燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

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第二章

コニンの危機? その1

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「――さあ、尋常に勝負だ、ダーとやら」

 凛々しいといっていい、剣を構えた若い戦士が、上段の構えを取る。

「……どうしてもやらねばならぬのかのう」

 相手のドワーフは、いかにも気乗りしない様子で返答する。
 一応バトルアックスを持ってはいるが、構えていない。
 だらりと手にぶら下げている状態だった。

「当たり前だ。お前をころしてでも彼女をうばいとる」

「どう考えても理不尽じゃ。馬鹿げた話すぎる」

「ふたりとも、オ……わたしのために争うのはやめて!」

 ドレスを着た、ショートカットの美少女が、両手を前に組んで哀願する。
 ダーも、他のフェニックスメンバーも、しらけた目でそれを見やる。

(なにがオワタシじゃ。まったくすべて貴様のせいじゃというのに―――)

 
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*― 



 さて、周知のとおり、ダーはことのほか忙しかった。
 クロノのための黒魔獣の武器・防具つくりに没頭していたからだ。
 その日も、午前中にクロノの見舞いをすませた四人は、その後はクロノ抜きでも行えそうな、簡単なクエストを探してギルドに立ち寄った。ついでにそこで、すこし早めに昼食を摂った。
 ダーは加工方法について、ああでもないこうでもないと、いろいろと考えをめぐらせていた。

「ああもうそんなにボロボロこぼして、子供じゃないんですから……」

 と叱るエクセの小言も上の空だ。そんなとき――

「――ついに見つけました、我が愛しの君よ」

 ふいに現れた見知らぬ青年が、彼らのテーブルの傍らで声をかけた。
 見覚えのない顔だった。身体にぴったりした白いコタルディを着ている姿が、いかにも瀟洒だ。
 ルカとエクセはいぶかしげに彼を見たが、ただひとり顔色を変えた人物がいる。
 コニンだった。

「――ア、アルガス! ど、どうしてここが?」

「君を探すのには苦労したよ。だが、海をこえ山をこえ、ジェルポートまで到達するのは、ひとすくいの水を飲み干すよりたやすい事さ、さあ、コーニリィン・ニルフィン嬢、早く我らの領土へもどり、式を挙げましょう」

「ええーーーーっ!!」

 と、一同が驚愕の声を上げたのは無理のないことであった。

「ちっ違う!!」

 がたっと席を立ったのがコニンだった。いや、コーニリィンというべきだろうか。

「オレは冒険者のコニンだ! そんな名前知らねえーーっ!」

 そう叫んで、たちまちギルドを飛び出していってしまった。

「ま、待ってくれ、コーニリィン、私の話を――」

「エクセ、止めるのじゃ」

「仕方ありませんね」

 あわててコニンの背を追いかけようとしたアルガスが派手に転倒した。
 エクセのちょっとした魔法である。その上に、よっこいしょとダーがすわりこむ。
 この青年がどんな力を持っていようが、この状態からの脱出は不可能にちかい。

「な、なにをする、邪魔だてしないでもらいたい」

「一体全体、どういうことなのか、ちゃんと説明してもらおうかの?」

「同感です」

 珍しく、エクセとダーの意見が一致した。

 青年の話はこうだった。もともとコニンはヴァルシパル王国の貧乏貴族、ニルフィン男爵の長女で、この青年アルガスと将来を誓い合った仲だというのだ。
 二人は愛し合っていた。ゆくゆくは結婚し、やがてニルフィン男爵の跡を継ぐ予定であった、というのが彼の言い分である。
 だが、領内に突然侵入してきたモンスターの大群。悲劇的にも戦渦に巻き込まれた彼女は、どこかへ姿をくらましてしまった――。

「だが、彼女は絶対に生きている。私はそれを信じて、ここまでたどりついたのです」

 青年の劇的な話は終わりのようだった。いささかその顔が不服そうだったのは、どこからも拍手喝采が起こらなかったからだろうか。
 エクセがしきりと首をひねっている。エクセが遠慮して、疑問を口にするのをためらっているのが、長いつきあいのダーにはわかる。
 フルカ村のオーク襲撃事件は、衝撃をもってヴァルシパル全土に知れ渡った。
 ニルフィン男爵の領地がどこかは知らぬが、ヴァルシパル王国のどこかでモンスターの大群が襲来したという、そんなたいへんな情報がどこのギルドにも伝わっていないのは魔可不思議な話だ。そういいたいのだろう。

