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01 水と痛み
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(ここは…どこだろ?)
どこからともなく湧き上がるあぶくが邪魔で視界がはっきりしない。視界だけではない。感覚もどこか変だ。空気に触れているような感触がしない。これは…水?
(ベッドの上で水死する要素なんてあったっけ…)
まだ頭がはっきりしない。しかし、苦しいという感情が浮かばないことが押し寄せる波による意識の混濁はないことを教えてくれる。
(ぼーっとする…)
ぶくぶくと鼻と口から泡を吐きながら静かに思う。水死って一番苦しい死に方だったっけ。
それは嫌だな…
それにしてもいつまで経っても苦しくならない。そしていやに冷静だ。それに…
(息が、できる?)
水の中で呼吸が出来るなど一瞬鰓でも生えたのかとかなり焦ったが徐々に戻りつつある感覚は人間のものだと理解できた。
視界を邪魔していたあぶくも今では少量になり、水の中で揺らめきつつも外の世界ははっきりと眼に映った。
白い大理石の床。いくつものアーチを重ねたような造りの天井からは夕暮れの光が差し込んでいる。建物を支えているのであろう壁際の柱には白く、正しく純白と呼ぶにふさわしいと思わせるほどの美しい薔薇が一輪ずつ花瓶にいけられていて…
そして眼前には剣を携えた騎士が一人、跪いていた。
(…………!)
驚きに目を見張った。人がいたことにでは無い。
…私は、彼が着ている服がどんな意味をもつのか知っている。
ともあれ、この訳の分からぬ状況を見られて嬉しいはずがない。
(どうにかこの水の輪から抜け出せないかな…ん、輪?)
見たところ私を見つめている騎士は私と同じように水の中にいるという感じではない。
今一度冷静になり自分の置かれている状況を確認した結果、私は卵型の水の渦の中にいると考えられた。そしてわかったことがもう一つ。
息ができるだけでなく、歩けるのだ。それも地上を歩く時よりも軽やかに。泳ぎと歩きが混ざり合ったような滑らかな滑り。
すぃーっと騎士のいる方へ移動する。そして恐る恐る手を伸ばした。
手が空気に触れた感触がした。それだけで何故だか涙が出そうだった。しかしほっとしたのも束の間……私はそのまま真下へ落ちた。
水の風船が割れたようだった。それまで私を包み揺蕩っていた水たちは、私という栓が抜けたことによって爆発した。
「ん……」
誰かの腕が私を包む。水の中にいたせいか人肌がとても暖かく感じた。
しかしそれも一瞬のこと。
「…っ……」
肌を突き刺すような激しい痛みが全身に広がる。まるで体が空気を拒否しているかのように。ずっと水のなかにいたがっているかのように。
痛い、と叫びたくても息を吸う度に空気が喉に触れ、焼けるような痛みが食道まで広がる。
(…ぅるさい、うるさい!)
目の前の彼が私に何か話しかけている。目も耳も空気を拒否し、涙で霞み見えづらいが私の安否を気にしているのだろうか。
だが、音さえも害にしかなりえない今は彼の行動は不快でしかない。
痛みをこらえながら震え、水で服の重量の上がった腕を無理やり持ち上げ両耳を塞ぎ目を瞑る。
(もうっ、何も聞きたくない…)
私を抱え何かを必死に叫ぶ彼の服が視界の隙間に入った。そして忘れていたことまで思いだす。
耐えきれぬほどの痛みと感情の渦に呑まれ……私は気を失った。
どこからともなく湧き上がるあぶくが邪魔で視界がはっきりしない。視界だけではない。感覚もどこか変だ。空気に触れているような感触がしない。これは…水?
(ベッドの上で水死する要素なんてあったっけ…)
まだ頭がはっきりしない。しかし、苦しいという感情が浮かばないことが押し寄せる波による意識の混濁はないことを教えてくれる。
(ぼーっとする…)
ぶくぶくと鼻と口から泡を吐きながら静かに思う。水死って一番苦しい死に方だったっけ。
それは嫌だな…
それにしてもいつまで経っても苦しくならない。そしていやに冷静だ。それに…
(息が、できる?)
水の中で呼吸が出来るなど一瞬鰓でも生えたのかとかなり焦ったが徐々に戻りつつある感覚は人間のものだと理解できた。
視界を邪魔していたあぶくも今では少量になり、水の中で揺らめきつつも外の世界ははっきりと眼に映った。
白い大理石の床。いくつものアーチを重ねたような造りの天井からは夕暮れの光が差し込んでいる。建物を支えているのであろう壁際の柱には白く、正しく純白と呼ぶにふさわしいと思わせるほどの美しい薔薇が一輪ずつ花瓶にいけられていて…
そして眼前には剣を携えた騎士が一人、跪いていた。
(…………!)
驚きに目を見張った。人がいたことにでは無い。
…私は、彼が着ている服がどんな意味をもつのか知っている。
ともあれ、この訳の分からぬ状況を見られて嬉しいはずがない。
(どうにかこの水の輪から抜け出せないかな…ん、輪?)
見たところ私を見つめている騎士は私と同じように水の中にいるという感じではない。
今一度冷静になり自分の置かれている状況を確認した結果、私は卵型の水の渦の中にいると考えられた。そしてわかったことがもう一つ。
息ができるだけでなく、歩けるのだ。それも地上を歩く時よりも軽やかに。泳ぎと歩きが混ざり合ったような滑らかな滑り。
すぃーっと騎士のいる方へ移動する。そして恐る恐る手を伸ばした。
手が空気に触れた感触がした。それだけで何故だか涙が出そうだった。しかしほっとしたのも束の間……私はそのまま真下へ落ちた。
水の風船が割れたようだった。それまで私を包み揺蕩っていた水たちは、私という栓が抜けたことによって爆発した。
「ん……」
誰かの腕が私を包む。水の中にいたせいか人肌がとても暖かく感じた。
しかしそれも一瞬のこと。
「…っ……」
肌を突き刺すような激しい痛みが全身に広がる。まるで体が空気を拒否しているかのように。ずっと水のなかにいたがっているかのように。
痛い、と叫びたくても息を吸う度に空気が喉に触れ、焼けるような痛みが食道まで広がる。
(…ぅるさい、うるさい!)
目の前の彼が私に何か話しかけている。目も耳も空気を拒否し、涙で霞み見えづらいが私の安否を気にしているのだろうか。
だが、音さえも害にしかなりえない今は彼の行動は不快でしかない。
痛みをこらえながら震え、水で服の重量の上がった腕を無理やり持ち上げ両耳を塞ぎ目を瞑る。
(もうっ、何も聞きたくない…)
私を抱え何かを必死に叫ぶ彼の服が視界の隙間に入った。そして忘れていたことまで思いだす。
耐えきれぬほどの痛みと感情の渦に呑まれ……私は気を失った。
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