燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

チャンスに賭けろ

文字の大きさ
上 下
27 / 146
第三章

魔王軍、襲来 その3

しおりを挟む
  ヒュベルガーは扉の脇の壁に背をもたせかけ、エクセの説明を聞いていた。
 彼らがここまで至った経緯――村でのオーク退治、ジェルポートの黒魔獣のこと、黒衣の女のこと、異世界勇者ケイコMAXとミキモトのこと――
 むろん、朱雀の珠のことや、公爵から聞いた重要な話などには一切触れていない。ヒュベルガーは眼を閉じ、黙してそれら一部始終を聞いていた。
 彼はやおら両眼を開くと、つい、とクロノを指差し、

「その巨きい女性が着てる装備一式が、黒魔獣の装甲というわけだな?」

「そのとおりじゃわい。ちょっと見てみるか?」

 ダーはクロノトールに、黒魔獣のバスタードソードを見せてやるよう指示した。
 剣を手に取ったヒュベルガーは、じっくりと剣身を眺め、

「こいつは市販品よりはるかに硬そうだし、切れ味もよさそうだ」

 感謝の言葉を口にして、剣をクロノに返すと、

「こんな硬そうな怪物と、俺達はやりあわなければならんということだな―――しかも、二体も」

「――なに、二体!?」

その言葉は『フェニックス』メンバー全員の、心胆を寒からしめるのに十分なセリフだった。

「それは、確かな話なのか?」

「ああ、あのあと報告にあらわれた斥侯からの報告だ。群れの中にでかい二つの怪物がいるとな。その特徴はあんたらの話で今、確信を得た。夕方の会議でも話題に上るだろうな」

「やれやれ、とんだサプライズゲスト様じゃわい」

「……どうだ?」

「どうだ、とはなんじゃ?」

「この話を聞いても、あんたらは単独での野戦を主張するのか?」

 無謀だ、ヒュベルガーは眼で告げている。

「ヒュベルガー。あんたはこのザラマの冒険者で、一、二を争う腕利きじゃと、ワシは見ておる。そして戦士としての思い遣りも持っておる」

 ダーは彼の配慮に感謝しつつも、静かに告げる。

「じゃが、ワシらの方針に変わりはないよ」

「……死ぬつもりか?」

「死ぬつもりはないが、他に道はない」

 ヒュベルガーはエクセ=リアンを見た。冷静沈着な彼なら、違う判断をすると考えたのだろう。
 しかし。エクセは静かに銀色の髪を左右になびかせただけであった。
 
「ダー、あんたと同じくチームのリーダーを任された立場のものとして言わせてもらう。正直、あんたの判断は非難に値すると思う」

 ヒュベルガーは冷酷に告げた。
 むっとしたコニンが何か反論しようとするのを、ダーは手で制す。

「それで、何が言いたいのじゃ? 用件はそれだけじゃあるまい」

「うむ、批判に値する行動なのだが――」

 ヒュベルガーは、背を預けていた壁から身を起こすと、照れくさそうにぽりぽりと頭をかいた。
 彼はすっとダーへ向かい拳を突き出した。

「もし人手が必要ならば言ってくれ。俺たち『トルネード』は、あんたらを見殺しにはしたくないのだ」

 傍らのコニンが、あっけにとられた顔をする。
 おそらく、ヒュベルガーと、ドルフ以外の全員がそうだったろう。
 ダーとしては、その手をとるのは|躊躇(ためらわ)れた。
 
(だがこれでは、関係ない彼らを巻き込んでしまうだけじゃ)

 しかし、エクセがそっと彼の背中を押した。
 よく、彼の顔を見てみなさい、と示唆するように。
 ダーはヒュベルガーの瞳を覗き込んだ。
 彼の両眼は、ある意思の光が宿っていた。
 ここへ来るまでの、さまざまな葛藤を乗り越えた目。
 ダーは決意した。

「――申し出感謝する。戦士、ヒュベルガー」

 ダーは、ヒュベルガーの差し出した拳にごつんと拳を合わせた。
 ぱちぱち、と拍手が起こった。ひとりの新たな登場人物の手で。

「いやあ、感動的な場面に遭遇したものです。できれば、そこへ私も加えていただきたいものですが」

「――お、おまえは!?」

 さりげなくコニンが、ダーの背後に隠れながら、叫んだ。
 しゃらんと現われた優雅な白いコタルディ、白い胸甲を身につけた派手な姿。
 なるべく忘れようとつとめたが、インパクトが強すぎて忘れられない男。
 ダーとコニンを巡って争ったあの、アルガスが立っていた。

「な、なんでお前がこんなところまで――」

「君のためなら海を越え山を越え、こんな辺鄙な田舎町までたどりつくのは、ひとすくいの水を飲み干すより簡単さ、コーニリィン……」

「いったいどういう事だ! なんで領地に帰ってない!?」

 かなりの詰問調でコニンは尋ねた。
 どこに収納していたのか、いつのまにか弓矢を両手に構えている。

「説明しますから、弓に矢をつがえるのはやめてください、コーニリィン」

「うむ、命が惜しければ早く言うがいい」

 なにげない仕草で片手を上げるダー。
 彼がその手を下ろせば惨劇が待っている。

「なにか脅迫みたいになってますね……」と、エクセ。

「立派な脅迫ですよ! 早くとめてください!」

「いいから早く言うのじゃ。お前が命をまだ大切だと思っとるならの」

「お答えしましょう。――私とてノラック男爵家の次男という立場上、こんな場所でいつまでも油を売っているわけにはいかない。しかし、どうしても帰れないわけがあるのです」

