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38話

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 「先走った、ね。それはそちらなのでは?」
 「何だと?」

 ラボランジュ公爵夫人とイヒニオが睨み合う。

 「お母様、公爵夫人に喧嘩を売って大丈夫ですの?」

 ボソッと、クラリサが言う。

 「今、戦わないと後がないのよ。相手が公爵夫人だとしても毅然としていなくてはいけないの」

 ファニタは、睨み合う二人を見つめそう返す。

 「まず、デビュタントは世間に自分を公表する場です。それを行う事により、結婚できる歳になりましたと宣言する事になるわ。だからこそ、あなたはメルティをデビュタントさせなかったのではなくて?」
 「な、何を言う。ちゃんとデビュタントさせるつもりだった。だから契約違反はしていない!」
 「そう……」

 冷ややかな瞳でラボランジュ公爵夫人は、イヒニオを見つめる。

 「まあそこら辺はおいおい。デビュタントしたと確認した後にルイス殿下が婚約を発表なさるのよ。あなたが自分で言ったでしょう。になるまで契約の事は話してはいけないと。逆に言えば、その年齢になれば話していいのよね? 婚約が発表される歳であれば、OKなのよ」
 「そんな道理が通るか!」

 イヒニオが叫ぶ。

 「それが通るのよね。ちゃんと確認済みよ。婚約する事が確定していれば、問題ないわ。メルティ、告白を受けたでしょう」
 「え?」

 なぜ知っているとメルティは、顔を真っ赤にする。

 「嘘……嘘よ! なぜメルティなのよ! 話したのね! 自分が予言していると!」
 「クラリサ!」

 余計な事を口走るクラリサをイヒニオが諫める。クラリサはしまったという顔つきだ。

 「その件に関しては、色々と証言が取れるでしょう」
 「ふん。使用人の事を言っているのか? そんなの証言になるか。みんな、クラリサが予言したと思っている」
 「あらあら。いいでしょう。聖女の件は偽証になるから、陛下に判断して頂きましょう」
 「何だと!」

 あからさまにイヒニオが焦りを見せる。

 「訴えると言うのか?」
 「私が? まさか。婚約をしたいのだから自分で何とかするものでしょう」
 「………」

 ラボランジュ公爵夫人の言葉に、イヒニオが青ざめる。
 聖女の件を調べる様にと進言するのは、ルイスだと言うのだ。ルイスが裁判を起こすとなれば、逃げようがない。
 この言い争い勝負は、ラボランジュ公爵夫人が勝利を収めたのだった――。



 「父上、大事なお話があります」
 「どうした?」
 「単刀直入で言います。メルティ嬢と婚約させて下さい」
 「……な、なんだと!?」

 まさかの発言に、陛下は目を見開く。

 「待て、あんなに二人と会うのを嫌がっていたではないか」
 「それは最初頃です。今は彼女に会うのが楽しみでなりません」
 「いつの間に。しかしなぁ」
 「クラリサ嬢との婚約を白紙に戻した事を気にしておられるのですか?」
 「そうではないが、あの伯爵家は色々と……」
 「まずはこれをご覧ください」

 手にしていた資料をルイスは陛下に手渡す。

 「お主は勝手に持ち出したのか」
 「ここに持ってきただけで、外に持ち出してはおりませんよ。それより見て下さい」
 「うん? 契約書? これは、レドゼンツ家の……」
 「はい。そうです」

 王自ら契約書を最終的に受理するとはいえ、全部を把握しているわけではない。しかも10年以上前の話である。この契約書を最近目にするまで、レドゼンツ家の事は思い出せなかった。

 美食家の伯爵によるバカな行いのせいで家族を失い、廃爵になりそうになった爵位を王弟であるラボランジュ公爵が買い、一時的にレドゼンツ家の弟が継いだ。
 その条件が書かれていた。

 「そうか。メルティ嬢の生い立ちを知ったのか。その上で、彼女との婚約を望むのだな」
 「はい。私は、二人に会い二人の行動を目にして気が付いたのです。メルティ嬢こそが聖女ではないかと」
 「何だと? なぜそれをすぐに言わなかった」
 「彼女がそれを望んでいなかったからです。ですが、このまま父上に彼女と婚約したいと言っても、頷いて頂けないでしょう。なので、ハッキリさせましょう。世間に公開しなければ、いいのですから」
 「しかし、そうだとしても世間では、レドゼンツ家の醜態として聖女の事が広まっているのは、ルイスも知っているだろう」

 それに頷いたルイスはほほ笑む。

 「それなら収めてきました。今日、メルティ嬢はデビュタントだったのですが、そこで私とダンスを踊ったのです」
 「ダンスだと!?」
 「彼らは皆、口々に言っていました。デビュタントをしていなかったから聖女の祝賀会を延期したのだと」
 「お前はもう……」

 そこまでするかと、陛下はため息をついた。

 「本気ですから。このまま、うやむやにしたくないのです」
 「裁判を起こさずとも、それなら婚約出来るというのに、お前と言う奴は。わかった。そこまで言うのならしようではないか」
 「ありがとうございます。父上」

 ルイスは、陛下すらあまり見ない幸せそうな顔をするのだった。
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