燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

チャンスに賭けろ

文字の大きさ
上 下
23 / 146
第三章

チーム名をきめよう

しおりを挟む
 ダーは夢を見ていた。
 遠き記憶。それは無口な父の、岩のようにごつい背中。
 父はダーの憧れであり、一流の職人であり、また戦士であった。
 ダーの斧の戦闘術の数々は、幼少期からのスパルタ教育で、すべて父親から叩き込まれた。
 ダーが、ドワーフの割に口数が多いのは、生まれつきのことではない。放っておけば一日中無言の父に代わり、少しでも会話をして場を和ませようとする、彼なりの心遣いのせいであった。ダーは常に父親の背中を見ていた。父こそがダーにとって、理想のドワーフ像そのものであった。
 そんな父があるとき、「行かねばならぬ」と一声残して、旅へと出たことがあった。
 彼は母親とともに、いつ帰るとも知れぬ父親の帰りをひたすら待った。

 三年もの歳月を経て、父は帰宅した。
 父は体中に傷を負い、頬はこけ、疲労していた。まるで別人のようだ、と母は言った。
 それでもダーにとって、尊敬に値する父であることに変わりはなかった。
 その父が彼の目の前で、唯一、涙を見せたことがあった。

「ダーよ、ドワーフは常に前を向け。誇りを忘れるな」

 そうつぶやいて、父は、男泣きに泣いた。
 父の涙を見たのは、その一度きりだった。
 そのほのかな記憶が、いつまでもダーの心の奥底に沈殿していた……。


 ダーはふと眼を醒ますと、船外へと飛び出した。
 尋常ではない嘔吐感のせいであった。
 彼らがザラマの町へ到着するまでの船旅は、とにかくひどいありさまだったというしかない。
 しばらく風が強い日がつづいたため、船の揺れがひどく、乗組員ですら青い顔をしているぐらいの状況だった。
 元気印二重丸のコニンですら、いつもの溌剌さは影をひそめ、小さな桶を手にして呻いている。
 
「……だいじょうぶ……?」

「悪いが、ぜんぜん大丈夫じゃねえよ」

 一方のクロノトールは平気な顔をして、コニンの背を撫でていた。
 彼女が幼きころから闘わせられていた円形闘技場では、闘技場内に水を張って、小規模な海戦もどきまで行わせていたのだ。したがって船上での動きも慣れたものだ。
 
 エクセ=リアンは白い顔をますます白くして、小鹿のようにふるふると震えて座りこんでいる。
 
「がんばってください、エクセ様。町まではもうほんのわずかですから」

 ルカはその傍らにいて、献身的にエクセに |回復の奇跡(ヒーリング)を行っている。
 この船旅で一番忙しいのは彼女だろう。もちろん次はコニンの番だ。

「ははは、エルフといえば森の民。樹の上で生活していたわりに、バランス感覚が悪いのう」

 そのようすを横から茶化すダー。
 エクセは気だるげに白い顔を向けると、

「ほっといてください。私は エルフとしての生活の方が長いのですよ。うっぷ――それに海上と、樹の上ではまったく違います。それに、あなたは人に皮肉を言える状態ですか」

「さて、なんのことやら」と、何食わぬ顔で応えるダー。

「ご自分ではわからないのでしょうが、ダーさんの顔色は悪いというより、もはや青銅色をしています。それにさっきから何度、船室の外へと飛び出したことか」

「なあに、船風が肌に心地よくてのう」

「心地よい割に、顔色は青銅色なのですね」

「この顔色をしたい気分なのじゃ」と、わけのわからぬことを言うと、クロノの介護を拒否し、ルカの回復の奇跡も拒否し、ダーはよろよろと船室の外へと出て行った。

「あきれた負けず嫌い・・・」

 扉の外でそんな声が聞こえた気がしたが、もうダーは聞いている余裕がなかった。

 そんなこんなで彼らを乗せた船は、やっとのことでザラマの町に着いた。
 いそがしく水先案内人が立ち回り、桟橋のほうにいる人々へ、乗組員がロープを投げる。
 
「タラップ降ろせーーっ!!」

 号令のもと、ようやくダーたちは大地を踏みしめることができた。
 ザラマの町の通関の手続きは、かなり長引くのが常なのだが、ジェルポートの公爵がすでに話が通していてくれたのか、すばやく済んだのがせめてもの幸いだった。
 さっそく宿屋にもぐりもうとした一行だったが、

「ダー、まだ手続きがありますよ……。この町の冒険者ギルドへ行って、パーティー登録を…」

 そこで限界だったのか、エクセはふっと気を失ってしまった。
 あわててルカが回復の奇跡をかけようとしたが、

「待て待て、もうこやつは限界じゃ。どこか手ごろな宿屋を見つけてそこで休ませるがいい。そのあたりはコニンとルカ、お前らに一任するわい」

「わかったよ、ダーさん!」

「ダーさんではないオッサ……いや、いいのか。ルカ、宜しく頼んだぞ」

「エクセさんのことなら任せてください。ダーさんはどうするのです?」

「こやつの言うとおり、パーティーを登録しておかんといかぬじゃろう。――クロノ」

「………なに……?」

「おまえはワシと一緒にくるのじゃ」

「……え、いいの……?」

 ぱあっとクロノの表情が明るくなる。
 まるで漆黒の闇夜にランタンの火が灯ったようだ。

「ワシがいいと言っとるのじゃから、いいに決まっておる」

 電光石火。そういい終わるが速いか、ダーはさっと身をかわした。
 その脇を、クロノの大きな腕がかすめる。
 ダーは危なくクロノに抱き殺されるところだったのを、気配で察したのだった。
 
