塵の涙。

青太郎

文字の大きさ
上 下
2 / 6
プロローグ

Ⅱ,試練

しおりを挟む
 空は相変わらず晴れていて、満点の星空が映し出されています。
しかし寂しいことに、鳥は飛んでいません。
ここには動物はいないのです。

海は穏やかに波を立てていて、月が映っていて綺麗でした。
ちなみに今日は三日月です。
星々は地上を優しく照らし、月は海に映り、幻想的な景色を生み出していました。
そんな誰もいない、美しくも閑静な世界「星の海」。

月と星の光に照らされキラキラと輝いている砂浜には、涼しげな音を立てながら波が、来たり引いたりしています。

ザーッ、ザーッ……。

波が行ったり来たりしているだけの砂浜には、男の子と女の子がいました。
フレイとフレイヤです。

「どうして神さまはこんなに簡単な試練にしたんだろう」
「なんでかしら」
神様が天に帰ったあと、彼らは砂浜で砂のお城を作りながらそう喋っていました。
どうしてこのような試練にしたのか、理解できなかったのです。
人間に関わって何を学べるというのでしょうか。
人間の悩み事など解決して、なんの得になるのでしょうか。
彼らは人間を軽く見下していたのです。

「……わからないなぁ」
「わからないね」
結局彼らはその答えを探すのをやめました。
飽きたからなのか、面倒くさくなったのか、あるいは人間に興味がないからなのか、やめた理由は定かではありません。
そのあと彼らは、楽しそうに砂のお城を作っていました。

手先が器用なフレイはフレイヤに言われた通りに美しい砂の城を作り上げ、手先が不器用なフレイヤはどんな城を作るか創造力を働かせました。
運がいいことに、波によって砂の城が崩されることはないのです。
相変わらず波は穏やかですから。
静かに音を立てながら、第2の星空を映し出していました。
「砂って不思議だよね」
ペタペタと砂のお城を触りながら、フレイはそう呟きました。
「どうして不思議なの?」
フレイヤには理解できませんでした。
フレイは乾いた砂をさらさらと手から落としていきます。
月や星の光が反射して、砂はきらきらと光っていました。
フレイはそれに見とれていました。
「すごく不思議さ」
するとフレイは立ち上がり、海の方に駆けていきました。

「え?」
突然の出来事で、フレイヤは少しだけ驚きました。
バシャバシャッ!!
フレイは膝下まで水が浸かるところまで、走っていきました。
泳ぐことはありません。
あまり深いところに行ってはいけません、神様にそう言われていたのです。

「フレイ、あまり深いところにいっては行けないわ」
フレイヤもフレイを追いかけて、海に走って行きました。
バシャバシャッ!
フレイヤも海に入ると、フレイを見ました。
フレイは何を思ってこうしたのでしょう。
その疑問はすぐに解けました。
「何を探しているの?」
フレイは何やら自分の足元を手で探っています。

「これだよ」

その手にあったのは、ただの泥でした。
「ただの泥じゃない」
「そうだね、ただの泥だ」
フレイはそうだと頷きました。
「砂は乾いているとサラサラだけど、水に濡らすとドロドロになるよね。僕は、すごく不思議だと思うんだ」
「砂が濡れれば泥になるのは当たり前じゃない」
「確かに当たり前だね。でも僕からしたら不思議でおかしなことだ。さらさらだったあの砂が、どろどろとした全く別の物に変わってしまうんだから」
フレイは不思議で不思議でたまりませんでした。
バシャバシャッ!
泥で汚れた腕を、フレイは洗い流します。

「ねぇフレイヤ」
フレイはフレイヤに声をかけます。
「なぁにフレイ?」
「当たり前のことほど、僕は最近不思議に思えてくるんだ」
フレイは夜の大海原を眺めてそう言います。
「こうやって、僕らが一緒にいること、ここにいること、全てが不思議なんだ」
「そうかしら」
フレイヤは首を傾げました。
それらは当たり前の「日常」だから、不思議だと思えなかったのです。
「もし、この日常が終わったら、無くなったら、僕らはどうなるんだろう?僕は少し怖いよフレイヤ」
「私はそうは思わないわフレイ」
「どうして?」
フレイはフレイヤを見つめ、応えを待ちます。
フレイヤもフレイを見つめ、こう応えました。

「今が楽しいのなら、私はそれでいいから。ここにいて、毎日フレイと一緒に遊ぶこの日常が終わったとしても、私たちはきっと離れることはないわ。だって神さまは私たちがどれだけ仲が良いのか知っているもの」

神様が私たちを引き離すわけがない、フレイヤはそう固く信じていたのです。
フレイもその考えに納得でした。
「確かにそうだね!僕は少し考え過ぎていたのかも。ありがとうフレイヤ」
「いいのよフレイ」
フレイヤは優しく微笑みました。
月の光に照らされたその笑顔が、フレイは好きでした。
「フレイヤは何か、抱え込んでいない?」
「そうね、フレイみたいに深刻なものではないけれど」
「いいよ、言ってみて」
フレイは真っ直ぐな瞳でフレイヤを見つめます。
星の光が反射した曇りのないその瞳が、フレイヤは好きでした。

「私たちに、はあるのかしら?」

「あした?僕らは毎日あしたを過ごしているじゃないか」
フレイヤは頭を捻ります。
「神さまは、あしたから人間たちがここに来る、と言っていたけれど、ここには夜しかないわ。あしたというのは再び朝を迎えることだから、ここにあしたなんてないはずなのよ」
「朝、月じゃなくて太陽が昇る時間だね」
フレイは三日月を見上げてそう呟きました。
フレイヤもつられるように三日月を見上げました。

「太陽は、一体どんなものなのかしら」
彼らは太陽を見たことがありませんでした。
生まれてからずっと、空に浮かんでいたのは月だけなのです。
だから夜以外のここの景色を知りませんでした。
「神さまは太陽を、暖かいものだって言ってたね」
「そうね。そしてとても眩しいものだとも言っていたわ」
神様は彼らに知恵を授けましたが、実物を見せてくれることはありません。
彼らにとっての太陽は夢の産物でしかないのです。
例えて言うなら、我々にとってのユニコーンのような存在です。

「暖かくて、眩しい……うぅん、そんなものが空に浮かんでいるんだ、あしたは」
「現実味がないわね。この星の海はいつだって涼しいし、月が優しく照らしてくれている。今の状態とあしたは真逆と言うことなのかしら」
「そうかもしれないね。なんだか、不思議」
砂浜にゴロンと寝転んだフレイは、夜空をぼんやりと眺めていました。
そのすぐ隣でフレイヤは両膝を抱え地べたに座り込み、夜空が映る大海原を光を灯した瞳で眺めていました。

そんな暖かい【太陽】を彼らは無意識のうちに、いつもいつも、いつも夢見ていたのです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

SERTS season 1

道等棟エヴリカ
キャラ文芸
「自分以外全員雌」……そんな生態の上位存在である『王』と、その従者である『僕』が、長期バカンスで婚活しつつメシを食う! 食文化を通して人の営みを学び、その心の機微を知り、「人外でないもの」への理解を深めてふたりが辿り着く先とは。そして『かわいくてつよいおよめさん』は見つかるのか? 近未来を舞台としたのんびりグルメ旅ジャーナルがここに発刊。中国編。 ⚠このシリーズはフィクションです。作中における地理や歴史観は、実在の国や地域、団体と一切関係はありません。 ⚠一部グロテスクな表現や性的な表現があります。(R/RG15程度) ⚠環境依存文字の入った料理名はカタカナ表記にしています。ご了承ください。

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

処理中です...