は、お互いに連絡する為に携帯電話の番号も交換した。 
 明日から始まる秘密の契約。

「さてと、長居してごめんね。明日から来るね。よろしくお願いします!!」
 ヒロ君は契約内容の確認が終わったので、部屋を後にした。
 名残惜しいけれど、寂しくはない。
 明日から毎日のように会えるから。
 こちらこそ、よろしくお願いします、ヒロ君。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

おれは農家の跡取りだ! 〜一度は捨てた夢だけど、新しい仲間とつかんでみせる〜

藍条森也
青春
藤岡耕一はしがない稲作農家の息子。代々伝えられてきた田んぼを継ぐつもりの耕一だったが、日本農業全体の衰退を理由に親に反対される。農業を継ぐことを諦めた耕一は『勝ち組人生』を送るべく、県下きっての進学校、若竹学園に入学。しかし、そこで校内ナンバー1珍獣の異名をもつSEED部部長・森崎陽芽と出会ったことで人生は一変する。  森崎陽芽は『世界中の貧しい人々に冨と希望を与える』ため、SEEDシステム――食料・エネルギー・イベント同時作を考案していた。農地に太陽電池を設置することで食料とエネルギーを同時に生産し、収入を増加させる。太陽電池のコストの高さを解消するために定期的にイベントを開催、入場料で設置代を賄うことで安価に提供できるようにするというシステムだった。その実証試験のために稲作農家である耕一の協力を求めたのだ。  必要な設備を購入するだけの資金がないことを理由に最初は断った耕一だが、SEEDシステムの発案者である雪森弥生の説得を受け、親に相談。親の答えはまさかの『やってみろ』。  その言葉に実家の危機――このまま何もせずにいれば破産するしかない――を知った耕一は起死回生のゴールを決めるべく、SEEDシステムの実証に邁進することになる。目指すはSEEDシステムを活用した夏祭り。実際に稼いでみせることでSEEDシステムの有用性を実証するのだ!  真性オタク男の金子雄二をイベント担当として新部員に迎えたところ、『男は邪魔だ!』との理由で耕一はメイドさんとして接客係を担当する羽目に。実家の危機を救うべく決死の覚悟で挑む耕一だが、そうたやすく男の娘になれるはずもなく悪戦苦闘。劇団の娘鈴沢鈴果を講師役として迎えることでどうにか様になっていく。  人手不足から夏祭りの準備は難航し、開催も危ぶまれる。そのとき、耕一たちの必死の姿に心を動かされた地元の仲間や同級生たちが駆けつける。みんなの協力の下、夏祭りは無事、開催される。祭りは大盛況のうちに終り、耕一は晴れて田んぼの跡継ぎとして認められる。  ――SEEDシステムがおれの人生を救ってくれた。  そのことを実感する耕一。だったら、  ――おれと同じように希望を失っている世界中の人たちだって救えるはずだ!  その思いを胸に耕一は『世界を救う』夢を見るのだった。  ※『ノベリズム』から移転(旧題·SEED部が世界を救う!(by 森崎陽芽) 馬鹿なことをと思っていたけどやれる気になってきた(by 藤岡耕一))。   毎日更新。7月中に完結。

シン・おてんばプロレスの女神たち ~衝撃のO1クライマックス開幕~

ちひろ
青春
 おてんばプロレスにゆかりのOGらが大集結。謎の覆面レスラーも加わって、宇宙で一番強い女を決めるべく、天下分け目の一戦が始まった。青春派プロレスノベル『おてんばプロレスの女神たち』の決定版。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

処理中です...