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企み
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ーーもう少し、せめて後何日かだけでも、お前と過ごしたかった。
イザークはすんでのところでその言葉をのみ込んだ。
ルカはたしかに寂しそうな様子を見せていたが、それはまだベドジフの元から逃げて間もないからだ。
付け入るような真似はたとえ自分自身でも許せない。
それに、懸念事項はもう一つあった。
まだルカからは、ほとんど話を聞いていない。ルカが意図して悪事を働くことなど予想もできないことだ。しかし彼は長い間ベドジフと共にいた。間諜であるという疑惑が爪の先ほどでも残っているならば、今これ以上彼に近づくのは危険だった。
ベドジフから助けると誓い、ひとまずはその目的を果たした。奴はいまや、国民の敵と言っていいほど嫌われている。
いずれ排除しなければならないランディリア帝国の癌だ。
いずれ来るその日を前に、万が一ルカを突き放さねばならない時が来るとしたらーー。
それ以上は考えたくもなかったが、イザークが王家の一員で、軍人である以上無視するわけにはいかなかった。
イザークはルカに明後日までに体調を崩さないよう療養を申し付けて、部屋をでた。
こちらを不安げに見つめる黒い瞳が、いつまでも脳裏に浮かんでいた。
(もう、手遅れかもしれぬな……)
イザークはフェリックスの元へ向かう。
明後日の相談をするためだ。作戦は必ず成功させなければならない。そのために、今は別れの辛さに耐えるのだから。
薔薇の生垣は、北の庭いっぱいに広がっていた。
発案者の皇太子クラウス、ルカ、そしてイザークがバルコニーの上にいた。
室内には息子が元気に遊ぶ姿を見ようと、皇帝夫妻も臨席していた。あの男、ベドジフも当然のように皇后の後ろに控えていた。
クラウスは念願かなって、上機嫌でルカと出会った時のことをイザークに話してくれた。
「私は、ルカのことを神子様だと思ったんだ」
「神子?」
「うん。女神エヴァンジェリンに遣わされる救世の神子」
クラウスは、不思議な癒しの力を持つという神子の伝説を語った。
「それは……神話ではございませんか」
「うん。でも神子様が現れたのは一度や二度じゃないんだ。世界が揺らぐ時に現れるって。僕が未来の皇帝なら、私を守ってくれるためにあらわれたんじゃないかって……なんてね」
目をキラキラさせて語ったクラウスは、急に恥ずかしくなったのか、話の終わりを悪戯っぽくまとめた。
「その話が本当なら、神子の力を手に入れる殿下は最強の皇帝におなりあそばすでしょう。もし見つけたらこのイザークが一番にお側に連れてまいりましょう」
イザークとしては、特に意味を込めて言ったことではなかった。
そして、ルカにも神話を教えてやろうと向き直る。
しかし、そこにいたルカは心なしか顔色が悪いようだった。
「ルカ?体調が悪いのか」
ルカはなんでもない、と首を振る。
「それより、僕、薔薇をもっと近くでみてみたいです」
クラウスは大喜びでルカの手を取り、部屋の外に導いていった。
(そろそろだな)
ルカの様子は気になるが、作戦の実行が迫っていた。
イザークは彼らの後をゆっくりとついていくことにした。
ルカには伝えてある。
薔薇園には友人の手の者を忍ばせてある。その者についていくようにと。
あとはうまくルカがクラウス殿下を撒けるかどうかだ。イザークがそう考えた時、薔薇園で異変が起こった。
「きゃあぁぁぁぁっ」
叫び声はルカのものだった。
フェリックスにはくれぐれも手荒なことはするなと言ってある。
イザークが急いで向かうと、そこには皇太子がひとりで尻餅をついていた。
「殿下!どうされました」
イザークは慌てて助け起す。
「ルカが、ルカが!何者かに攫われました。そこの向こうを曲がって……」
最後まで聞く前に、イザークは走り出した。
「殿下はそこでお待ちください!」
もし本当に賊であれば、ルカは諦めてクラウスを助けねばなるまい。
だがまだそこにいれば正体を確かめることができる。
