君と煌めく青春を取り戻す

倉辻 志緒

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【煌めきLEVEL/02】

*トライアングル面接

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 ヒロ君が面接にくることになった。対馬さんが取り仕切ってくれて、本日が面接日である。
 面接は私のマンションの客室で行われる。本来なら合否が決まらないうちは素性も個人情報も知られるのは良いことではないが、ヒロ君には家政婦をお願いするので良しとする。

 ドキドキ……ドキドキ……
 約束の時間まで残り五分を切り、心臓の鼓動が有り得ないくらいに早い。 
 時計を見ては胸に手を充てて、ふぅっと息を吐いて、落ち着くようにと自分に言い聞かせていた。 
 約束の時間までのカウントダウンが始まり、私はウロウロとキッチンを巡る。
 まずはお茶をして……仕事内容を伝えて、時給とかも伝えて……。
 こんなにドキドキしっぱなしの私は、面接をちゃんとできるのかな? 
 不安だらけだけれども、刻一刻と時は迫ってきていた。 
 時計の針の音が、私の鼓動とシンクロしているように聞こえる。 

 何度も深呼吸を繰り返していると玄関のチャイムが鳴った。 チャイムに反応して、ビクンと震える体。 
 私はもう一度大きく深呼吸をしてから、インターホンを手に取った。 
 インターホンの画面から移し出された姿は、紛れもなく待ちわびた人だった。

「ど……どう、ぞ」
 私はドキマギしてしまい笑顔もなく、焦点も合わせられなかった。オマケに短文しか発せずに言葉が途切れてしまった。 

 駄目ダメだなぁ、私は。
 格好悪い。

「さ、入って……」
 待ちわびていた目の前のこの人は、対馬さんと一緒に来た。
 対馬さんに誘導されると、軽くお辞儀をして『お邪魔します』と言って私のマンションの玄関に足を踏み入れた。  
 玄関先に出して置いたスリッパを履いてもらってからリビングへと案内した。 

「紅茶とお菓子に……ん? コーヒーのが良いのかなぁ?」
 案内してから、二人は椅子に座って待っててもらうようにようにお願いした。私はすぐにおもてなしのお茶の準備に取りかかる。
 会いたかったあの人、ヒロ君が私の部屋に居るなんて感激だ。
 自分で仕掛けたとはいえ、夢みたい。
 男の人を部屋に上げたのも父に弟に対馬さん以来だ。お湯を沸かし、紅茶用のポットを温める。
 温めている間にお茶菓子用のクッキーをお皿に並べる。 クッキーはネットショップでいつも注目している、とっても美味なクッキー。 
 つまりリピーターだ。
 ヒロ君は気に入るかなぁ?
 私は初めて彼氏を家に招いた彼女のように、ウキウキしながら準備を進めた。 

「紅茶にしたんですけど、コーヒーの方が良かったですか?」
 カチャリ、と僅かな音しか残らないくらいに静かにヒロ君に差し出す。 
「……いえ、有難うございます」
 ヒロ君は少しだけ微笑んで返事をした。 
 紅茶を差し出すだけでも心臓が破裂しそうなのに、今の微笑みは反則だ。心に響いて頬に熱を帯びてしまう。

「おーそーい!! カナちゃん、遅い!! 時間なくなっちゃうでしょっ」
 ヒロ君の目の前に座っている対馬さんは頬を膨れさせていて、まるで子供のようだった。 
 思わず、私の顔に笑みが零れる。 
「対馬さん、膨れてますか?」
「膨れてないっ!! 俺だってね、他に仕事があるんだから、早く話を済ませてね」
 テーブルに置かれたクッキーを右手で乱暴に口に入れ、左手の人差し指でテーブルをトントンと叩き、催促をしてくる対馬さん。 
 やっぱり……膨れて機嫌が悪そう。 
 膨れている対馬さんが何だか可愛らしく見えてしまい、微笑みながら言葉を表面に出してしまったのが間違えだったらしく……後々、後悔した。 
「……えと、対馬さんは背景とか何とかって言ったかもしれないんですが、あの、その……」
 私は緊張し過ぎて頭の中では整理がついて話せているのに、実際にはしどろもどろになってしまい、伝えたい事も伝えられずにいた。 
 伝えたい事は明確なのに、ハッキリと言えない自分は嫌いだ。
「……えと、あの、かっ……」
「……つまりね、単刀直入に言うと」
 見兼ねた対馬さんが私を不憫に思ったのか、代わりに話し出した。 
「君には家政婦をやってもらいたい」
「家政婦、ですか……?」
「そうだよ」
 駄目ダメな私の変わりに、対馬さんが面接らしきものを始める。 
 笑みも浮かべずに淡々と話を続ける対馬さん。
 いつも笑顔の対馬さんだから、そんなの態度は初めてで、私は驚きを隠せずにただひたすら黙っていた。 
「夕方六時から夜八時までの二時間、時給二千円でどうかな?……悪い話じゃないでしょ?」
 ん? 時給二千円!?
 高額で驚いたけれど、ヒロ君の為なら、まぁ、いいか。
「お話は嬉しいのですが、具体的にはどのような内容でしょうか?」
 時給が二千円だろうと冷静に話を聞き、質問するヒロ君。 
 こないだ会った時の無邪気な感じはなく、別人のように感じた。 
「……んー? 具体的にはね、ご飯作りとか掃除洗濯? あ、洗濯はまずいか……」
 せ、洗濯?
 洗濯してもらうなんて無理だ。
 今頃気付いたけれど、家政婦のバイトは自分の生態というか、生活の全てを見られてしまうのよね。
 軽はずみで『家政婦が居たら楽だな~』的な考えで口に出したのだけれど、実際は問題が山積みかもしれない。 
「せ、洗濯は自分でやり、ますからっ!!」
 自分の下着を見られるよりもヒロ君に洗わせるだなんて、そっちの方が恥ずかしい。私は顔を真っ赤にしながらも抵抗した。 

