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第五章

妖魔の森の主

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 剣と盾がぶつかりあい、戦斧がふりまわされ、骸骨の破片が大地にふりまかれる。
 絵に描いたような乱戦模様である。
 ゴウリキはそれを横目に、さっさと後方へと下がる。
 きょろきょろと付近を見回し、手頃な大岩を発見すると、その表面を払い、どっかりと腰を下ろした。
 腕組みをして、じっと戦況を見守っている。

「どうした、戦闘狂のおぬしが加わらんとは?」

 たくみに敵と切り結びつつ、ダーが尋ねる。
 ゴウリキはふん、と鼻息を鳴らして返答する。
 
「俺がこんなとこへ来た目的は何か、わかるか?」

「………?」

「釣りだぜ。この騒乱、やつが釣れるかもしれねえ」

謎謎リドルかのう?」

 その言葉の意味をはかりかねていると、さらに異変が生じた。
 ぐらぐらと地面が振動している。
 不自然な地震だった。地中から、なにかが生じようとしている。
 やがて大地をうがち、土中から這い上がってきたものは、巨大なイノシシの姿をした異形の怪物であった。体高はゴウリキの二倍はあろうか。体長はさらにその倍はあるだろう。牙は左右に四本も生え、背中から三つの蛇の頭が、鎌首をもたげて睨みつけている。

「こいつだ、俺が待ち望んでいた獲物は!」

 ゴウリキは大岩から跳ぶように腰をあげると、怪物の正面に対峙した。

「どういうことじゃ、ちゃんと説明せい」

「どうもこうもねえぜ、俺の修行の目的がこいつよ。この妖魔の森のボスがこの巨大イノシシってわけだ」

「スクロファイア=ボア」

「――なんじゃ、それは?」

「その化物の名前です。先ほど冒険者ギルドの受付で注意を受けました。妖魔の森の奥には、とてつもない怪物が棲んでいると。その近辺で決して大音を立てぬようにと」

「ムウ、ワシらには何の情報も与えなかったくせに」

「顔が違うといろいろ得だってことだね」

 コニンが達観したような口調でつぶやく。
 暢気に会話してるのもそこまでだった。
 イノシシの怪物が、文字通りの猪突猛進を仕掛けてきたからだ。
 ゴウリキは大きく上体をひねると、拳をふりおろす。
 例の衝撃波が拳から発せられ、巨大イノシシの顔面を叩く。
 だが、突進は止まらない。
 
 スクロファイア=ボアの突進を止められぬと見ると、ゴウリキはちっと舌打ちをして、防御体勢に入る。 腕を十字に交差して防御する――クロスアームブロックだ。
 ずしんと凄まじい衝撃音とともに、ゴウリキは巨大イノシシもろとも後方へ吹っ飛んだ。
 いや、押されているものの、足は地に着いている。
 踏みしめた両足が地面へ溝をつくっている。
 最初の位置から、数メートルほど移動したところで、突進は止まった。
 いや、無理やり止められたといった方が正確かもしれない。
 
「なんちゅう怪力じゃ」

 ダーがあきれた声を発すると、イノシシは鼻息荒く、地をかいた。
 見るからに苛立っている。ぶるりと身震いすると、ほぼ密着した至近距離から、イノシシの化け物は口から火炎を放射した。
 もろに全身に、炎を浴びるゴウリキ。

「ゴ、ゴウリキさまあ!!」

 先ほどの、バニー族の少女、リーニュの悲鳴がこだまする。

「そんなに大声を出さなくても、聞こえてるぜ!」

 火炎の放射がやむと、平然とした様子のゴウリキの姿が現われた。
 体勢はクロスアームブロックのままである。これが勇者のガントレットの力なのか。ダーは、目の前の骸骨を斬り倒すと、エクセに声をかけた。

「一体、異世界勇者の武器とは何なのだ。あまりにも異常すぎる」

「私にもよくわかりません。さまざま書物を漁った結果、神々が創りあげた武器ということだけが記されていますが……」

「そのあたりも、謎だらけじゃな」

 ゴウリキは十字に組んだ腕でぐっと相手を押し戻し、わずかに――ほんのわずかに広がった隙間から、ズシンと強力な打撃をイノシシの鼻先に叩きこんだ。
 その衝撃で一瞬、スクロファイア=ボアの顔が浮き、たたらを踏んで後退した。
 すさまじい破壊力である。

