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第二章
ジェルポートの町、震撼す その2
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ダーたちが門の外に到着したとき、燃え上がる炎を身にまとった人物が、彼らの網膜に飛び込んできた。誰かがファイア・バードの呪文を詠唱したのだ。
呪文を受けたモンスターは――ゴブリンだった――地に斃れ、動かなくなった。
彼らの視界のいたるところで激戦が展開されている。戦士たちが鉄の剣を振るい、魔法使いは呪文を詠唱して、次々とゴブリンの大群を駆逐していく。
大地には無数のゴブリンの死体と、不運にも命を落とした戦士たちの亡骸がある。
すでに勝利の女神がどちらへ微笑みかけているのか、明らかであった。
ジェルポート護衛兵は、ゴブリンを圧倒しつつあった。
それはいい。問題は、この場を支配しているのは何かということだ。
彼ら一行は、それ、を見た。
それは『魔獣』という表現こそが、最もふさわしい四足獣だった。
全身を真っ黒な皮膚に覆われ、耳まで裂けた巨大なあぎとが牙をむいて笑っている。
猛牛のような鋭い角が頭部の左右より突出し、鼻先にもするどい槍のような角がついていた。
背には亀のような甲羅が乗っている。生物というより合成獣というべき冒涜的な姿だった。
その体高はクロノトール二人分より大きく、体長はその数倍におよぶだろう。
魔獣の巨大な円柱のごとき足元には、つぶれた銀塊がころがっている。
ダーはその物体が何か、いぶかしんだが、すぐに理解した。
接近戦を挑んだ戦士たちの、成れの果ての姿だった。
「大いなる天の四神が一、朱雀との盟により顕現せよ、ファイア・バード」
「――朱雀との盟により顕現せよ、ファイヤー・ホーク!!」
「――朱雀との盟により顕現せよ、ファイヤー・イーグル!!」
魔法使いの集団が、それぞれ独自のオーダーメイドによるカラフルな小型の杖をあやつり、次々と空中魔方陣を展開している。
この世界の魔法使いは、主に四獣神と呼ばれる神々と盟約を結んでいる。
すなわち、
火をつかさどる朱雀、
水をつかさどる玄武、
雷をつかさどる青龍、
風をつかさどる白虎の四神である。
かつてはもうひとつの神が存在したとされるが、書物には記述がない。
その盟約下のもと、魔法使いはそれぞれ属性の異なる精霊を召還し、使役することができる。
魔法使いが盟約を締結するには、この大陸の各地の点在する、四神を祭る大神殿に直接赴く必要がある。
大陸はあまりに広く、なかには危険な紛争地帯に建立されている大神殿も存在し、すべての神と盟約を結ぶのは困難をきわめるとされる。
つまり、四獣神すべてと盟約を結んでいるエクセ=リアンは稀有な存在なのだ。彼の所属を巡ってパーティー間で紛争に至るのは、なにもその美貌だけに限った話ではないのである。
ここ、ヴァルシパル王国には朱雀の大神殿が建立されており、その関係でヴァルシパルには朱雀系の呪文を習得している魔法使いが非常に多い。
ジェルポートの魔法使いたちが、おのおの炎をまとった精霊たちを、黒獣めがけ一斉に解き放った。
「む……あれは……」
ダーは目の錯覚かと疑ったが、冒涜的な姿をした魔獣に傍らに、あきらかに何者かの姿がある。気配はみじんも感じなかった。その顔は黒い布のようなものに覆われて見えない。
体型的には女性であろうか。普通の人間ではない事は一目瞭然だった。
その人物の周囲の空間が、よどんで見えることに気づいた。
「――おそらく、結界を張ったと思われます」
冷静にエクセが告げた。
次の瞬間、すべての火炎魔法が着弾し、すさまじい轟音とともに土煙がたちのぼった。
「やった!!」
そう声をあげた魔術師は、次の瞬間、その両目に失望の色をうかべていた。
もうもうたる土煙が、うっすらと溶ける。
