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秘密
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「僕は、異世界から来た救世の神子なんです」
ルカはこの世界へ来た時のことを覚えている限り話した。
フェリックスは口を挟むことなく耳を傾け、話の終わりをきいてなるほどな、と納得したようだった。
「月詠鏡か。おそらく月宮の奥に納められている御神体のことだろう」
ルカは驚いた。ベドジフの言っていたことが本当なら、フェリックスはたやすくこの話を信じるまいと思ったからだ。
「信じてくれるんですか?」
「信じるも何も、お前の話は伝説通りだ」
「伝説……?でも、ベドジフは今頃こんな話を信じる人はいないって。神子だと誰かに告げても無駄だと。実際、皇帝陛下はベドジフの弟子だと言う言い分を信じておられました」
クラウスはルカを神子ではないかと言ったがあれは恩人に対する褒め言葉のようなものだし、何よりまだ彼は子どもだった。
「まあ、神子の召喚時代たぶんものすごく久しぶりだ。公式に記録が残っているのも一番近くて何百年か前。当然、信憑性は怪しいとされている」
「じゃあなぜフェリックス様は……」
信じるのか、とルカが言い終える前にフェリックスは山と積まれた本の中から一冊を取り上げた。
「これは最近我が家ではぼんくら嫡男の新しい道楽だと言われていてね。って、君は字が読めないんだったね。これらは全部神子様にまつわる伝説、説話、伝聞記録の類さ」
フェリックスの説明によると、やはり神子はこちらの世界が歪んだ時に現れ、癒しの力を持つ。
ここまではルカの知っていることと同じだ。
だが、初めて耳にすることもあった。
ある一定の状況下で、それなりの魔術師であれば誰でも召喚することができる。だから、ランディリア以外に現れた例もあるという。
ただし、この世界に2人以上の神子が同時に存在することはできない。
「今は西国と戦争状態なんでしょう?同じくひどい状態なのに、なんで僕はランディリアに召喚されたんだろう」
「西国の術師が神子の存在を知らなかったか、よしんば知っていて召喚しようとしても、神子がどこの国に召されるかは神のみぞ知るということかな」
「おかしい……神様がいるなら、ベドジフみたいなやつのところに連れて行くなんてありえないよ……」
「ふむ。神子はだいたい召喚された国の王族に仕えることが多いようだが、まれに僻地の村なんかで古代民の生き残りが召喚に成功した例もあるらしい。もしかしたら、どこに召喚されるかはランダムなのかも知れないな。ベドジフめ、幸運なやつだ」
もしそうなら、ルカは運が悪かったのだ。なんとなく釈然としない気分でルカは話を続けた。
「王族に仕えるって、クラウス様を治して差し上げたみたいに?」
「いや、クラウス様のように体の弱い方は王族では稀だ。仕えるというのは、王と共に戦地へ赴いたり、天変地異を鎮めたりということだ」
ルカはそれをきいて恐ろしくなった。
戦地や天災のただ中へ行くなど、まっぴらだ。
ルカは顔面蒼白になっているのだろう。フェリックスはその顔をじろじろ見ながら、だが、と言葉を区切った。
「我が国はクラウス様がご病気とはいえ、それ自体が世界の危機になるとは思えん。それなのになぜ、召喚が成功したかだ」
「まだ僕を疑うの?」
「いや。長い歴史の間にはニホンという国から来た神子もいたらしい。王でさえ思い出しもしないことを嘘ですらすら述べるのは無理だろう。お前のことは信じてるよ。なんと言ってもイザークが見込んだ子だし」
「あなたはイザーク様が好きなんだね」
ルカはなにかに付けてイザークと言うフェリックスに呆れたが、当の本人は当たり前、という顔をして言い返した。
「ああ好きだね。だから、あいつに害をなすやつらは許さない。それがお前でも、ベドジフでも、たとえ皇帝陛下でもな」
フェリックスの端正な顔、その瞳に剣呑な光が宿る。
ルカはこの道楽貴族が隠し持っている刃先に触れるようなことをしてしまったのだと感じた。
「まあ、ランディリアが戦争が原因で政情不安定なのは今に始まったことじゃない。どこか外国で異変がおきているのかも知れないな。お前が来たことだし、何か異常なことが起きていないかうちの手の者に調べさせてみよう」
王に付き添って戦場へ行く神子もいた。だが、フェリックスの言い分は
神子が現れる時危惧すべきなのは一国の事情よりも世界の異変だという事だった。
かつてはありえないはずの存在、妖魔が出没したり、陸地の一部が忽然と消失する天変地異が起こったりしたらしい。
ランディリア帝国ではまだそんな話は聞かない。ルカが本物なら、他国に差し迫った危機が訪れているのかもしれなかった。
ルカはため息をついた。ベドジフの1件は他人に支配されて能力を使わされることに嫌気がさすのに十分な出来事だった。だからといって、知らない土地に出向いていって、愛着もないこの世界を救えるのかと言ったらそれも否だ。