果たして、二つほど生垣の迷路を曲がった先に、仮面を被った男に囚われたルカを発見した。
ルカは口を塞がれて、次の悲鳴をあげることはできぬようだった。
男はこちらを見ている。少年を1人抱えて逃げるそぶりも見せぬとは愚かなやつだ。
イザークは男めがけて突進する。そしてルカごと引き倒し、仮面を剥いでやった。
「フェリックス……」
イザークは叫びたいのを我慢して男の名を呼んだ。
誘拐犯の正体は、フェリックスだった。
彼は慌てるでもなくルカを離し、肩をすくめた。
「そんなに睨むことないだろ」
「ルカに手荒な真似はするなとあれほど。それに、お前自らがくるなんて危険すぎる。殿下に知られでもしたら……」
最後まで言う前に、フェリックスの手がイザークの口をふさぐ。
イザークは嫌な顔をしたあと、その手をむしり取って、わかった、と降参した。
「あの、その人は」
ルカが恐る恐る口を挟む。
自分を襲った男とイザークが仲良くやっているのだから、不安にもなるだろう。
イザークは慌てて紹介した。
「ルカ、この男がお前を預けるフェリックスだ。普段はいい奴なんだが、なんでこんなことをしたのか」
「殿下がルカくんを片時も離さぬご執心ぶりだったからだ。慎しみ深い性格では殿下を騙すことはできないだろうと思って、こちらから手を差し伸べたと言うわけさ」
フェリックスはルカの返事をまたずにしゃあしゃあと述べた。
イザークはため息をついて、嫌悪感をあらわにしているルカに謝った。
「本当にすまない。だが、今日のところはこの男についていってくれないか」
「いやだ。殿下の目の前で誘拐されたんだよ?みすみすついていったりして取り逃がしたら、あなたが疑われる」
「大丈夫だ。私のことは心配するな」
「でも……」
「明日必ず会いに行く」
イザークの言葉が終わるのを待っていたように、フェリックスが手を差し出した。
ルカも諦めて、フェリックスの手を取る。
フェリックスは打って変わって優しようとしているのが伝わってきたが、イザークにとってはそれも、面白くなかった。
だが、今は仕方がない。
「頼んだ」
イザークはそう言って、クラウスの元へ戻っていった。
イザークはすんでのところでその言葉をのみ込んだ。
ルカはたしかに寂しそうな様子を見せていたが、それはまだベドジフの元から逃げて間もないからだ。
付け入るような真似はたとえ自分自身でも許せない。
それに、懸念事項はもう一つあった。
まだルカからは、ほとんど話を聞いていない。ルカが意図して悪事を働くことなど予想もできないことだ。しかし彼は長い間ベドジフと共にいた。間諜であるという疑惑が爪の先ほどでも残っているならば、今これ以上彼に近づくのは危険だった。
ベドジフから助けると誓い、ひとまずはその目的を果たした。奴はいまや、国民の敵と言っていいほど嫌われている。
いずれ排除しなければならないランディリア帝国の癌だ。
いずれ来るその日を前に、万が一ルカを突き放さねばならない時が来るとしたらーー。
それ以上は考えたくもなかったが、イザークが王家の一員で、軍人である以上無視するわけにはいかなかった。
イザークはルカに明後日までに体調を崩さないよう療養を申し付けて、部屋をでた。
こちらを不安げに見つめる黒い瞳が、いつまでも脳裏に浮かんでいた。
(もう、手遅れかもしれぬな……)
イザークはフェリックスの元へ向かう。
明後日の相談をするためだ。作戦は必ず成功させなければならない。そのために、今は別れの辛さに耐えるのだから。
薔薇の生垣は、北の庭いっぱいに広がっていた。
発案者の皇太子クラウス、ルカ、そしてイザークがバルコニーの上にいた。
室内には息子が元気に遊ぶ姿を見ようと、皇帝夫妻も臨席していた。あの男、ベドジフも当然のように皇后の後ろに控えていた。
クラウスは念願かなって、上機嫌でルカと出会った時のことをイザークに話してくれた。
「私は、ルカのことを神子様だと思ったんだ」
「神子?」
「うん。女神エヴァンジェリンに遣わされる救世の神子」
クラウスは、不思議な癒しの力を持つという神子の伝説を語った。
「それは……神話ではございませんか」