真っ黒の魔獣は、変わらずそこに立っていた。
その泰然としたたたずまいは、なにひとつ痛痒を感じさせぬ。
「ウオォォオオオオオオオオオオン!!!」
魔獣が吼えた。その怒りに満ちた声は、びりびりと大気を揺るがした。
黒衣の女の姿が一瞬、視界から消えた。その瞬間だった。
黒魔獣の左右の両角から、電流のようなものがちりちりと生じている。
「いかん、みんな左右に散れ!!」
ダーが叫んだ。これまでにない切迫した声で。
言いも終わらぬうちだった。
左右の角から発生した、電流のような光は、鼻先の角へと伝播していく。
鼻先に集中した光は、稲妻となって彼らに襲い掛かった。
白濁化した巨大な光芒が、ダーの視界のすべてを奪った。
ダーの視力が回復すると、彼は大地に倒れ伏していた。
「クロノ、感謝じゃが、重い……」
咄嗟に、クロノが横からダーを抱きかかえ、光から離れる形で大地へスライディングしたのだ。
お陰で難を逃れたといっていい。
ダーがうしろを振り返ると、そこには何もなかった。
魔法使いの一団が立っていた場所には、ちりちりと光の残片が踊っているだけだ。
「―――エクセ、いるか?」
「―――生きてますよ、なんとか」
離れた位置から声がする。
彼は反対側の大地へ身を滑らせて無事だったようだ。
ダーの指示が速かったおかげか、五人とも無事のようだ。
「ひ、ひいいい………」
かろうじて雷光から逃れたジェルポートの魔法使いもいた。
だが、もはや抵抗の意思は感じられない。
大地にへたりこみ、完全に心が折れてしまっている。
ダーが見たところ、魔獣の足元で倒れている戦士にも、かろうじてだが生きている者がいるようだ。
心なしか、魔獣は笑ったように見えた。
「あんななりで、知能があるのかもしれんの」
その証拠に、彼我の圧倒的戦力差を感じているようで、すぐには攻めてこない。
知性のない野性の怪物には、考えられぬ行動であった。
先程の黒衣の人物はどこか。ダーは眼をこらしたが、見当たらない。帰ったのか、それともどこかに潜んでいるのか。ともあれ攻撃してくる気配がないのはありがたい。
ダーはその余裕を利用して、背後の生き残りに声をかけた。
「ジェルポートを守護する勇敢なる戦士たちよ!!」
その言葉に、恐慌をきたしていたジェルポート守護兵たちは、ハッと我をとりもどしたようだ。
「今より我らがしばしの時を稼ぐ! その間に門までもどり、救援を要請するのじゃ!!」
「あ、あなた方はどうするのです!」
「あんな魔獣を相手に、無茶です!!」
「――無茶でもお茶でも、やらずば市民に害が及ぶじゃろうが」
ダーはにかっと笑った。多少引きつり気味ではあったが。
いつもの余裕はみじんもない。早く立ち去れとせかすように護衛兵へ手を振ると、ダーはフラフラと立ち上がった、自らのパーティーメンバーに声をかける。
「いつものフォーメーションで行く。援護射撃を頼む!!」
「無茶だぜオッサン! 前衛のあんたらは突進するんだろ、死んじゃうぞ」
ダーは同じく前衛のクロノトールを見やった。
「……行けるか?」
「…………行くよ、ダーとなら………地獄まで……」
クロノトールは、凪いだ海のような瞳でダーを見返した。
どこか、その表情は穏やかさすら感じさせる。
とうに覚悟を決めているのだ。そうか、彼女はそういう世界で生きてきたのだ。ダーは己の不明を恥じ、ぐっと拳を突き出してみせる。クロノはちょこんとダーと拳を合わせた。
「決まりじゃな」
黒魔獣は彼らを無視し、地響きを立てつつ、ふたたび市壁に頭から衝突する。
市壁が揺れ、ふたたび亀裂が大きくなる。
もはやジェルポートの残党も、ダーたちも、脅威とすら受け止められていないのはあきらかだった。
その横っつらへ、コニンとエクセの遠距離攻撃が炸裂した。
いや、結界に阻まれ何の効果もない。
黒衣の人物はまだ魔物の護衛を続けているのだ。
そちらを排除するのが先か。ダーは一瞬逡巡した。
