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―25―今度は魚を……
しおりを挟む「ウアガァァアアアッ!おのれミューズ!許さぬ!」
一番の側近にして愛した者に、すべては植え付けられた幻影なのだと真実を叩きつけられたヴェラアズは猛焔の如く怒り狂ったかと思えば、人目を憚らず滂沱に涙を流した。人族には長い10年間、謀れ続けて最後に憧憬を踏みにじられた彼には耐えがたい屈辱なのだろう。周囲の者は皇帝こそが心が壊れたのではないかと危惧した。
重い空気の中、そぐわない笑顔をした人物が皇帝に話しかけた。
「気の毒だったね、さすがに降参する?」呑気にヴェラアズの肩を叩いたのはウェインライトである。
「ええい!気安く我に触れるでない下郎!」
「あらあら、まだ闘志が残ってたんだ。見た目通りに図太いんだね、いいや豪胆?」
背が高く分厚い胸をしたヴェラアズは武人として十分に逞しい体をしている、小柄なウェインライトからすればオーガのように映るのだ。
撥ね退けられたウェインライトは身軽にぴょぴょんと後退して戦況を改めて確認する。
どうみても分が悪いのは帝国軍で、雇われ傭兵たちはほとんど撤退していた。総数2,000人弱の兵はいるが戦意はほとんど残っていない。
「ねぇねぇ、士気上げしないとダメなんじゃない?」
「うるさい、言われるまでもなくこちらには反撃材料はあるのだ!」
皇帝はなにかを側近のひとりに耳打ちしてからほくそ笑む。
一方でウェインライトは隠し玉をさっさと出せと暇そうにしている。霧雨に濡れたオレンジ色のくせっ毛を弄んで湿気は嫌だと愚痴った。
戦車クアドリガに並走していた小さな馬車から騎士に連れられた長髪の女性がされるがままに歩いてきた。
目元には真っ黒な目隠しが強めに縛られて皮膚に食い込んでいる、さぞかし痛かろうとウェインライトは同情する。
「その子が切り札なのかい?戦闘力があるように見えないし……察するに治癒師かな」
いつも飄々としているウェインライトだが少々苛立っていた、彼は倫理に反することを嫌う。
職業柄、人を見る目だけは誰より長けているので、彼らの動向に嫌悪を抱くとともに女性の気配を不思議に思った。
ウェインライトは一旦テトラ陣営に戻り、顎に手をやると何やら思案する。
「どうかされましたか?」アスカム辺境伯が訝しい目を彼に向けた、戦況的に圧倒しているウェインライトが退いたことに疑問する。
「うん、どうにも納得できないのだが……あちらは人質を用意していたようだよ。すぐに脅迫めいた宣言がくると思う。だけど……あの女の子の容姿は帝国出身に見えるし、面差しも皇帝に似てる気がした。」
それを聞いたアスカムはなんだそれはと大師匠と同じく首を傾げた。
***
予想の通り帝国側から停戦の申し入れがあり、両陣営を挟んだ焼野原へ使者を送り合うよう要求してきた。
ほらね、というようにウェインライトが肩を竦めて物見台の背後に寝転んでしまった。
どのように交渉するかは、前線に立つ辺境伯が握るのでお役御免となった彼はつまらなそうにしていた。
「だ、大師匠……お智慧を拝借したく」
「やーだぴ、ボクは政に関わる立場にないの知ってるでしょ?戦地に赴いたのは王から依頼がきたからだし、いまのボクは一介の冒険者なの。これ以上に関われというならボクこそが国崩ししちゃうよ?」
オレンジ髪の少年然とした男は大欠伸をするとそのまま寝息をたててしまう。
「仕方あるまい、使者を立て合議した後、王に伺いをたてよう。早馬を王城へ送れ」
「はい!父上!」
早速と動いた辺境伯親子だったが、それを阻止するものが床下から生えてきた。
「ひぎぃ!?な、なんだこの黒いのは!変種スライムか?」
子息が腰に佩いていた剣を抜き、護衛兵たちが槍先をそれに向けた。
「おや、突然失礼。怪しいものではないですよォ、情報は早いほど価値がある。馬より便利で素早い私が城にむかいましょうクフフッ」
黑くグニグニしたものがあっという間に人型になってそう言った。
思わぬ闖入者を警戒したが、どこかで見たようなと彼らは思ったが頭にひらめかない。
「あぁ、先ほどは私の妹が粗相したようで、すみませんね。蝙蝠族は好き勝手に主を選ぶものですから家族は常にバラバラなのですゥ」
「お、お前!さきほどの白い蝙蝠の仲間だったのか」
益々と警戒する辺境伯たちに「人の話はちゃんと聞きましょう」と蝙蝠男は眉間に皺を寄せる。
その諍いに割って入ったのは先ほど寝腐っていたウェインライトだ、子細を聞いてからにしろとアスカムに言えば彼らは黙るしかなかった。
ガルディ王と主の繋がり、それから王家への出入りが許されている身分のことなどを簡潔に述べると蝙蝠男は愉快そうに笑った。それから刃物は自分に効果はないと明かすと子息は思わず「化物」と叫んでしまった。
「んで、蝙蝠男さんはボクの惰眠を邪魔するほどの活躍を見せると?」
「はい、このモルティガ。我が主レオニード侯爵の名に相応しい働きを致します」
彼は言うが早いか黒いマントを被膜にして広げると鈍色の空へ飛んで行った。
「ふぅん、長く生きてきたけど蝙蝠族の実物は初めて見たよ。やっぱり獣人は面白いな」