「――はっきりいって、ぜんぜんでたらめだよ!!」

 コニンが息せき切らして再登場し、その疑問を解決してくれた。
 唐突なアルガスの襲来に、あわてて逃げ出したものの、まるで事情をしらないパーティーメンバーに、あることないこと勝手に吹き込まれては困ると思い直し、もどってきたらしい。
 コニンはつかつかと身動きできない青年に近寄り、

「たしかにオレはオヤジ――ニルフィン男爵の娘なのは事実だけど、上にふたりの兄貴がいるんだ。オレと結婚して跡を継ぐなんて、ありえないでたらめさ!」

「うっ、確かにそこは誇張が過ぎた。しかし、婚約の約束は事実じゃないですか」

「そんなもんもうとっくに破棄したはず。お互い納得済みのはずだろ?」

「我々の婚約は、両家の間で結ばれたもの、あんな子供だましの方法で解消だなんてありえない話ですよ」

 アルガスという青年は一歩も引き下がる様子がない。
――コニンが語る、実際のはなしはこうである。
 もう十年も昔の話である。とコニンは語った。

 とある園遊会で顔を合わせたコニンの父、ニルフィン男爵と、このアルガス青年の父、ノラック男爵は大いに意気投合。ふたりして大いに飲み、語らった。そのうち酒の勢いも手伝ってか、いまはまだ幼いものの、将来は互いの子供同士を婚約させようということになったらしい。

 それに憤然としたのが、このニルフィン家唯一の娘。コーニリィンお嬢様である。
 あんまり自由に育てたのが祟ったか、子供のころから活発すぎたコーニリィン嬢は、花や蝶より、弓と矢が大好きという男勝りの性格に育った。
 その腕前は、近所の腕白どもをはるかにしのいだ。
 そういうことで彼女は、将来は冒険者として生業を立てたいと思うようになっていたのである。
 そんな娘であるから、婚約の話を聞いてよろこぶはずがない。
 唐突に短剣で、自慢の長い黒髪をばっさりと切り、

「オレは今日から男だから!」といいはるようになったのだ。

――むろん、それですむ話ではない。
 必死に両家の父母が、幾度となく彼女の説得にあたったのだが、強情なコーニリィンは納得しない。
 そこで、解決策として、彼女が提案したのが弓矢での勝負である。

「リンゴを10個並べてさ、オレとアルガス、どっちが多く射抜けるかで勝負して、オレが勝ったらオレの意思を尊重する、という話になったのさ」

「で、どうなったんじゃ?」

「オレがリンゴ8個射抜いて、アルガスは6個。――だから、この話はとうに終っている話なんだ」

 えっへんとコニンは大いに胸を張る。

「それはあなたの中での話です。私はあなたに敗れて数年、研鑽を積んできました。もうあなたに遅れをとる事はありません。さあ、もう一度勝負です!!」

「もー! マジしつっこいし、オレに弓矢の腕で勝とうだって? 悪いけど、オレだってあの頃のオレとはまったく違うぜ」

 にやっと自信ありげにコーニリィン、いやコニンは笑った。

「ならばふたたび、結婚をかけて勝負です!」

「いやなこった。終わった話を蒸し返すなんて男らしくない」

「おや、拒否ですか。つまり負けるのが怖いのですか?」 

 ふたりの間に火花が散った。

「ああ、どうなってしまうんでしょう……」

 と、ルカだけは心配顔で見つめる。
 ダーは呆然と考えごとをしている。防具について、まだ思案しているのだ。エクセ=リアンは四人で受ける予定だった仕事のキャンセルができないかで、受付嬢のチコとなにやら話をしている。

「おまえら、オレがいなくなったら困るんじゃないのか!!」

 あまりにひとごとな仲間のようすに、コニンが怒りを表す。

「まあ、おまえの持ってきた面倒ごとじゃ。さっさと勝って、解決してしまえ」

 ダーはぶっきらぼうにいった。だが、コニンの両目はくりくりと輝いた。
 ただでさえ、前線の要であるクロノが入院中である。さらにここで、コニンに抜けられるのは痛い。というか巨大な戦力ダウンである。
 しかし、弓矢の勝負でコニンが負ける訳がない。ダーは確信を持っているのだ。

「わかったぜ、オッサン」

 意気に感じたのか、ぐっと拳をにぎってそれに答える。

「オッサンではなくダーじゃがな。――よし、勝負は明日の正午、勝ったほうの意見が尊重される。ふたりとも、それでよいな?」

 アルガスとコニンは、ともに自信ありげに頷いた。
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