「こいつが寸勁ワンインチ・パンチってやつよ」

 拳をかざし、自慢げにゴウリキは言った。
 主に視線はエクセの方を向いて。
 無論、彼はすかさず目を逸らしたが。

「さて……」

 ゴウリキは兜の下で、首をごきりと鳴らす。
 それから、真紅の甲冑の胸をそらし、威風堂々と前進する。
 その全身からみなぎる闘士が、オーラのように立ち上っている。
 気圧されたのだろうか、スクロファイア=ボアはただ、警戒するようなうなり声を発するだけだ。
 胸部が大きく膨らんだかと思うと、怪物はその場から火炎を放出する。
 
 今度はゴウリキは真正面から受けようとはしない。華麗な足さばきで射程範囲外に逃れ、火炎の切れる瞬間を待っている。
 永久に炎を吐き続けられるものではない。
 尽きたと同時、ゴウリキは突進する。
 イノシシも、すかさず前傾姿勢になった。
 神経質そうに前脚で大地を引っかき、再突進を仕掛ける。

「本当にそれしかねえんだな……コイツ」
 
 少しガッカリしたように、ゴウリキがつぶやく。

「じゃあ、最後は俺が、派手に決めてやろうじゃねえか」

 走りつつ、足を深く踏みしめ、態勢をぐっと沈める。
 膝がつきそうなぐらい低い態勢のまま、拳を固め、肘を後方へ。
 スクロファイア=ボアがうなり声を上げて突進してくる。
 その顎を、下からの強烈なアッパーカットが捉えた。
 
「秘技―――超昇旋破ちょうこうせんぱあッッ!!」
 
 そのまま鮮やかな螺旋を描きながら、宙へと駆け上がる。
 信じがたいことに、スクロファイアの巨大な体が、ゴウリキとともに上空へと昇っていく。
 
「なんとまあ、空飛ぶ巨大イノシシとはな」

 そのありえない光景を目の当たりにして、スケルトンと交戦中のダーのパーティーは、みな等しく呆れ顔を浮かべた。
 
 こんなでたらめな技、見たことがない。
 ゴウリキのガントレットから発せられた衝撃波は、顎をつらぬき、化け物イノシシの脳天まで突き抜けた。
 イノシシは空中で脳髄を四散させ、地上へ血の雨を降らせる。
 ゴウリキがとん、と先に地に降り立った。
 すこし歩いて距離を開ける。そこへ、がっぽりと顎から脳天までえぐられた、スクロファイアの無残な屍が、轟音立てて落下してきた。
 当然ながら、絶命している。

「まあ、こんなもんか」

 といいつつ、ゴウリキはさり気なく小さなガッツポーズをとる。

「エクセさん、俺の活躍、見てくれたかい?」

「――ファイヤー・イーグル!!」

 エクセ=リアンが叫んだ。
 空中に描かれた魔法陣から、炎に包まれた鷲がまっすぐにスケルトンを捕らえ、炸裂する。
 クロノはバスタードソードで、ダーは戦斧で、スケルトンの胴体を打ち砕く。
 コニンも弓矢で、次々と骸骨の頭蓋を射抜き、ルカは神聖魔法の奇跡を駆使してスケルトンを浄化していく。
 ゴウリキたちのパーティーも、久々の出番とばかりに勇躍している。

「まだやってたのか。しょうがねえ、俺もちっと参加して――」

「駄目です、ゴウリキさまは!」

 リーニュが、短剣を構えて言った。
 
「ゴウリキ様の技は、どれも殺傷能力が高いんですから、私たちも巻き込まれてしまいます」

「そうです、ゴウリキ様は、そこでお茶を飲んで一服しててください」

 仲間にそういわれると、さすがのゴウリキも無言で引き下がるしかない。
 
「ちっ、俺が一番の功労者なのに……」

 とか、ブツブツつぶやきながら、またも後方へと下がった。
 その間に、ふたつのパーティーが力を合わせ、半刻ほどで、スケルトン集団のすべては壊滅した。
 
「いやあ、ダーさんのチームとは初めて共闘しましたが、お強い」

「本当ですね、連携も取れてて、すごく一緒に戦いやすかったです」

「まあ、本当のことを言っても、褒めたことにはならんぞ」

 言いつつダーは、まんざらでもない顔をしている。
 急造混成パーティーが、互いの労をねぎらいつつ後方を見やると、ゴウリキは本当にお茶で一服していた。

「遅えぞ。何杯飲ませる気だ」

 不満げな顔つきで、そうつぶやくのだった。
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