白薔薇の聖女

紫暮りら

文字の大きさ
上 下
2 / 33

01 水と痛み

しおりを挟む
(ここは…どこだろ?)
 どこからともなく湧き上がるあぶくが邪魔で視界がはっきりしない。視界だけではない。感覚もどこか変だ。空気に触れているような感触がしない。これは…水?
(ベッドの上で水死する要素なんてあったっけ…)
 まだ頭がはっきりしない。しかし、苦しいという感情が浮かばないことが押し寄せる波による意識の混濁はないことを教えてくれる。
(ぼーっとする…)
 ぶくぶくと鼻と口から泡を吐きながら静かに思う。水死って一番苦しい死に方だったっけ。
 それは嫌だな…

 それにしてもいつまで経っても苦しくならない。そしていやに冷静だ。それに…
(息が、できる?)
 水の中で呼吸が出来るなど一瞬鰓でも生えたのかとかなり焦ったが徐々に戻りつつある感覚は人間のものだと理解できた。
 視界を邪魔していたあぶくも今では少量になり、水の中で揺らめきつつも外の世界ははっきりと眼に映った。
 白い大理石の床。いくつものアーチを重ねたような造りの天井からは夕暮れの光が差し込んでいる。建物を支えているのであろう壁際の柱には白く、正しく純白と呼ぶにふさわしいと思わせるほどの美しい薔薇が一輪ずつ花瓶にいけられていて…
 そして眼前には剣を携えた騎士が一人、跪いていた。
(…………!)
 驚きに目を見張った。人がいたことにでは無い。
 …私は、彼が着ている服がどんな意味をもつのか知っている。
 ともあれ、この訳の分からぬ状況を見られて嬉しいはずがない。
(どうにかこの水の輪から抜け出せないかな…ん、輪?)
 見たところ私を見つめている騎士は私と同じように水の中にいるという感じではない。
 今一度冷静になり自分の置かれている状況を確認した結果、私は卵型の水の渦の中にいると考えられた。そしてわかったことがもう一つ。
 息ができるだけでなく、歩けるのだ。それも地上を歩く時よりも軽やかに。泳ぎと歩きが混ざり合ったような滑らかな滑り。
 すぃーっと騎士のいる方へ移動する。そして恐る恐る手を伸ばした。
 手が空気に触れた感触がした。それだけで何故だか涙が出そうだった。しかしほっとしたのも束の間……私はそのまま真下へ落ちた。

 水の風船が割れたようだった。それまで私を包み揺蕩っていた水たちは、私という栓が抜けたことによって爆発した。


「ん……」
 誰かの腕が私を包む。水の中にいたせいか人肌がとても暖かく感じた。
 しかしそれも一瞬のこと。
「…っ……」
 肌を突き刺すような激しい痛みが全身に広がる。まるで体が空気を拒否しているかのように。ずっと水のなかにいたがっているかのように。
 痛い、と叫びたくても息を吸う度に空気が喉に触れ、焼けるような痛みが食道まで広がる。

(…ぅるさい、うるさい!)
 目の前の彼が私に何か話しかけている。目も耳も空気を拒否し、涙で霞み見えづらいが私の安否を気にしているのだろうか。
 だが、音さえも害にしかなりえない今は彼の行動は不快でしかない。
 痛みをこらえながら震え、水で服の重量の上がった腕を無理やり持ち上げ両耳を塞ぎ目を瞑る。
(もうっ、何も聞きたくない…)

 私を抱え何かを必死に叫ぶ彼の服が視界の隙間に入った。そして忘れていたことまで思いだす。

 耐えきれぬほどの痛みと感情の渦に呑まれ……私は気を失った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

番が見つけられなかったので諦めて婚約したら、番を見つけてしまった。←今ここ。

三谷朱花
恋愛
息が止まる。 フィオーレがその表現を理解したのは、今日が初めてだった。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

ごめんなさい。わたくし、お義父様のほうが……

黄札
恋愛
実家が借金まみれのことを暴かれ、婚約破棄される地味眼鏡ルイーザ。しかし、ルイーザが関心を持っているのは婚約者ではなく、その父。 だって、わたくしオジ専なんです。禁断の愛?? いいえ、これは真っ当な純愛です。 大好きなチェスが運命を変えてしまう物語。 ……からの、チェスドラマです。 舞台はその十年後。 元婚約者の私生児、ローランを引き取ることになったルイーザは困惑していた。問題児ローランは息子との折り合いも悪く、トラブル続き…… 心を閉ざす彼が興味を保ったのはチェス! 金髪碧眼の美ショタ、ローランの継母となったルイーザの奮闘が始まる。 ※この小説は「小説家になろう」「エブリスタ」でも公開しています。

処理中です...