「カナちゃん?」
 対馬さんが驚いたように私を見てるし、ヒロ君はクスクスと声を殺して苦笑いしている。
 私、変なことを言ったかなぁ?
「……ったく、カナちゃんには叶わないなぁ。可愛い、可愛い!!」
 対馬さんが『可愛い』と言って、興奮が冷めない真っ赤なままの私の頭を撫でてくるけれど…… ヒロ君に見られたくなくて、対馬さんの手を払い除けてしまった。 

 いつもは心地よくて、優しくされて嬉しかったけれど、今はヒロ君が目の前にいるから嫌だ。 

 脳裏にはとっさに対馬さんとの関係を勘違いされたくない、と言う考えが浮かんだから嫌だったの。 
 ヒロ君には彼女がいるから、どうこうなるとかないのに。そう分かっていても、ほんの少しでも期待している自分がいる。
 育ち始めた恋の芽を取り去る事はできそうもない。 
「……カナちゃ、……いや、何でもない。じゃあ、ヒロ君には書類にサインと印鑑を押してもらいたいから、バイトするなら今度持って来てね」
 そう言うと、カタンと静かに立ち上がり、椅子から体を離した対馬さん。 
 今、一瞬だけ、凄く暗い顔をしたような気がするのは気のせい?
 俯き加減に一瞬だけ目を瞑って、軽い溜め息をついた様な気もする。 
 私が手を払い除けてしまったせいかな?
「じゃあね、カナちゃん。俺、まだ仕事あるから戻るわ。あ、夜は福島が来ると思うから……」
 ヒラヒラと手を振って部屋を出て行こうとする対馬さんは、やっぱり、どこか違和感があって仕方ない。 
 いつもの対馬さんじゃなくて、背中に哀愁の影があるような、そんな感じ。 
「対馬さんっ!! ごめんなさい、えっと……」
 私は思わず、対馬さんに駆け寄り、背中のシャツを引っ張った。 
「……シワになってしまいますが」
「あ、あ、ご、ごめんなさい!!」
 対馬さんは驚いた様子で、クルリと後ろを振り向く。
 そうだよね、お仕事なのにシワになっちゃうよね。
 すぐさま、とっさに掴んでいたシャツを離した。
「あはは、大丈夫だよ、冗談だからね。カナちゃんは何も気にしないで。俺は……うん、大丈夫だから。とにかく、本当に仕事に戻るから……後は宜しく」
 ニコッと笑顔を見せて、Vサインをした対馬さん。
 いつもの明るい対馬さんに戻ったような気がして、安心した。 
 本当にごめんなさい、対馬さん。

「対馬さん!! 面接ありがとうございました!!」
 対馬さんがこの場からいなくなってしまうことを察知して、ヒロ君が挨拶をする。 
 すると、帰り際に対馬さんが残した言葉が驚きの一言だったし。
「どういたしまして。ちなみにカナちゃんは、社長令嬢の我が儘娘だからね、気をつけて!」
「社長令嬢……の我が儘娘?」
 対馬さんの発言に驚きを隠せない私は、思わず声を張り上げてしまった。
 漫画家を隠すためのつじつまなんだろうけど社長令嬢で、我が儘は余計だわ。

「でしょ、カナちゃんは!!」
 私に向けて、軽いウィンクをする。 
 どうやら対馬さんの中で、私の偽り設定はできあがっているらしい。 
 参ったなぁ……
 社長令嬢の我が儘娘だなんて、何か聞かれたらどうすれば良い?
 頭の中にグルグルと駆け巡るけれど、ヒロ君は黙っている。
 対馬さんが去り際に余計な一言を残し、ヒロ君がどんな反応をするのかな? とドキドキしていたけれども。
 考えてみれば……いや、考えてみなくても、二人きりだと簡単に判断出来る。 
 話さなきゃいけないことは沢山あるはずなのに目を合わすこともままならないまま、静かに時間が過ぎて行く。 
 とりあえず一言でも話しかけようとするけれど、胸の内が落ち着かなくて頬に熱を持つばかりだった。
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