フェリックスは暗い顔をしているルカを見て、わざとらしくイザークからの手紙をひらひらと振った。
「俺は約束を守る男だ。一語一句過たずに教えてやろう」
ルカはすごく嫌なものを感じた。
「フェリックス様、もう一つ教えて欲しいことがあります」
「なんだ」
「訳すだけでなく、文字の読み方を教えてください」
プライベートなメッセージを見られるのは一度で十分だった。
手紙の内容は、フェリックスが嘘をついていないならばごく他愛のない内容だった。
会いに行けなくてすまない。体調は崩していないか。フェリックスは変人だが頼りになる男だ。だが意地悪をされたらあった時に言うように。
大まかにいうとこの程度の内容だったが、飾らない言葉がかえってイザークの人となりを表しているようで、ルカは充分満足した。
フェリックスは意外にも読み書きの教授を引き受けてくれた。それから何日も現れないイザークと違って本当に暇なようだ。
読み書き以外にも、ランディリアの歴史やこの世界の成り立ちから、テーブルマナーまで手ずから教えてくれた。
ちなみに、テーブルマナーは鷹栖の家で躾けられていたので最初からまあまあの及第点を貰えた。
引きこもりかと思うほどだが、そうではない証拠に、フェリックスは昼間はルカの相手をするが、夜はほとんど毎晩夜会やら怪しげな会合に出かけていっている。
今日も今日とて、どこかの伯爵夫人のパーティーへ行っているらしい。
昼間は冗談ばかりの大貴族様の授業を受けて暇を感じないルカだが、夜になると途端に孤独を感じる。
昼間ならった文法をさらいながら、ルカはイザークは一体いつになったら会いに来てくれるのだろうと思案した。
(フェリックスから僕の様子をきいて満足しちゃってるのかな。それとも、他に誰か気になる人ができて僕のことなんかどうでも良くなっちゃったとか)
ルカは痛みを感じて、胸をおさえた。
イザークが来ないことも、それを卑屈に思う自分も嫌だった。
(もう十分してもらってる。それこそ、これ以上望むなら正体をあかさなくちゃ)
そこまでの覚悟もない自分では、せいぜい勉強に身を入れることぐらいしか出来ることはなかった。
そんなことをとりとめもなく考えていたら、突然私室のドアがノックされた。
ドンドンと力一杯叩いたような音だ。
だが、ルカが非常事態かと思って開けようとするより早く、扉は盛大に開いた。
雪崩込むようにして部屋に入ってきた2人を見て、ルカは目を大きく見開いた。
(フェリックス様……イザーク様!!)
久しぶりに見るその人は、強かに酔っ払っていた。
ルカはこの世界へ来た時のことを覚えている限り話した。
フェリックスは口を挟むことなく耳を傾け、話の終わりをきいてなるほどな、と納得したようだった。
「月詠鏡か。おそらく月宮の奥に納められている御神体のことだろう」
ルカは驚いた。ベドジフの言っていたことが本当なら、フェリックスはたやすくこの話を信じるまいと思ったからだ。
「信じてくれるんですか?」
「信じるも何も、お前の話は伝説通りだ」
「伝説……?でも、ベドジフは今頃こんな話を信じる人はいないって。神子だと誰かに告げても無駄だと。実際、皇帝陛下はベドジフの弟子だと言う言い分を信じておられました」
クラウスはルカを神子ではないかと言ったがあれは恩人に対する褒め言葉のようなものだし、何よりまだ彼は子どもだった。
「まあ、神子の召喚時代たぶんものすごく久しぶりだ。公式に記録が残っているのも一番近くて何百年か前。当然、信憑性は怪しいとされている」
「じゃあなぜフェリックス様は……」
信じるのか、とルカが言い終える前にフェリックスは山と積まれた本の中から一冊を取り上げた。
「これは最近我が家ではぼんくら嫡男の新しい道楽だと言われていてね。って、君は字が読めないんだったね。これらは全部神子様にまつわる伝説、説話、伝聞記録の類さ」
フェリックスの説明によると、やはり神子はこちらの世界が歪んだ時に現れ、癒しの力を持つ。
ここまではルカの知っていることと同じだ。
だが、初めて耳にすることもあった。
ある一定の状況下で、それなりの魔術師であれば誰でも召喚することができる。だから、ランディリア以外に現れた例もあるという。
ただし、この世界に2人以上の神子が同時に存在することはできない。
「今は西国と戦争状態なんでしょう?同じくひどい状態なのに、なんで僕はランディリアに召喚されたんだろう」
「西国の術師が神子の存在を知らなかったか、よしんば知っていて召喚しようとしても、神子がどこの国に召されるかは神のみぞ知るということかな」
「おかしい……神様がいるなら、ベドジフみたいなやつのところに連れて行くなんてありえないよ……」
「ふむ。神子はだいたい召喚された国の王族に仕えることが多いようだが、まれに僻地の村なんかで古代民の生き残りが召喚に成功した例もあるらしい。もしかしたら、どこに召喚されるかはランダムなのかも知れないな。ベドジフめ、幸運なやつだ」