だが、魔物がわずらわしそうに首をこちらへ向けた。
もはや悩んでいる余裕はない。
黒魔獣へ。
一気に距離をつめたダーとクロノは、戦斧と剣を振りかぶっていた。
呪文を受けたモンスターは――ゴブリンだった――地に斃れ、動かなくなった。
彼らの視界のいたるところで激戦が展開されている。戦士たちが鉄の剣を振るい、魔法使いは呪文を詠唱して、次々とゴブリンの大群を駆逐していく。
大地には無数のゴブリンの死体と、不運にも命を落とした戦士たちの亡骸がある。
すでに勝利の女神がどちらへ微笑みかけているのか、明らかであった。
ジェルポート護衛兵は、ゴブリンを圧倒しつつあった。
それはいい。問題は、この場を支配しているのは何かということだ。
彼ら一行は、それ、を見た。
それは『魔獣』という表現こそが、最もふさわしい四足獣だった。
全身を真っ黒な皮膚に覆われ、耳まで裂けた巨大なあぎとが牙をむいて笑っている。
猛牛のような鋭い角が頭部の左右より突出し、鼻先にもするどい槍のような角がついていた。
背には亀のような甲羅が乗っている。生物というより合成獣というべき冒涜的な姿だった。
その体高はクロノトール二人分より大きく、体長はその数倍におよぶだろう。
魔獣の巨大な円柱のごとき足元には、つぶれた銀塊がころがっている。
ダーはその物体が何か、いぶかしんだが、すぐに理解した。
接近戦を挑んだ戦士たちの、成れの果ての姿だった。
「大いなる天の四神が一、朱雀との盟により顕現せよ、ファイア・バード」
「――朱雀との盟により顕現せよ、ファイヤー・ホーク!!」
「――朱雀との盟により顕現せよ、ファイヤー・イーグル!!」
魔法使いの集団が、それぞれ独自のオーダーメイドによるカラフルな小型の杖をあやつり、次々と空中魔方陣を展開している。
この世界の魔法使いは、主に四獣神と呼ばれる神々と盟約を結んでいる。
すなわち、
火をつかさどる朱雀、
水をつかさどる玄武、
雷をつかさどる青龍、
風をつかさどる白虎の四神である。
かつてはもうひとつの神が存在したとされるが、書物には記述がない。
その盟約下のもと、魔法使いはそれぞれ属性の異なる精霊を召還し、使役することができる。
魔法使いが盟約を締結するには、この大陸の各地の点在する、四神を祭る大神殿に直接赴く必要がある。
大陸はあまりに広く、なかには危険な紛争地帯に建立されている大神殿も存在し、すべての神と盟約を結ぶのは困難をきわめるとされる。
つまり、四獣神すべてと盟約を結んでいるエクセ=リアンは稀有な存在なのだ。彼の所属を巡ってパーティー間で紛争に至るのは、なにもその美貌だけに限った話ではないのである。
ここ、ヴァルシパル王国には朱雀の大神殿が建立されており、その関係でヴァルシパルには朱雀系の呪文を習得している魔法使いが非常に多い。
ジェルポートの魔法使いたちが、おのおの炎をまとった精霊たちを、黒獣めがけ一斉に解き放った。
「む……あれは……」
ダーは目の錯覚かと疑ったが、冒涜的な姿をした魔獣に傍らに、あきらかに何者かの姿がある。気配はみじんも感じなかった。その顔は黒い布のようなものに覆われて見えない。
体型的には女性であろうか。普通の人間ではない事は一目瞭然だった。
その人物の周囲の空間が、よどんで見えることに気づいた。
「――おそらく、結界を張ったと思われます」
冷静にエクセが告げた。
次の瞬間、すべての火炎魔法が着弾し、すさまじい轟音とともに土煙がたちのぼった。
「やった!!」
そう声をあげた魔術師は、次の瞬間、その両目に失望の色をうかべていた。
もうもうたる土煙が、うっすらと溶ける。
真っ黒の魔獣は、変わらずそこに立っていた。
その泰然としたたたずまいは、なにひとつ痛痒を感じさせぬ。
「ウオォォオオオオオオオオオオン!!!」
魔獣が吼えた。その怒りに満ちた声は、びりびりと大気を揺るがした。
黒衣の女の姿が一瞬、視界から消えた。その瞬間だった。