「大師匠、あれを御存じなので?」
噂でしか知らないと返事するとウェインライトは再び瞼を閉じて寝息を立てだした。
一番の側近にして愛した者に、すべては植え付けられた幻影なのだと真実を叩きつけられたヴェラアズは猛焔の如く怒り狂ったかと思えば、人目を憚らず滂沱に涙を流した。人族には長い10年間、謀れ続けて最後に憧憬を踏みにじられた彼には耐えがたい屈辱なのだろう。周囲の者は皇帝こそが心が壊れたのではないかと危惧した。
重い空気の中、そぐわない笑顔をした人物が皇帝に話しかけた。
「気の毒だったね、さすがに降参する?」呑気にヴェラアズの肩を叩いたのはウェインライトである。
「ええい!気安く我に触れるでない下郎!」
「あらあら、まだ闘志が残ってたんだ。見た目通りに図太いんだね、いいや豪胆?」
背が高く分厚い胸をしたヴェラアズは武人として十分に逞しい体をしている、小柄なウェインライトからすればオーガのように映るのだ。
撥ね退けられたウェインライトは身軽にぴょぴょんと後退して戦況を改めて確認する。
どうみても分が悪いのは帝国軍で、雇われ傭兵たちはほとんど撤退していた。総数2,000人弱の兵はいるが戦意はほとんど残っていない。
「ねぇねぇ、士気上げしないとダメなんじゃない?」
「うるさい、言われるまでもなくこちらには反撃材料はあるのだ!」
皇帝はなにかを側近のひとりに耳打ちしてからほくそ笑む。
一方でウェインライトは隠し玉をさっさと出せと暇そうにしている。霧雨に濡れたオレンジ色のくせっ毛を弄んで湿気は嫌だと愚痴った。
戦車クアドリガに並走していた小さな馬車から騎士に連れられた長髪の女性がされるがままに歩いてきた。
目元には真っ黒な目隠しが強めに縛られて皮膚に食い込んでいる、さぞかし痛かろうとウェインライトは同情する。
「その子が切り札なのかい?戦闘力があるように見えないし……察するに治癒師かな」
いつも飄々としているウェインライトだが少々苛立っていた、彼は倫理に反することを嫌う。
職業柄、人を見る目だけは誰より長けているので、彼らの動向に嫌悪を抱くとともに女性の気配を不思議に思った。
ウェインライトは一旦テトラ陣営に戻り、顎に手をやると何やら思案する。
「どうかされましたか?」アスカム辺境伯が訝しい目を彼に向けた、戦況的に圧倒しているウェインライトが退いたことに疑問する。
「うん、どうにも納得できないのだが……あちらは人質を用意していたようだよ。すぐに脅迫めいた宣言がくると思う。だけど……あの女の子の容姿は帝国出身に見えるし、面差しも皇帝に似てる気がした。」
それを聞いたアスカムはなんだそれはと大師匠と同じく首を傾げた。
***
予想の通り帝国側から停戦の申し入れがあり、両陣営を挟んだ焼野原へ使者を送り合うよう要求してきた。
ほらね、というようにウェインライトが肩を竦めて物見台の背後に寝転んでしまった。
どのように交渉するかは、前線に立つ辺境伯が握るのでお役御免となった彼はつまらなそうにしていた。
「だ、大師匠……お智慧を拝借したく」
「やーだぴ、ボクは政に関わる立場にないの知ってるでしょ?戦地に赴いたのは王から依頼がきたからだし、いまのボクは一介の冒険者なの。これ以上に関われというならボクこそが国崩ししちゃうよ?」
オレンジ髪の少年然とした男は大欠伸をするとそのまま寝息をたててしまう。
「仕方あるまい、使者を立て合議した後、王に伺いをたてよう。早馬を王城へ送れ」
「はい!父上!」
早速と動いた辺境伯親子だったが、それを阻止するものが床下から生えてきた。
「ひぎぃ!?な、なんだこの黒いのは!変種スライムか?」
子息が腰に佩いていた剣を抜き、護衛兵たちが槍先をそれに向けた。
「おや、突然失礼。怪しいものではないですよォ、情報は早いほど価値がある。馬より便利で素早い私が城にむかいましょうクフフッ」
黑くグニグニしたものがあっという間に人型になってそう言った。
思わぬ闖入者を警戒したが、どこかで見たようなと彼らは思ったが頭にひらめかない。
「あぁ、先ほどは私の妹が粗相したようで、すみませんね。蝙蝠族は好き勝手に主を選ぶものですから家族は常にバラバラなのですゥ」
「お、お前!さきほどの白い蝙蝠の仲間だったのか」
益々と警戒する辺境伯たちに「人の話はちゃんと聞きましょう」と蝙蝠男は眉間に皺を寄せる。
その諍いに割って入ったのは先ほど寝腐っていたウェインライトだ、子細を聞いてからにしろとアスカムに言えば彼らは黙るしかなかった。
ガルディ王と主の繋がり、それから王家への出入りが許されている身分のことなどを簡潔に述べると蝙蝠男は愉快そうに笑った。それから刃物は自分に効果はないと明かすと子息は思わず「化物」と叫んでしまった。
「んで、蝙蝠男さんはボクの惰眠を邪魔するほどの活躍を見せると?」
「はい、このモルティガ。我が主レオニード侯爵の名に相応しい働きを致します」
彼は言うが早いか黒いマントを被膜にして広げると鈍色の空へ飛んで行った。
「ふぅん、長く生きてきたけど蝙蝠族の実物は初めて見たよ。やっぱり獣人は面白いな」
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