もしそうなら、ルカは運が悪かったのだ。なんとなく釈然としない気分でルカは話を続けた。
「王族に仕えるって、クラウス様を治して差し上げたみたいに?」
「いや、クラウス様のように体の弱い方は王族では稀だ。仕えるというのは、王と共に戦地へ赴いたり、天変地異を鎮めたりということだ」
ルカはそれをきいて恐ろしくなった。
戦地や天災のただ中へ行くなど、まっぴらだ。
ルカは顔面蒼白になっているのだろう。フェリックスはその顔をじろじろ見ながら、だが、と言葉を区切った。
「我が国はクラウス様がご病気とはいえ、それ自体が世界の危機になるとは思えん。それなのになぜ、召喚が成功したかだ」
「まだ僕を疑うの?」
「いや。長い歴史の間にはニホンという国から来た神子もいたらしい。王でさえ思い出しもしないことを嘘ですらすら述べるのは無理だろう。お前のことは信じてるよ。なんと言ってもイザークが見込んだ子だし」
「あなたはイザーク様が好きなんだね」
ルカはなにかに付けてイザークと言うフェリックスに呆れたが、当の本人は当たり前、という顔をして言い返した。
「ああ好きだね。だから、あいつに害をなすやつらは許さない。それがお前でも、ベドジフでも、たとえ皇帝陛下でもな」
フェリックスの端正な顔、その瞳に剣呑な光が宿る。
ルカはこの道楽貴族が隠し持っている刃先に触れるようなことをしてしまったのだと感じた。
「まあ、ランディリアが戦争が原因で政情不安定なのは今に始まったことじゃない。どこか外国で異変がおきているのかも知れないな。お前が来たことだし、何か異常なことが起きていないかうちの手の者に調べさせてみよう」
王に付き添って戦場へ行く神子もいた。だが、フェリックスの言い分は
神子が現れる時危惧すべきなのは一国の事情よりも世界の異変だという事だった。
かつてはありえないはずの存在、妖魔が出没したり、陸地の一部が忽然と消失する天変地異が起こったりしたらしい。
ランディリア帝国ではまだそんな話は聞かない。ルカが本物なら、他国に差し迫った危機が訪れているのかもしれなかった。
ルカはため息をついた。ベドジフの1件は他人に支配されて能力を使わされることに嫌気がさすのに十分な出来事だった。だからといって、知らない土地に出向いていって、愛着もないこの世界を救えるのかと言ったらそれも否だ。
フェリックスは暗い顔をしているルカを見て、わざとらしくイザークからの手紙をひらひらと振った。
「俺は約束を守る男だ。一語一句過たずに教えてやろう」
ルカはすごく嫌なものを感じた。
「フェリックス様、もう一つ教えて欲しいことがあります」
「なんだ」
「訳すだけでなく、文字の読み方を教えてください」
プライベートなメッセージを見られるのは一度で十分だった。
手紙の内容は、フェリックスが嘘をついていないならばごく他愛のない内容だった。
会いに行けなくてすまない。体調は崩していないか。フェリックスは変人だが頼りになる男だ。だが意地悪をされたらあった時に言うように。
大まかにいうとこの程度の内容だったが、飾らない言葉がかえってイザークの人となりを表しているようで、ルカは充分満足した。
フェリックスは意外にも読み書きの教授を引き受けてくれた。それから何日も現れないイザークと違って本当に暇なようだ。
読み書き以外にも、ランディリアの歴史やこの世界の成り立ちから、テーブルマナーまで手ずから教えてくれた。
ちなみに、テーブルマナーは鷹栖の家で躾けられていたので最初からまあまあの及第点を貰えた。
引きこもりかと思うほどだが、そうではない証拠に、フェリックスは昼間はルカの相手をするが、夜はほとんど毎晩夜会やら怪しげな会合に出かけていっている。
今日も今日とて、どこかの伯爵夫人のパーティーへ行っているらしい。
昼間は冗談ばかりの大貴族様の授業を受けて暇を感じないルカだが、夜になると途端に孤独を感じる。
昼間ならった文法をさらいながら、ルカはイザークは一体いつになったら会いに来てくれるのだろうと思案した。
(フェリックスから僕の様子をきいて満足しちゃってるのかな。それとも、他に誰か気になる人ができて僕のことなんかどうでも良くなっちゃったとか)
ルカは痛みを感じて、胸をおさえた。
イザークが来ないことも、それを卑屈に思う自分も嫌だった。
(もう十分してもらってる。それこそ、これ以上望むなら正体をあかさなくちゃ)
そこまでの覚悟もない自分では、せいぜい勉強に身を入れることぐらいしか出来ることはなかった。
そんなことをとりとめもなく考えていたら、突然私室のドアがノックされた。
ドンドンと力一杯叩いたような音だ。
だが、ルカが非常事態かと思って開けようとするより早く、扉は盛大に開いた。
雪崩込むようにして部屋に入ってきた2人を見て、ルカは目を大きく見開いた。
(フェリックス様……イザーク様!!)
久しぶりに見るその人は、強かに酔っ払っていた。
応援ありがとうございます!
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