白薔薇の聖女

紫暮りら

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22 グレーな好青年

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 その時。
 ガタッという音が響いた。何事かとそちらを見るとフォルトが立ち上がり、俯いたまま両手でテーブルの端を抑えて震えている。
 何事かと思っていると、トゥーシェが声をかけた。
「…フォルト~帰っちゃダメですよ~?」
 彼は何も言わない。ずっと震えたままだ。
「だ、大丈夫…ですか?」
 そう恐る恐る声をかけると不意にピタ、と動きを止める。
 内心戸惑いつつ次の反応を待った。

「あああああああ!!!!」
 いきなり髪を掻きむしりながら叫び始めたフォルト見て、危うくフォークを落としそうになる。
 慌ててそれを置き、一番落ち着いているワーゲストを見た。
 彼は一度はぁ、とため息をつくとまだ苦しそうに叫んでいるフォルトを無視して黙々と食べ始める。
 他のみんなもフォルトの状態を理解しているらしく、「いつものこと」といったように食事を続ける。
 その異様な光景に言葉が出なかった。

 気持ち悪い。
 目の前で苦しんでいる人がいるのにどうして何も言わないの?

 もともとロゼ自身善人ではない。例えばリアルで同じようなことが起こっても、それが友達でなければ何も言わないだろう。その程度の人間だ。代わりに、友達であれば全力で助けようとするだろう。私にとって人の価値はそれぞれ異なる。
 だからロゼという人間は、本来であれば聖女と呼ばれるようなものではない。無慈悲な女王様の方がよっぽど似合っている。

 だが今叫んでいる彼は聖騎士団の一員、ほかの聖騎士の仲間ではないのか?
 身勝手な考えだが、仲間を助けようとしない、あまつさえ無視するような態度は私にとってとても気持ちの悪いものだった。

 フォルトは私のことが嫌いなのだろう。私も苦手意識はある。だからといってこの状況を放置することは出来ない。

 なぜなら私が苦手意識を持っているのは舌打ちをしてきた彼だけだからだ。私にりんごをくれたもう一人の彼はむしろ私にとって「恩人」だった。

 急いで椅子を引き、駆け寄って彼の背に手を置く。
「大丈夫ですか!?」

 そんな私の姿を見てか、他の聖騎士たちもようやく食事をやめる。しかしやはり見ているだけだ。
 そんな態度にいらだちはますます膨れ上がり、爆発しそうになる。

「もう、大丈夫ですよ。聖女様。」
 声の主はフォルトだ。
 まだ少し苦しいのか、右手で胸を抑えている。

 直ぐに気がついた。
「あ、あの……」
 人格が入れ替わっている。

 そこにいたのは好青年。
 悪意を知らなさそうな無垢な瞳。
 グレーの髪も心做しか明るく見える。
(どうして同じ人なのにこうも違って見えるんだろう。)

 そして気づく。
 この人は私が一番最初に出会った彼だと。
 水の繭から落ちてもがき苦しむ私を救おうとしてくれた人。

 そんな回想に浸っていると、目の前の彼が跪いた。
「お初にお目にかかります、聖女様。ずっと、謝罪をしたいと思っておりました。」

(な、なんの謝罪!?謝られることなんてないと思うんだけど……)
 というか早く立ってくれ、という願いは聞き届けられない。
「昨日、水の中から出て空気に晒され苦しむ貴方を、私はどうすることも出来ませんでした。」
「いや、それは、その…私もどうして苦しいのかわからなかったので……」
「今はもう、お加減は大丈夫なのですか?」
「はい!寝たら治りました。」
「それは…本当に良かった…」
 うっすら涙さえ浮かべ破顔する彼にこんな言葉が浮かぶ。
(ギャップ萌え…)
 これ以上考えるともう一人の彼に殺されるかもしれない。

 思わず目を逸らしたが、その先には沢山の見知らぬ食べ物。
「どうかされましたか?聖女様。」
「いっいえ!あの、それでは私は席に戻りますね。」
 用意された上座へと戻ろうとする。
「お待ちください!」
 今度はなんだ、と言えるはずもなく。
 とりあえず返事の代わりに振り返る。

「…トゥーシェ、サージェントはもう来ませんよね?」
「…えっ?…はい。今日は来ないと思いますよ~」
 突然話を振られそう返すトゥーシェをよそに、フォルトは私を見て言った。

「聖女様、よろしければここで食べませんか?」
 指しているのは彼の左側の席。
(どうして?)
「どうやら貴方はここの料理を知らないようだ。見たことも無いものを食べるというのは些か抵抗があるかと思います。ですので…」
 御丁寧に椅子まで引いてくれる。
「私が貴方の隣で、貴方の知らない食材や料理についてお教えしましょう。それに、会話のない食事はなんとも味気ないものですから。」
 そう言うとまたにこりと笑う。

 その言葉は食堂に来てから孤独を感じていた私の心を癒すには十分すぎた。
「はいっ!ではお言葉に甘えさせてもらいます。」

 自分で言うのもなんだが、この世界に来て一番の笑顔だったと思う。
 目尻が少し熱くなるのを感じながら、私はフォルトの隣に座った。
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