「……残念……」

「おまえはもうすこし手加減をおぼえんとのう。わしの胴体が破裂してしまうわい」

「その場合は、私が治療してあげますね」とルカが口をはさむ。

「奇跡の無駄遣いじゃ」 

 うんざりといった表情で、ダーはつぶやいた。
 とりあえず待ち合わせ場所を決めておき、五人は散った。

―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―


 ザラマの町の冒険者ギルドも、ヴァルシパルやジェルポートとほぼ同じ構造になっている。すなわち一階が酒場であり、冒険者の憩いの場となっていて、受付は二階に設けられている。
 彼らが二階へ上がると、周囲から好奇の目が一斉に向けられるのを感じ、狙い通りじゃわいとダーはほくそ笑んだ。
 クロノトールのその雄姿、そして異様な、黒で統一した装備は注目の的だった。
 どう見ても歴戦の勇者然としたクロノのたたずまいによって、ザラマの冒険者たちに一種の威圧を与えることをダーは目論んだのだ。
 どこの世界であろうと、甘く見られてはおしまいということを、ダーは識っていた。
 
 堂々とふたりは、ザラマのギルドの受付に向かう。
 経緯を説明すると、恐る恐るといったかんじで、受付嬢のバニー族の女の子は、数枚の羊皮紙をとりだした。ぴょこぴょこと頭上で揺れる耳が愛らしい。

「えーと、必要な書類はこちらになりますね……」

 羊皮紙には、彼らの名前とランクが記載されている。
 
「――では、ご説明させていただきます。6級冒険者であるコニン、ルカディナ、クロノトールの所属していた『清流の戦士団』は解散。みなさんの冒険者パスポートはこちらに一時返還してもらう、という形となります」

「……うん……」

「新たなチームを結成するということですので、新チーム名、ランクを記載したのち、パスは再発行となりますが、ここまではよろしいですね」

「ウム」とダーは頷いた。
 ギルド内にはランクがあり、それぞれのキャリア、活躍、受けた仕事の成功率などによって数字が少なくなっていく。
 つまり1級が最上級だが、いまのところ、そのランクの冒険者は数名しかいない。
 彼女ら三人は6級冒険者。中ランクといったところだ。
 もっとも。ダーとエクセが合流して以降、彼女らは徹底的に鍛え上げた。
 今では3級程度には達しているに違いないとダーは見ている。

「あとダーさんは約2年、エクセ=リアンさんはもう5年以上クエストをこなしておりませんので、ダーさんはランク6級、エクセさんは7級と、それぞれランクダウンしております」

 これにはダーもぶっと吹き出した。
 冒険者ギルドは名ばかりで、依頼クエストをこなさない冒険者の存在を、基本的に認めていない。
 だから年に一回でもいい。小物探し程度の依頼でも、やらねばならぬ必要があるのだ。さもなくば、ランクはずるずると毎年降格していく。

――エクセが7級! 
 ダーはエクセの憮然とした様子を脳裏におもいえがき、人の悪そうな笑みを浮かべた。自分自身もランクダウンしていることは、思考の外に放り投げている。
 その様子を、不思議そうな顔つきで受付嬢はながめている。
 
「……ダー、たのしそう……」

 クロノも不思議そうな顔つきだ。ランクダウンしたのに笑みを浮かべているダーに不可解さを感じたのだろう。
 やがて気を取り直したのか、咳払いひとつして、ふたたび受付嬢は語りはじめた。

「それでは新チームについてですが、まずパーティーリーダーはどなたですか」

「このワシ以外におるまい」

「……そ、そうですか。それではここにリーダーのサインと、それから新チームの名前を決めてください」

「クロノ、何か案はあるか?」

 傍らに佇立する女戦士に尋ねると、ふるふると首を振る。
 ダーの決めた事ならなんでもいいという顔だ。
 彼としては当初より『帰ってきたダー救国戦士団』というパーティー名に決めていたのだが、ここまで無邪気に信頼されては、あんまり無責任な名にはできんなあ、などと思いなおした。
 それにこの名前はゲンが悪い。最初の救国戦士団は、戦う前から瓦解しているのだ。なにより、あとでエクセにガミガミと、どんな説教を受けるやら。
 ダーとしては新たな名前をひねりだすしかない。

 そこで彼は、はた、と思い出したことがあった。
 朱雀、不死の鳥―――東西南北のうち南方を守護するといわれる神。
 他の地方では、また違った呼び名で崇めているらしいと、エクセがたらたら語っていたのを、鼻をほじって聞き流していた記憶がよみがえってきたのだ。
 ダーはペンを執った。チーム名に、こう書き記す。

 
 新パーティー名:『フェニックス』――。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。 次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。 時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く―― ――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。 ※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。 ※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...