白薔薇の聖女

紫暮りら

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25 増長する怒り

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 コンコンコンと小さなノックが聞こえた。
(誰だ……こんな時間に。)
「あと少しだけいさせてくれてもよかったじゃないか」とぶつくさ文句を言うもう一人の自分に「お前の『少し』は何時間だ!」と怒鳴り散らした後で疲れ切っているというのに、まだ俺になにか言ってくる奴がいるのか。

「はぁー……」
 本当に、ため息が絶えない。
「開いている。勝手に入れ。」
 すぐそう言ったのを後悔した。

 本音を言えばニーネかトゥーシェだと思っていた。明日から聖女の世話はお前がうんたらかんたら、と言いに来たのかと思っていたのだ。
 ……なのに何故本人が来る?

「……………何しに来た。」
「あの…ちょっと、聞きたいことが。」
 目を逸らし言うその姿に、また別の怒りが湧いてくる。
「……なんだ。」

「私の、レースマスク…知りませんか?」
 レースマスク?あぁ、目を覆うあれか。
「知らん。そもそも俺はお前がそんなものをしている所を見たことがない。」
 つっけんどんにそう返すと、また歯切れ悪く「あの……」と言う。

「今度はなんだ。」
「……私と、一番最初に出会ったフォルトさんなら、知っているんじゃないかと思って……」
 言いずらそうにこちらを見てくるその態度と、尻切れ蜻蛉な言葉に対する怒りが沸騰し、だいぶ治まってきていたもう一人のフォルトに対する怒りがぶり返す。
 あぁ、うざい。うざい。
 俺の前でそういう態度をとるな。虫唾が走る。
 踏み込んでくるな。

「………知らないと言っている。」
 4人のフォルトの記憶は全て共有されている。俺がレースマスクを見ていないため、他の奴らも見ていないのは明白だ。

 だがこいつは引かない。
「でも……」と続けようとする。
 こいつは俺の記憶が共有されていることを知らない。だがわざわざ教えてやるつもりは無かった。知らないこと、無知なことは罪だ。
 だからこの怒りは、ある意味では理不尽なものなのだろう。理不尽な、抑えようのない『怒り』。

 そしてフォルトの中で何かがぷつりと切れる音がした。

「……っ、いいか!俺は俺だ、俺がフォルトだ!お前がフォルトだと思っている奴はもう現れない。お前が死ぬまではな!!」
 出ていけ、と言ってむかつく顔の聖女を追い出す。

 部屋に静寂が帰ってくると、ベッドに倒れ込み右手で顔を覆った。
 失敗だ。あの言い方には語弊があった。あれではまるであの聖女が死ねばもう一人が出てくると言っているようなものではないか。

 俺は俺でいたいだけなのに。

 今更悔やんでも仕方がない。もう眠ってしまおう。そして全て忘れよう。
 そう考え明かりを消す。
 止まない怒りを少しでも沈めようと、窓から差し込む月明かりをも遮断するためカーテンをしっかりと閉めた。
 暗闇の方が落ち着く。
 明日なんて来なければいいのに、と思うのは幼稚だろうか。もうこのまま、永遠に眠ってしまっていたい………

 しかし彼の望む平穏など訪れない。
 宣言通り人格を抑えることが如何に難しいかを、後に痛いほど知ることになるのだった。
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