黒魔獣の左右の両角から、電流のようなものがちりちりと生じている。
「いかん、みんな左右に散れ!!」
ダーが叫んだ。これまでにない切迫した声で。
言いも終わらぬうちだった。
左右の角から発生した、電流のような光は、鼻先の角へと伝播していく。
鼻先に集中した光は、稲妻となって彼らに襲い掛かった。
白濁化した巨大な光芒が、ダーの視界のすべてを奪った。
ダーの視力が回復すると、彼は大地に倒れ伏していた。
「クロノ、感謝じゃが、重い……」
咄嗟に、クロノが横からダーを抱きかかえ、光から離れる形で大地へスライディングしたのだ。
お陰で難を逃れたといっていい。
ダーがうしろを振り返ると、そこには何もなかった。
魔法使いの一団が立っていた場所には、ちりちりと光の残片が踊っているだけだ。
「―――エクセ、いるか?」
「―――生きてますよ、なんとか」
離れた位置から声がする。
彼は反対側の大地へ身を滑らせて無事だったようだ。
ダーの指示が速かったおかげか、五人とも無事のようだ。
「ひ、ひいいい………」
かろうじて雷光から逃れたジェルポートの魔法使いもいた。
だが、もはや抵抗の意思は感じられない。
大地にへたりこみ、完全に心が折れてしまっている。
ダーが見たところ、魔獣の足元で倒れている戦士にも、かろうじてだが生きている者がいるようだ。
心なしか、魔獣は笑ったように見えた。
「あんななりで、知能があるのかもしれんの」
その証拠に、彼我の圧倒的戦力差を感じているようで、すぐには攻めてこない。
知性のない野性の怪物には、考えられぬ行動であった。
先程の黒衣の人物はどこか。ダーは眼をこらしたが、見当たらない。帰ったのか、それともどこかに潜んでいるのか。ともあれ攻撃してくる気配がないのはありがたい。
ダーはその余裕を利用して、背後の生き残りに声をかけた。
「ジェルポートを守護する勇敢なる戦士たちよ!!」
その言葉に、恐慌をきたしていたジェルポート守護兵たちは、ハッと我をとりもどしたようだ。
「今より我らがしばしの時を稼ぐ! その間に門までもどり、救援を要請するのじゃ!!」
「あ、あなた方はどうするのです!」
「あんな魔獣を相手に、無茶です!!」
「――無茶でもお茶でも、やらずば市民に害が及ぶじゃろうが」
ダーはにかっと笑った。多少引きつり気味ではあったが。
いつもの余裕はみじんもない。早く立ち去れとせかすように護衛兵へ手を振ると、ダーはフラフラと立ち上がった、自らのパーティーメンバーに声をかける。
「いつものフォーメーションで行く。援護射撃を頼む!!」
「無茶だぜオッサン! 前衛のあんたらは突進するんだろ、死んじゃうぞ」
ダーは同じく前衛のクロノトールを見やった。
「……行けるか?」
「…………行くよ、ダーとなら………地獄まで……」
クロノトールは、凪いだ海のような瞳でダーを見返した。
どこか、その表情は穏やかさすら感じさせる。
とうに覚悟を決めているのだ。そうか、彼女はそういう世界で生きてきたのだ。ダーは己の不明を恥じ、ぐっと拳を突き出してみせる。クロノはちょこんとダーと拳を合わせた。
「決まりじゃな」
黒魔獣は彼らを無視し、地響きを立てつつ、ふたたび市壁に頭から衝突する。
市壁が揺れ、ふたたび亀裂が大きくなる。
もはやジェルポートの残党も、ダーたちも、脅威とすら受け止められていないのはあきらかだった。
その横っつらへ、コニンとエクセの遠距離攻撃が炸裂した。
いや、結界に阻まれ何の効果もない。
黒衣の人物はまだ魔物の護衛を続けているのだ。
そちらを排除するのが先か。ダーは一瞬逡巡した。
だが、魔物がわずらわしそうに首をこちらへ向けた。
もはや悩んでいる余裕はない。
黒魔獣へ。
一気に距離をつめたダーとクロノは、戦斧と剣を振りかぶっていた。
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