「うん。でも神子様が現れたのは一度や二度じゃないんだ。世界が揺らぐ時に現れるって。僕が未来の皇帝なら、私を守ってくれるためにあらわれたんじゃないかって……なんてね」
目をキラキラさせて語ったクラウスは、急に恥ずかしくなったのか、話の終わりを悪戯っぽくまとめた。
「その話が本当なら、神子の力を手に入れる殿下は最強の皇帝におなりあそばすでしょう。もし見つけたらこのイザークが一番にお側に連れてまいりましょう」
イザークとしては、特に意味を込めて言ったことではなかった。
そして、ルカにも神話を教えてやろうと向き直る。
しかし、そこにいたルカは心なしか顔色が悪いようだった。
「ルカ?体調が悪いのか」
ルカはなんでもない、と首を振る。
「それより、僕、薔薇をもっと近くでみてみたいです」
クラウスは大喜びでルカの手を取り、部屋の外に導いていった。
(そろそろだな)
ルカの様子は気になるが、作戦の実行が迫っていた。
イザークは彼らの後をゆっくりとついていくことにした。
ルカには伝えてある。
薔薇園には友人の手の者を忍ばせてある。その者についていくようにと。
あとはうまくルカがクラウス殿下を撒けるかどうかだ。イザークがそう考えた時、薔薇園で異変が起こった。
「きゃあぁぁぁぁっ」
叫び声はルカのものだった。
フェリックスにはくれぐれも手荒なことはするなと言ってある。
イザークが急いで向かうと、そこには皇太子がひとりで尻餅をついていた。
「殿下!どうされました」
イザークは慌てて助け起す。
「ルカが、ルカが!何者かに攫われました。そこの向こうを曲がって……」
最後まで聞く前に、イザークは走り出した。
「殿下はそこでお待ちください!」
もし本当に賊であれば、ルカは諦めてクラウスを助けねばなるまい。
だがまだそこにいれば正体を確かめることができる。
果たして、二つほど生垣の迷路を曲がった先に、仮面を被った男に囚われたルカを発見した。
ルカは口を塞がれて、次の悲鳴をあげることはできぬようだった。
男はこちらを見ている。少年を1人抱えて逃げるそぶりも見せぬとは愚かなやつだ。
イザークは男めがけて突進する。そしてルカごと引き倒し、仮面を剥いでやった。
「フェリックス……」
イザークは叫びたいのを我慢して男の名を呼んだ。
誘拐犯の正体は、フェリックスだった。
彼は慌てるでもなくルカを離し、肩をすくめた。
「そんなに睨むことないだろ」
「ルカに手荒な真似はするなとあれほど。それに、お前自らがくるなんて危険すぎる。殿下に知られでもしたら……」
最後まで言う前に、フェリックスの手がイザークの口をふさぐ。
イザークは嫌な顔をしたあと、その手をむしり取って、わかった、と降参した。
「あの、その人は」
ルカが恐る恐る口を挟む。
自分を襲った男とイザークが仲良くやっているのだから、不安にもなるだろう。
イザークは慌てて紹介した。
「ルカ、この男がお前を預けるフェリックスだ。普段はいい奴なんだが、なんでこんなことをしたのか」
「殿下がルカくんを片時も離さぬご執心ぶりだったからだ。慎しみ深い性格では殿下を騙すことはできないだろうと思って、こちらから手を差し伸べたと言うわけさ」
フェリックスはルカの返事をまたずにしゃあしゃあと述べた。
イザークはため息をついて、嫌悪感をあらわにしているルカに謝った。
「本当にすまない。だが、今日のところはこの男についていってくれないか」
「いやだ。殿下の目の前で誘拐されたんだよ?みすみすついていったりして取り逃がしたら、あなたが疑われる」
「大丈夫だ。私のことは心配するな」
「でも……」
「明日必ず会いに行く」
イザークの言葉が終わるのを待っていたように、フェリックスが手を差し出した。
ルカも諦めて、フェリックスの手を取る。
フェリックスは打って変わって優しようとしているのが伝わってきたが、イザークにとってはそれも、面白くなかった。
だが、今は仕方がない。
「頼んだ」
イザークはそう言って、クラウスの元へ戻っていった。
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