「言うてみい」

「あそこは私とコニン二人の、これから産まれてくる予定の子を育む場所。……帰るときは三人で、と決めているのです」

 びいん、とコニンの対角線上の柱に、矢が突き立った。
 もう少しアルガスが身をよじるのが遅ければ、そこに彼が縫い付けられていただろう。

「ダーさん、こいつ射殺しちゃっていいかな?」

「――うむ、わしが許す」

「それはよくありません」

 エクセが割って入った。救いの女神を見るような眼差しで、アルガスは彼を見た。しかしエクセが口にしたのは――

「戦の前の流血沙汰は、縁起がわるいです」

「エクセさん、そんな理由で止めますか……」

 ちょっと呆れた顔でルカがつっこんだ。

「何が起こっているのか、ちょっと理解に苦しむのだが」

 唐突に巻き起こったドタバタ劇に、呆れ顔でヒュベルガーがつぶやいた。

―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―



――さて、その翌日のことである。ザラマの冒険者ギルドは、一階の酒場と二階の受付前に、白い大きな板にでかでかと黒字で書かれた『お知らせ』を表示した。


   【 告 知 】
 
【ザラマの町の方針として、篭城を基本とする。
 わが冒険者ギルドの有志も予備兵として、篭城戦に参加する。
 ただし以下のメンバーのみ、野戦での闘いに望むこととす。

 チーム『トルネード』 リーダー:ヒュベルガー・ヒルバーズィ、以下全5名。

 チーム『フェニックス』 リーダー:ダー・ヤーケンウッフ、以下6 。

 チーム『ミラージュ』 リーダー:ベスリオス、以下全6名。

 チーム『フォー・ポインツ』 リーダー:コスティニル。以下全5名。

 チーム『アイアンナイツ』 リーダー:ウェクアルム。以下全6名。

 ―――――――――――――――――――――――
 ――――――――――――……

―――総勢60名。
   遊撃隊として敵の霍乱に当るべし】


この『お知らせ』を読んで、ほとんどの冒険者は驚愕の声を上げた。

「おいおい、とんでもないことになったもんだな!」

「ザラマの冒険者トップ級のチーム殆どが遊撃隊じゃねえか」

「しかし、俺達は冒険者だぜ。戦で死ぬなんて名誉でもなんでもねえ」

「うるせえよ、ザラマが消滅したら、俺達亜人は行き場を失っちまう。彼らはこの町を身を挺して守ろうっていうんじゃないか」

「そんな格好いい話か? 単に逃げやすい位置に陣取るつもりじゃないのか」

「少なくともこのメンバーは、お前のような腰抜けよりはるかに勇敢だ。くだらない中傷はするな」

「なんだと、やろうってのか!」

 ランク5級にも入ってない冒険者たちが、喧喧囂囂けんけんごうごうと議論しているときである。

「――悪いがお前ら、道を譲ってくれないか」

 どすどすと重い足音を立てて、小脇に兜を抱えた青い甲冑姿の男がやってくる。
『トルネード』のリーダー、ヒュベルガーだ。その隣には頬傷のサブリーダー、ドルフが当然のようにつき随っている。ヒュベルガーも、常にニヒルな笑みを浮かべているドルフの表情も、一様に硬い。
 その威圧感に圧倒された一般冒険者たちは、あわてて左右に散る。
 トルネードのメンバーが通り過ぎたあと、ダーたちフェニックスが、フォー・ポインツが、ミラージュがメンバーを率いて次々とギルドの扉をくぐる。
 彼らは空を仰ぎ見た。やや暗い空に青い、一条の煙が上がっている。
 それは来るべき嵐の到来を告げていた。


 ――空気が乾いている。
 植物が育つには過酷な環境過ぎて、大きな樹木は数えるほどしかない。
 その数える程度しかない木の上に、ザラマの斥侯がへばりついている。
 彼らはやがて、何かを発見したようだった。
 あわてて一人が地に飛び降り、懐から何かをぱらぱらと地へと撒いた。
 
 火打ち石を打ち合わせると、乾燥した空気である。たちまち火がついた。
 青い特殊な狼煙が上がった。
 斥侯は敵の一団の影を、地平の彼方に捉えたのだ。


「――よし、遊撃隊、これより行動を開始する」

 決然と、ヒュベルガーが宣言した。
 一行はすぐさま装備を整えると、門へ向けて歩みはじめた。
 ヒュベルガーは腰の剣の柄を何度もにぎっては、また解いた。
 今回の作戦は、このひとふりの剣が鍵を握っている。
 さすがの歴戦の勇士も、緊張が隠せないようだった。

 門の前、すでに60頭の鞍をつけた馬がならべられている。
 いそがしく立ち働く従者に助けられながら、彼らは馬上の人となった。

「工作隊はすでに――?」

 エクセが短く問う。
 これに一人の兵が応える。
 
「昨日の会議終了時点で出された指示ならば、すでに作業は完了している。あとは、君らがその場へと赴くだけだ」

「ありがとうございます、それでは――」

「――うむ、君らの作戦の成功を祈る」

 兵は敬礼した。
 ダーら60人の戦士も、馬上で略式の敬礼をした。

「開門――! 門を開け――っ!」 
 
 大きなきしみ声をあげ、門扉がひらかれた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

処理中です...